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by chekosan

タグ:リトアニア ( 23 ) タグの人気記事

さて、旅の4日目はリトアニアからラトヴィアへ移動です。

バルト3国間はバスしか移動手段がないので、必然的にバス。日本からいい時間のを検索して予約しておきました。

リトアニア~ラトヴィア間は、こちらの ECOLINES にしました。


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失敗のないよう、前日にカウナス往復で鉄道駅を使ったので、そのすぐ前にあるバスステーションを確認しておきました。

20時になろうとしているのに、この青空! 

夏のリトアニア、日没前にはたくさん気球が浮かびます。好きや~、この光景。


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私たちはインターネット予約しましたが、多分、こうした窓口でも買えるのでしょう。

この看板の言葉はスラブ系の言葉と近いですね。

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プラットフォームも確認しました。

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売店やトイレも確認して。といっても、お昼の便なので、そう困ることはないのですが、念には念を。


4日目の朝、残った食材を調理して食べたり持っていけるようにしたりして、ヴィリニュスとお別れです。

窓からヴィリニュス大学と合体している教会が見える素晴らしい立地の宿でした。


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いざ、ラトヴィアへ!

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さようならヴィリニュス、また会う日まで!
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バスターミナルまではスーツケースを引きながら徒歩で。

余裕をもって出たので、名残を惜しみ、写真を撮りながらてくてくと。


お昼ごはんを調達して、バスでお昼ごはん。


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ほかのお客さんも食べたり、お仕事したり、寝たり。電源やWi-Fiもあります。

バッテリーを気にせずスマホやiPadを使えて助かります。


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なんか映画?とかもあったようですが、食べたり寝たりネットしたりで終わりました。


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景色はこんな感じです。平坦でした。

途中、小さな駅前で停車。トイレ休憩も兼ねていた感じでしたが、車内にもトイレはあるので降りませんでした。


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リガが近づいてきました!

ほぼ予定通り。快適で正確なバス移動でした。


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つづく。



by chekosan | 2019-05-14 12:27 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
2018年夏の旅行も、朝晩はせっせと自炊しました。お昼はだいたい出先で外食でした。

到着の次の日の分はこちらにアップ

その後はこんな感じ。

我ら母子に、牛乳、水、卵は欠かせません。
野菜はパックのサラダが多くなってしまいます。緑黄色野菜がやや不足?


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ヴィリニュスは3泊しましたが、8月21日夜に着いて、24日の朝に出立したので、消費しきれるよう気を付けて買い物していました。


これは、チンすればいいお惣菜で構成したごはん。スープも足したのだったかな。


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出立の朝。

ベーコンは持って歩けないので消費してしまいます。残った卵はゆでて持ち運び。

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すぐ食べる用にスクランブルエッグも。4口もあると並行して調理できます。

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普段の朝ごはんより断然多い。(^^;

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ラトヴィアへバスで移動するので、食べられるものは消費し、水、お茶(持ってきたほうじ茶ティーバッグを水出ししたもの)、バナナ、作ったゆで卵、持ってきたお菓子をリュックに。

もしもバスターミナルで食糧を買えなくても、これだけ持っておけばしのげます(笑)


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ヴィリニュス滞在中の水たち。この水がクセがなくて良かったです。ガスなしは、赤ちゃんの写真が目印。

夜にコーヒーや紅茶を飲むときには、水道水をポットで沸かしていれていました。


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2017年も18年も、食料買い出しは、スーパーのチェーン店でした。市場にも行ってみたかったのですが、残念ながら一度も行けず。今度行くときには、市場も行ってみたいものです。




by chekosan | 2019-05-13 21:57 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
ヴィリニュスからカウナスへの日帰り旅行日のつづきです。

杉原千畝記念館やポグロムの記念碑を探し当てたあと、旧市街に行きました。

2017年夏の旅行では、カウナスに計5泊ほどしたので、ゆっくりうろうろできたのですが、2018年夏はヴィリニュスからの日帰りだったので、ほんとにざっとだけになりました。

