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by chekosan

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ノーベル文学賞作家ギュンター・グラスが代表作『ブリキの太鼓』を書くまでの前半生をつづった自伝的作品です。

タイトルどおり、玉ねぎの皮を一枚一枚剥いていくように、少年時代から1959年ごろまでを想起していきます。

かつての自分を「彼」という三人称で語ったり、「私」という一人称で語ったり。
浮遊霊のように昔の自分のまわりをふわふわとまわりながら思い出そうとしているような部分もあれば、
若かりし自分と今の自分が一体化して生々しい感覚を思い出しているような部分もあり、
いやしかしそれは本当にそのときのことだったのか、あとからの記憶とが混じっているのかも、、、とまた錯綜し、曖昧になったり。

わかりづらいとか、ごまかしていると受け取られる可能性のあるスタイルになっているのですが、本人による本人の過去の「想起」とは、本来そういうものなのだろうと思います。

「のちに、この経験をこの作品のここに盛り込んだ」というような記述がかなりたくさんちりばめられているので、グラスの作品をより深く研究するには欠かせない本であろうと思います。

以下、現代史を知る資料として読んで、印象に残った部分をまとまりなくメモ。


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【母とブック・クラブ】
グラスは自分でも「マザコン」と書いているように、母の影響を受け、母を敬愛し、母のかわいい坊やであったことを意識してきた。

母の小さな商店を切り盛りする手腕に関するエピソードも面白いが、49頁「ブック・クラブの会員でもあった」とあるのに注目。
これはどうやら定期的に本が届けられるシステムのことで、「開戦後は新しい本は届かなくなり、本が増えなくなった」が、2部屋しかない小さなフラットの本棚には、ドストエフスキー『悪霊』はじめ、東西の文学作品が並んでいたよう。

幼いグラスは、母の蔵書を次々読みふけって、父からは「本を読んでも腹はふくれないぞ」と言われるのだが、母はグラスが読みふけっているのを見るのが好きだったという。

対して、父に関する評はちょっと冷ため。決して悪い父親ではないように思うのだが。グラスが料理好き、もてなし好きになったのも、本人は捕虜収容所での経験を大きく取り上げているが、お父さんが料理好きだったことが影響しているのではないかなあ。

【捕虜収容所における文化活動】
183頁あたり。グラスは少年兵として出陣し、負傷、米軍に捉えられて終戦を迎える。捕虜収容所では、「課題ごとに徹底的に研究するグループやサークル」が組織され、「時間割を決めて」知識を育んでいったという。コースには、古代ギリシャ語、ラテン語、エスペラント語、代数学、高等数学から、簿記のような実学、聖書学、仏教入門講座もあり、合奏団や合唱団も組織された。

グラスはここで現物を使わない料理コースに参加する。食べ物はなし、講義のみの初心者向けコースということだが、豚一頭まるまる利用する方法を教わるなど本格的であったらしい。グラスは熱心に話を聞いて、なけなしの紙にメモを取って、のちのちその教えを守って料理に励んだのだそう。


【米軍によるホロコーストに関する教育】
205頁あたり。捕虜収容所では、アメリカ人教育将校による矯正教育が行われた。しかし彼の「努力は無駄だった」「私たち、もちろん私自身もだが、彼が見せる白黒写真を信じようとはしなかったからである」。

「それはベルゲン・ベルゼンやラーヴェンスブリュックの強制収容所の写真だった… 私は死体の山や、焼却炉を見た。飢えている人々、餓死した人々、骸骨になるほどやせた別世界から来たような生存者を見たが、信じることはできなかった。私たちの言う言葉は同じだった、「それで、これをドイツ人がやったって言うのかい?」「絶対、それはドイツ人のしわざじゃない」「ドイツ人はそんなことはしないよ」」

「私が少しずつ理解し、自分が知らないあいだに、もっと厳密には、何も知ろうとせずに、犯罪へ加担したことをおずおずと認め始めるまでには、時間がかかった。その犯罪とは年とともに小さくなるものではなく、時効になろうともせず、相変わらず私を苦しめている」

【故郷の喪失】
グラスはダンツィヒの出身。自由都市ダンツィヒは戦後、ポーランド領グダニスクとなる。グラスは、ダンツィヒを追放された親類たちと戦後しばらくして連絡をとることができるようになり、両親や妹とも再会を果たす。

「あちこちに散在している親戚の葉書には、破壊された故郷ダンツィヒのことや」「彼らが耐え抜いてきた苦難の数々について書かれていた。」「また自分たちが知るはずもない「犯罪と称されること」についても書かれていたが、そこからは「だけどポーランド人たちが我々にしたあらゆる不正は、何ひとつとがめられていないのではないか……」という言葉が読み取れた。」

「我々追従された者はどこに行っても歓迎されずつらい目にあっています。私たちも同じドイツ人だというのに、ここにいる人々と同様に……」


【ペルジール証明書】
デュッセルドルフを本拠地にしたヘンケル社で製造されたペルジールという名の洗剤から、「ペルジール証明書」という言葉ができた。それを使えば褐色(=ナチス)の汚れが付いたたくさんのチョッキがまっ白に洗浄でき、その後は役職も地位もクリーンな男に納まることができるというのだ。」319頁。

【オットー・パンコークとロマ人たち】
327頁あたり。「彼は私にとって長いあいだ…模範となりつづけた」「余った賞金でロマとシンティの民族のための財団を設立したとき、隔年で与える財団の賞をオットー・パンコークにちなんで名づけることにしたのは、私にはごく自然なことだった」

