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by chekosan

タグ:リトアニア ( 15 ) タグの人気記事

EU加盟国の作品を約1ヵ月に渡って上映するEUフィルムデーズ2018、日本では東京、京都、広島で開催中です。

京都文化博物館で、リトアニアの映画「エミリヤ、自由への闘い」を観てきました。



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1972年のリトアニア、カウナスが舞台です。
新人舞台女優エミリヤの過去と、現在(1972年)が交錯して進んでいきます。

話が進むにつれ、エミリヤの過去が次第にわかっていくミステリー仕立てになっています。

劇団の歓迎会の席でエミリヤは、父の遺品である革の手帖に書かれた詩をそらんじます。
それをもとに劇団の監督が戯曲を書き、上演を企てます。

戯曲はリトアニアの歴史物という設定ですが、現体制への批判ももたせています。
事前の検閲では上演禁止かと思われたのですが、なんだかんだで上演にこぎつけます。



細部に関しては、それ必要かなあというラブシーンや、ちょっとよくわからないところ、
なぜここが合成なのかと思うシーンなどもありました。

カウナスが舞台なのに、街並みがあまり出てこなかったのもちょっと残念。
原題 Emilija iš Laisvės alėjos のライスベス通りと、そのどんつきの教会は出てきましたが。

昨年夏に撮った教会。とても大きいんですよ。


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とまあ、あまり制作費用をかけられなかったのかなという感じがしなくもなかったですが、
そのちょっとチープな感じが1972年のリトアニアの雰囲気をうまく表している…のかも?

とはいえ、面白かったです。とくに、劇中劇の部分はとてもよかったです。
主役を務めたエミリヤの演技が真に迫っていました。
詩の力を感じました。



細かいところでは、拘束服の使い方(着方?)がわかったのも収穫でした。

リトアニアのヴィリニュスにある通称KGB博物館の牢屋に拘束服が展示してあったのですが、
袖があまりにも長くて、どのように使うのかと思っていたのです。

おどろおどろしいですね… 旅先では、こんなのばかり見て回っています…


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見学先は暗い怖い重いところばかりですが、しかし! 街はきれいだし、居心地はいいし!
すっかり気に入ったリトアニア、今年の夏も行く予定です。




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by chekosan | 2018-06-16 23:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
夏にリトアニアで見てきたホロコースト関連の「現場」の保存と公開について小論をまとめました。


リトアニアにおけるホロコーストの記憶」流通科学大学論集 第30巻2号 2018年1月発行。
本文はこちらからオンラインで読んでいただけます


ここ2、3年、「過去をどのように伝えるか」「負の遺産を現在と未来にどう生かしていくか」「教育、文化施設は政治的・歴史的関心をどう扱っているのか」という関心をもっています。

2016年度は学内の助成を得てベルリンとプラハを訪問し、そのうちベルリンの国家保安省関連施設についてまとめました。なぜかアクセスしてくださる方が途切れず驚いています。ドイツはやはり層が厚いのか? 「負の遺産をどう伝えるかー旧東独のシュタージ(国家保安省)関連施設の事例ー


2017年度も学内の助成を受けることができ、夏にリトアニア、先週はポーランドに行くことができました。研究課題名は「初年次教育と専門教育を架橋する中間教育構想ー国際理解能力育成の視点から」です。

これは他大学に勤めている某M君との共同研究で、彼とは研究や教育上の関心と対象地域が重なっているので、近いうちに成果を著作にまとめようと計画しています。その一環です。


リトアニアには、杉原千畝氏の領事館跡を訪ねる目的で行きました。日本における杉原の受容の変遷と現状をまとめようかと思っていましたが、行ってみると「第9要塞」や「パネリアイの森」、旧ゲットーの地区といった現場や、各博物館の展示のあり方に強い印象を受けました。リトアニアという土地にもかなり魅了されました。そこで、杉原関連の記述はごく一部にして、リトアニアでのホロコースト関連施設の現状を概観するものにしました。

冊子の方にもかなりクリアな写真を載せられたのですが、いかんせん白黒なので、またブログでカラー写真と共に補足などをアップしていこうと思います。

ということで、今回は、この論稿には使わなかった写真を少し。

カウナス(杉原千畝氏が領事館を開いていた街)のはずれにある第9要塞です。ドイツが侵攻したとき、ここで5万人が殺されました。いまは要塞の屋根を緑が覆っていて、丘と一体化しています。



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同じく第9要塞の丘に、ソ連時代(リトアニアではこの時代も「占領」と表現します)に造られた、8階建てビルに相当する高さのモニュメント。ソ連のつくるモニュメントはとにかく大きいですね、どこも。でも、写真ではあまり巨大さが伝わらないなあ。


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by chekosan | 2018-02-13 12:21 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
リトアニア9泊11日の旅行で訪れたのは、カウナスとビリニュス、
そしてビリニュス近郊のパネリアイというところでした。

これらの移動はすべて鉄道にしました。
一番の理由は、カウナスの駅は、杉原千畝が領事館を撤収してベルリンに移るときに、
最後の最後までユダヤの人々にビザを発給したといういわれのあるところだから。



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また、私がバスよりも鉄道の方が好きということもありますし、
乗り物酔いしやすいチビッコでも多少はマシだろうという算段もありました。

あらかじめインターネットで個人の旅行記などを読んで当たりをつけておき、
前日に再度、Googleで時刻や所要時間などを調べて、切符は駅で直接買いました。

結論から言って、リトアニアの鉄道は、清潔、正確、簡単、快適、安価!
まったく心配なく移動できます。おすすめ!