カウナスの旧市街のメインストリートは、変わらず可愛い。お花がいっぱい、カフェいっぱい。通りの半分はカフェで埋まっています。

こういう可愛らしいところを歩くのに、なんかいろいろカバンを担いでもっさりしていますが、杉原記念館で本やお土産をいろいろ買い込んだので仕方ない。

こういうときは、フランクフルトの美術館で買ったフェルメールのエコバッグ がお役立ち。軽くて大きくて、たっぷり入れても重さを感じない優れものです。



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この日はけっこう暑かったので、旧市街広場の手前で、2017年にも入ったカフェでジュースを。Stop&Goというチェーン店です。ここの生ジュース、とてもおいしいです♪ 息子はアイスを。

旅の間、親子で、ほぼ毎日、アイスを食べていたような気がします。バルト3国、どこで食べても、どの味を選んでもおいしかったです。



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一服したあと、一年ぶりの旧市街広場へ。

あれ? 一年前にはいなかったおじさんが!?



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2017年には、こんな大きなおじさん、いなかった!


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おじさんが増えた!と嬉しがって一緒に写真を撮ったりして、さんざはしゃいでいたのですが、そのあとはあまり気に留めていませんでした。


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それからさらに一年近く経って、いいかげんブログに記録せねばと思って検索してみたら、戦間期のカウナスの市長、Jonas Vileišis (1872-1942) さんと判明。

そして、2017年に郵便局の前に設置されたというニュースが見つかりました!






あれ? 2017年7月に登場したということは、見ているはず?

あらためて2017年の写真を探してみたら、あっさり見つかりました! 


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ちゃんとしっかり台座?プレート?まで写してますがな。(^^; カウナスって、彫像とかオブジェがすごく多いんです。それもちょっとヘンなのとかがあって、普通の人の像って印象が薄いんですよね(言い訳)。


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2017年夏におじさん、もとい、市長さんがいたのは、カウナスの名建築のひとつ、新市街の大通りの郵便局の前でした。

建立時には新市街を象徴する建物の前にいた市長さん、一年後には執務した市庁舎前に移られたんですね。もしかして自分で歩いたんだったりして…?


その郵便局も、Vileišis 市長時代に建てられた2500の建築物の一つだそうです。



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この市長さんの時代に、カウナスは市域を拡大し、たくさんのモダン建築物をつくり、橋をかけ、公園を整備し、馬が引くトラムからバスのシステムへと転換し、3つの近代的な小学校をつくり、公共図書館をつくったのだそうです。インフラ整備に尽力されたのですね。

市長像の除幕式には、アメリカから娘さんが来られてスピーチされたとか。娘さんは1920年生まれ、御年97歳でアメリカからリトアニアに来られたようです!

ちなみに、この像はアメリカに移住したリトアニア人団体からの寄贈なのだそうです。


ーーー

ところで、この郵便局は外観もですが、内部もすごく素敵です。2017年には、下の息子の夏休みの宿題を兼ねて、中に入って絵はがきと切手を買って、日本に手紙を送りました。

こんな感じで、紙袋やカード、ちょっとしたお土産なども売っています。

上の方に絵などがあるので、ほえーっと見ているの図。


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by chekosan | 2019-05-12 23:50 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
そろそろ夏の旅行の計画を立てたい今日この頃ですが、いまだバルト3国の旅の記録が書けていません。
1年経ってしまいそうなので、なんとか夏までに記録したいところです。

ーーー

杉原記念館を再訪したあと、前回のカウナス訪問で行けなかったところを探しました。

リトアニアにドイツ軍が侵攻した直後、カウナスの大通りに面した馬車置き場で、白昼、数十人のユダヤ人が衆人環視のなか、地元民になぶり殺された事件がありました。

大勢の目撃者がいて、写真にも残っているのに、捜査や調査がなされず、いまも実行者は特定されていません。

追悼する記念碑も、なぜか現場そのものではなく、少し奥まった別のところにあります。

実は、2017年にリトアニアに行って見聞したことを盛り込んで、「リトアニアにおけるホロコーストの記憶」という論文を書いたのですが、そのときにはこの現場は確認できていなくて、資料で住所を見つけて、Miško 1書いていたのですが、Miško 11 が正しいようです。


という間違いもあったりしたので、通りは見つかったものの、なかなか記念碑のある建物がわかりませんでした。ものすごく横長な建物で、番号のプレートが見つからないのです。