「彼はナチスの時代、作品の制作と展示が禁じられていた。」

【ハンス・ヴェルナー・リヒターとの出会い】
432頁。グラスを文学者の集い「四七年グループ」に誘い、文壇デビューのきっかけをつくった。

【パウル・ツェラン】
450頁あたり。ツェランはユダヤ系。両親は収容所で亡くなる。グラスとパリで交流。「私は何度か、パウル・ツェランがそこからは逃れられないと思っていたあの回転から、彼を誘い出すことに成功した」。しかしのちにツェランは過去の記憶に苦しんで自殺。


解説より
【SS隊員であった告白を受けて】
455頁から
ヴァイツゼッカー(元ドイツ連邦共和国大統領)「…彼の文学の力と彼が野蛮な戦争の後にドイツ=ポーランド関係でもたらした際立った功績は、何も変わらない!」

クリスタ・ヴォルフ(旧東独作家)「今も昔もグラスは私の同僚、他の同僚たちのために戦ってきた」「あのドイツ再統一の騒動のとき、私をたったひとりで弁護してくれたことに感謝している」

【「ゆっくり」のススメ】
460頁。1999年に「学ぶ教師」という外国人問題をテーマとする講演をした。そこで彼は異文化を背景にした人々から学ぶことを説き、総合学科の教科として「ゆっくり」やることの学習を推奨している。慌ただしい時代、あえて自分の内面と向かい合うこと、読書によって孤独に浸ることの重要さを説いている。




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by chekosan | 2018-10-21 14:18 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
同志社で担当している「特殊講義」。今まで法学部の科目だとばかり思っていたら、どの学部でも履修できるのだと初めて知った3年目。そして実際、今年は文学部哲学科からも数名受講!学際科目だ!(?)

昨年度の講義科目受講生や春の講義科目受講生も数名受講しています。これって、とっても嬉しい☆(´∀`*) 

結果、初年度2人、2年目5人、そして今年は10人と、倍々ゲームで、とうとう二桁です(笑) 

今年は、科目のサブタイトルを「文学で学ぶ東欧・ドイツ・ロシア」と題しました。ずっとアシスタントをしてくれている院生君、科目名を見て、「どんどん範囲が広がっている! どこまでいくんだろう!」と思ったそうです。

形式上、科目の設置の条件としてサブタイトルを変える必要があったということもあるのですが、こうして範囲をゆるくしておくと読む本の選択肢が広がるからいいかなと思ったのです。( ̄▽ ̄) 

ということで、今年は過去2年、あまり読めていなかったロシアものからスタートしました。

しかし、あえて日本人作家の作品。米原万里さんの『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『オリガ・モリソヴナの反語法』です。

いずれも米原さん自身の少女時代の経験をベースに書かれています。チェコやロシアを舞台としたノンフィクションとフィクションです。


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関連本なども読み直して予習するの図。右にあるお菓子は米原さんの『旅行者の朝食』に出てくるハルヴァ。昨年、リトアニアで見つけ、今年はエストニアで見つけました。エストニアで買ったノートにメモをとっていきました。このノート、ロシア語練習帳のようなページが入っていて、この本のノートにぴったりです。

※『旅行者の朝食』は関西ウーマンの書評コーナーで取り上げました。




『嘘つきアーニャ』は以前に読んでいたと思ったのですが、第1部を読み始めて、あれ??

もしかしたらNHKのドキュメンタリーで見ただけだったかも? 

おませな少女の下ネタ満載で、授業で使って大丈夫だったかと苦笑。でも、もちろんそれで終わりではなくて、社会主義期のプラハの学校に集った4人の少女たちの学校生活を通して、社会情勢、国際情勢を鮮やかに描き出しています。

米原さんと3人の友人たちは長く音信不通になっていたのですが、30数年ぶりにNHKの企画で再会を果たします。

番組の方では会えた良かったで終わるのですが、『嘘つきアーニャ』の方では、過去のエピソードに加え、再会に至るまでの調査の過程や、そこでわかってきた友人たちの人生、それに対する米原さんの思いが詳しく語られます。



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『オリガ・モリソヴナの反語法』はフィクションの小説です。少女時代にプラハのソビエト学校に通っていた日本人の主人公が、ソ連の崩壊、情報公開を機に、異彩を放っていた女性教師たちの謎を解いていくという話です。

フィクションですが、歴史的事実を巧みに織り込んだリアル感たっぷりの話になっています。

主人公が謎解きをする今の時点(1992年のモスクワ)、主人公たちがプラハのソビエト学校に通っていた1960年代、女性教師たちの過去(1930年代から50年代)と、3つの時代を行き来する構成で、主人公の回想もあれば証言者の話、手記による説明などを行ったり来たりするので、一読ではわかりづらいところもあります。

そこで、『オリガ・モリソヴナの反語法』年表を手分けして作りました! 

歴史的事実と、作品中の登場人物たちの動きとをピックアップしていくと、A3で2枚分になりました。
私も最後の3章をやってみましたが、これはなかなか面白い作業でした。

細部の修正や補足などをして、クラスのみんなの共有財産にしようと思います。

で、『オリガ』、文庫本で500ページほどあるのですが、みんな一気に読めたようです。

謎解きも面白いけど、歴史とからめたリアルな描写がとても面白かったという感想や、

日本人作家の目と体験を通して書かれた作品であることで、かえって理解や親しみを深められたように思うという感想、

ヨーロッパが舞台だけど宗教がからんでこないのは日本人でソビエト学校に通っていた米原さんだからこそではないかという感想(なるほど!)、

歴史を知るということは、政治家や戦争の名前を覚えるということではなく、個人の物語を見つめることが重要なのだということをあらためて感じたという感想、

何度も読むべき本だと思った、人間の一生ってすごい、人が生きるために必要なことってなんだろう、、、

などなど、それぞれいろいろと考えてくれたようです。

まだ緊張感がみなぎっていて、わーわーしゃべって盛り上がるというのではないのですが、全員が同じ作品をじっくり(しかし一気に)読んでくるというのがなにより貴重な経験だと思っています。

全員が同じ読み方、感じ方をする必要はないと思っています。誰かが取り上げた箇所に、そうそう、そこ面白いよねと思ったり、そんなとこあったっけと思ったり。

そういう時間をゆるゆる共有することで、じんわりとなにかが効いてくると思っています。


次の共通テキストは、『オリガ』における重要テーマからのつながりで、ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』です。

でもその前にインターバルで、次回は持ち寄り企画。旅行の報告や本や映画の紹介など、全員になにがしか発表してもらいます! とっても楽しみです!






