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by chekosan

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4/13~5/12まで京都の12会場で「京都国際写真祭」が開かれています。

これまで知らなかったのですが、今回は、ポーランドの若手作家ヴェロニカ・ゲンシツカの展覧会があるということで行ってみました。

会場は嶋臺ギャラリー。京都のまんなか、御池通に間口の広い町屋があります。前から気になっていたのですが、貸しギャラリーだったのですね。実はこの建物にも入ってみたかったのです。

この一等地で、この間口。



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角を曲がると会場でした。雰囲気ある~。


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大人は入場料が必要なのですが、なんと写真撮影OK!

古い建物のなかに、作品に合わせたお部屋のような空間をつくってあります。展示してある作品数は少ないのですが、この空間を楽しめたのは面白い体験になりました。

靴を脱いで、白いドアからおじゃましま~す。

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かつらモップが!!

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右手の格子はもともとです。不思議にマッチング。


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1950~60年代のアメリカのいかにも幸せそうな写真をモンタージュして、ちょっとブラックというか、えっ、どうなってるの?という作品にしてあります。こういうの好きです。


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次のお部屋も、一見、幸せ家族のリビングなのですが、

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誰かと一緒に行っていたら、なんか面白いポーズして撮ったんだけどなぁ~(笑)

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土間の奥の蔵には、よく見ると怖い遊具が… 手前の井戸から作品みたいですね。


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 怖い怖い…
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鉄条網なわとび…


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ライトもよく見ると…


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点数的には、さらっと見れば、あっという間に見終わってしまうのですが、このセンス好きなので、行って良かったです。(⌒∇⌒) 大判の絵はがきも購入。保存版にします。



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でも、この光景が一番シュールな気がしなくもない。



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by chekosan | 2019-04-29 22:17 | 美術 | Trackback | Comments(0)
ひたすら学生のレポートを読んで成績をつけていた2月。合間に展覧会、音楽会、映画、子の学校行事参観、小さな原稿執筆等々をねじ込みました。目・首・肩・腰にとどまらず、喉やら頭やら歯まで痛み出す始末。成績つけおわったらと放置していた本の山、紙の山の片付けで全身筋肉痛。ふと気がつくと月末。そうか2月は28日までしかないのだった! 駆け込み読書でなんとか二桁いきました…


2月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:2954
ナイス数:561

さよなら妖精 (創元推理文庫)さよなら妖精 (創元推理文庫)感想
東欧の本を読む授業で、学生がユーゴが関係すると教えてくれた本。米澤氏が学生時代にユーゴのことを研究されていたとか。ちょっと意外。ストーリーも登場人物の言葉づかいも日常の謎解き的な部分もこなれてなくて青くさい感じはする。タイトルも、なんで妖精? それでも今どきの若者に人気の作家が取り上げたら、少しでもユーゴのことに関心を持つ人が増えるかも。どうやら続編があるのか? それもユーゴが絡むなら読みたいかな。
読了日:02月01日 著者:米澤 穂信


本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない (単行本)本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない (単行本)感想
盛岡が、全国の県庁所在地の中で、一世帯あたりの書籍購入金額1位(2017年)というニュースを目にして、名物書店があったのもそのあたりじゃなかったなとうっすら思い返していたところ、ナイスなタイミングで本書を発見。盛岡の本屋さんが『思考の整理学』ブームをつくり、書名を隠して売る「文庫X」を仕掛けたんだ!「文庫X」は敬遠していたけど、あの人の本なら読もう。ところで、先の調査では我が滋賀県の大津市も3位。滋賀は図書館が充実しているが、そのことと書籍購入は反比例しないってことね。むしろ購入を促すんじゃないかな。 
読了日:02月03日 著者:松本 大介

後日談:本書の著者を含め、さわや書店さんで活躍された店長さん、書店員さんが相次いで退社されるということ。




モダンガール論 (文春文庫)モダンガール論 (文春文庫)感想
いや~面白かった! 母校の学部同窓会からの依頼で、母校女子部の明治~戦後直後のことを少し調べていて、本書の存在を思い出す。7年も塩漬けだったが、まさに時機を得た感じで一気読み。明治以降の女性たちの「出世コース」を資料から丹念に読み解いているのだが、文体が軽妙なのでまったく退屈しない。背景にある階級(階層)の分断や貧困の問題もわかりやすく描き出している。こういう文章、本を書けるってすばらしい。指導教授による文庫解説もクスっと笑えて、最後にウルっとさせる。研究内容だけでなく文体も師の影響なのかな(笑) 
読了日:02月09日 著者:斎藤 美奈子


