人気ブログランキング |

中・東欧、ロシア、大学教育、美術展、映画鑑賞などなど


by chekosan

タグ:映画 ( 115 ) タグの人気記事

先日観た「鑑定士と顔のない依頼人」に続き、美術モノです。今度こそ歴史と関係ある実話にもとづくお話です。 

いえ、「鑑定士~~」はそうとは知らず見始めたら現代フィクションだったのですが、とても面白かったです。私のなかで、かなりハマリ度の高い部類となりました。

今回の「ナチスの愛したフェルメール」、これまた邦題が微妙な映画です。

b0066960_10464060.png




More
by chekosan | 2019-04-15 11:34 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
いやいや面白かった。引きずる映画でした。

Amazonプライムビデオで過去の履歴から推奨されたリストに現れた一作。

まったく前情報を持っていなかったので、「ミケランジェロの暗号」とか、「黄金のアデーレ」のような、ナチスが没収した(しようとした)絵画を取り戻すとか鑑定するとか、そういった系統のお話かなと思って予告編を見たら、プラハが出てくるではありませんか!

絵画とプラハが出てくるミステリーとなれば、逃す手はない!

結果、歴史的背景などは関係のない、まったくの現代のお話で、完全なフィクションだったのですが、とても面白くて。

見終わったあとものすごく引きずってしまい、いったいあれはどう解釈すればいいのだろう、他の人はどう受け止めたのだろうと、インターネットでいくつもの感想を読みまわってしまいました。

ただ、インターネット上の情報は、鑑賞した人の感想や解釈や、それらを受けての感想、さらにはそれらを間接的に見て「~~らしい」「~~なのだそうだ」と変化していくことが多いので要注意です。


この作品の感想も、どうやら二重三重に間を挟んでの記述が多いことが見えてきました。

商業映画で、しかもミステリーですから、公式サイトや宣伝媒体には、完全なるネタバレや解説、深い考察は出てきません。

ということで、日本で公開されたときのパンフレットと、監督が出版した本を入手して読むことにしました。

それでやっと、ちょっと気持ちが落ち着いたので(笑)、印象に残ったところを記録。

ただし、この作品は絶対にまっさらで見た方が良いので、ネタバレはなし。解釈や感想もネタバレにならない程度にします。

なお、これからの方は、映画鑑賞→パンフレットや書籍で見ていくことを強く推奨します!



b0066960_11144399.jpg




名作求む!心に残った本・映画・音楽教えて!



More
by chekosan | 2019-04-14 12:58 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
あの衝撃の映画「サウルの息子」のネメシュ・ラースロー監督の新作とあればと、映画「サンセット」(2018年)を見てきました。

b0066960_00442161.jpg


火事で焼け落ちた高級帽子屋の娘で、孤児となって遠方に養子に?出された女性が、帽子づくりの技術を身に着けて故郷に戻り、生家の謎、生き別れの兄の行方を追うサスペンス系ストーリーなのですが、それにしても、わからん話やな~~と思いながら観ました。

パンフレットの監督の言葉を読むと、それを狙っていたようなので、安心(?)しました。説明しすぎ、わかりすぎる映画が多すぎる、じっくり後からわかることだってある、との弁。

たしかに、主流の映画、売れる映画は、明快すぎたり、単純すぎるかもしれませんね。現実は、わからないままのこと、つじつまが合うような合わないようなこと、推測で納得しようとすることなんかに満ちていますもんね。

とはいえ、この作品は、謎のわからなさ以外にも、主人公が理解できなさすぎるんです。
 
「サウルの息子」のように、主人公に焦点を合わせて、主人公の動きをひたすら追う撮り方なんですが、今回の主人公がよく動く人で。

えっ、いま危ない目にあったばかりなのにまた行くの!?とか、そんなとこ勝手に行くのはどうなの? という行動を繰り返す人なのです。

なんだか、この人が動乱を呼び、加速させているかのように感じてきます。もしかして、そういう落ち着かなさや、波紋が大きな動きを呼ぶ、ということを彼女が象徴しているのかな?