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by chekosan | 2018-10-18 21:05 | ロシア・東欧に関する授業@同志社 | Trackback | Comments(0)
「ブリキの太鼓」で世界に名をとどろかせ、ノーベル文学賞を受賞したドイツの作家、ギュンター・グラス。

以前から社会的活動や政治的発言等を報道で目にして、知った気になっていました。2006年に一時期SS隊員だったと告白したときはショックを受け、2015年に亡くなったときも。長く気になる存在でした。

今回、そのグラスの研究者、依岡隆児先生の講演会が大阪で開催されると知り、友人と行ってきました。

会場は大阪、谷町六丁目の駅を上がってすぐの隆祥館書店さん。面積は小さいながら、特色あるお店づくりをされていて、何度もメディアで取り上げられているところと知りました。作家のお話を直に聞くトークイベントも200回以上開催されているとのことです。

あらかじめ予約・振り込みをしておいて、当日、依岡先生の著作をお店で受け取るという流れ。お店の前には看板が。



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入り口を入ると(というか入る前からというか)、どんと正面に棚がそびえていて、そのラインナップを見ると、こちらのお店のこだわりや主張が一見してわかります。

右手には、これまでのトークイベントに登壇された方々の著書コーナーも。特色ある棚づくりをされているなあと拝見しました。

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イベント参加料はゲストの依岡先生の著書代も含んでいたので、図書館で借りた本で予習。当日、新品の本に速攻で付箋を貼り替えました。^^



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本書はグラスの経歴や生き方と作品解説をまとめた評伝。とても読みやすくて、ほぼ一気読み。また知った気になってしまいました(笑)

講演会では、この評伝をベースに、先生が撮影された写真やグラス秘話なども披露されました。


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この企画、第二部は「まちライブラリー」(まちかどやお店などに設けた図書コーナーや私設の図書室など本を介した交流スペース)を提唱されている礒井純充さんと依岡先生のトーク、第三部は会場の参加者も交えてお気に入りの本を紹介し合うというものだったのですが、第二部以降は時間が押せ押せで…

依岡先生は四国で「まちライブラリー」や読書会を開かれているとのことだったので、その話も聞ける!と、とても楽しみにして行ったので、その点はかなり残念でした。(-_-)

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第三部でのフェイバリットブックス紹介タイムに備えて、私が用意していたのはこちら。これらを全部抱えて持っていったわけではありませんが。

ドイツの作家グードルン・パウゼヴァングの作品。


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イベントでは、グラスは難しくて読みにくい、長い、面白くない(!)といった感想も出ていましたが(私の意見ではありません)、それでいくとパウゼヴァングはわかりやすくて読みやすく、短く、面白いです。彼女は小学校教諭を務めながら、児童文学の研究で博士号を取得した人。子どもにも読めて、しかし深い衝撃を受ける作品を生み出しています。

ナチスドイツ政権下のドイツの村や町の「普通の」人々の様子を淡々と描いたもの、ドイツで原発事故が起こったという設定のフィクション、核戦争後の世界を描いたものなど、グラスの代表作とテーマが重なります。

見てみると、グラスが1927年、パウゼヴァングが1928年生まれ。同世代です。戦争終結時、17歳くらい。ぎりぎり未成年なので、戦争に責任があるとはみなされないが、まったく何も知らなかった、完全に関係がなかったというわけではない世代です。

生まれ育った場所も、グラスはダンツィヒ(当時は自由都市、のちにポーランド領グダニスク)、パウゼヴァングはドイツ領ボヘミア東部の町(戦後はチェコスロヴァキア領)で、2人とも戦後、故郷を喪失しています。

グラスは政治活動にも積極的に関わり、パウゼヴァングは小説を通じて戦争や核の問題を訴えたという違いがありますし、作品のスタイルや文体もずいぶん違うのですが、昨日のイベントで紹介するにはぴったりだったかなと思います。パウゼヴァング、いいのにあまり知られていないから、積極的に紹介すべきだったかな。


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グラスの作品は、同志社の特殊講義で読みたい気もしたのですが、絶版だったり高価だったりで、ちょっと難しいかもしれません。ほかの同世代の作家を取り上げて、そのときに一緒に紹介するというのもいいかも。昨日のイベントでもちょっと名前が出ていた、ハンス・ペーター・リヒターあたりはどうかなと考え中です。

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ところで、グラスは「長くてわかりづらくて面白くない」という発言を聞いたときは思わずのけぞってしまったのですが… 

今回に限らず、読み方や読む目的が違うと楽しみ方や捉え方は違うのかなと思うことはあります。

私は、著名な作品でも、歴史の証言というか資史料的な感覚でとらえているところがあって、「あ、ここでもイラクサが出てきた」とか「ペチカの裏で寝るってなに!?」(東欧~ロシアあたりの作品によく出てくる)といった超細部が気になって調べたりするのが楽しいのです。そういう細部に関して輪読の授業で語ってしまって、「へ?」みたいな反応が出ることもありますが。

でも、そのような細部にこだわって調べてみて、その小ネタ披露をしてみようという回を設けたときに面白がってくれた学生たちは作品全体も楽しめていました。そして、小ネタ披露でない回でも、よく読みとり、よく語れていたなあということを思い出したりしたのでした。


まとまりなくつらつら書き連ねてしまいました。グラスの作品の感想はまた別途…(いつか多分)













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by chekosan | 2018-10-15 11:14 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

今月の書評@関西ウーマン、公開されました。
https://www.kansai-woman.net/Review.php?id=201411

ブルーアイランドこと青島広志さんのイラストたっぷりピアノ名曲図鑑です!

