中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan
年の瀬ですが、家事も仕事も山積みですが、あえて!映画を観に行きました。(^^ゞ

今年は月3~5本くらい研究関心に近いものや授業の素材になるような作品を観るぞと年頭に目標を立てたのですが、そしてたくさん観たい映画はあったのですが、なんだかちっとも振るわずで、ちょっともやもやしていたのです。

で、観たのは「家(うち)へ帰ろう」。だらだら泣けました。クリスマスイブにあえて一人で行った甲斐がありました(笑)

88歳、家も財産も娘たちに譲り、老人ホームに入ることになったアブラハムは、体調も芳しくなく、右足は医者から切断を宣告されているような状態ですが、命の恩人である友人との70年前の約束を果たすべく、アルゼンチンからスペイン、パリを経由してポーランドに会いに行きます。

アブラハムはユダヤ人で、アウシュヴィッツに収容されていました。そのため、「ポーランド」という言葉を口にすることすら嫌います。家族を死に追いやったドイツも通過したくない。

ところが、娘たちに黙って家を飛び出てきたため、ワルシャワへの直行便でなくマドリッドに降り立つことになります。そのため、スペインからは鉄道で北上するしかありません。

なのにお金を盗まれてしまい… どうなるアブラハム!


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このお話、ホロコーストものであり、親子の物語であり、強く優しい女性たちの物語でもあり、ユーモアもあって、いかにもフィクションの感動もののようにみえるのですが、実は監督の祖父がモデルの一人になっています。

監督の祖父もポーランド出身ですが、親戚の集まりでは「ポーランド」という言葉を口にすることはタブーだったとのこと。祖父は過去については一切語らず、監督の父母も知らされていなかったそうです。

監督は祖父たちの世代の体験を忘れないよう、多くの資料を読み、遠縁の親戚を探し出して何百ものエピソードを聞き取り、10年かけて6ー7通りのプロットを書き、ようやくこの作品をつくりました。

主人公がかつて住んでいた界隈は、監督の祖父が実際に住んでいた地区で、建物も同じ建築家の設計によるものなのだそうです。

…というパンフレットのインタビューを読んで、さらに感動は深まりました。



主人公の末娘が、父親の腕の入れ墨と同じ数字(アウシュヴィッツで付けられた番号)を腕に彫っているシーンが出てきます。これも、実際にそうして親や先祖の経験を忘れまいとする若い人たちがいるのだとか。

戦後70年経って、ホロコーストや戦争体験者は減り、生きている方もかなりの高齢になっています。そのうち生の証言を聞くことはできなくなります。そのため、アウシュヴィッツや広島では、歴史を伝承する役割は、直接の体験者から継承者へ代替わりをはかっています。

ホロコーストを扱った映画も、孫の世代が祖父母の世代の経験を伝えるという視点や目的で作られる時期になっているのでしょう。


舞台やテイストはかなり違いますが、「サウルの息子」(メネシュ・ラースロー監督)も祖父母をガス室でなくしています。





ちなみに、本作の監督は、好きな映画作品を訊かれて、ロマンスキー監督の「戦場のピアニスト」を挙げています。ロマンスキー監督は、少年時代にクラクフ・ゲットーから脱出して生きのびた人です。






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by chekosan | 2018-12-24 19:11 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
輪読ゼミ@同志社で、それぞれのおすすめ本や映画などを紹介する「持ち寄り企画」をしたときに教えてもらった映画です。


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アメリカのある高校で独裁制を理解するための実習授業をした結果、おそろしい現象が生じたという実話に基づいたお話です。舞台をドイツに移し、結末は実際とはかなり変えてあります。

面白そうなのでDVDを入手して家で家族で観ました。衝撃の展開。これはいろいろなところで紹介したい! ということで、学生にも紹介しています。観た学生たちは絶句。。。「最高に興味深かった」という感想をもらいました。

集団行動による陶酔感、一体感、その裏返しの排除。。。







私はこの映画、受講生に教えてもらうまで作品は知らなかったのですが、同じようなことをしている先生の実践報告を見たぞと思い、確認しました。こちらです。






集団への過度の一体感は、責任感の欠如や集団の規範への無批判な依存を生じさせます。
こちらの先生も引用されていますが、それを再現したミルグラム実験や監獄実験を扱った映画も観ようと思います。