カウナスの駅舎をホーム側から見た図。

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駅舎内。天井が高~~い!  
右手奥には切符売り場があります。有人の窓口で難なく買えました。
自分でダイヤを調べておいて、便を指定して買うのが普通のようです。



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電光掲示板もわかりやすくて何の心配もなし。

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駅には改札がありません。車内検札です。切符はレシート状。
一桁少なくありませんか?というくらい安くてびっくり。


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カウナス→ビリニュス間は、途中から、がら空きに。


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特急列車は電源も取れるし、Wi-Fiも使い放題。サクサク繋がりました。
ゴミ箱も座席近くにあって、車内は清潔だし、何の問題もなし。



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ビリニュスの駅舎も天井が高いです~~!


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日本の都市の駅に比べれば小さいですが、カッコイイですよね。


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ビリニュス滞在中に訪れたパネリアイへは鈍行列車で。ちょっと簡素ですね。

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パネリアイは小さな駅。かわいい…。
駅舎の中は入りませんでした。人の出入りも見ませんでした。

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駅は小さくとも、ホームはどこまでも長く。
跨線橋まで歩いてなんていられないので、みなさん普通~に線路上を横断していました。
私たちも、郷に入っては郷に従いましたですよ。


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パネリアイの森は、戦争中、7万人の人が虐殺された場所です。
今は国立のメモリアルになっています。(別途アップ予定)

列車や徒歩で連れてこられた人たちにとっては恐怖と絶望の場所でした。

今の、この青く清々しい夏の空と、疾走する近代的な赤い特急列車が織りなす
美しい風景からは想像できませんが…


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ビリニュスの駅に隣接するカフェ?には、謎の巨大おじさん。

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ビリニュス駅のホーム側はこんな感じでした☆


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by chekosan | 2018-01-09 17:14 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
カウナスはリトアニア第2の都市で、かつては首都であったこともありますが、
一日で歩き回れるくらいのこじんまりとした街です。

そのわりには、6日ほどいても、杉原千畝の記念館とホテル以外では、
日本人観光客は全然見かけませんでした。

ビリニュスから日帰りで来て、杉原記念館だけ見ていかれるのかなあ。
それはあまりにもったいない。

旧市街の広場にちょこんと建つ旧市庁舎も、外観の写真はよくアップされていますが、
中まで入る人は(日本人に限らず)、あまりいないのかなという感じ。

ここは観光案内所もありますし、その奥の見学は有料ですが、その価値はあります。
市の博物館になっていて、ガイドさんもとっても親切。
高齢の方々でしたが、わかりやすい英語で親切に解説してくださいました。


今は特別な式典などに使っているというホール。天井が高い!
ガイドさんが写真を撮ってくださいました。


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カウナスのシンボルは牛。カウだけに…ってリトアニア、英語じゃないし!
調子にのって、ガイドさんにお願いして、旗を広げてもらいました。


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執務室。

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歴代の市長さんたち(だったと思う)。

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特別な式典などで使うもの。

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ほかにもカウナス市に関する歴史的な資料や現物などが展示してあって、写真も撮らせてもらえました☆
多すぎるので割愛。

そして、狭~い隠し階段みたいなところを降りていくと、、、


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地下には、意外にも広い空間が! 
何部屋もあって、市の歴史がわかる展示や、発掘品などを展示しています。
ここでは、また別のガイドさんが案内をしてくださいます。

企画展示だったのかグロキモ可笑しい現代美術もあったのですが、それはアップを控えるとします。

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地下といえば、お約束(?)の地下牢もありましたよ… 狭いよ~、暗いよ~…

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これは発掘品だったかと思います。


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サイコロクッション?なんかもあったり。

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建物自体もいいし、展示もいろいろあるし、ガイドさんたちは感じがいいし、
思いがけず充実した見学となりました。


観光案内所では、郊外にある「第9要塞」への行き方も教えてもらいました(別途アップ予定)。
リトアニアの観光案内所のスタッフは、みなさん、きれいな英語を話されます。

案内所にはお土産も売っています。
カウナス模様のトートバッグは、ここでしか見かけませんでした。
色違いで白だったかもありましたよ。
カウナスの文化を紹介している本は無料でいただけました。



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日本語のマップもありますよ。カウナスいいとこ、も一度行きたい。

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市庁舎のある旧市街の広場。
街も広場も小さいですが、周りには格の高い教会がいくつもありますよ。



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by chekosan | 2018-01-08 21:12 | リトアニア | Trackback | Comments(0)