ピアノやってる(やってた)人はもちろん、そうでない人にも!

青島さんの文章はユーモアがあるので肩肘張らずに名曲に親しめます。

でも、やはりなんといっても生のステージはもっとおすすめ♪
とにかく楽しいです♪


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by chekosan | 2018-10-13 13:56 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)

図書館総合展ラスト出展&横浜スタディツアーまで1ヵ月を切りました。
 
私個人としては、総合展に行くのは5回目となるでしょうか。

前任校時代に、この巨大な催しの存在を知って偵察。いつか学生を連れて行って、あの場で発表させるぞと密かに決意しました。

しかし移った先には(も)、図書館サークルも学生スタッフ的組織もない。

ということは、図書館なり本なりに関わる活動を立ち上げねばと、着任前後から図書館に協力をあおぎ、同じ科目を担当される先生を巻き込んで、「基礎技能科目」でしかない「文章表現Ⅱ」の受講生から有志を募り、作品を展示するなどして学祭でアピール。


2年目、3年目からは学内助成を取って、神戸からはるばる横浜へ遠征。ポスターセッションやプレゼンテーションやらを詰め込んで、とにかく経験を積ませ、実績をつくりました。


そして今年の春、総合展に参加した学生たちが中心となって、晴れて図書館サークルをつくるに至りました。


我々の役目は果たしたね、と話していたのですが。


過去2年はとにかく実質的な活動と実績を積ませて自信をつけさせて…と指導に忙殺されて、会期中も会場に缶詰。


横浜のヨの字も見れてなかったよねと思い始め…


あれだけ新聞を使った授業をして、新聞に何人も掲載させ、私単独の科目でも、新聞を使った授業の様子を新聞に掲載してもらって…とやってきたにもかかわらず、新聞博物館も行けてない。。。


ということで、今度こそラスト!
 
出展だけではなく、学生と横浜のまちを回ろうよ、ということになりました。

日本新聞博物館、新聞発祥の碑、開港資料館や記念館、氷川丸などを予定。

日本近代史を象徴するまちですよね。港町・神戸との比較もできそうです。


氷川丸は杉原千畝が救ったユダヤ難民を最終目的地に運んだ船の一つ。
千畝紀行・横浜編も兼ねられます。


今年こそ、横浜のまちも満喫しようと思います!


※写真は2017年の図書館総合展での発表の様子


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by chekosan | 2018-10-02 21:15 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
1日にバルト3国の旅から帰着。その3日後、台風21号に襲われた関西空港の様子に心を痛めた9月初旬。
学生たちと快晴の空の下、広島の原爆遺構を訪ね、現地を歩く意義を体感した中旬。
興奮冷めやらぬまま新学期を迎えた下旬。
非常に濃い一ヵ月でありました。

9月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:3107
ナイス数:401

なぜ日本の災害復興は進まないのか―ハンガリー赤泥流出事故の復興政策に学ぶなぜ日本の災害復興は進まないのか―ハンガリー赤泥流出事故の復興政策に学ぶ感想
記録を忘れていた本。ハンガリーで2010年に起った赤泥流出事故では10名の住民が亡くなり、付近一帯の環境に重大な影響を与えた。赤泥はアルミニウム製造の過程で出る強アルカリ性の残滓。事故の直接の責任はアルミ会社にあるが、被害の甚大さを鑑み、政府は迅速に処理に当たり、被害者救済に努めた。加害会社の責任は責任として、人命や財産が侵害されたという事実を重視し、「被災の緩和」を第一に対策に当たったこと、募金を基金にして、コミュニティ崩壊を食い止め再生を促進するような施策に融通した手法などを著者は評価する。
読了日:07月25日 著者:家田 修 ※記録を忘れていたので9月分としてまとめておく


ゲンロンエトセトラ #5ゲンロンエトセトラ #5感想
最近我が家はうっすら東浩紀ブーム。観光、ダークツーリズム、スタディツアー、ミュージアムに関心があるので、いろいろヒントを得ている。この雑誌はそれらを特集。特集記事のみさらっと読んだが、後に刊行された、東浩紀『弱いつながり』『ショッピングモールから考える』古市憲寿『誰も戦争を教えられない』に発展、結実しているので、これから読む人はそれらを読まれるといいだろう。後ろの方の連載「プラハのカフカ・ミュージアムと「世界文学」の時代の文学館」も、短いレポートだが、最近の私の関心に重なっていて興味深かった。
読了日:09月05日 著者:東 浩紀,高橋 源一郎,市川 真人,速水 健朗,古市 憲寿,海猫沢 めろん,いしたに まさき,ふるまい よしこ,河野 至恩,安 天,松本 直之,入江 哲朗,松山 直希


埼玉県立浦和高校 人生力を伸ばす浦高の極意 (講談社現代新書)埼玉県立浦和高校 人生力を伸ばす浦高の極意 (講談社現代新書)感想
県立高校名をタイトルにした新書、それも高校生とその保護者向けの講演録で一冊の本を出して採算が採れるという点で既に驚き。しかし佐藤氏がここまで高校生や保護者に個別に助言しているとは!あれだけの勢いで著作を出し、方々で教えたり講演したりしながら、受験や大学の動向も追い、メンタルな相談まで。もともと中学教師になりたいと言っていただけあって、教えみちびき寄り添うことが好きなのだなあ。いろいろ感嘆する。灘校生との対話の本の方が内容的には濃いので、一冊選ぶならそちらをおすすめ。
読了日:09月06日 著者:佐藤 優,杉山 剛士