いやそれにしても、この映画、怖いわ… おすすめです。







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by chekosan | 2018-12-16 10:35 | ロシア・東欧に関する授業@同志社 | Trackback | Comments(0)
もうずいぶん日が経ってしまいましたが、2011年の邦画「僕たちは世界を変えることができない。」を観ました。

珍しく東欧でもホロコーストでもナチスドイツでもなく、現代の日本のイケメン俳優くんたち主演の映画を観たのは、高校で鑑賞してきた上の息子が見ろ見ろとうるさく言ったから😅

葉田甲太氏の原作は読んだことがあって、細部は忘れましたが印象には残ったし、高校で鑑賞するくらいなら映画も悪くないのだろうとDVDを購入。家族で見ました。

医学生たちがカンボジアに学校を建てようと奮闘する実話です。


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主人公たちが訪れるカンボジアでのシーンは映画ならでは。カンボジアの自然、人々の暮らし、ポルポトによる自国民の大量虐殺の歴史を実に自然に伝えてくれます。

主人公たちがお世話になる現地のガイドさんのお話や、それを聞いた主人公たちの反応は演技ではないのではないかなと感じたのですがどうでしょう。

日本で仲間たちと資金を必死で集める場面は若干冗長だったり痛々しかったりするのですが、なるほど高校生から大学生くらいには良い刺激となる映画だと思いました。

かくいう私も、まずはヨーロッパを見て回ってからと思っていましたが、カンボジアやベトナムも行っておきたいという気持ちが強まりました。










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by chekosan | 2018-12-10 22:40 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
次々とアメリカの問題をえぐりだす話題作を生み出しているマイケル・ムーア監督。アメリカ中間選挙に当てて公開したという作品「華氏119」を見に行ってきました。

すでにいろいろな映画評が内容を紹介しているので詳細は省きますが、この作品に関しては予告編と本編がちょっと違うように感じました。本編は、より真面目に、深い洞察や追及の意思をもって編まれていると思いました。

ドナルド・トランプという誰もが予想しなかった人物がアメリカという世界の大国の大統領に選ばれたのは、アメリカの大統領選挙の独特な制度も大きく影響しています。

が、なによりも、有権者の半分近くが棄権したという事実がより深刻な原因であったとムーア監督はとらえています。
なぜ1億もの人が棄権したのか。その事態を招いた責任は民の声を聴こうとしない民主党にもありました。

市民が政治に関与する意思を失えば民主主義は成り立ちません。共和党、民主党の政治家たちの言動に絶望を感じるような場面も次々展開されます。

しかし、そのような事態を打破しようとする草の根民主主義の動きも出てきました。まったく無名の女性たちや選挙権もない高校生たちが、社会や政治を変えようと声を上げ始めたのです。そういうところにアメリカの底力を感じます。

とはいえ、映画は決して楽観的には終わっていません。失望しているだけではだめ、希望をもっているだけでもだめ、動かないと、と背中を押される映画です。


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by chekosan | 2018-11-10 00:40 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
エミール・クストリッツァ監督の1998年の映画「黒猫・白猫」を観ました。
クストリッツァ監督の「オン・ザ・ミルキーロード」がとても面白かったので。

「黒猫・白猫」は、ハチャメチャドタバタ喜劇で、絵面もわりとババチイんですが、ぎりぎり嫌にならずに楽しく観れる線を追求している感じです。私はババチイ画面は好きではないのですが、最後まで楽しめました。それどころか、何度か声を出して笑ってしまいました。



まったく予習せずに見始めたところ、あれ?言葉がまったくわからない。これってユーゴが舞台だったんじゃないの?と思ったら、ドナウ河岸に住むロマの人たちのお話でした。

そのうち、いろんな言葉が飛び交います。明示されていませんが、ブルガリア国境が近いセルビア東部あたりが舞台のようなので、セルビア語やブルガリア語、ロシア語などが使われていたのかな。



ドナウ川というヨーロッパを代表する大河には、ロシア船やドイツ船など、いろいろな国の船が行きかいます。ロシア船が来ると一斉にボロい船が出て、船員と家電や動物の角、石油などを売り買いするのですが、その支払いはマルクだったりします。なんだか皮肉というか。そして、一攫千金ばかり夢みる主人公の父親はだまされてカスを握らされています。