ちっとも進まないリトアニア旅行記。次の旅行に行く前に記録しておこう。


自転車推奨の街カウナス。目抜き通りにも自転車レーンや自転車立てが整備されています。
乗ってる人はそんなにたくさんは見ませんでしたが、走りやすそうです。



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下は交差点。道路を横断するときには、ぶっ飛ばして来る車をやり過ごしてからと思って待っていたら、
ちゃんと停止してくれました。実に快適に街歩きができました。




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by chekosan | 2018-01-07 19:59 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
誕生日~香港研修引率~風邪~授業開始で、充実していたけど、あっという間だったようなひと月。

あいかわらず、怖い系暗い系が並ぶ読書記録。特に最後のホロコースト回想録なんて、夜に読んでしまって怖くて眠れなくなった。でも、貴重な証言がたくさん綴られ、さまざまなことを深く考えさせられた本だった。今月のMVP。残酷なシーン満載なので、おすすめはしにくいけど。


9月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:2951
ナイス数:296

怖い絵のひみつ。 「怖い絵」スペシャルブック怖い絵のひみつ。 「怖い絵」スペシャルブック感想
大人気の美術展、「怖い絵」展の紹介本。中野京子氏のベストセラー『怖い絵』シリーズで紹介されている名画を含む、さまざまな「怖い」絵を集めた企画展。キャッチコピーは『その闇を知ったとき、名画は違う顔を見せる。』。本書は、同展の主な作品の解説や展覧会にまつわる秘話、中野氏と宮部みゆき氏の対談など。この美術展、兵庫会場に行ったがたいへんな人で、解説板を読むのもひと苦労。先に本書で予習しておいて正解だった。表紙やチラシにも使われている絵は確かに良かった。大きくて、緻密で、肌やドレスの質感がとても美しい。
読了日:09月02日 著者:中野 京子


怖い絵 (角川文庫)怖い絵 (角川文庫)感想
悪魔や人殺し、戦争といった「怖さ」だけではない。現代では考えられないような残酷な風習や習慣、人の心の闇やよこしまな気持ちを露わにしている「怖い」絵もある。「とにかく絵を見て何かを感じてみましょう」という日本の美術教育に中野氏は疑問を呈する。西洋の絵画には神話や宗教、時代の背景を知らないと寓意がわからないモチーフ、題材がたくさん出てくる。その意味を知ることで、絵は俄然、面白くなる。月イチ書評で取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review.php?id=201166
読了日:09月03日 著者:中野 京子


約束のネバーランド 5 (ジャンプコミックス)約束のネバーランド 5 (ジャンプコミックス)感想
いよいよ脱出。もともと現実離れした話ではあるが、ますます超人になっていく子どもたち、異世界みたいな外の世界。ハウスにいる頃の方が面白かったな。。。
読了日:09月08日 著者:出水 ぽすか




復讐専用ダイヤル―赤川次郎ショートショートシリーズ (赤川次郎ショートショートシリーズ 1)復讐専用ダイヤル―赤川次郎ショートショートシリーズ (赤川次郎ショートショートシリーズ 1)感想
図書館に行ったついでに小5息子に適当に何冊か見繕った一冊。自分が一気読みしてしまった。赤川さん、久しぶり。何十年ぶりかな。一時期ずいぶん読んだなぁ。相変わらず読みやすくて面白い。こちらは短編集。携帯電話がない時代の話もあるのでだいぶ昔の作品なのだが、全然古びない。ちょっとブラックでちょっと人情味があって。また時々気分転換に赤川さんの本、手に取ってみよう。
読了日:09月10日 著者:赤川 次郎


とりつくしま (ちくま文庫)とりつくしま (ちくま文庫)感想
心残りのある死者が一つだけ何かモノに取り憑けるというお話。学生がすごく感動するんですと勧めてくれた。ピュアだなぁ。私なら、、子らのベストオブぬいぐるみなら捨てられずにそばに居られるかなとか思ったけど、やっぱりいいや。家族が嘆きかなしむ様子を見るのは辛いし、落ち着いてきた頃に聞きたくないこと見たくないことを知ってしまうのもヤダし、自分の存在が忘れられていくのを見るのも嫌だな。しばらくしっかり悲嘆にくれてもらったら、あとは私のことは忘れていいから明るく生きていってほしいなぁ!
読了日:09月11日 著者:東 直子


怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)感想
怖い絵シリーズ2作目。絵が描かれた当時の常識や風習、考え方、流行りがわかると、面白く感じなかった絵の面白みがわかってくる。それでも絶賛されるほどの名画なのかよくわからないものもあるが、それは文庫という小さなサイズに押し込まれているからかもしれない。ところでルーベンスの時代ならアタシも三女神の争いに仲間入りできたんじゃないかしら。生まれる時代間違ったわ〜(´∀`)
読了日:09月11日 著者:中野 京子


あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))感想
子どもの頃から気になっていた本をようやく読んだ。ドイツ人少年のぼく一家は、同じアパートに住むユダヤ人のフリードリヒ一家と親しくつきあう。少年の父は20世紀にまさか国家が虐殺を指揮することはないだろうと脱出を拒む。いかにも悪どい家主、一家を助けようとしながらも決定的なところでは及び腰なぼくの一家、ノリでポグロムに参加してしまうぼく。普通の人々がユダヤの人々を追い詰めていく様子が淡々とリアルに描かれる。三部作のようなので続きもまた読みたい。
読了日:09月12日 著者:ハンス・ペーター・リヒター