うろうろと通りの端っこまで行ったりして、ようやくそれらしきところを見つけました。

スポーツ施設の中庭にあるというので、果たして中に入れるのかわからなかったのですが、行ってみたら特に問題なく入っていけました。


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中庭に駐車場があるので、車もそのまま入っていけるようなつくりです。


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奥の建物がスポーツ施設かと思われます。右手の松の下にそれらしきものが見えたので、近づいてみました。


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まさかこれ? と思ったら、そのまさかでした。


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間違いありませんでした。

現場から離れたところにあるというのもどうなのだろうと思いますが、この埋もれようもどうなのだろう…

もう少し枝を剪定して見えやすくするとかできないのだろうか…


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抜けるような青空の爽やかな夏の日でしたが、少し気持ちが沈んで、この場を後にしたのでした。


つづく。

by chekosan | 2019-05-08 23:38 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
2017年夏の旅でじっくり回ったカウナスは、今回はヴィリニュスからの日帰りにしました。

ところが、「知ってる」と油断したために、なんだかんだ小ミスが続き、少々ロスの多い小旅行になってしまいました。
やはりその都度、ちゃんと準備せねばなりません。

とはいえ、小ミスはどれもたいしたことではなく、総合的には問題なく、実り多く戻ってこれました。

今回もカウナスーヴィリニュス間は往復とも鉄道で。快適で確実で安い!



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昨年はまったく気がつかなかったカウナス駅近くの市場を通りました。山積みの下着や服や生活用品などなど、迫力ある光景が見られて大興奮したのですが、ちょっと写真を撮るのは憚られたので、広場っぽいところで一枚だけ。

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前回とは逆方向から杉原千畝記念館に向かったため、地図を見ながら歩いているというのに迷いかけました。我ながら筋金入りの方向音痴です。あ、おかしいと気がついて踵を返したら、それまでもちらちら気にしてくれているっぽかった男性がああやっぱり間違っていると思われたのでしょう、ここで曲がるんだよと道を教えてくれました。ありがとう、おじさん。

そして、この階段をてくてくてくてく登っていって、杉原ハウスのある高台へとたどり着きました。



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前回は外壁工事中だったのですが、今年はきれいに塗装を施されていました。(⌒∇⌒)


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門には日本語のプレートがあります。


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内部もかなり修繕を施されていました。展示も増えていました。


かつて杉原千畝が執務室として使っていた部屋は大きくは変わっていませんでした。ちょっと飾りなどが減っていたかな。

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今年は、受付兼お土産コーナーに日本人留学生の方がおられました。

前にはなかったものや資料などをいろいろと購入しました。新作の紺のTシャツを息子とお揃いで買いました。旅の途中も、帰ってからも愛用しています。


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見学のあと、街へ降りて、昨年2度利用したパン屋カフェでお昼ごはんにしました。
リトアニアに夏に来たら、このピンクのスープを食べねば! ちょっと酸味があって冷たくてお気に入り♪


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ううむ、あらためて見ると、量が多い…

ランチのあとは、またひとしきり歩き回りました。


つづく。



by chekosan | 2018-12-23 23:35 | バルト3国 | Trackback | Comments(0)
ぜんぜん進まないバルト3国紀行。ようやく年内の授業が終わったので、記憶から消えないうちになんとか少しずつでも記録をば。

さて、いまやリトアニアで日本といえば杉原千畝の名がまっさきに挙がるのではないかと思います。杉原がユダヤ難民に査証を発行して多くの人々の欧州脱出を助けた舞台はカウナスですが、現在の首都ヴィリニュスにも彼を顕彰する碑と桜の園があります。

前回2017年の夏は、ホロコーストの現場や博物館めぐりでいっぱいいっぱいだったので、今回はヴィリニュス千畝めぐりを優先しました。

顕彰の碑と桜の園があるのは、旧市街を出て、川を渡った新しい地域です。

ヴィリニュスの旧市街の中は公共交通機関がないので、徒歩で外周道路に出ました。そうするとあとは川に沿っていけばたどり着くので、うっかり歩いてしまいました。帰りも見物しながら川べりを歩いてしまい、べらぼうに足が疲れました(^-^;