ハプスブルク=ハンガリー帝国の末期、1913年のハンガリーの首都ブダペストが舞台です。ほこりっぽく、なんとなく胸がざわつくような雰囲気です。翌年には第一次世界大戦が勃発しますから、その不穏な空気を感じさせてくれる映画です。

ーーー

さて、今回は映画館も初めて行くところだったので、そちらの点でも未知の世界への探検でありました。

京都は出町柳の商店街に新しくできた「出町座」です。

このレトロな感じ! いいですね~。


b0066960_01094475.jpg

スクリーンは地下と2階に40数席ずつ。1階はカフェと本屋さんになっています。

思ったよりもこじんまり。アートアートしすぎず、地元地元しすぎず。ほどよく親切、ほどよくほっておいてもらえる感じだったので、上映までの時間、カフェ&本屋さんで気楽に待てました。

日替わりランチが出来るまでの間、書棚を見て回りましたが、これがとても魅力的。うちの本棚より少ないくらいの小規模な書店ですが、特徴のある選書、どれも読みたくなるようなラインナップでした。映画観なくても、また行きたいなと思わせる棚です。

遅めのお昼ごはん。来館された映画関係者のサイン入り小皿を見ながらおいしくいただきました。


b0066960_01253967.jpg

ハイスツールのカウンター席しかないだけはちょっと難かな。ハイスツールって後ろに昏倒したらどうしようって不安感が募って、若干具合が悪くなるんですよね。あまりそういう人っていないのかなあ。

劇場内の椅子も異様に高くて、足がぶらんぶらん。なんと足置きの木箱がありました。なぜにあんなに足が浮く椅子なのだろう(笑)

まあでも、他でやっていないような映画を上映してくれる貴重なミニシアター。これはというものがあればまた行きたいと思います♪

ーーー

帰りは鴨川を見ながら。

宴会の陣地をとる若者たち。春やねえ~。だけどブルーシートは絵的に美しくないね。座り心地も良くないだろうし。上にゴザでも敷いたら合うんじゃない?

b0066960_01390364.jpg

b0066960_01410562.jpg

by chekosan | 2019-04-06 01:45 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
絶対観なくちゃ!と楽しみにしていた映画「マイ・ブックショップ」を観ました。

本屋さんが一軒もないイギリスの田舎町に書店をつくった女性が、反発も受けつつ、理解者、協力者も得ていくという話だというので、うっとりと鑑賞できることだろうと想像していました。

そのとおりではあったのですが、予想と違ってもいました。

観ながらも、観てからも、とても感情が揺さぶられる映画でした。

以下、核心には触れないようにしつつ、印象に残った部分の感想です。

b0066960_16085574.jpg


まずは予想どおり、絵としてきれいな映画です。イギリスの田舎町の雰囲気がとてもいいです。海、緑、古い町並み、名士の邸宅、古い建物を修理して開いた小さな本屋さん。

主人公は戦争未亡人で、地味ですが可愛らしさがあります。お洋服や寝室の壁紙の柄がいかにも昔のイギリスな感じです。

主人公の書店開設を快く思わず、いろんな手を使って家屋を奪い取ろうとする土地の名士夫人は、もういかにもな美人悪役です。この人のファッションがこれまた素敵なんです。二人の女性はあらゆる点で対照的です。

主人公の顧客第一号となる偏屈引きこもり老人が、これまたいかにも古風で知的な紳士。

名士夫人や紳士の登場場面は、いったい何時代なんだろうと思うような画面ですが、1959年の設定なんだそうです。はじめのうちは、てっきり第一次大戦後くらいの話なのかと思いました。

ーーー

これも予想どおりでしたが、本屋さんの話なので、本が重要な役割を果たします。

読んでいなくても映画の筋はわかりますが、読んでいるとより深く理解できそうです。

主要なものは、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』その他、ナボコフ『ロリータ』、ヒューズ『ジャマイカの烈風』。