アンネ・フランクに会いに行く (岩波ジュニア新書)アンネ・フランクに会いに行く (岩波ジュニア新書)感想
学生のおすすめの一冊。著者は78年に欧州に渡って以来、長期に渡ってアンネの足跡を辿る取材を重ねてきた。そのため本書には、現在とは違う収容所跡の雰囲気や受け入れ体制の様子や、当時を知る関係者の生の声など貴重な体験や証言が散りばめられている。そうした証言者自身の体験や言葉の方が興味深かった。特に「アンネのストーリーはごく一部」だという証言者の言葉は重い。もちろん一人の人物の人生を追うことにも意義があり、矛盾・対立することではないが。それにしても写真が少なくて残念。記者時代に撮った写真は個人では使えないのかな。
読了日:02月11日 著者:谷口 長世


ハリスおばさんパリへ行く (fukkan.com)ハリスおばさんパリへ行く (fukkan.com)感想
気分転換に、少女時分に読んだお話を再読。一気読みしてしまった。憧れのディオールのドレスを手に入れるべく爪に火を点して貯蓄に励んだイギリスのお手伝いさん、ハリスおばさんの大冒険。おばさんのきっぷのよさやまっすぐさ、それにほだされて親切に手を尽くしてくれるまわりの人々。訳も愛嬌があって、ふふっと笑ったり、じわっときたり。世を恨んだり文句言ってたりしても始まらないわ! シリーズ読破しようっと。※復刊ドットコム版は、昔の版をOCRで読み取って復刊したと思われる。誤字脱字が多い。大勢に影響はないけど。
読了日:02月18日 著者:ポール ギャリコ


火葬人 (東欧の想像力)火葬人 (東欧の想像力)感想
うーん… ナチに支配されたプラハでドイツ系の主人公がそれまでの寛容な態度をあっさり翻して周囲の人々をクビにしたり消していったりする、ああ恐ろしい全体主義…というように読めるのは読めるのだろうけど、それ以上に、このおっちゃん、穏やかで、品性を保って、誰にでも丁寧な物腰の紳士としてふるまっていたけど、実はすごくルサンチマン的な人で、それが高じて、どんどん狂っていったんじゃあないの? その様子に妻が恐怖感を抱いて、元気がなくなっていったんじゃ? というのが最大の感想。→感想のつづきはこちら
読了日:02月19日 著者:ラジスラフ・フクス


よろこびの日―ワルシャワの少年時代 (岩波少年文庫)よろこびの日―ワルシャワの少年時代 (岩波少年文庫)感想
第一次大戦前後のワルシャワのユダヤ人の生活の様子がわかる。1930年代後半の写真も載っていて雰囲気を伝えている。作家シンガーの父はラビだが、実入りは少なく、一家は家賃を払うのも苦しかった。その一家が住んでいたのがクロフマルナ通り。この通りにはコルチャック先生が1911年に開いた孤児院もあった。コルチャックは著名人だったので同時代人のシンガーも知っていたと思われるが、残念ながらこの本には出てこなかった。/この当時はアジア人は劣等に見られてたのだなあとわかる一節あり。
読了日:02月22日 著者:アイザック・バシェビス シンガー

私が図書館で借りて読んだ版の表紙はこちら↓

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わが家の人びと―ドヴラートフ家年代記わが家の人びと―ドヴラートフ家年代記感想
面白かった。ユーモアがあって、くすっと笑える部分多し。ロシア文学には珍しい軽妙な文体の短編集。時代的にはソ連誕生前後から80年代のはじめまで。誰それが銃殺されたとか誰それが刑務所に入れられたといったエピソードも多いが、作者は78年に西側に亡命したので、そんな話さえもソ連(ロシア)への郷愁を感じさせる。といっても彼の書くものは自伝的要素が強いものの、虚実混ざっているとのことだが。彼の作品の邦訳は本書と『かばん』くらいのよう。もっと読みたいなあ。表紙の絵がイメージに合っていて好き。
読了日:02月27日 著者:セルゲイ・ドナートヴィチ ドヴラートフ