でもまあ、徒歩だと間違いなく到達できるので、旅先ではほとんど徒歩で済ませてしまいます。


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杉原が発行した「命のビザ」をあらわしたプレート。↓↓↓


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真夏だったので桜の花は咲いていませんでしたが、けっこうな面積なので春はきれいでしょうね。



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この桜の園を抜ける道を上がっていくと、国立の美術館があります。入場して鑑賞しました。


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内部は撮影しませんでしたが、リトアニアの作家の絵画や彫刻、とても好みでした! なんとなく不気味さが漂うというか、でもどことなくユーモアがあるというか。底抜けに明るい感じではないのですが、そこがなんとも惹かれました。

あとで行ったラトヴィアやエストニアもとても好きになったのですが、なんとなくリトアニアには、より親近感がもてます。それは、杉原千畝との関連で日ーリ関係が深まっていることもあるでしょうが、土地の感じや生み出されるものが好みということもあるのかも、などと思いました。

美術鑑賞でさらに足は棒のようになったのですが、せっかくなので、超近代的で個性的なビル群を見ながら徒歩で帰途につきました。

このビルとかすごくないですか!?


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上の写真のぐにゅ~んと曲がっているビルは、下の写真のビル(マンション?)を丸く囲むように建っているのです。


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今回、ヴィリニュス、キックスクーターが大流行。特にこういう新しい地区や川べりではビュンビュン走る走る!! 電動のものもあったりして、すっごいスピードなんです。停めるところを気にしなくていいし、楽だろうし、私たちも購入して街をまわりたくなりました!( ´∀` )

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と歩いていくと、ショッピングセンターが。ここで丸ビルも発見!


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大型ショッピングセンターにも入ってみました。まあ、特に面白くはないです。どこもホント一緒。こういう大型店舗って。


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いいかげん足が限界だったのですが、ここまで来たらついでだ(?)ということで、川に沿って旧市街方面へ、てくてくてくてくてくてくてくてく、、、、、

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お城が見えてきた! もう少しだ!と励まし合いながら。見えてからもだいぶ距離はあるのですが(笑)

無事、旧市街側へたどり着きました! ちなみに明るいですが、18時半ごろです。日が長いリトアニアの夏。


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電気の機関車かわいいなあと見ながら、さらに歩いて、宿へと帰ったのでした。(⌒∇⌒)

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つづく。




by chekosan | 2018-12-22 18:40 | バルト3国 | Trackback | Comments(0)
2か月近く経とうとしているのに、なんだかちっとも進まないバルト3国紀行シリーズです。

リトアニアは昨年夏に来たので、そのとき見逃したところを中心に回りました。

宿からすぐそこのヴィリニュス大学。旧市街の中心にあります。いくつもの建物が連なっていて、中庭で繋がっています。中に教会もあり、その塔の上からは絶景が楽しめます。

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街を一望できるということは、それだけ高いということで、、、登りはエレベーターを使って、一気にぐううーんと上がったのですが、それがけっこう怖かったので、下りは階段でゆっくり降りようと思ったら、甘かった。

木製で下が見える階段はもう恐ろしいわ、一段が高いので足にくるわ… その日はもう足がガックガクでした。(^-^;


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大学構内は夏休み中のため、見学客しかいませんでした。


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これが大学のキャンパス内… 夢のようですよねえ…

本屋さんに入って本をどどんと買って、振り返ったらこの内装!!


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大学構内に小さい画廊もありました。

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ヴィリニュスの風景画の版画を一枚買いました。額装しようと思います。


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大学のなかには古い図書館などもあるのですが、本も買ったので、構内はこれくらいにとどめて。


お昼ごはんを食べるところを探しがてら歩いていたら、大統領府に。

独立100年のオブジェがありました! 記念日はもうだいぶ前に終わっているので何もないかなと思っていたら♪


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つづく



by chekosan | 2018-10-17 20:06 | リトアニア | Trackback | Comments(0)

バルト3国の旅を終えてから既に一ヵ月以上が過ぎてしまいました…
しかし、このまま忘却するわけにはいきません。細々とでも記録をば…


今回は、リトアニア~ラトヴィア~エストニアの順で回りました。
リトアニアは昨年、10泊して多少は慣れているので一番先に。そのあとは北上していって、ヘルシンキに一番近いエストニアを最後にすれば、最終日の滞在がちょっとでも長くなると考えました。


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           ヴィリニュスの空港。鉄道駅みたい。いや鉄道駅の方が大きいような気も?