未読のものは、ぜひ読もうと思います。

ーーー

本作には原作があります(ペネロピ・フィッツジェラルド『ブックショップ』)。

が、これを読むかは迷うところです。

映画にとても気持ちを揺さぶられたからです。

映画のラストは、原作とは違うそうなので、よけいに。

純粋に本を愛し、亡き夫との結びつきでもあった書店を開きたいという主人公のまっすぐな思い、人を疑ったり出し抜いたりすることのない清廉潔白さ、理解者たちとの静かな交流、町の人が大きな関心を示した書店という生業、

そのような、主人公がごくごくまっとうに得たものが、権力者の画策によって奪われていく過程を見るのが、すごく辛く感じたのです。

ギャーと叫ぶような場面は一切ないにもかかわらず、声を出したくなって仕方がありませんでした。

主人公がごく通常の手続きで購入した不動産を、自分たちが芸術センターにしようと思っていた物件だと言って、あとから横取りしようと手を出してくる名士夫人。何年も空き家だったのに、なぜ今頃と思わざるをえません。


でも、逆の立場で話をつくったとしたら、町の歴史的財産ともいえる古い建物を生かしながら活用するために、営利ではない芸術センターにするという構想は、一見とても意義のあるものに思えます。

新しい所有者や、その人が扱う商品=本に関心のない人からすれば、あの建物を個人の商店にするなんて!といったところでしょうか。

このお話から離れて一般化すれば、

歴史的な建物を、代々の所有者でもなかった人物が営利目的の商店にしたうえに、批判的な評価もある商品を売って人を釣り、人だかりで通りが塞がれる。この由々しき事態を打開するには、法の力でもって、当該建物を公共のものにして、正当な目的に供しなくては!

となります。そのとおりだと納得してしまいそうです。古いものはみんなの財産、開かれたものにせねばと安易に考えるのも、場合によっては暴力的となる可能性があるのかもしれません。


女性であったことも不利に働く要因であったように思います。特に土地の名家の出というわけでもない女性に対する信用と評価の低さ。それなのに、書物という知的な分野のものを扱おうとすることへの嫉妬や反発。有力者を差し置いて商売を繁盛させる、ぽっと出の目の上のタンコブ。

これも、このお話を離れて別の設定にすれば、たくさんの女性が夢や志を挫かれる図式として一般化できますね…


とはいえ、この映画は、そうした構造を強く糾弾するものではありません。むしろ事態は淡々と進みます。

主人公に欠けていたのは、能力やセンスではなく、狡さやコネやマジョリティの間でのポジションとでも言いますか。

そこがまたかえってリアルで辛く見てしまいました。

この映画の監督は女性。本人も、主人公に自分を重ねたところがあるとのことです。

ーーー

その監督のインタビュー記事が面白かったので、一部をご紹介。

「人生において本はとても重要な存在だと思う。かつてはパリでも東京でも、地下鉄に乗ると本を読んでいる人を多く見かけたが、今はスマートフォンで猫の映像を見ている人ばかり。私も猫の動画は好きだけど、誰も本を読んでいる人がいないのは残念な気がする。手にしたときの重みも極めて重要だし、この映画では、本のにおいやちり、ほこりまで感じられるような表現を心がけました」

「最近の心配の種は、映画の見られ方の変化だという。例えばスマートフォンなどでシリーズ作品を一気に見るという人がいる。小さな画面で8時間もぶっ続けで見ても、すぐに忘れてしまうのではないか。」






by chekosan | 2019-04-02 18:08 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
先日から、反ナチ抵抗運動を起こして処罰されたデンマークの少年たちや、処刑されたドイツの「白バラ」の青年たちに関する本を読んだ流れで、映画「シャトーブリアンからの手紙」を観ました。

