人気ブログランキング |

中・東欧、ロシア、大学教育、美術展、映画鑑賞などなど


by chekosan

タグ:リトアニア旅行2017 ( 16 ) タグの人気記事

ヴィリニュスからカウナスへの日帰り旅行日のつづきです。

杉原千畝記念館やポグロムの記念碑を探し当てたあと、旧市街に行きました。

2017年夏の旅行では、カウナスに計5泊ほどしたので、ゆっくりうろうろできたのですが、2018年夏はヴィリニュスからの日帰りだったので、ほんとにざっとだけになりました。

カウナスの旧市街のメインストリートは、変わらず可愛い。お花がいっぱい、カフェいっぱい。通りの半分はカフェで埋まっています。

こういう可愛らしいところを歩くのに、なんかいろいろカバンを担いでもっさりしていますが、杉原記念館で本やお土産をいろいろ買い込んだので仕方ない。

こういうときは、フランクフルトの美術館で買ったフェルメールのエコバッグ がお役立ち。軽くて大きくて、たっぷり入れても重さを感じない優れものです。



b0066960_22410158.jpg


この日はけっこう暑かったので、旧市街広場の手前で、2017年にも入ったカフェでジュースを。Stop&Goというチェーン店です。ここの生ジュース、とてもおいしいです♪ 息子はアイスを。

旅の間、親子で、ほぼ毎日、アイスを食べていたような気がします。バルト3国、どこで食べても、どの味を選んでもおいしかったです。



b0066960_22504547.jpg


一服したあと、一年ぶりの旧市街広場へ。

あれ? 一年前にはいなかったおじさんが!?



b0066960_22462917.jpg


2017年には、こんな大きなおじさん、いなかった!


b0066960_22472125.jpg


おじさんが増えた!と嬉しがって一緒に写真を撮ったりして、さんざはしゃいでいたのですが、そのあとはあまり気に留めていませんでした。


b0066960_23430970.jpg


それからさらに一年近く経って、いいかげんブログに記録せねばと思って検索してみたら、戦間期のカウナスの市長、Jonas Vileišis (1872-1942) さんと判明。

そして、2017年に郵便局の前に設置されたというニュースが見つかりました!






あれ? 2017年7月に登場したということは、見ているはず?

あらためて2017年の写真を探してみたら、あっさり見つかりました! 


b0066960_22444929.jpg

ちゃんとしっかり台座?プレート?まで写してますがな。(^^; カウナスって、彫像とかオブジェがすごく多いんです。それもちょっとヘンなのとかがあって、普通の人の像って印象が薄いんですよね(言い訳)。


b0066960_22455997.jpg

b0066960_22454161.jpg

2017年夏におじさん、もとい、市長さんがいたのは、カウナスの名建築のひとつ、新市街の大通りの郵便局の前でした。

建立時には新市街を象徴する建物の前にいた市長さん、一年後には執務した市庁舎前に移られたんですね。もしかして自分で歩いたんだったりして…?


その郵便局も、Vileišis 市長時代に建てられた2500の建築物の一つだそうです。



b0066960_22450514.jpg


この市長さんの時代に、カウナスは市域を拡大し、たくさんのモダン建築物をつくり、橋をかけ、公園を整備し、馬が引くトラムからバスのシステムへと転換し、3つの近代的な小学校をつくり、公共図書館をつくったのだそうです。インフラ整備に尽力されたのですね。

市長像の除幕式には、アメリカから娘さんが来られてスピーチされたとか。娘さんは1920年生まれ、御年97歳でアメリカからリトアニアに来られたようです!

ちなみに、この像はアメリカに移住したリトアニア人団体からの寄贈なのだそうです。


ーーー

ところで、この郵便局は外観もですが、内部もすごく素敵です。2017年には、下の息子の夏休みの宿題を兼ねて、中に入って絵はがきと切手を買って、日本に手紙を送りました。