新版 広島長崎修学旅行案内―原爆の跡をたずねる (岩波ジュニア新書)新版 広島長崎修学旅行案内―原爆の跡をたずねる (岩波ジュニア新書)感想
単なる史跡案内ではない。ヒロシマ・ナガサキという表記、被害と加害、被爆体験の絶対視と「継承」、「生き残りの後ろめたさ」といった問題について考えることを促す。語り口は穏やかでやさしいが、しっかり咀嚼しながら読みたい本。リフトン『死の内の生命』ではアウシュヴィッツからの生還者と共通する被爆者の心情を分析しているとのこと。重藤文夫・大江健三郎『対話/原爆後の人間』、永井隆『長崎の鐘』、林京子『祭りの場』なども読みたい。広島は近々初めて行く。長崎は二度修学旅行で行ったが再訪したい。より深く意義ある観察ができそう。
読了日:09月09日 著者:松元 寛


バルトの光と風バルトの光と風感想
再読。前回(一年前)は初のリトアニア旅行の情報収集としてざっと見ただけだったが、今回はバルト3国縦断後なので一気に読み通した。著者が3国を回った1999年夏と私が行った2018年夏とは、治安や経済状況(物価含む)、賑わいなどが相当違う。個人の旅行記は、月日が経つと情報収集としては適さなくなるが、逆に社会の変わりようを知ることができる。ということで、私も記録を残さねば。それにしても男性は気楽にお酒に誘ったり誘われたりするのだな。女子学生、あるいは母として旅行するとそういうのは皆無だわ~。
読了日:09月10日 著者:河村 務


4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した感想
資料調査や親族の証言で補って可能な限り当時の様子を再現した回想録。コミュニティがしっかりしていて、住民に有利になるよう働くユダヤ人評議会があったところでは、比較的長く共同体が存続し、多少ましな生活ができたようで興味深い。なお著者の親族のうちで唯一、戦争前に欧州を脱出した女性は、杉原千畝の発給したビザで日本を経由してアメリカに渡り、事業を成功させ、親族を呼び寄せたという。ここでも杉原ビザによるサバイバーが!詳しくはブログに記録。https://chekosan.exblog.jp/28650392/
読了日:09月11日 著者:マイケル・ボーンスタイン,デビー・ボーンスタイン・ホリンスタート


カウンターの向こうの8月6日 広島 バー スワロウテイル「語り部の会」の4000日カウンターの向こうの8月6日 広島 バー スワロウテイル「語り部の会」の4000日感想
この数年ヨーロッパの負の遺産を訪ねるようになって、広島に行ったことがないことが気になり出した。そこで同僚や学生とスタディツアーを計画、少しずつ関連本を読んでいる。戦後70年以上経ち、被爆体験者が高齢化し、亡くなられたり話せなくなったり記憶があいまいになったりされている。経営するバーで語り部の話を聞く会を10年以上続けた著者が、語りを直接聴くインパクトの強さを感じるとともに、記憶を記録に残しておくことも大事であると記しているところが印象に残った。著者自身も病気で若くして亡くなる直前まで本書を執筆された。
読了日:09月13日 著者:冨恵 洋次郎


嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)感想
文学やノンフィクション作品を通してロシアソ連東欧を知る輪読の授業で読むので再読。もしかして読んでなかったか? NHKのドキュメンタリーで見ただけだったか? 1本目読みだして、あれ? おませな少女の下ネタ満載で、授業で使って大丈夫だったかと苦笑。でももちろんそれで終わりではなくて、社会主義期のプラハの学校に集った4人の少女たちの学校生活を通して、社会情勢、国際情勢を鮮やかに描き出す。授業終えたら学生の反応や感想交えて、詳しく記録しようと思う。とりあえず選んで間違いではなかった。
読了日:09月13日 著者:米原 万里


世界を平和にするためのささやかな提案 (14歳の世渡り術)世界を平和にするためのささやかな提案 (14歳の世渡り術)感想
中学生から大人までが対象だが、ルビがあるので小学校高学年でも可。各界の著名人の提言は見事にそれぞれ文体が違うのだが、いずれも流れるような文章。かなり練って作られた本だと感じた。一人数ページなので読むのが苦手な子でも。クラスで分担して読んで紹介し合うのもよいかも。若い書き手はやや抽象的、感覚的だが、柔らかく寄り添う文体なので若者に響きそう。専門家は短い中に情報や考え方を凝縮していてさすが。私はやはり国際協力の現場を踏んできた方の提言にひかれた。特に伊勢崎賢治氏の「就活と戦争」を学生に読ませたいと思った。
読了日:09月14日 著者:黒柳 徹子,徳永 進,中川 翔子,永江 朗,伊勢崎 賢治,木村 草太,香山 リカ,ヨシタケシンスケ,田中 優,島田 裕巳,小島 慶子,春香 クリスティーン,辛酸 なめ子,竹内 薫,最果 タヒ,山本 敏晴,山極 寿一,上坂 すみれ,文月 悠光,サヘル ローズ,池澤 春菜,加古 里子


「ダビデの星」を拒んだ画家フェリックス・ヌスバウム「ダビデの星」を拒んだ画家フェリックス・ヌスバウム感想
同じ著者のもう一冊のヌスバウムの本https://chekosan.exblog.jp/28304919/ を読んで。もう一冊との違いがあまりわからなかったが(私が忘れているだけと思うが)、いずれにしてもヌスバウムの絵を観にオスナブリュックに行きたい。
読了日:09月18日 著者:大内田 わこ