夜の記憶:日本人が聴いたホロコースト生還者の証言夜の記憶:日本人が聴いたホロコースト生還者の証言感想
著者は生命倫理の研究者。ホロコーストの現場や生存者を直接訪ねた記録だが、肝心のインタビューが大幅に短縮されている人もあるよう。インタビュー相手が既に回想録を出しているような人ばかりだからか? 挨拶部分や「話を聞いてのまとめ」的コーナーを排して、できる限り生の証言を採録して欲しかった。全体的に情緒的で思い込みや想像に基づく記述が多いので留意する必要がある。ところで、第2世代、第3世代へのホロコーストの影響については別の機会にという記述が何度か出てくるが、研究成果はもう出されないのだろうか。
読了日:09月14日 著者:沢田 愛子


おわらない音楽 私の履歴書おわらない音楽 私の履歴書感想
日経新聞「私の履歴書」に加筆修正したもの。疾風怒濤な小澤氏のこれまでをざっと追える本。すごい密度、すごい交友関係。恩師への尊敬の念と、自らも次の世代を育てようと教育活動に力を入れているところに感動。おかげで、我が息子も、小澤征爾音楽塾の青少年無料招待リハ公開で、小澤征爾指揮カルメンをかぶりつきで観ることができ、良かった良かったと大興奮して帰ってきた。初めてのオペラがそれだったおかげで、すっかりオペラ好きになった模様。一流は違うと思った次第。私も小澤氏の公演、聴きに行きたいなあ。
読了日:09月17日 著者:小澤 征爾


日本に来たユダヤ難民: ヒトラーの魔手を逃れて 約束の地への長い旅日本に来たユダヤ難民: ヒトラーの魔手を逃れて 約束の地への長い旅感想
著者はイスラエルの建国に携わり宗教大臣を務めた人物。ポーランドからのユダヤ難民の救出に奔走した回想録。団体名や派閥名、宗教上の用語が頻発してわかりづらい。一覧と注釈が欲しかった。著者自身、杉原千畝の発給した通過ビザを持って日本に来た難民ではあるが、その話は一部である。杉原については深い敬意と謝意を持って記してあるが分量は多くない。なお最近インターネット上でユダヤ人の恩人として拡散されている人物についてはかなり厳しく否定している。
読了日:09月19日 著者:ゾラフ バルハフティク


日本人に救われたユダヤ人の手記日本人に救われたユダヤ人の手記感想
リトアニアで生まれ育ったユダヤ人少年のホロコースト回想録。杉原関連本には、杉原との交流部分ばかりが引用されるが、本書はそれ以外の体験の方が断然面白い。面白いという表現はそぐわないかもしれないが…本書で語られているユダヤ人に対する迫害、殺害、略奪の様子は生々しく残酷で非常にショッキングである。それでもカウナスではユダヤ人同士の結束が固くコミュニティの信頼関係が崩れなかった。詳細は、この夏、かつてのゲットー跡を訪れた記録と併せてブログに。http://chekosan.exblog.jp/27140033/ 読了日:09月22日 著者:ソリー ガノール





読書メーター

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by chekosan | 2017-10-01 14:02 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
入手が遅れて後回しになっていた『日本人に救われたユダヤ人の手記』を読んだ。リトアニアで生まれ育ったユダヤ人少年が、ホロコーストを生き抜いた回想録である。

ソリー少年の一家は日本領事代理だった杉原千畝と交流があったため、杉原関連本には必ずといっていいほど引用される本である。というと、杉原ビザで欧州を脱出した話かと思えるが、そうではない。ソリーの一家は、杉原の忠告を受けながらリトアニア脱出になかなか踏み切れなかったために、とんでもなく過酷な体験をしてしまう。ソリーと父、姉、叔母はなんとか終戦まで生き延びるのだが、ほとんどの親類縁者友人知人は亡くなってしまうのである。

ソリーと父は、敗北が避けられなくなったナチドイツの命令で、ゲットーからダッハウ収容所へ連行され、さらに収容所から徒歩で移動させられる。この「死の行進」の途中で、日系アメリカ人部隊に救出される。

というように、ソリー少年に救いの手を差し伸べた人々のなかに杉原や日系2世の米兵がいたということで、邦題は「日本人に救われた」となっているわけである。

杉原関連本には、杉原との交流部分や日系人が救出した部分のみがクローズアップされて引用されるのだが、本書はそれ以外の体験の方が断然、面白い。面白いという表現はそぐわないかもしれないが…

リトアニアにはユダヤ人社会が根付いていて、文化的、経済的に豊かなコミュニティを形成していた。ソリーの一家もそうである。事業で成功し、カウナス中心地の広いアパートで、宗教的、文化的に満たされた生活を送っていた。