こんな感じで、紙袋やカード、ちょっとしたお土産なども売っています。

上の方に絵などがあるので、ほえーっと見ているの図。


b0066960_23070402.jpg


b0066960_23093482.jpg







by chekosan | 2019-05-12 23:50 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
チュコフスキー(1882 - 1969)は、その名を冠した文学賞もあるソ連を代表する児童文学作家です。


b0066960_21211423.jpg


が、この作家の少年時代を書いた自伝を読んだのは、彼自身よりも、彼の代表作『アいたた先生』のモデルとされるドクター・シャバドに関心があったからです。

シャバド先生というのは、今のリトアニアのヴィリニュスで活躍したユダヤ系の医師で社会活動家です。人びとにたいへん慕われ、尊敬された人物ということで、ヴィリニュスに銅像が立っています。



b0066960_21101453.jpg


b0066960_21105009.jpg



チュコフスキーはシャバド先生に実際に会ったことがあるとの記述をインターネットでみつけたため、彼の少年時代を書いた作品にシャバド先生に関する言及がないかと思って読んでみました。

結局そのような記述はなかったのですが、この作品自体とても面白くて、チュコフスキーにも関心が高まりました。

銀いろの記章」とは中学のバッジのことです。彼は優秀な子どもだったのですが、貧しい母子家庭の子であったために無実の罪を着せられて退学処分にあいます。そうした貧しい家庭の子どもを中学に入れないようにする布告が出されていたからです。

彼を大学生にするためにお金持ちの洗濯を請け負って働きづめだった母との約束を果たすべく、彼は友達と励ましあって自学し、遂には…

と書くと重い苦労話のようですが、ユーモアがあって読みやすいお話です。当時の風俗や生活がわかって、たいへん面白いです。


チュコフスキーが使っていた別荘が博物館として公開されているようです。いいですね。いつか行ってみたいです。




by chekosan | 2019-05-05 21:32 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
EU加盟国の作品を約1ヵ月に渡って上映するEUフィルムデーズ2018、日本では東京、京都、広島で開催中です。

京都文化博物館で、リトアニアの映画「エミリヤ、自由への闘い」を観てきました。



b0066960_23215064.png


1972年のリトアニア、カウナスが舞台です。
新人舞台女優エミリヤの過去と、現在(1972年)が交錯して進んでいきます。

話が進むにつれ、エミリヤの過去が次第にわかっていくミステリー仕立てになっています。

劇団の歓迎会の席でエミリヤは、父の遺品である革の手帖に書かれた詩をそらんじます。
それをもとに劇団の監督が戯曲を書き、上演を企てます。

戯曲はリトアニアの歴史物という設定ですが、現体制への批判ももたせています。
事前の検閲では上演禁止かと思われたのですが、なんだかんだで上演にこぎつけます。



細部に関しては、それ必要かなあというラブシーンや、ちょっとよくわからないところ、
なぜここが合成なのかと思うシーンなどもありました。

カウナスが舞台なのに、街並みがあまり出てこなかったのもちょっと残念。
原題 Emilija iš Laisvės alėjos のライスベス通りと、そのどんつきの教会は出てきましたが。

昨年夏に撮った教会。とても大きいんですよ。


b0066960_23333565.jpg


とまあ、あまり制作費用をかけられなかったのかなという感じがしなくもなかったですが、
そのちょっとチープな感じが1972年のリトアニアの雰囲気をうまく表している…のかも?

とはいえ、面白かったです。とくに、劇中劇の部分はとてもよかったです。
主役を務めたエミリヤの演技が真に迫っていました。
詩の力を感じました。



細かいところでは、拘束服の使い方(着方?)がわかったのも収穫でした。

リトアニアのヴィリニュスにある通称KGB博物館の牢屋に拘束服が展示してあったのですが、
袖があまりにも長くて、どのように使うのかと思っていたのです。

おどろおどろしいですね… 旅先では、こんなのばかり見て回っています…


b0066960_23031945.jpg


見学先は暗い怖い重いところばかりですが、しかし! 街はきれいだし、居心地はいいし!
すっかり気に入ったリトアニア、今年の夏も行く予定です。




by chekosan | 2018-06-16 23:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
夏にリトアニアで見てきたホロコースト関連の「現場」の保存と公開について小論をまとめました。


リトアニアにおけるホロコーストの記憶」流通科学大学論集 第30巻2号 2018年1月発行。
本文はこちらからオンラインで読んでいただけます


ここ2、3年、「過去をどのように伝えるか」「負の遺産を現在と未来にどう生かしていくか」「教育、文化施設は政治的・歴史的関心をどう扱っているのか」という関心をもっています。

2016年度は学内の助成を得てベルリンとプラハを訪問し、そのうちベルリンの国家保安省関連施設についてまとめました。なぜかアクセスしてくださる方が途切れず驚いています。ドイツはやはり層が厚いのか? 「負の遺産をどう伝えるかー旧東独のシュタージ(国家保安省)関連施設の事例ー