こちらは、1941年、ドイツ占領下のフランスで、ドイツ将校暗殺への報復として青少年を含む政治犯の大量処刑が行われたという実際にあった話。

処刑されたなかには17歳の少年も含まれていたということで知られているので、その少年に焦点をしぼったものかと思っていましたが、そういうわけでもありませんでした。



b0066960_10240040.jpg


史実なのでどうしようもないのですが、救いのない話です。

将校一人の命は占領地域の国民とは重みが違うということで、報復に150人を殺せとヒトラーから命令が下ります。

フランスを治めているドイツの軍人たちや、フランスの行政官はなんとか回避できないか、せめて犯人が捕まるまで時間稼ぎできないかと働きかけはするのですが、では50人ずつ順に処刑して、その間に犯人を名乗りださせるようプレッシャーをかけるという、減ったのだかなんだかわからない方策が採用されます。

ドイツ軍人やフランス行政官、処刑の対象に選ばれた政治犯たちがいる収容所のフランス兵たちは、いくらなんでもそんな命令に従うのは…と躊躇し、一度は(口では)拒否するのですが、結局、わりとあっさり流れ作業的に処刑の準備を整えていきます。

葛藤しているようでさほどしていない、責任を取りたくない、ほかに押し付けたい、それがだめなら名誉とか誇りとかいった美辞麗句で理屈をつけて意味あることのように言い繕い、ついでに自分の立場も正当化する、、、その中途半端な態度はリアルな反応なのかも?


他方で、元共産党員で寝返った人物が、処刑対象者を選ぶときの生き生きとした様も、別のリアルな人間性をあらわしています。この人、あえて、よく知ったかつての同志たちを処刑されるメンバーの筆頭に選び出すのです。

この人物、かつての仲間たちが政治犯として収容されている様子を視察して、彼らの蔑みの視線と言葉を浴びます。そこから帰ってきて、その彼らを処刑される人質の筆頭に挙げるのです。嬉々として。

ああ、ほかでもありそうですね、こういうシチュエーション。処刑する人を選ぶなんてことはそうそうないとしても、密告とか追い落としとかリストラとかで。


対照的なのが、処刑されることになった政治犯たちです。知的で品のある人たちばかり。毅然と運命を受け入れて、堂々と処刑されていく(おかしな表現ですが)様子は感動的です。

そのように描こうという製作者の意図もあるでしょうが、政治犯なので、実際にもそうだったのかもしれません。

処刑直前に彼らは手紙を書くことを許されます。なかには文字を書けない人もいて、若者たちが代筆する場面もあります。その手紙の文面も格調高いというか、美しく、感動的です。


興味深かったのが、収容所の様子です。東欧につくられたようなものとはずいぶん違います。ものを書いたり、音楽を演奏したり、運動会を催したり、棟の建物のなかで自分たちで料理をしたりしています。家族との面会も許されています。警備にあたるのもフランス兵なので、わりと大目に見て、便宜をはかったりしています。


処刑にあたるドイツ兵の描き方も面白いです。インテリで幹部候補生だけど実弾訓練を受けたこともない青年兵の動揺が痛々しい。処刑される側とする側に同年代の青少年を配したのは、実際もそうだったのでしょうが、映画としても効果的だったと思います。

一人に焦点を当てて悲劇的に描くのではなく、一つの理不尽な事件を多方面から見てみたというスタイルの作品です。このサラっとドライな感じはフランスならではなのでしょうか。美しい映像、という印象でした。









by chekosan | 2019-03-30 10:29 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
先日来、溜まりたまった書類などを整理しているなかに、思わず手を止めて見入ってしまった新聞記事がありました。

オーストリアの映画「ミケランジェロの暗号」の脚本家、ポール・ヘンゲさんのインタビュー記事です(毎日新聞2011年9月5日「ひと」欄)