ところが、ソ連の侵攻、ナチスドイツの侵攻に伴って、リトアニア人のユダヤ人への憎悪が爆発する。ヨーロッパユダヤ人を死に至らしめたのはナチス親衛隊だけではない。むしろ実行部隊はドイツが占領した地域の地元住民や、ウクライナなどから連れてこられた兵士たちであった。本書で語られているユダヤ人に対する迫害、殺害、略奪の様子は生々しく残酷で非常にショッキングである。

それでも、ソリー少年たちのいたカウナスではユダヤ人同士の結束が固く、ゲットーに閉じ込められたのちも、ユダヤ人評議会やユダヤ警察とコミュニティとの信頼関係が最後まで崩れなかった。食べるものにも事欠く状態であっても、カウナス・ゲットーでは、職業学校や文化団体、オーケストラまで活動していた。カウナス・ゲットーの生み出す物資は質も高く、生産性が高かったため、ドイツ占領下のゲットーのなかで一番長く存続できたという。

カウナスのユダヤ警察は住民側に立っており、地下抵抗組織を支援してさえいた。最後にはそれがナチスにばれて警察官たちも虐殺されてしまう。が、そうした結束の固さ、人間関係が保たれていたことは、ゲットー閉鎖後、収容所に移送されたのちもプラスの効果をもたらしたようである。

にしても、酷い。実に恐ろしい日々である。よくソリー少年や父が生き残れたものだ。まさに危機一髪を何度も何度も脱している。機転を利かせて、技能を生かして、コネや伝手を辿って、なけなしの財産をはたいて、身を隠して、、、目の前で他の人たちが殺されたり、連行されたりすることも度々ありながら、ソリーたちがなんとか生き延びたのは、精神力と運と家族や友人たちとの結束が大きいように思う。


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なお、カウナス・ゲットーも他のゲットー同様、ドイツの敗退が色濃くなって解体、焼き打ちされてしまう。ゲットーに生き残っていた人々はバルト諸国やドイツなどの強制収容所に連れて行かれてしまう。そのため現在のカウナスにはゲットーの痕跡はない。

戦後は木造住宅が建てられ、住宅地になっている。夏にカウナスに行ったとき、5万人が殺された現場である「第9要塞」(別途投稿予定)に行く途中、そうとは知らずにその地区の大通りをバスで通って、強烈に惹かれるものがあった。第9要塞で買った写真集を見たところ、まさにそのあたりがかつてのゲットーであったとわかり、後日あらためて歩いてみた。

第9要塞の受付で購入したパンフや磁石、そしてカウナス・ゲットーの今を撮った写真集。

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今、かつてのゲットーだった地区には、記念碑が立っているくらいである。


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2002年にカウナスを訪れた澤田愛子氏は、『夜の記憶』(創元社 2005)のなかで、カウナスにおけるホロコーストの記憶の留め方について批判的に記述されている。そのときは第9要塞を訪れる人も他にはおらず、高額の撮影料をとられたという。旧ユダヤ人墓地も荒れており、ゲットーの病院があったところで撮影をしていると、通行人の男性が「何かを口走って行った」という。それが何という言葉であったかは通訳者に確認しなかったというが、澤田氏の前後の文脈から、あまり良くない空気を感じ取ったのだろう。

私がこの夏(2017年)に訪れたカウナスは、そのような雰囲気はまったくなかった。第9要塞は賑わってはいないが見学者が何組もいたし、安価な入場料で、わかりやすくていねいな展示を見ることができた。

ゲットーがあったVilijanpole地区は、たしかに高級感のある中心部の通りと比較すれば取り残された地区という感じはしたが、高層ビルが建設されていたり、いまどきなスーパーが営業していたりと再開発の最中という感じであった。さらには、この地区で地図を見ていたら「何かお探しですか、お手伝いしましょうか」と英語で訊いてくれる人があったり、「日本人か? 日本はいいねえ」とわざわざ自転車を停めてニコニコと声をかけてくれる夫婦に出会ったりもして、むしろ友好的、歓迎されている雰囲気を感じることができた。

リトアニアはEU加盟(2004年)に向けて、過去の歴史の再評価に取り組んだ。今もそれは続いている。自国の「負の歴史」に向き合って、さまざまな整備を施し、外国から多くの人を受け入れるようになってきたことの表れかもしれない。

いずれにせよカウナスにおけるポグロムとホロコーストの歴史については、もう少し調べてみたい。見損ねているところもまだまだあるので、もう一度行きたいと思っている。


つづく


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by chekosan | 2017-09-24 12:28 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
昨年8月のベルリン、プラハと、今年のリトアニアには、下の息子(小学5年生、10歳)を連れて行きました。順番からいくと今回は兄(高校1年生)にしたかったのですが、予想外に夏休みの登校が多く、今回も弟に。


1)何を見るか、どこを回るか、何をさせるか

昨年はまだ9歳、体も小さく、歴史や英語の知識もぜんぜんありませんでした。一年経って、背は少しは伸びましたが、そう劇的に変化があるわけではありません。

しかも、あくまで目的は私の教育、研究のための素材探し、資料集め、現地確認です。秘密警察の拘置所跡だの強制収容所だの博物館だの、子どもには辛気臭いおどろおどろしいところが主たる見学先になります。