ドイツの船ではフォーマルな装いの男女が船上でウィンナーワルツを踊ります。それを憧れの目で追う若いロマの青年。彼らの家はおんぼろで、トイレも共同の(?)ボットン便所だったりするのですが、卑屈にならずにたくましく生きています。



終始楽しげな映画ですが、だからといって貧しくても楽しけりゃOKとか、あるいはお金さえ手に入ればいいんだということを言いたいわけではないということを、青年の祖父の一言が表しています。祖父は、「ここには太陽がない」と彼の旅立ちを後押しします。



クストリッツァ監督の映画に特徴的といわれる音楽と動物の多用も良かったです。

豊満な女性歌手の声がとっても魅力的! この人がまたわけのわからない特技を披露するし。なんて素晴らしいお尻!

猥雑で、でも思わず踊り出したくなる音楽やダンスシーンの数々。

ひゃあ~~という感じで群れをなして右往左往するガチョウ、団扇をあおがされるネズミ、飛んでくるヤギ(このシーン、むちゃくちゃ可愛い)、車をむしゃむしゃ食べる豚たち、そしてタイトルにもなっている黒猫、白猫が、かわいくて重要な役を果たしています。



低身長の女性がチビチビ言われるところだけは、ちっちゃいものクラブの私としてはちょっと悲しい気分になったのですが、この女性の目がえらく鋭くて魅力的で、そして大活躍するんです。その小ささが最後にはプラスに働いて、終わりよければすべてよしでした。



社会風刺は入れていない喜劇ということですが、それでもいろんなことを読み取れるつくりになっているなと思います。そんなこと何も考えずに笑いっぱなしで見てもよいかと思います!





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by chekosan | 2018-09-07 18:54 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
お盆真っ盛りの京都で映画を観てきました。

邦題はなんだかもったりしていますが、面白い映画でした。

1941年から45年にかけて、ドイツの本国からユダヤ人は東へ「移送」され、まったくいなくなったと宣言されました。ところが、実は移送をすり抜けて潜伏していたユダヤ人が7000人ほどいました。そのうち戦後まで生き残ったのは1500人ほどだったそうです。

そのなかから4人をクローズアップし、本人へのインタビューや当時の記録映像も交えて作られた半ドキュメンタリー映画です。

4人の登場人物はみな生き延びていることがわかっているので安心して観ていていいはずなのですが、それでも非常にスリリングです。

4人は当時16~20歳の若者でした。家族も潜伏して生きのびた人もいますが、孤児となって一人で途方にくれる人もいます。

4人は直接交わることはないのですが、ゲシュタポ(秘密警察)の手先となっていたユダヤ人女性や、抵抗運動家の男性が、4人のうちの2人と接点をもちます。大都市とはいえ、ベルリンというひとつの街で生きていれば、どこでどうつながるか、知り合いに見とがめられるかわからないのです。いないはずの人間が2年も3年も生きていくのは至難の業です。

びくびくしていても怪しまれる、目立ってもいけない。原題 DIE UNSICHTBAREN(見えない者)のとおり、完全に外に出ずに息をひそめているか、逆に街に溶け込んでいなくてはいけないのです。

彼らを救ったのはドイツ人です。反ナチの市民や、共産主義者、あるいはごくごく普通の市民もいました。なんとドイツの大佐(!)の邸宅でメイドとして雇われたという人も。ユダヤ人を匿っていることが発覚すれば、ドイツ人であろうと逮捕され、極刑になる恐れがあったにもかかわらずです。

恐怖、空腹、孤独にさいなまれながら、知人友人、あるいは見ず知らずの人々の助けで、彼らはなんとか終戦を迎えました。

4人のみなさんは長生きされ、インタビューにも明晰に穏やかに、微笑みさえたたえて答えています。そのお顔つきや表情が魅力的です。

生きることを諦めてはいけない、他者が生きることを諦めさせてはいけないと感じたのでした。


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by chekosan | 2018-08-16 18:37 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ホロコーストの加害者と犠牲者の孫を主人公に据えた映画「ブルーム・オブ・イエスタデイ」を観てきました。