記事を切り抜いたころは映画もあまり見ていなかったですし、ホロコーストやナチに関しても勉強していなかったので、この映画のことはすっかり忘れていたのですが、以下の部分は印象に残っていました。今回、切り抜きを発掘して、このエピソードはこれで知ったことだったのかと嬉しい「再会」が果たせました。

ヘンゲさんはユダヤ人で、14歳のときにナチに連行されます。大人たちは収容所に連行されますが、ヘンゲさんは警官に逃がしてもらいます。その警官に会いたいと思って探しているが、見つかっていないそうです。

ナチスだろうとユダヤ人だろうと、完全な悪人も善人もいない。幼心に学んだ。「人は簡単に峻別などできない。そんな人間の魅力を描きたい。それが私の原動力だね」(毎日新聞2011年9月5日「ひと」欄より)

そんなヘンゲさんの思いを反映したような映画でした。

以下、明らかなネタバレはなしで感想を。

b0066960_17464842.png

ときは1938年、ユダヤ人にとって安全な国と思われていたオーストリアが、ナチ・ドイツとの併合を決定します。

ウィーンの裕福な画商カウフマン一家は、家族同然に思っていた使用人(故人、おそらく家政婦さん)の息子ルディに裏切られ、家財を奪われたうえに収容所へ送られます。

カウフマン家の思いやりや支援を、ルディは、所詮、金持ちと使用人の関係、自分の力ではのし上がれないから施しを与えていただけだろうと受け止めていました。彼にとっては、ナチの党員になって親衛隊で出世することで逆の立場につくという野心の方がまさったのです。

ルディは、カウフマン家の秘蔵のお宝であるミケランジェロの素描を入手してSSでの点数を稼ごうとします。それと引き換えに一家はスイスに出国させて命は救い、一家が去ったあとにカウフマン家の屋敷や息子の恋人をわがものにしようと計画していました。ところが親衛隊はそんなに甘くありません。お宝だけ取り上げて、一家は収容所に送ってしまいます。

数年後、イタリアへの土産物として進呈されることになったミケランジェロの素描が偽物とわかり、本物のありかを知ると思われたヴィクトルが収容所から呼び出されます。本物を入手すべく、大佐となったルディと移動しているさなか、事故が起こってルディは重傷を負います。ヴィクトルは機転を利かせてルディと立場を入れ替え、形勢が逆転します。

果たして入れ替わりはバレないのか、本物のミケランジェロは、ヴィクトルの母はどこに!!

ーーー

ナチもの、ホロコースト関連のものは、どうしても重苦しくなりますが、この話はそうでもありません。

深い思想のある話というわけではないのですが、かわいがってくれていた一家の財産や自由を奪うような裏切り行為をしてしまうルディの鬱屈とした感情、真っ黒の親衛隊の制服に身を包んでカウフマン一家を見返しているつもりだけど、「伍長!」と上司に呼びつけられ、びくびくしている、いかにも成り上がりもののルディ、入れ替わってSSに成りすますヴィクトルが「この制服を着たくなる気持ちが少しわかる」とルディに吐露する場面などは、まさに「完全な悪人も善人もいない」ことをうまく表していると思います。

立場が人をつくる、人生や人間を変えるために立場を欲する、SSの制服と収容所の縞模様の服のような記号だけで人は振る舞いも扱われ方も変わるということをフィクションらしく誇張して描いていて面白く思いました。

入れ替わり、なりすまし、取り違いなどを重要なポイントに置いた映画は他にもありますね。おいおい観ていきたいと思います。


ヘンゲさんの意向も反映して、悲惨、悲痛なばかりではなく、単純な勧善懲悪や復讐劇でもなく、逆境を切り抜けようとする知恵とたくましさ、少しの苦々しさと爽快感をうまくミックスしていると思います。ほどほどのスリルを楽しめます。

戦前の富裕層の暮らしやファッションも素敵です。


b0066960_18305278.jpg







by chekosan | 2019-03-24 18:54 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
デンマークで第二次大戦中、実際にあった少年たちによる対独レジスタンスの活動を紹介した児童書『ナチスに挑戦した少年たち』を読みました。