でも、普段から私の積んでいる本や、鑑賞している映画をちらちら見ているので、前回も今回も、「おっかあの仕事が優先やし!」と特に抵抗なく、どこにでもご機嫌でついてきました。

さすがに虐殺シーンなどが写真で出てきそうなコーナーでは、このあたりは見なくていいよ、見ない方がいいよと予告するなどの配慮はしています。

それにしても行き先があまりにも子どもらしくないかなとも思いますが、そもそも、子どもにとっては、自分のまちを離れれば、日本国内であっても驚きの連続、発見の連続です。

ベッドタウンの新興住宅地で生まれ育った息子は、空港に向かう特急列車の窓から見えた二戸イチならぬ4戸イチの住宅を見て「いま家がつながってたで!」とびっくりするくらいです。ましてやヨーロッパをや。何を見ても新鮮です。

とはいえ、大人でも相当興味がなければ鬱陶しいだけのマニアックなところばかり回りますから、ただついてこい、静かにしていろというのでは苦痛でしょう。

そこで、子どもにはデジカメを持たせて、どんどん写真を撮らせました。昨年は子の撮った写真は使いものになりませんでしたが、今年はずいぶん上手になっていました。

もちろん、資料として、きっちりぶれなく漏れなく撮りたいところでは、私がデジカメを使って撮影します。デジカメの方が撮れるスピード、質、枚数、バッテリーのもちが断然良いと思います。シャッター音もさせずに済むので、周囲にも迷惑がかかりません。

子ども自身が撮った写真には、私には見えていなかった街の様子が収められていることもあります。体が小さいということもあって、子どもの目の付けどころや見えているものは文字通り大人とは違うので、スレた大人の私にも新鮮な発見があります。これは小さな子どもを連れて行く利点です。子どもをダシにして、私一人では若干ためらわれる写真を撮ることもできます。

例えば、小5になっても遊具や公園は気になるようで、見つけると漏れなく吸い寄せられていました。それによって、私も、その街で子どもがどう暮らしているかという観察の視点が追加されました。

リトアニア第2の街カウナスには、次の写真のような遊び場が歩ける範囲にいくつもあり、子育てしやすそうな雰囲気がありました。

そういう街はやはりほかのところにも目と手が細かく行き届いています。緑や花やベンチや噴水やゴミ箱なども多く、よく掃除や手入れがされています。おかげで、ただ歩いているだけでも気持ちが良かったです。

これは目抜き通りの突き当り、大きな聖堂前の広場です。お揃いの反射ベストを着て遊びにきた子どもたち。就学前の幼児か?



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上の写真とは別のとき。学童くらいの子どもたちが引き上げていくところを見送る息子。


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アイス屋さんが、わたあめも売っていました。息子も欲しがりましたが、これは阻止。残すに決まっている(笑)


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2)もったいないくらいスケジュールはゆったりと

息子は普段から早寝早起きで、小学校が遠いので、重いリュックを担いで2キロや3キロ歩くのには慣れています。が、その分、夜は電池切れになります。

いろいろなものに目をとられ、立ち止まり、撮影し、道に迷い、アイスを食べ、、、などとしていると、そうはたくさん回れません。

ヨーロッパでの外食は日本よりも時間がかかります。慣れないところを歩き回るので、普段以上に休憩が必要です。

今回は、息子が到着後2、3日は思いっきり時差ボケになっていたので、朝からその日のメインの目的地に行って、お昼は外食、いったん宿に帰って休憩。息子は昼寝。夕方からまた少しだけ散歩や食事というパターンが多かったです。

夏のリトアニアは21時半くらいにならないと暗くならないので、夕方からの外出も危険なくできました。それでも、息子は8時には眠くなり、9時にはぐっすりだったので、私も夜は宿で家計簿をつけたり、その日の記録をアップしたり、次の日の計画を立てたりしておとなしくしていました。

気力体力体調維持を考えると、大人も無理をしない方がいいと思います。日本で家族や友人とお出かけするときでも、一日にできるのは、せいぜい展覧会を2つ観て、食事とお茶くらいするくらいではないかと思うのです。いろいろ回りすぎると、どこに行ったのか、何を見たのかがごっちゃになって、消化しきれないように思います。

私は初めて海外に行ったのが、40日ほどのロシア語研修で(当時はまだソ連)、うち4週間ほどはレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の外国人専用ホテルで半日授業、半日はエクスカーションでした。それでもレニングラードを見尽くしたようには思えませんし、語学研修が終わってからのモスクワやキエフに至っては、ほとんど記憶に残っていません。

まあ当時は写真はネガで、ビデオも普及していなかったので、年月とともに記憶は薄れる一方で、なんでも大量に残せる今の時代とは条件が違うのですが。

そんなわけで、今回も、9泊11日で2都市のみ。カウナスで4連泊、ヴィリニュス4連泊、最後にまたカウナスに戻って同じ宿に1泊しました。

カウナスは日帰りで十分という人もありますが、たしかに、大人だけで一通り歩くだけならそれも可能です。でも、たいへん快適な街なので、可能ならばぜひゆっくり滞在されることをおすすめします。