専門馬鹿と馬鹿専門―つむじ先生の教育論専門馬鹿と馬鹿専門―つむじ先生の教育論感想
エッセイ集。さらさらっと読めるので少しずつ楽しんだ。時事的なものは年月が経ってわかりづらくなったものも。面白かったのは、知ってるつもりできちんと読んでなかったガリヴァー旅行記を読み直したら面白くて、自分が法学部の先生なら絶対テキストに使うと熱く語る話。そんなこと言われた日には使わねば😁 そういえば私もきちんと読んでなかったので早速お取り寄せ〜
読了日:02月28日 著者:なだ いなだ



エラい人にはウソがある ―論語好きの孔子知らずエラい人にはウソがある ―論語好きの孔子知らず感想
前半の孔子その人に関する検証部分は、マッツァリーノ氏にしては推定の部分が多いかな。孔子は紀元前500年代の人だから同時代の史料がほとんどないので仕方ないか。後半の日本における儒教や『論語』の受容と衰退、復活を考証するあたりから本領発揮。原典を正しく理解せずに経営や教育の指針として闇雲に論語を読ませようとすることを批判する。しかもそういう人に限って孔子の非暴力主義については触れないという指摘が面白い。晩年に論語に傾倒した渋沢栄一に関しても、渋沢の経営や社会事業の業績は論語とは関係ないと断言している。
読了日:02月28日 著者:パオロ・マッツァリーノ


壁のむこうの街壁のむこうの街感想
『走れ、走って逃げろ』(映画「ふたつの名前を持つ少年」原作)の作家による児童文学。たった一人でドイツ占領下ポーランドのゲットーの廃墟に隠れ住み、父親の迎えを待ち続けた少年のお話。フィクションということだが、長期間、潜伏できるようにつくられた地下室の様子や、家屋同士を繋ぐ秘密通路の存在や、住人が収容所に連行されて無人となった空き家が略奪にあう様子などが具体的に描かれている。こうした話を読むといつも、自分も家族もこういう状況を生き抜く生活力はないなと思う。
読了日:02月28日 著者:ウーリー・オルレブ

最後に、主人公の友ハツカネズミのスノーにちなんで、うちの白ねずみのダイヤさんに登場してもらいましょう。

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読書メーター

by chekosan | 2019-03-01 11:27 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
先日のロシア映画「ヒトラーと戦った22日間」に続き、ソビボル絶滅収容所に関する映画を観ました。

今度は、ホロコーストを取り上げた長編映画「ショアー」のランズマン監督による「ソビブル、1943年10月14日午後4時」です。

ランズマン監督は、2018年7月に92歳で亡くなりました。追悼上映会が数か所で開催されましたが、日程が合わず行けませんでした。こうなると、この先、「ショアー」やその他の作品が上映される機会は、そうはなさそうです。

「ショアー」は大昔にビデオテープに録画したものを持っていて全編視聴したのですが、テープでは保存や映写が難しくなりそうです。そのほかの作品は、ばら売りされていません。ということで、資料として確認したり学生に紹介したりすることも考えて、思い切って決定版BOXを購入しました。

日本での初上映時のパンフレットに新しい原稿を足した小冊子付き。

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ランズマン監督の映画は、関係者へのインタビュー記録と、関係する場所の現在(撮影時)の様子から構成されます。「ソビブル」は、「ショアー」の撮影の一環で撮られたものですが、独立した映画としてまとめられました。

「ショアー」同様、「ソビブル」も、通訳を介してのインタビューがそのまま使われているので、やや冗長な感じもします。しかも、「ソビブル」の登場人物は、同収容所からの脱出計画で重要な任務を遂行した男性一人のみで、風景などの映像も少なく、彼のアップが映画の大半を占めます。

当時はまだ未成年だったこの男性、イェフダ・レルネル氏は、収容所を監視するドイツ兵の殺害を実行した一人です。殺害の場面では、やるべきことをやり遂げた喜びを感じたと証言していました。

貴重な当事者の証言ですが、登場するのが一人だけなので、全体像がわかりづらい感じもしました。

逆に、先日観た「ヒトラーと戦った22日間」では、脱出計画のリーダーとなるロシア兵士サーシャ・ペチェルスキー氏に焦点を当てているので、そちらはそちらで実行グループの人数が少なく感じられました。

どちらも、「ショアー」やその他の情報も入れながら観る方が理解しやすいように思います。

映画でも小説でも研究書でも、制作する人のねらいや注目するところが違えば、描き方が変わります。やはり一つの情報源だけではなく、いろいろなもので補っていく必要がありますね。














by chekosan | 2019-02-04 18:52 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
年の瀬ですが、家事も仕事も山積みですが、あえて!映画を観に行きました。(^^ゞ