2017年度も学内の助成を受けることができ、夏にリトアニア、先週はポーランドに行くことができました。研究課題名は「初年次教育と専門教育を架橋する中間教育構想ー国際理解能力育成の視点から」です。

これは他大学に勤めている某M君との共同研究で、彼とは研究や教育上の関心と対象地域が重なっているので、近いうちに成果を著作にまとめようと計画しています。その一環です。


リトアニアには、杉原千畝氏の領事館跡を訪ねる目的で行きました。日本における杉原の受容の変遷と現状をまとめようかと思っていましたが、行ってみると「第9要塞」や「パネリアイの森」、旧ゲットーの地区といった現場や、各博物館の展示のあり方に強い印象を受けました。リトアニアという土地にもかなり魅了されました。そこで、杉原関連の記述はごく一部にして、リトアニアでのホロコースト関連施設の現状を概観するものにしました。

冊子の方にもかなりクリアな写真を載せられたのですが、いかんせん白黒なので、またブログでカラー写真と共に補足などをアップしていこうと思います。

ということで、今回は、この論稿には使わなかった写真を少し。

カウナス(杉原千畝氏が領事館を開いていた街)のはずれにある第9要塞です。ドイツが侵攻したとき、ここで5万人が殺されました。いまは要塞の屋根を緑が覆っていて、丘と一体化しています。



b0066960_12131834.jpg

同じく第9要塞の丘に、ソ連時代(リトアニアではこの時代も「占領」と表現します)に造られた、8階建てビルに相当する高さのモニュメント。ソ連のつくるモニュメントはとにかく大きいですね、どこも。でも、写真ではあまり巨大さが伝わらないなあ。


b0066960_12151753.jpg




by chekosan | 2018-02-13 12:21 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
ビリニュスの中心部にある、お城の丘に登りました。

てくてく徒歩で、どれくらいだろう… 
景色やらマンホールの蓋やら撮りまくりながら30分くらいかけたのかな?
スタスタ登れば、そんなにかからないと思います。

夕方の5時台でこんな感じ。いつまでも明るいリトアニアの夏。


b0066960_15041144.jpg

地面にある蓋が好き。リトアニア旅行では、えーと、100を下らない蓋を撮りました。
お城への登城道にも蓋がありますよ。↓


b0066960_15050604.jpg

頂上が近づいてきましたよ。

b0066960_15070796.jpg


登り切ったところから、お城跡を撮った図。


b0066960_15073875.jpg


昨年(2017年)は、足を痛めて、この旅行でも飲み薬や湿布持参だったのですが、
でも! 登って良かった! この景色! 写真ではなかなか再現できないですが。


b0066960_15082487.jpg


手のひらに塔を乗せている感じにしたかったのですが。見えませんね。


b0066960_15110953.jpg

お城の丘の麓は緑の公園。
カウナスもビリニュスも、通りや公園にたくさんアートがあるのですが、ここには犬が!
リトアニアン・ハウンドだそうです。


b0066960_15174678.jpg


可愛さ余って思わず抱きしめるの図。またがりはしませんでしたよ!


b0066960_15183399.jpg





by chekosan | 2018-01-20 15:22 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
まっすぐな通りが交差するわかりやすいカウナスから、迷路のような旧市街を持つビリニュスに移動。
さすが小さいながらも首都、多くの人で賑わっているし、夏はなかなか暗くならないし、
夕方からですがぶらぶらと繰り出し、大聖堂の鐘楼に登って、街の全体像をつかみました。

高いとこ、しんどいし怖いけど、なんか登らないではいられないんですよね。

b0066960_21552750.jpg

こんな狭い階段から始まります。

b0066960_21565727.jpg

b0066960_21545622.jpg


こんな風にスケルトンになってると怖さ倍増!

b0066960_21542637.jpg

一枚目の写真に写っている聖堂が眼下に。そして向こうにはお城。そちらにも後日登りました。

b0066960_21550841.jpg


美しい街~~!

b0066960_21544066.jpg

屋根の色が統一されているのがいい!

b0066960_21535844.jpg


目抜き通り。ここは後日、KGB博物館に行くときにずーっと歩きました。


b0066960_21534118.jpg

登ってみたシリーズ続編へ(多分)




by chekosan | 2018-01-18 22:04 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
リトアニア9泊11日の旅行で訪れたのは、カウナスとビリニュス、
そしてビリニュス近郊のパネリアイというところでした。