私は、カウナスもヴィリニュスもまだ足りないと思いました。リトアニアに数か月くらい滞在できるような仕事のクチはないだろうかと思いました(思っています)。


カウナスのメインストリートには、滞在中に、こんな滑り台も出現。こちらは有料です。息子は興味津々でしたが、結局恥ずかしがって滑らず。

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これも滞在中に出現。日本のショッピングモールでも走っていますが、電気の汽車(もどき)です。カウナスのメインストリートは歩行者と自転車(緑のレーン)のみ通行でき、しかもとてもゆったりしているので、この汽車くらい問題なく通れます。私がちょっと乗りたかった(笑) 汽車はヴィリニュスでも大聖堂の広場周辺を走っているのを見ました。


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3)何をどれだけ持っていくか

<洋服>
「旅の準備」編にも書きましたが、息子は体が小さいので、荷物は極力軽くしています。でも、洗濯に追われるのもしんどいので、洋服はある程度の数は持っていきます。目安は、上下、肌着とも、日数の半分くらいずつ。毎日写真を撮るので、同じ服は2回くらいでとどめたいところです。

後半の宿は洗濯機付きのアパートメントタイプに。前半は手洗いしました。今回は、ひどく暑くもなく寒くもなく、湿度が低くて過ごしやすかったので、これくらいの枚数で程よかったです。

<靴>
靴はかさばるし重いのですが、大人も子どもも履きなれたものを複数持っていくようにしています。雨や汚れや傷みを考えるとやはり替えは必要かなと思います。今回は、息子の靴の一足が最後の方で破れたので、最後に捨てて帰りました。

<食料と水分>
食べ物もある程度持っていきます。息子の大好きなお菓子、白米パック、インスタント豚汁などなど。何よりも持っていって良かったのは、伊藤園の水出しができるほうじ茶ティーバッグです。我が家では一年中やかんに番茶を作って飲んでいるので、近い味のものにしました。水でも香りがよく出て、これはヒットでした。20パック入り、すべて使い果たしました。開封時に粉が飛ぶので、それだけは注意です(笑)

前半のカウナスのホテルに湯沸かしグッズがなかったのは誤算でしたが、そこそこ暑いわりには部屋に冷房がなかったので、ガスの入っていないミネラルウォーターをせっせと買って、ほうじ茶を作りました。

外出時には、持っていった水筒に水出しほうじ茶を作って持ち歩きました。食事のときには100%ジュースを注文したりしたので、結果的には湯沸かしグッズがなくても大丈夫でした。

後半の宿ではキッチンが整っていて、気温もやや下がったので、お湯をどんどん沸かして、宿が置いてくれていた紅茶や、持っていったインスタントコーヒーも飲みました。
お茶タイムがとれたことで、ずいぶんくつろげました。やっぱりお湯が沸かせるのはいいなと思いました。



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<娯楽、勉強、ヒマつぶし>
息子は文庫本を6冊ほど持っていきました。旅のはじめの方は、空港へ向かう電車、空港での待ち時間、機内などヒマな時間がたくさんあります。はじめの2、3日で持っていった本は読んでしまいました。そのあとは日中歩き回ってバタンキューだったので、宿のテレビでアニメをほんの少し見たくらいでした。

夏休みの宿題も持っていきましたが、予想通りほとんどやらず。一行日記を書いていたかなというくらいです。葉書を出すというのも宿題の一つだったので、現地から学校の先生方、ピアノの先生、自宅に絵葉書を出しました。

絵葉書を買い、文面を考えて書き、郵便局を探して切手を買って投函するだけでも、子どもにはちょっとした「仕事」になったかなと思います。なお、自宅への葉書は1週間ほどで届きました。

カウナスの郵便局。カッコイイ。内部も素敵。ここで切手を買いました。


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4)子連れのメリット

小学生くらいの子どもを連れていると、邪険にされたり怪しまれたりされることは、まずないです。どこでも優しくしてもらえます。大人だけだと見落とすこと、気がつかないことに目がいくということも多いです。何より親子で同じ経験を共有できることが大きいです。

私の場合、下の息子は小さいときからほったらかしだったので、二人きりの旅は貴重な時間です。父親や兄が大好きな息子も、旅先では頼れるのは母だけ。私も話し相手は息子だけ。蜜月です。

そういえば、パネリアイという村に行ったとき、森からガサガサとナイフを持っておじさんが出てきて、一瞬ドキッとしました。どうやら葉っぱを採っているようだったので、ホッとして「あ、葉っぱを採ってはるんか」とつぶやいたら、「『そうだ、葉っぱを売ろう!』やな」と息子。なぜ知っているのかと聞いたら、「本棚に本があったから、ちょっとだけ見てん」とのこと。

子どもは案外、見ている。教えなくても吸収していて、それらが繋がるときがあるんだなと感心した次第です。

月日が経てば忘れるかもしれない。でも、旅先でもいろいろ吸収してくれているんじゃないかな、それで十分じゃないかなと思います。


リトアニアのニャンコにじゃれてもらう息子。



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カウナスのお城跡で、現代アートな壁画を狙う息子。空がきれい。