彼らは、ドイツに対する徹底抗戦を唱えたイギリスの首相ウィンストン・チャーチルになぞらえて、自分たちのグループを「チャーチル・クラブ」と名付けました。

チャーチルといえば、劇場公開された映画を見逃して残念な思いをしたのですが、今こそ機が熟したのだと思い、Amazon Primeで鑑賞しました。


b0066960_22150570.jpg


ヨーロッパの国々を次々と攻め落としていくドイツに対して、宥和政策を続けようとするイギリス保守党の方針を大転換したのがチャーチルですが、党内では孤立していて、なかなか支持を得られません。

政策をめぐっての対立もその要因ですが、どちらかといえば、この映画の造形によれば、チャーチルその人に対する反発の方が大きいのかな。かなり癖のある人なのですね。国王までが「人を怖がらせる」と評するくらい。非常にエネルギッシュで、常にカッカと頭と口をフル回転している感じです。なるほど敵もできるわと思わせます。

でも妻には子どものように甘えて頼るんですね。そして機嫌が良いときにはユーモアもあって、なかなかチャーミングな面もあります。


b0066960_22353479.jpg


戦争を継続すれば、必ず兵士たちが命を失うわけですから、何かを決断することはたいへんな重責です。強固な意志をもつ指導者であっても、やはり恐怖と責任に押しつぶされそうになります。もはや意志は貫けないと折れそうになることもあります。

そうした揺れや迷いも抱えた一人の人間としての側面を主演男優の名演技で描き出した映画でした。

この映画で一番感動したのが、チャーチルが直接、庶民の声を聞くシーンですが、これはフィクションだそうです。(;^ω^)





by chekosan | 2019-03-21 22:52 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
フランスの作家マルグリット・デュラスの自伝的小説「苦悩」を原作とする映画「あなたはまだ帰ってこない」を観てきました。

第二次大戦末期、ドイツ占領下のパリが舞台です。

マルグリットと夫はレジスタンスとして活動をしていますが、夫が逮捕されてしまいます。なんとか消息を得ようと、夫を逮捕したゲシュタポと接触するのですが、夫は刑務所から収容所へと移送されてしまいます。

パリが解放されて捕虜になっていた人たちが次々帰還してきますが、マルグリットの夫は帰ってきません。行方知れずです。

日に日に憔悴し、起き上がることも困難になってくるマルグリットをレジスタンスの仲間の一人が支えます。

マルグリットの苦悩と混乱する精神状態を、不協和音の音楽や、ぼやけた映像で表現しています。かなり長々と「待つ女」の心理を映し出す映画なのですが、意外に飽きません。

マルグリットもそんなに美しいわけでもなく、むしろ生きながらにして亡霊のような雰囲気を漂わせているのですが、目を離せない静かな迫力があります。

デュラスの原作のフレーズをモノローグでつぶやく場面が多いのですが、フランス語がわからなくても、そのリズムや音韻に浸っていける文学的な作品になっています、

絵的にも、きらびやかではないけれど美しくて、さすがフランスという感じです。


マルグリットと夫は果たしてどういう運命をたどるのか。

原題の「苦悩」の言葉が意味するところは終盤にわかります。

ネタバレになるので明瞭に書きませんが、そういうものかもしれないと思いながら見終わりました。


b0066960_22392959.jpeg



by chekosan | 2019-03-17 23:16 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
映画「少女ファニーと運命の旅」の原作です。第二次世界大戦中の実話にもとづくお話です。