これらの移動はすべて鉄道にしました。
一番の理由は、カウナスの駅は、杉原千畝が領事館を撤収してベルリンに移るときに、
最後の最後までユダヤの人々にビザを発給したといういわれのあるところだから。



b0066960_16264394.jpg


また、私がバスよりも鉄道の方が好きということもありますし、
乗り物酔いしやすいチビッコでも多少はマシだろうという算段もありました。

あらかじめインターネットで個人の旅行記などを読んで当たりをつけておき、
前日に再度、Googleで時刻や所要時間などを調べて、切符は駅で直接買いました。

結論から言って、リトアニアの鉄道は、清潔、正確、簡単、快適、安価!
まったく心配なく移動できます。おすすめ!


カウナスの駅舎をホーム側から見た図。

b0066960_16244880.jpg


駅舎内。天井が高~~い!  
右手奥には切符売り場があります。有人の窓口で難なく買えました。
自分でダイヤを調べておいて、便を指定して買うのが普通のようです。



b0066960_16282152.jpg

電光掲示板もわかりやすくて何の心配もなし。

b0066960_16291752.jpg
駅には改札がありません。車内検札です。切符はレシート状。
一桁少なくありませんか?というくらい安くてびっくり。


b0066960_16373159.jpg

カウナス→ビリニュス間は、途中から、がら空きに。


b0066960_16383036.jpg

特急列車は電源も取れるし、Wi-Fiも使い放題。サクサク繋がりました。
ゴミ箱も座席近くにあって、車内は清潔だし、何の問題もなし。



b0066960_16402064.jpg


ビリニュスの駅舎も天井が高いです~~!


b0066960_16451786.jpg


日本の都市の駅に比べれば小さいですが、カッコイイですよね。


b0066960_16470120.jpg


ビリニュス滞在中に訪れたパネリアイへは鈍行列車で。ちょっと簡素ですね。

b0066960_16493908.jpg



パネリアイは小さな駅。かわいい…。
駅舎の中は入りませんでした。人の出入りも見ませんでした。

b0066960_16515475.jpg


b0066960_16551501.jpg

駅は小さくとも、ホームはどこまでも長く。
跨線橋まで歩いてなんていられないので、みなさん普通~に線路上を横断していました。
私たちも、郷に入っては郷に従いましたですよ。


b0066960_16533893.jpg


パネリアイの森は、戦争中、7万人の人が虐殺された場所です。
今は国立のメモリアルになっています。(別途アップ予定)

列車や徒歩で連れてこられた人たちにとっては恐怖と絶望の場所でした。

今の、この青く清々しい夏の空と、疾走する近代的な赤い特急列車が織りなす
美しい風景からは想像できませんが…


b0066960_16563494.jpg

ビリニュスの駅に隣接するカフェ?には、謎の巨大おじさん。

b0066960_17074805.jpg

ビリニュス駅のホーム側はこんな感じでした☆


b0066960_17081144.jpg







by chekosan | 2018-01-09 17:14 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
カウナスはリトアニア第2の都市で、かつては首都であったこともありますが、
一日で歩き回れるくらいのこじんまりとした街です。

そのわりには、6日ほどいても、杉原千畝の記念館とホテル以外では、
日本人観光客は全然見かけませんでした。

ビリニュスから日帰りで来て、杉原記念館だけ見ていかれるのかなあ。
それはあまりにもったいない。

旧市街の広場にちょこんと建つ旧市庁舎も、外観の写真はよくアップされていますが、
中まで入る人は(日本人に限らず)、あまりいないのかなという感じ。

ここは観光案内所もありますし、その奥の見学は有料ですが、その価値はあります。
市の博物館になっていて、ガイドさんもとっても親切。
高齢の方々でしたが、わかりやすい英語で親切に解説してくださいました。