しかし、一回行ったくらいで「慣れている」などというのは大変厚かましい感覚だということがよくわかりました。緊張感なく旅を始められたのは確かですが、小さなところでいろいろしくじりました。


第一の失敗は、最初の宿のオーナーとすれ違ってしまったこと。ふた部屋を民泊に供している人なのですが、予約時に昨年と同じ部屋で取れたと思っていたら、もう一つの部屋だったのです。ところが、この2部屋、ごくごく近いけど、同じ建物ではない。で、空港で「これからタクシーで宿に向かうからよろしく~」とアバウトに連絡したものだから、しばらく落ち合えず、、、

正確に何時何分に●番地で会いましょう! と書けば問題なかったのです。思い込みは失敗のもと。

実は昨年もうまく落ち合えず、しばらくキョロキョロした挙句、スーツケースを引きずってインフォメーションセンターに行き、そこから連絡をとったのですが、今回はすでに閉館時間を過ぎていて… 学習していない。

Wi-fiルーターを借り惜しむんじゃなかったと軽く後悔。でもまあ日は長いし、人はいっぱいいるし、治安いいし、そこらへんにwifi飛んでるからそのうち繋がるだろうし、どうしても繋がらなかったらどこかのお店に頭下げにいったらいいし、そのうちオーナーが様子見に来てくれるだろうと、半分焦りながらも半分楽観的に、昨年の宿の前でスマホを掲げ、Wi-fiを拾う私と息子。

しばらくして連絡がついたら、数分も経たずにオーナーがニコニコ迎えに来てくれて、そのときようやく泊まるのがもう1軒の建物だと判明したのでした。(^-^;  旅力(造語)ないですよね。


と小失敗はしましたが、オーナーは相変わらず感じがいい人だし、宿は超一等地の2DKなのに格安だし。チェックインの手続きを済ませた後は、勝手知ったスーパーに買い出しに行って、でもそんなに食べたくもなかったので、持ってきたカップヌードルをすすって、翌日から精力的に動き始めたのでした。



以下、お宿紹介。

ふつうのアパートメントなので、生活できる広さ。トイレがバスルームと別なのがありがたい。去年の宿もそうでした。リトアニア、宿が安くてホント助かる。


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リビングルームには大型のソファベッドとソファが。ソファベッドは息子が使用。それでも広々。スーツケース2つを開けっぱなしにしてもまったく邪魔に感じない広さでした。


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こちらはソファとして、何度か使用。


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寝室は私が一人で使用。この部屋も広い。窓からはヴィリニュス大学が見える。


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と、広々2DKだったのですが、私はダイニングキッチンにいることが多かったかな。ソファよりもテーブルと椅子の方が調べ物したりするにはいいんですよね。



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着いたその夜に食料を買い出し。1000円だったか、、、2000円はいかなかったような、、、


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こうして速攻で生活感溢れる部屋に。

着いた夜はカップヌードルでささっと。翌朝は、朝っぱらからポークソテー、出来合いのサラダ、パウチのかぼちゃスープ、持ってきた白ごはん(レンジでチン)、なにかのジュース、お茶だかコーヒーだか牛乳だか、でした。



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リトアニアは何を食べてもおいしいのですが、一皿の量が多いので、外食が続くと胃をやられるのは必至。朝晩は自炊するつもりで、どの都市も、こういうアパートメントタイプの宿ばかりにしたのでした。

どこも観光地のどまんなかにしたので、ひょいひょい部屋に戻って荷物を置いたり休んだりできて、大正解でした。


by chekosan | 2018-10-07 17:01 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
EU加盟国の作品を約1ヵ月に渡って上映するEUフィルムデーズ2018、日本では東京、京都、広島で開催中です。

京都文化博物館で、リトアニアの映画「エミリヤ、自由への闘い」を観てきました。



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1972年のリトアニア、カウナスが舞台です。
新人舞台女優エミリヤの過去と、現在(1972年)が交錯して進んでいきます。