ようやく京都で上映されたので、これは逃すまいと意気込んで行ったのですが、若干予想と違いました。

ホロコースト第2、第3世代の抱える心の闇に焦点を当てるというテーマはオリジナリティがあるでしょうし、それをあえてコメディ的に描くのも斬新なのかもしれません。

祖先がホロコーストと関わりがあるからといって、現代の子や孫の世代が冗談ひとつ言わない生活を送るということはないでしょうし、その冗談が時には差別的だったり、下ネタ混じりだったりするのもリアルなのでしょう。

そういう新しい視点でつくった映画だというのはわかるのですが、、う~ん、、、

笑えるシーンも多いけど、痛かったり汚かったり生々しかったりが多すぎるかな…

主人公2人が、その出自の影響のせいだとしても、あまりにエキセントリックで、この人たちとレストランで一緒になったら確実に眉をしかめちゃうなあ、

「性」も重要なテーマで、登場人物たちがそれぞれ心に傷を負っていることと密接な関連があるのですが、しかし、この人たちの行動は理解しがたいなあ、

と、登場人物のどの人にも、ことごとく感情移入ができなかったのでした。(^-^;


でも、この夏、バルト3国に行くので、ラトヴィアが出てきたのは嬉しかったです。
ラトヴィアのシーンは、作品中でもっとも深刻で美しい、静かなシーンでした。

◇◇◇

パンフレットの解説や、監督自身の家族の話、俳優の談話はよかったです。

監督の祖父もナチス親衛隊だったそうで、その過去を調査するうちに、この作品のアイディアが生まれたそうです。

主演女優も、フランスの女優なのですが、この作品のためにドイツ語を練習したとか。もともと使える人かと思いました。すごいですよねえ、ヨーロッパの俳優さんは、、、

ラトヴィアにおけるホロコーストについても、野村真理先生が歴史的背景を解説されています。映画だけではよくわからない背景がすんなりとわかります。




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by chekosan | 2018-07-30 21:14 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
少々前ですが、「ヒトラーに屈しなかった国王」を観てきました。

1940年、中立国であるノルウェーにドイツ軍が侵攻します。表向き、ドイツはノルウェーに協力関係を構築しようと言うのですが、実質的には不意打ちの侵攻です。

すんでのところで国王一家、閣僚、議員たちは北部へ避難します。

首都ではクーデタが起こり、国民の信任を得ていない議員が首相を名乗り、ドイツへの協力を呼び掛けます。ドイツも彼を承認します。

ドイツの申し出を断れば多くの犠牲者が出ることが予想されますが、民主主義を標榜するノルウェーの誇りは傷つきます。

駐ノルウェー・ドイツ公使は、外交努力でなんとか戦争を起こさずに事態を収めようと奔走します。

極秘で公使と会談した国王の決断はいかに!?


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史実に基づいたフィクションということで、ドキュメンタリー風に撮られています。そのため、カメラがカックンとぶれることが多々あり、落ち着きません。いまひとつ安っぽくも感じられ、普通に撮った方が良かったのではと思いました。

とはいえ、日時を厳密に示しながら、国王やドイツ公使の動きをスリリングに映し出していて、かなりの臨場感があります。

すでに老齢に達した国王は腰痛を抱えての逃避行で、一人になると油汗を出して痛みに耐えるのですが、人前ではきちんと衣服を整え、決して辛そうな姿は見せません。

比べて、皇太子はボタンを外した状態で人前に出たり、思わず感情を露わにするなど、まだ青いな若造、という感じ。実際の皇太子も気さくな人柄だったようです。

そんな皇太子に国王が、国王としての振る舞いを教える場面などもあります。王室といえど親子、衝突もしますが、極限の状態ではやはり愛情が溢れ出ます。親子の物語としても見ることができます。



この王室、実は新しいのですね。

1905年に、ノルウェーはスウェーデンとの同君連合を解消して独立します。このとき、新たに王室を創設することになり、デンマーク国王の次男が即位します。それが本作品の主人公であるホーコン7世です。つまり、独立国家ノルウェーの初代国王ということになります。