今は特別な式典などに使っているというホール。天井が高い!
ガイドさんが写真を撮ってくださいました。


b0066960_20335310.jpg

カウナスのシンボルは牛。カウだけに…ってリトアニア、英語じゃないし!
調子にのって、ガイドさんにお願いして、旗を広げてもらいました。


b0066960_20344949.jpg
執務室。

b0066960_20374732.jpg

歴代の市長さんたち(だったと思う)。

b0066960_20385822.jpg
特別な式典などで使うもの。

b0066960_20393350.jpg

b0066960_20402389.jpg

b0066960_20405111.jpg

ほかにもカウナス市に関する歴史的な資料や現物などが展示してあって、写真も撮らせてもらえました☆
多すぎるので割愛。

そして、狭~い隠し階段みたいなところを降りていくと、、、


b0066960_20432994.jpg

地下には、意外にも広い空間が! 
何部屋もあって、市の歴史がわかる展示や、発掘品などを展示しています。
ここでは、また別のガイドさんが案内をしてくださいます。

企画展示だったのかグロキモ可笑しい現代美術もあったのですが、それはアップを控えるとします。

b0066960_20473639.jpg


b0066960_20475335.jpg

地下といえば、お約束(?)の地下牢もありましたよ… 狭いよ~、暗いよ~…

b0066960_20483928.jpg

これは発掘品だったかと思います。


b0066960_20522045.jpg
サイコロクッション?なんかもあったり。

b0066960_20524671.jpg

建物自体もいいし、展示もいろいろあるし、ガイドさんたちは感じがいいし、
思いがけず充実した見学となりました。


観光案内所では、郊外にある「第9要塞」への行き方も教えてもらいました(別途アップ予定)。
リトアニアの観光案内所のスタッフは、みなさん、きれいな英語を話されます。

案内所にはお土産も売っています。
カウナス模様のトートバッグは、ここでしか見かけませんでした。
色違いで白だったかもありましたよ。
カウナスの文化を紹介している本は無料でいただけました。



b0066960_20595069.jpg

日本語のマップもありますよ。カウナスいいとこ、も一度行きたい。

b0066960_21012406.jpg

市庁舎のある旧市街の広場。
街も広場も小さいですが、周りには格の高い教会がいくつもありますよ。



b0066960_20560191.jpg


by chekosan | 2018-01-08 21:12 | リトアニア | Trackback | Comments(0)

ちっとも進まないリトアニア旅行記。次の旅行に行く前に記録しておこう。


自転車推奨の街カウナス。目抜き通りにも自転車レーンや自転車立てが整備されています。
乗ってる人はそんなにたくさんは見ませんでしたが、走りやすそうです。



b0066960_19494854.jpg


b0066960_19482007.jpg



b0066960_19475019.jpg



b0066960_19490986.jpg



下は交差点。道路を横断するときには、ぶっ飛ばして来る車をやり過ごしてからと思って待っていたら、
ちゃんと停止してくれました。実に快適に街歩きができました。




b0066960_19504183.jpg





by chekosan | 2018-01-07 19:59 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
入手が遅れて後回しになっていた『日本人に救われたユダヤ人の手記』を読んだ。リトアニアで生まれ育ったユダヤ人少年が、ホロコーストを生き抜いた回想録である。

ソリー少年の一家は日本領事代理だった杉原千畝と交流があったため、杉原関連本には必ずといっていいほど引用される本である。というと、杉原ビザで欧州を脱出した話かと思えるが、そうではない。ソリーの一家は、杉原の忠告を受けながらリトアニア脱出になかなか踏み切れなかったために、とんでもなく過酷な体験をしてしまう。ソリーと父、姉、叔母はなんとか終戦まで生き延びるのだが、ほとんどの親類縁者友人知人は亡くなってしまうのである。

ソリーと父は、敗北が避けられなくなったナチドイツの命令で、ゲットーからダッハウ収容所へ連行され、さらに収容所から徒歩で移動させられる。この「死の行進」の途中で、日系アメリカ人部隊に救出される。

というように、ソリー少年に救いの手を差し伸べた人々のなかに杉原や日系2世の米兵がいたということで、邦題は「日本人に救われた」となっているわけである。

杉原関連本には、杉原との交流部分や日系人が救出した部分のみがクローズアップされて引用されるのだが、本書はそれ以外の体験の方が断然、面白い。面白いという表現はそぐわないかもしれないが…

リトアニアにはユダヤ人社会が根付いていて、文化的、経済的に豊かなコミュニティを形成していた。ソリーの一家もそうである。事業で成功し、カウナス中心地の広いアパートで、宗教的、文化的に満たされた生活を送っていた。

ところが、ソ連の侵攻、ナチスドイツの侵攻に伴って、リトアニア人のユダヤ人への憎悪が爆発する。ヨーロッパユダヤ人を死に至らしめたのはナチス親衛隊だけではない。むしろ実行部隊はドイツが占領した地域の地元住民や、ウクライナなどから連れてこられた兵士たちであった。本書で語られているユダヤ人に対する迫害、殺害、略奪の様子は生々しく残酷で非常にショッキングである。