今年は月3~5本くらい研究関心に近いものや授業の素材になるような作品を観るぞと年頭に目標を立てたのですが、そしてたくさん観たい映画はあったのですが、なんだかちっとも振るわずで、ちょっともやもやしていたのです。

で、観たのは「家(うち)へ帰ろう」。だらだら泣けました。クリスマスイブにあえて一人で行った甲斐がありました(笑)

88歳、家も財産も娘たちに譲り、老人ホームに入ることになったアブラハムは、体調も芳しくなく、右足は医者から切断を宣告されているような状態ですが、命の恩人である友人との70年前の約束を果たすべく、アルゼンチンからスペイン、パリを経由してポーランドに会いに行きます。

アブラハムはユダヤ人で、アウシュヴィッツに収容されていました。そのため、「ポーランド」という言葉を口にすることすら嫌います。家族を死に追いやったドイツも通過したくない。

ところが、娘たちに黙って家を飛び出てきたため、ワルシャワへの直行便でなくマドリッドに降り立つことになります。そのため、スペインからは鉄道で北上するしかありません。

なのにお金を盗まれてしまい… どうなるアブラハム!


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このお話、ホロコーストものであり、親子の物語であり、強く優しい女性たちの物語でもあり、ユーモアもあって、いかにもフィクションの感動もののようにみえるのですが、実は監督の祖父がモデルの一人になっています。

監督の祖父もポーランド出身ですが、親戚の集まりでは「ポーランド」という言葉を口にすることはタブーだったとのこと。祖父は過去については一切語らず、監督の父母も知らされていなかったそうです。

監督は祖父たちの世代の体験を忘れないよう、多くの資料を読み、遠縁の親戚を探し出して何百ものエピソードを聞き取り、10年かけて6ー7通りのプロットを書き、ようやくこの作品をつくりました。

主人公がかつて住んでいた界隈は、監督の祖父が実際に住んでいた地区で、建物も同じ建築家の設計によるものなのだそうです。

…というパンフレットのインタビューを読んで、さらに感動は深まりました。



主人公の末娘が、父親の腕の入れ墨と同じ数字(アウシュヴィッツで付けられた番号)を腕に彫っているシーンが出てきます。これも、実際にそうして親や先祖の経験を忘れまいとする若い人たちがいるのだとか。

戦後70年経って、ホロコーストや戦争体験者は減り、生きている方もかなりの高齢になっています。そのうち生の証言を聞くことはできなくなります。そのため、アウシュヴィッツや広島では、歴史を伝承する役割は、直接の体験者から継承者へ代替わりをはかっています。

ホロコーストを扱った映画も、孫の世代が祖父母の世代の経験を伝えるという視点や目的で作られる時期になっているのでしょう。


舞台やテイストはかなり違いますが、「サウルの息子」(メネシュ・ラースロー監督)も祖父母をガス室でなくしています。





ちなみに、本作の監督は、好きな映画作品を訊かれて、ロマンスキー監督の「戦場のピアニスト」を挙げています。ロマンスキー監督は、少年時代にクラクフ・ゲットーから脱出して生きのびた人です。






by chekosan | 2018-12-24 19:11 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ポーランドのユダヤ人でアウシュヴィッツに収容され、4歳のときに解放された男性の回想録。

マイケル・ボーンスタイン氏は、老人や子どものほとんどが殺されたアウシュヴィッツ収容所で、奇跡的に生き延びて戦後を迎えた。

アウシュヴィッツを解放し、残っていた収容者の看護や帰還の世話をしたソ連軍は、解放直後の記録映像を撮っていた。マイケル氏は、大人になって、あるときこの映像を偶然見て自分が映っていることに驚く。

4歳と小さかったマイケル氏は、当時の記憶があいまいだったり鮮明だったりしたため、自分の体験をほとんど語ってこなかったが、この映像をみたこと、さらには、その映像が、アウシュヴィッツは組織的にユダヤ人を絶滅させようとしていたわけではないとする「歴史修正主義者」の「証拠」にされていることをインターネット閲覧時に知って驚愕する。

そこで、自らの記憶とジャーナリストの娘による資料調査、ホロコーストを生き延びた親族たちの証言によって可能な限り当時の様子を再現し、後世に残すことを決意した。それが本書である。