新版 1945年8月6日―ヒロシマは語りつづける (岩波ジュニア新書)新版 1945年8月6日―ヒロシマは語りつづける (岩波ジュニア新書)感想
著者は学徒動員中に被爆。原爆被害を広く知らしめる運動に携わってきた。タイトルは広島への原爆投下の日であるが、カバーしている範囲は広い。広島と長崎の投下直後の惨状から始まり、その後の影響と苦しみ、原爆開発の経緯、使用の背景、広島と長崎が選ばれた経緯、戦後の情報隠匿から、80年代の欧州の反核運動の広がり、チェルノブイリ原発事故、INF全廃条約の締結まで。新版は1989年に出されたもの。著者は2000年に亡くなられている。
読了日:09月25日 著者:伊東 壮



オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)感想
『嘘つきアーニャ』に続いて輪読ゼミで読む本。事実と体験を巧みに盛り込んだフィクション。1960年代にプラハのソビエト学校で出会った女性教師オリガ・モリソヴナたちの謎を、主人公が旧友と共に90年代初頭に解いていくなかで明らかになるスターリン時代の人権抑圧の実態。限られた日数で資料を探し関係者を訪ね歩く過程も非常にリアル。いくつかのどんでん返しもうまい。謎解き小説として読むだけでもスリリングで面白いが、革命からのソ連東欧の激動と悲劇と人々の生き様を感じとれる作品としておすすめ。
読了日:09月28日 著者:米原 万里

読書メーター

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by chekosan | 2018-10-01 20:52 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
ポーランドのユダヤ人でアウシュヴィッツに収容され、4歳のときに解放された男性の回想録。

マイケル・ボーンスタイン氏は、老人や子どものほとんどが殺されたアウシュヴィッツ収容所で、奇跡的に生き延びて戦後を迎えた。

アウシュヴィッツを解放し、残っていた収容者の看護や帰還の世話をしたソ連軍は、解放直後の記録映像を撮っていた。マイケル氏は、大人になって、あるときこの映像を偶然見て自分が映っていることに驚く。

4歳と小さかったマイケル氏は、当時の記憶があいまいだったり鮮明だったりしたため、自分の体験をほとんど語ってこなかったが、この映像をみたこと、さらには、その映像が、アウシュヴィッツは組織的にユダヤ人を絶滅させようとしていたわけではないとする「歴史修正主義者」の「証拠」にされていることをインターネット閲覧時に知って驚愕する。

そこで、自らの記憶とジャーナリストの娘による資料調査、ホロコーストを生き延びた親族たちの証言によって可能な限り当時の様子を再現し、後世に残すことを決意した。それが本書である。


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マイケルたちの親族はポーランドのジャルキという町に住んでいた。ここはユダヤ人が三分の二、3千人強、暮らしていた。それがナチスドイツの侵攻によって「オープン・ゲットー」化され、強制労働、手当たり次第の暴力や処刑にあう。

マイケルの父は、ゲットーごとにつくらされた「自治組織」であるユダヤ人評議会の長を務め、ユダヤ人家庭から隠し持った財産を寄付してもらい、それを基金にして、逃亡の資金やSS将校への贈賄の元手にして、数百人の命を救った。

ジャルキのユダヤ人が全員、強制移送によって追い立てられた時も、マイケル一家だけは別のまちの軍需工場に送られて助かった。

ユダヤ人評議会に関しては、対独協力というそしりや批判もあるが、コミュニティがしっかりしていて、ユダヤ人住民に有利になるよう働いた評議会があったところでは、比較的長く共同体が存続し、ほかよりは多少ましな生活ができていたようである。

リトアニアでの二人の生存者の証言録でも、ヴィリニュスとカウナスでは評議会の評判やコミュニティの存続の様子がずいぶん違い、興味深い。
→ マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女 
  リトアニア旅行記(6)カウナス・ゲットーとソリー・ガノール『日本人に救われたユダヤ人の手記』(講談社 1997)




戦後、ジャルキに帰還したユダヤ人はほんの数十人だったという。マイケルも祖母と帰還するが、家はポーランド人住民に占拠され、苦難を強いられる。それでもマイケルたちはまだ親族の多くが生存している方であった。しらばくして叔母や母も帰還し、その後、故郷に残ることを譲らなかった祖母以外の親族は、数年の準備を経てアメリカへと渡った。

なお、戦争前に親族のうちで唯一、欧州を脱出した女性は、杉原千畝の発給したビザで日本を経由してアメリカに渡り、事業を成功させ、親族を呼び寄せたという。ここでも杉原ビザによるサバイバーが!

杉原の書いたビザは公的には2千通ほどだが、これを持って無事第三国に渡った人たちは、今度は欧州に残ったユダヤ人を助ける側に回った。彼ら自身や子孫、彼らが支援した人びとを合わせると、直接、間接的に相当多くの人たちを救ったのだとあらためて思う。




マイケル氏は仕事を引退してから、ときどき子どもたちに向けてホロコースト体験を語っているという。若い世代に読んでもらえるよう、本書は小説的にやさしい言葉で書かれている。

とはいえ、マイケルたちを取り巻いていた状況は悲惨で、さらりと残虐な行為や場面が頻出する。戦闘行為や爆撃による死も悲惨で不幸で許容しがたいことには違いないが、ただ虐め辱めるためだけに人々が殺されていく場面は耐えがたい。

マイケル氏が70代になるまで体験を語らなかったのは、自身が幼くて記憶があいまいだったから控えていたということもあるだろうが、そうした状況で自分たち親族は比較的高い割合生き延びられたということを声高に言えない、言うべきではないという抑制があったのかもしれない。






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by chekosan | 2018-09-11 12:56 | 読書記録 | Trackback | Comments(2)
2018年8月は、上旬に何年ぶりかで家族揃って杉原千畝の足跡を辿る旅・岐阜編、
下旬は高2息子とバルト3国10泊12日の旅、合間に仕事やちょっといろいろ。
目一杯みっちりでした。