それでも、ソリー少年たちのいたカウナスではユダヤ人同士の結束が固く、ゲットーに閉じ込められたのちも、ユダヤ人評議会やユダヤ警察とコミュニティとの信頼関係が最後まで崩れなかった。食べるものにも事欠く状態であっても、カウナス・ゲットーでは、職業学校や文化団体、オーケストラまで活動していた。カウナス・ゲットーの生み出す物資は質も高く、生産性が高かったため、ドイツ占領下のゲットーのなかで一番長く存続できたという。

カウナスのユダヤ警察は住民側に立っており、地下抵抗組織を支援してさえいた。最後にはそれがナチスにばれて警察官たちも虐殺されてしまう。が、そうした結束の固さ、人間関係が保たれていたことは、ゲットー閉鎖後、収容所に移送されたのちもプラスの効果をもたらしたようである。

にしても、酷い。実に恐ろしい日々である。よくソリー少年や父が生き残れたものだ。まさに危機一髪を何度も何度も脱している。機転を利かせて、技能を生かして、コネや伝手を辿って、なけなしの財産をはたいて、身を隠して、、、目の前で他の人たちが殺されたり、連行されたりすることも度々ありながら、ソリーたちがなんとか生き延びたのは、精神力と運と家族や友人たちとの結束が大きいように思う。


b0066960_11144185.jpg


なお、カウナス・ゲットーも他のゲットー同様、ドイツの敗退が色濃くなって解体、焼き打ちされてしまう。ゲットーに生き残っていた人々はバルト諸国やドイツなどの強制収容所に連れて行かれてしまう。そのため現在のカウナスにはゲットーの痕跡はない。

戦後は木造住宅が建てられ、住宅地になっている。夏にカウナスに行ったとき、5万人が殺された現場である「第9要塞」(別途投稿予定)に行く途中、そうとは知らずにその地区の大通りをバスで通って、強烈に惹かれるものがあった。第9要塞で買った写真集を見たところ、まさにそのあたりがかつてのゲットーであったとわかり、後日あらためて歩いてみた。

第9要塞の受付で購入したパンフや磁石、そしてカウナス・ゲットーの今を撮った写真集。

b0066960_11321781.jpg


今、かつてのゲットーだった地区には、記念碑が立っているくらいである。


b0066960_11335451.jpg

2002年にカウナスを訪れた澤田愛子氏は、『夜の記憶』(創元社 2005)のなかで、カウナスにおけるホロコーストの記憶の留め方について批判的に記述されている。そのときは第9要塞を訪れる人も他にはおらず、高額の撮影料をとられたという。旧ユダヤ人墓地も荒れており、ゲットーの病院があったところで撮影をしていると、通行人の男性が「何かを口走って行った」という。それが何という言葉であったかは通訳者に確認しなかったというが、澤田氏の前後の文脈から、あまり良くない空気を感じ取ったのだろう。

私がこの夏(2017年)に訪れたカウナスは、そのような雰囲気はまったくなかった。第9要塞は賑わってはいないが見学者が何組もいたし、安価な入場料で、わかりやすくていねいな展示を見ることができた。

ゲットーがあったVilijanpole地区は、たしかに高級感のある中心部の通りと比較すれば取り残された地区という感じはしたが、高層ビルが建設されていたり、いまどきなスーパーが営業していたりと再開発の最中という感じであった。さらには、この地区で地図を見ていたら「何かお探しですか、お手伝いしましょうか」と英語で訊いてくれる人があったり、「日本人か? 日本はいいねえ」とわざわざ自転車を停めてニコニコと声をかけてくれる夫婦に出会ったりもして、むしろ友好的、歓迎されている雰囲気を感じることができた。

リトアニアはEU加盟(2004年)に向けて、過去の歴史の再評価に取り組んだ。今もそれは続いている。自国の「負の歴史」に向き合って、さまざまな整備を施し、外国から多くの人を受け入れるようになってきたことの表れかもしれない。

いずれにせよカウナスにおけるポグロムとホロコーストの歴史については、もう少し調べてみたい。見損ねているところもまだまだあるので、もう一度行きたいと思っている。


つづく


b0066960_12234840.jpg



b0066960_11543738.jpg

by chekosan | 2017-09-24 12:28 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)