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つづく。

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by chekosan | 2017-08-17 15:29 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
広島県福山市にあるホロコースト記念館に行ってきました。杉原千畝コーナーが常設展示されることになり、外務省の外交史料館の白石仁章氏による杉原千畝に関する講演会が開かれるというので、その日に合わせて行きました。

建物の外観はホームページで見ていましたが、周辺の様子はわからなかったので、現地に行って軽く驚きました。普通の民家のある集落の中にいきなり建っているのです。なんとなく勝手に山の中にあるのかと思っていました。

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2時開始の講演会にちょうどいいくらいに着いたら、すでにたくさんの人が来られていました。便利とは言い難いところにあるにもかかわらず、駐車台数がかなり少ないこと、日傘を差して徒歩で来られた方をたくさん見かけたことなどから、近くにお住いの方が大半だったのではないかと推察しました。

受付を済ませたあと、記念館が発行している冊子を購入しました。この受付や会計や会場設営なども土地の方がボランティアでされているような雰囲気でした。地域の方に支えてられている施設と拝察しました。


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行った先のオリジナル資料は、その場で買っておくのが肝要。後ではなかなか手に入らなかったり手間だったりします。オリジナルでなくても、あまり出回ってなさそうなものはゲットすべし! ということで、帰りの荷物はずっしり重くなりました。


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◇◇◇

講演に先立って、3人の女性が紹介されました。杉原千畝の発給したビザで欧州を脱出できた女性のお子さんとお孫さん2人です。今は亡きおばあ様の足跡をたどる旅をされていて、おばあ様のことが紹介されているこの記念館をちょうど訪ねられていたのです。

ああ本当に杉原ビザで助かった人がいて、そのおかげで目の前のこの方たちは存在するのだなあ、一人の命を救うことはその人だけではなく何人何十人もの人を救うことになるというのは本当だなぁと実感しました。

◇◇◇

この記念館は学習施設という性格を前面に出しているので、講演会も小中高生にもわかるようにゆっくりゆっくり話されました。内容的には白石さんの著作のエッセンスを初学者にもわかるよう噛み砕いた感じでした。質疑応答も、館の方が子どもさんからと強調され、ホロコーストについて勉強してきたという中学生グループの生徒さんたちが指名され、がんばって感想や質問を言っていました。

最後に一人だけ一般の参加者からの質問を受け付られました。その質疑応答によって、白石さんの著作を読んでいて聞いてみたいと思った真意や本音が聞けたのは収穫でした。

◇◇◇

講演後、常設展示を見て回りました。ホロコーストの概要がわかる展示、アンネ・フランクのコーナー、杉原千畝のコーナーがあります。模型やジオラマでわかりやすく展示してありますし、当時の貴重な現物も見ることができました。規模は小さいですが、いい展示だと思いました。

特に、アンネのオランダの隠れ家の模型やアウシュヴィッツ強制収容所のジオラマは、こういう構造、こういう並びだったのか!と、たいへんよくわかりました。

撮影禁止だったのは残念ですが、公式HPやメディアの記事などで見ることができますし、館のオリジナルの冊子にも掲載されていますので、後日確認するときには、そちらを見ることにしましょう。

下の写真は千畝が発給したビザに押したカウナスの日本領事館の公印を模したスタンプです。こちらは自由に押すことができますよ!


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屋外には、「アンネのバラ園」がありました。普通のお家のお庭くらいの面積ですが、リトアニア共和国の外務大臣などの著名な方が植樹された(?)バラが植わっています。



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アンネが隠れ家から見ていたというマロニエの木も。


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規模としては少し大きめのお家くらいなのですが、明るく開放的なつくりで、展示もとても見やすいです。なにより地元の方々が気軽に足を運ばれている様子だったこと、みなさんで運営を支えておられる雰囲気だったのが良いなあと思いました。館内外とも、気を配り、手をかけている生きた施設だと思いました。遠方からはなかなか行きづらいかもしれませんが、広島と合わせて平和学習ツアーとして訪問されてはいかがでしょうか。入館無料です。







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by chekosan | 2017-07-30 23:59 | 博物館、資料館 | Trackback | Comments(0)
兵庫県立美術館で開催された短編ドキュメンタリー映画の上映会と、梶岡潤一監督による講演会に行ってきました。映画は25分。第二次世界大戦時、杉原千畝氏が発給した通過ビザでヨーロッパから逃れたユダヤの人々のその後を調査しているフリーライター北出明さんに密着したドキュメンタリーです。

監督はもともと俳優をされている方で、お話がとてもお上手。兵庫県出身ということで、テンポのいい関西弁で、和やかで楽しい講演会でした。

写真撮影、拡散歓迎とのことでしたので、遠慮なく撮らせていただきました。監督のパワーポイントのスライドがとてもわかりやすく勉強になるので、撮影可だったのはとてもありがたいです。

このあと、日本人とユダヤ人の交流を描く長編映画を作りたいとのことで、クラウドファンディングによる資金集めも計画されているそうです。そんなわけで、応援の意味も込めて、講演会の様子をアップさせていただきます☆



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by chekosan | 2017-07-09 21:23 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)