ということで読んだ本は旅ものや、
9月中旬に予定している学生たちとの広島スタディツアーの準備がメイン。



8月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:2169
ナイス数:146

まわしよみ新聞をつくろう!まわしよみ新聞をつくろう!感想
みんなで新聞を回し読み、気に入った記事を3本ずつ切り抜いて、その記事をネタにして順におしゃべり。最後に切り抜きを1枚の紙に貼り付けて壁新聞をつくるという「新聞遊び」。子らが小6、小1のときに「親子まわしよみ新聞」に参加して、これは面白い!と教員仲間にも紹介。自分の授業にも取り入れています。でもやっぱりやる側の方が楽しいです☆ 定期的に小さな集まりでやれたら理想! 「関西ウーマン」書評コーナーで取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review.php?id=201378
読了日:08月04日 著者:陸奥 賢





広島の木に会いにいく広島の木に会いにいく感想
原爆の爆心地から半径2キロ圏内で生き残った被爆樹木と、樹木を調査し、守り、伝える人々をドキュメンタリー映画監督が訪ねる。その場を動けないにもかかわらず熱線や爆風に耐えて生きのびた植物の強さに感銘を受ける。生きているだけに、挿し木をして子孫を残すにも非常に繊細に扱わなくてはいけない。また、木の内部を研究するのは現在の科学ではなかなか難しいとのこと。学生と広島スタディツアーに行くので、ぜひとも一緒に何本か見てきたい。小学高学年から読めるようルビつき。イラストもいい。年齢を問わずおすすめ。
読了日:08月10日 著者:石田 優子


被爆樹巡礼被爆樹巡礼感想
広島の原爆で傷つきながら生き残った被爆樹木をていねいに紹介する本。被爆樹木を守った人々の証言も掲載。被爆樹をめぐるモデルコースも。被爆者が高齢化し、被爆体験の伝承はあとの世代に引き継がれようとしているが、人間や建物等よりも寿命の長い樹木は、「現場」に残る「現物」として悲劇と復興を伝えてくれる存在になる。それにしても植物の生命力はすごい。児童書の『広島の木に会いに行く』とともにおすすめ。学生と広島スタディツアーに行くときには、2冊を参考に、被爆樹にも会いに行きたい。
読了日:08月12日 著者:杉原 梨江子


はじめての沖縄 (よりみちパン! セ)はじめての沖縄 (よりみちパン! セ)感想
同じ著者の『断片的なものの社会学』を読んだあと、著者が作家デビューされたと報道で読んで納得。『断片~』を読んだときも感じたのだが、本書はさらに全編にわたって「わたし」が溢れ出る。自分を対象(本書の場合は沖縄)にめりこませ、なのに一体化できていないという意識を持ち、自分と対象との関係性に過敏になり、どうふるまうか、どう思考すべきかに悩んで、その逡巡までも不特定多数の読者に開陳する。沖縄に対峙するということを思考する本だが、それ以上に著者本人が発露している本という印象。シンクロする人はシンクロするだろうな。
読了日:08月15日 著者:岸政彦


「超」旅行法 (新潮文庫)「超」旅行法 (新潮文庫)感想
お出かけの行き帰りの電車で読むのに図書館で急いで借りた本。そのため飛ばし読み。ちょっと年月が経って古びている感じもあるが、そこは仕方ない。準備をするために旅をする=旅は準備こそが楽しい、というのはまったくそう。いろいろ調べてスケジュールを組んで、グッズを用意して。でもあまりに慌ただしい日々だと、ロクに準備できてないのに前日、なんてことになる(;´Д`A ``` いままさにそれ。って、こんなこと書いてないで、準備しなくちゃ! 明日は早いぞ!!(汗)
読了日:08月19日 著者:野口 悠紀雄


十五の夏 上十五の夏 上感想
いやすごい。彼は詳細な記録を残しているのだろうか、あるいは体験をつぶさに記憶しているのだろうか、あるいはどちらもか? 自由旅行ができなかった1975年に高校一年生が一人でソ連・東欧をひと夏かけて旅行するとは。上巻は東欧編。国ごとの違いが興味深い。書評連載で取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review_s.php?id=201394
読了日:08月20日 著者:佐藤 優


十五の夏 下十五の夏 下感想
下巻はソ連編。彼が十五にしてソ連・東欧に旅したいきさつにも紙幅を割いている。北方領土に言及する場面では元外交官の顔が出てきて若干異質。それにしてもこの時代にこの歳で、この知識、能力、好奇心、コミュニケーション能力。やはり異能とか知の怪物とか言われる人は少年時代から違う。しかも繊細で礼儀正しくかわいらしいんだから。当時の写真も興味深い。書評連載で取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review_s.php?id=201394
読了日:08月21日 著者:佐藤 優






ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市 (幻冬舎新書)ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市 (幻冬舎新書)感想
著者たちが強調するように、学術的に証拠立てて論じた本ではなく、ショッピングモール「から」いろんなことを読み取ってあれこれ対談した本。ほほうと思うところ多々あり。それでもやっぱりあの空間には愛着は持てないと思ったり、だけどどこに行っても本能的に?「わかってしまう」空間構成になっている点に普遍性を感じたり。古い街並みの残るバルト3国への旅行中に読んでいたので、旅先でもあえてモールにも入って観察した。そして日本も欧州も香港もほぼ同じだなあと確認した。本書のとおり、吹き抜けには個性、内装の妙ありか。詳しい記録は別記事で。
読了日:08月31日 著者:東 浩紀,大山 顕




読書メーター

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by chekosan | 2018-09-08 20:31 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

夏は旅ものを取り上げたくなります。

関西ウーマンの書評連載、今月は佐藤優氏の旅行記です。


1975年に高校一年生の優少年は夏休みいっぱい、ソ連・東欧をたった一人で旅しました。


社会主義真っ只中、自由に旅行できなかった時代です。

トラブルもあれば、心温まる出会いもあり。

優少年の英語力、知識、コミュニケーション能力、好奇心、記憶力に舌を巻きます。



当時のソ連・東欧の様子も興味深いですよ!