ホーコン7世は、あくまで国民の意思により創設された王室にするため、国民投票を行い、賛成多数を得たのちに即位しました。

ドイツの侵攻に際しても、国民と、国民が選んだ議会、内閣こそに決定権はあり、自分が裏で交渉してドイツの要求を呑むようなことはできないとつっぱねます。

国王の毅然とした態度は一貫しました。ノルウェーは結局、ドイツに攻撃され、数年間占領されるのですが、イギリスに避難した国王はラジオから国民を励まし続けたそうです。

戦後、国王も皇太子一家も無事、ノルウェーに帰還することができました。今は、このときにアメリカに避難した孫のハーラル5世が国王になられています。



この作品で、ノルウェーの歴史や王室のあり方、王室と国民の関係といったことに関心を抱くようになりました。難しすぎず、感動シーンもあり、鑑賞しやすい作品だと思います。





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by chekosan | 2018-07-24 20:13 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
先日、映画「マルクス・エンゲルス」を観てきました。

今年はマルクス生誕200年ですね。

だからか、映画の原題は、The Young Karl Marx なのですが、実際にはエンゲルスにもたっぷりスポットが当てられています。邦題の方が合っているかも?と思いました。

思想家の、それも若かりし頃に焦点を当てた映画ということで、いったいどう表現するのだろうと思いましたが、マルクスもエンゲルスも人間だったのだなあという当たり前の事実を確認させてくれました。

2人とも、若くて、才能に満ちていて、自信たっぷりで、友情や愛に支えられて、世を変えてやる!という情熱がほとばしっていて、でも行き詰ることもあって、と、わかりやすく青春ものにしてあります。

同時代の思想的リーダーたちとの議論、抗争に勝ち抜いていき、労働者たちの国際組織で頭角を現して「共産党宣言」を書くまでのお話です。

主人公として取り上げているくらいなので、マルクスもエンゲルスも魅力的に描かれています。

それ以上に印象的だったのは、彼らの妻たちです。マルクスの妻は貴族出身、エンゲルスのパートナーは底辺労働者なのですが、公私ともに2人を支えたパートナーと位置づけられています。男2人よりカッコよかった!

ドイツ語、フランス語、英語が飛び交う映画です。

これを観れば『資本論』がわかる、というようなものではありませんが、マルクスやエンゲルスがひっくり返したかった社会状況がどのようなものであったかを理解するとっかかりとして良いのではないかと思います。


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by chekosan | 2018-07-23 17:02 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
いや~、これ、面白かったです♪

タイトルだけ見るといかにも戦争モノという感じですが、つくりとしてはコメディタッチの映画です。上映中、何度もくすくす笑いが起こっていました。



バルカンのどこかの国、内戦が停戦合意に達したものの、まだまだ危険がいっぱいの山岳地帯が舞台。

ある日、住民の水源である貴重な井戸に死体が投げ込まれます。

国際援助活動団体が、24時間以内に死体を引き上げて水の汚染を食い止めようとするのですが、頼みのロープがちぎれてしまいます。

ロープ1本を求めて活動家たちは車を飛ばすのですが、途中、地雷や地元の武装集団による通行止めや、その他いろいろな困難が行く手を阻みます。

果たして井戸の汚染は食い止められるのか!


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ごくごく普通のロープ1本が、なぜ手に入らないのか。

ロープが売っていないわけではない。存在しないわけでもない。目の前にあるんです。売ってくれれば、貸してくれれば、井戸は汚染を免れる。多くの人が安全な水を手に入れられるんですが、売ってくれない、貸してもらえません。それぞれに切羽詰まった理由や内戦が落とす影があるのです。

国連に要請しても動いてくれません。国連にも、国連のルールや理屈や、優先順位があるのです。

戦闘や流血や死体などは、ほぼ出てきませんが、戦争(内戦、紛争)の現実を伝えてくれる映画です。



バルカンの山岳地帯を鳥瞰するショットも見どころです。ごつごつした緑のない岩山は、日本にはない風景です。こんなところで紛争が起きたら、確かにそう簡単に平定できないだろう、長期化もするだろうと思わせられました。

でも、そうしたなかでも人々は生きていくのですね。地雷原で牛を飼うお婆さんのたくましさと知恵に感嘆する場面が一番印象的でした。

キャラクターもそれぞれ個性が違い、とても味があると思いました。あまり知名度は高くないような気がしますが、おすすめの一作です。




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by chekosan | 2018-06-30 23:02 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)