話が進むにつれ、エミリヤの過去が次第にわかっていくミステリー仕立てになっています。

劇団の歓迎会の席でエミリヤは、父の遺品である革の手帖に書かれた詩をそらんじます。
それをもとに劇団の監督が戯曲を書き、上演を企てます。

戯曲はリトアニアの歴史物という設定ですが、現体制への批判ももたせています。
事前の検閲では上演禁止かと思われたのですが、なんだかんだで上演にこぎつけます。



細部に関しては、それ必要かなあというラブシーンや、ちょっとよくわからないところ、
なぜここが合成なのかと思うシーンなどもありました。

カウナスが舞台なのに、街並みがあまり出てこなかったのもちょっと残念。
原題 Emilija iš Laisvės alėjos のライスベス通りと、そのどんつきの教会は出てきましたが。

昨年夏に撮った教会。とても大きいんですよ。


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とまあ、あまり制作費用をかけられなかったのかなという感じがしなくもなかったですが、
そのちょっとチープな感じが1972年のリトアニアの雰囲気をうまく表している…のかも?

とはいえ、面白かったです。とくに、劇中劇の部分はとてもよかったです。
主役を務めたエミリヤの演技が真に迫っていました。
詩の力を感じました。



細かいところでは、拘束服の使い方(着方?)がわかったのも収穫でした。

リトアニアのヴィリニュスにある通称KGB博物館の牢屋に拘束服が展示してあったのですが、
袖があまりにも長くて、どのように使うのかと思っていたのです。

おどろおどろしいですね… 旅先では、こんなのばかり見て回っています…


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見学先は暗い怖い重いところばかりですが、しかし! 街はきれいだし、居心地はいいし!
すっかり気に入ったリトアニア、今年の夏も行く予定です。




by chekosan | 2018-06-16 23:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
夏にリトアニアで見てきたホロコースト関連の「現場」の保存と公開について小論をまとめました。


リトアニアにおけるホロコーストの記憶」流通科学大学論集 第30巻2号 2018年1月発行。
本文はこちらからオンラインで読んでいただけます


ここ2、3年、「過去をどのように伝えるか」「負の遺産を現在と未来にどう生かしていくか」「教育、文化施設は政治的・歴史的関心をどう扱っているのか」という関心をもっています。

2016年度は学内の助成を得てベルリンとプラハを訪問し、そのうちベルリンの国家保安省関連施設についてまとめました。なぜかアクセスしてくださる方が途切れず驚いています。ドイツはやはり層が厚いのか? 「負の遺産をどう伝えるかー旧東独のシュタージ(国家保安省)関連施設の事例ー


2017年度も学内の助成を受けることができ、夏にリトアニア、先週はポーランドに行くことができました。研究課題名は「初年次教育と専門教育を架橋する中間教育構想ー国際理解能力育成の視点から」です。

これは他大学に勤めている某M君との共同研究で、彼とは研究や教育上の関心と対象地域が重なっているので、近いうちに成果を著作にまとめようと計画しています。その一環です。


リトアニアには、杉原千畝氏の領事館跡を訪ねる目的で行きました。日本における杉原の受容の変遷と現状をまとめようかと思っていましたが、行ってみると「第9要塞」や「パネリアイの森」、旧ゲットーの地区といった現場や、各博物館の展示のあり方に強い印象を受けました。リトアニアという土地にもかなり魅了されました。そこで、杉原関連の記述はごく一部にして、リトアニアでのホロコースト関連施設の現状を概観するものにしました。

冊子の方にもかなりクリアな写真を載せられたのですが、いかんせん白黒なので、またブログでカラー写真と共に補足などをアップしていこうと思います。

ということで、今回は、この論稿には使わなかった写真を少し。

カウナス(杉原千畝氏が領事館を開いていた街)のはずれにある第9要塞です。ドイツが侵攻したとき、ここで5万人が殺されました。いまは要塞の屋根を緑が覆っていて、丘と一体化しています。



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同じく第9要塞の丘に、ソ連時代(リトアニアではこの時代も「占領」と表現します)に造られた、8階建てビルに相当する高さのモニュメント。ソ連のつくるモニュメントはとにかく大きいですね、どこも。でも、写真ではあまり巨大さが伝わらないなあ。


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by chekosan | 2018-02-13 12:21 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)