大部の2巻本ですが、少年目線の旅行記なので、どんどん読めます。


本文はこちら。


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by chekosan | 2018-09-08 20:27 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
8月下旬は、上の息子を連れてバルト3国に行っていました。旅行記録はおいおいアップするとして。

今回、旅の友で持っていった本の一つがこちら。


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最近、我が家で東浩紀氏がちょっとしたブームになっています。

少し前に同氏の『弱いつながり』を読んで、かなりしっくりじんわり浸透しまして、書評連載で取り上げたり、ちょいちょい言及したりしていたら、感化された夫氏もネットで対談を次々視聴し始めました。

ショッピングモールに関する本も何冊か出されていることを知り、あああしまった!と買ったのが旅行前。なぜ今まで気づかなかったのか。というのは、記事の最後で。



著者たちが強調するように、本書は、学術的に証拠立てて論じた本ではなく、ショッピングモール「から」いろんなことを読み取ってあれこれ対談した記録です。

ほほうと思うところ多々あり。それでもやっぱりあの空間には愛着は持てないと思ったり、だけどどこに行っても本能的に?「わかってしまう」空間構成になっている点に普遍性を感じたり。

古い街並みの残るバルト3国への旅行中に読んでいたので、旅先でもあえてモールにも入って観察しました。そして日本も欧州も香港もほぼ同じだなあと確認しました。本書のとおり、吹き抜けには個性、内装の妙ありか。それでも同じような雰囲気ですけど…



ラトヴィアのリガの Galerija Centrs は、旧市街の真ん中に1919年創業の商業施設で、その後、名前も建物も変わってきて、いまは近代的なピカピカのショッピングセンターなのですが、階段の部分には昔の雰囲気が残されていました。

対談のなかでも触れられていますが、その場所の歴史を感じさせる空間づくり、ということに私はこだわりたい派。



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商業施設内は撮影禁止のところが多いので、基本、私も撮らないようにしていますし、はっきり禁止と明示されたところでは今後も撮らないでおこうと思っています。

が、写真家の大山さんの言葉を励みに、撮影が可能なところに関してはバシバシ写真に残していこうと思いました。

「写真は10年寝かすと変わる」
「写真というのは本質的に記録のためのものなので、すぐに発表しなくてもいい」
「ばんばん撮ってハードディスクのなかに寝かせておけばいい。10年も経ったら、むしろ「よくぞ撮ってくれた」と褒められるに決まっています」
「法律や価値観はすぐに変わりますからね。価値観の耐用年数より写真の耐用年数のほうが長い」
「撮るのならば真剣に撮るべきです。そこは妥協しちゃダメです。」



旅行中の就寝前に切れ切れに読んだので、付箋をつけたりメモをとったりできていなかったのですが、ものすごくヒントやアイディア(思想、思考)に満ちていて面白かったです。

こういう、わ~~っとしゃべりあう場、それを残すという実践は大切だと思います。

大山氏の写真の話のつづきで、東氏も、こういう対談をデータとしてどんどん残していくこと、リアルタイムで見て(読んで)もらえなくてもそれが大事と言っていますが、たしかにそう思うのでした。



ところで、ショッピングモールといえば。

現本務校では前期に一年生を商業施設に連れて行ってフィールドワークさせてきました。共通の方針やワークシートがあるとはいえ、マーケティングや社会学的調査の専門家でない私にはなかなか悩ましい仕事でした。私なりに勉強や工夫はしてきたのですが、なにしろ写真撮影禁止、インタビュー禁止、バックヤード観察なし、立ち止まっての観察禁止、他所との比較なしという制約があり、、

しかし、本書を読んで、ああ、こういう視点や思考の広がりには共感できる、こういう観察や発想の展開ならできているし、好きだ、と思いました。「いま儲けるためにどんな工夫が必要か」という発想だけでない観察というか。文化史的、社会史的な目というか。

もちろん、東さんや大山さんのような蓄積、学識、発想を大学一年生が持てているわけはないので、このレベルの発見ができるよう指導することは無理ですし、そもそもそういうことを目的とした課題ではなかったので、そう指導するわけにもいかなかったのですが。

しかし、いずれにしても、何かを観察して気づく、発見する、新しいアイディアを生み出そうと思えば、たくさんの比較や知識、教養が不可欠であること、あるいは「いま儲けるために何が必要か」を気づくためには、そのための観察の手法をきちんと学んだうえで行うことが不可欠だということを再確認した次第です。



とはいえ、やはりショッピングモールやショッピングセンターには愛着や愛情はわかないですね。日本でも外国でも。いや、かろうじて、普段よく行くところには、応援したい、潰れないでね、という気持ちは持ててるかな。(^-^;

「郷愁」がわかないんですよね。外国に行って「郷愁」っていうのもおかしいのですが、広い意味での「ノスタルジー」とか、その土地の「匂い」がないわけですから。

これがまた30年くらい経つと、この形態の施設にも、うわぁ~~、懐かしい~~とか感じるのでしょう。いま、社会主義期の団地とか商店の様子を展示してあるところや、当時の雰囲気を再現した店などもちょっとしたブームになっていますしね。日本の雑貨市場などでも人気なくらいですから。

でも30年経ったら、商業の形態自体、ガラッと変わっているかもですね。そのとき、巨大ショッピング施設はどうなっているのでしょうね。





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by chekosan | 2018-09-02 16:32 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)