b0066960_00225679.jpg

ユダヤ人であるファニーの一家は、迫害を逃れようとドイツからフランスへと逃げてきますが、父が逮捕されます。共産党員であるという疑いでした。

フランスも安全ではないと悟った母は、ファニーと妹たちを児童救済機関に託します。

姉妹は3年間、ほかの子どもたちと安全に暮らすのですが、迫害は強まる一方で、子どもたちはフランスを転々とすることになります。

中立国スイスに脱出する途中、引率者が子どもたちを置き去りにして逃げてしまい、ファニーは残された子どもを率いて逃避行を続けます。

さまざまな困難をなんとか乗り越えて、最後には子どもだけでスイスへとたどり着きます。

ーーーーー

原作は、ファニーたちが親と離れる前の状況や、スイスに着いてからのこと、戦後のことも述べられているので、逃避行そのものはわりとあっさり書かれています。

映画は、すでにファニーたちが親と離れて救済施設で暮らしているところから話がスタートし、逃避行に絞った話になっています。逃亡の臨場感は映画の方があると感じました。

映画のパンフレットに掲載されているファニーさん本人のインタビューによると、映画は実際とは違うエピソードが盛り込まれていたり、逆に実際に起こったことで省かれていることがあったりするそうですので、映画がすべて事実というわけではありませんが、原作と映画を合わせると、当時の状況がよりわかりやすくなります。ぜひあわせてどうぞ。

映画の感想はこちら。




by chekosan | 2019-03-15 00:39 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
チェルノブイリ原発事故の放射能汚染によって、ほとんどの村人が退去したベラルーシ共和国のドゥヂチ村の四季を記録したドキュメンタリー映画です。

写真家の本橋成一さん企画・監督の日本制作の映画です。たいへん美しい映像です。

b0066960_15402244.jpg

ドゥヂチ村はもとは300世帯ほどあったのですが、撮影時点で居住しているのは6世帯だけでした。

撮影は1996年ですから、事故後10年ほど経った時点です。村にあった役場や学校は荒れ果てて廃墟となっています。村には許可なしに出入りすることはできません。

そうした村に残った人たちはどうやって生活しているのでしょう。

生計の手段は世帯によって違うのですが、ナージャの一家は、お父さんが近くの村に働きに行っていました。高齢者世帯は年金と自家菜園でやりくりしているようです。母を亡くした中年独身男性は「ビジネス」と称して、廃屋の屋根のスレートをはがして町で売るなどしているようです。

日々の食糧の多くは自家製で賄っています。地下室には野菜や果物が山と貯蔵されています。ヤギや牛、豚も飼っています。大事に育てた豚が育てば、屠殺して解体し、ソーセージを作ります。自家製ウォッカをつくる人もいます。

村で賄えないものはどうしているのでしょう。

ベラルーシの作家スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの『チェルノブイリの祈り』には、何10キロも歩いてパンを買いに行くおばあさんの話が出てきましたが、ドゥヂチ村には、週に一度、食料品販売のトラックが回ってきていました。そこで、パンやバターなどを購入しているのでした。

驚くのは、月に一度、90キロ離れた場所から、司祭が来るということです。この村は、宗教が弾圧されたスターリン時代も教会を守り抜いた信心深い土地なのです。

村の墓地もきちんと維持されています。村を離れた人も、亡くなると戻ってきて村に埋葬されます。

許可証なしには出入りできないというものの、そのような行き来はあります。

ナージャの一家は、子どもたちを学校に通わせるために町に引っ越しますが、お父さんは仕事があるので、一人で村の家に残ります。

この映画においては、ナージャ一家の引っ越しをめぐって両親が役所の担当者にぶつける不満が、穏やかで牧歌的な村の日々における唯一の起伏という感じです。

村人たちは、ナージャたちの出発を見送ったあとも、日々畑や家畜を世話し、歌を歌い、自然とともにある生活を続けます。

畑を耕して生きるニコライさんは、撮影をしていると「芝居がかってくる」人です。彼の引用した詩人エセーニンの言葉が印象的です。

「ロシアを捨て 天国で生きよ

 私は言う 天国はいらない 故郷を与えよ」



関連記事:















by chekosan | 2019-03-13 16:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)