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マイケルたちの親族はポーランドのジャルキという町に住んでいた。ここはユダヤ人が三分の二、3千人強、暮らしていた。それがナチスドイツの侵攻によって「オープン・ゲットー」化され、強制労働、手当たり次第の暴力や処刑にあう。

マイケルの父は、ゲットーごとにつくらされた「自治組織」であるユダヤ人評議会の長を務め、ユダヤ人家庭から隠し持った財産を寄付してもらい、それを基金にして、逃亡の資金やSS将校への贈賄の元手にして、数百人の命を救った。

ジャルキのユダヤ人が全員、強制移送によって追い立てられた時も、マイケル一家だけは別のまちの軍需工場に送られて助かった。

ユダヤ人評議会に関しては、対独協力というそしりや批判もあるが、コミュニティがしっかりしていて、ユダヤ人住民に有利になるよう働いた評議会があったところでは、比較的長く共同体が存続し、ほかよりは多少ましな生活ができていたようである。

リトアニアでの二人の生存者の証言録でも、ヴィリニュスとカウナスでは評議会の評判やコミュニティの存続の様子がずいぶん違い、興味深い。
→ マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女 
  リトアニア旅行記(6)カウナス・ゲットーとソリー・ガノール『日本人に救われたユダヤ人の手記』(講談社 1997)




戦後、ジャルキに帰還したユダヤ人はほんの数十人だったという。マイケルも祖母と帰還するが、家はポーランド人住民に占拠され、苦難を強いられる。それでもマイケルたちはまだ親族の多くが生存している方であった。しらばくして叔母や母も帰還し、その後、故郷に残ることを譲らなかった祖母以外の親族は、数年の準備を経てアメリカへと渡った。

なお、戦争前に親族のうちで唯一、欧州を脱出した女性は、杉原千畝の発給したビザで日本を経由してアメリカに渡り、事業を成功させ、親族を呼び寄せたという。ここでも杉原ビザによるサバイバーが!

杉原の書いたビザは公的には2千通ほどだが、これを持って無事第三国に渡った人たちは、今度は欧州に残ったユダヤ人を助ける側に回った。彼ら自身や子孫、彼らが支援した人びとを合わせると、直接、間接的に相当多くの人たちを救ったのだとあらためて思う。




マイケル氏は仕事を引退してから、ときどき子どもたちに向けてホロコースト体験を語っているという。若い世代に読んでもらえるよう、本書は小説的にやさしい言葉で書かれている。

とはいえ、マイケルたちを取り巻いていた状況は悲惨で、さらりと残虐な行為や場面が頻出する。戦闘行為や爆撃による死も悲惨で不幸で許容しがたいことには違いないが、ただ虐め辱めるためだけに人々が殺されていく場面は耐えがたい。

マイケル氏が70代になるまで体験を語らなかったのは、自身が幼くて記憶があいまいだったから控えていたということもあるだろうが、そうした状況で自分たち親族は比較的高い割合生き延びられたということを声高に言えない、言うべきではないという抑制があったのかもしれない。






by chekosan | 2018-09-11 12:56 | 読書記録 | Trackback | Comments(2)
超・長編映画「SHOAH」を観ました。

第二次大戦中に、ドイツやナチスの占領下で実行されたユダヤ人の強制収容、大量虐殺の実態を、被収容者、元ナチス親衛隊員、収容所近辺のポーランド人たちの証言のみで描き出す、4部からなるドキュメンタリー映画です。

私がこの作品を知ったのは、一体、いつのことだったのか。

おそらく大学院生の頃だったと思いますが、とにかく長くて重い映画らしいということだけを、どこからか聞いて知っていました。

その後、NHKでテレビ放送されたときにビデオに録画していたのを、先日ようやく観ました。ランズマン監督は11年かけて制作したそうですが、それに匹敵するくらいかけての(?)視聴です。

ビデオです、ビデオ。VHSテープです。
何しろ9時間半あるので、3倍速でも2本に渡ります。


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全編を視聴して…

初めの方は、通訳を介してのインタビューをそのまま使っていることに、少々、冗長さを感じました。ただ、そのもどかしさも、生の証言を残すという意図の表れということは理解できるので、早送りなどせず観ていきました。

たとえば、監督が通訳に、端折らずに訳してくれと言ったり、あなたの解釈ではなく証言者の言葉をそのまま訳してくれと言ったりする場面が何度かあります。たしかに、あれだけしゃべっていて、訳はこれだけ?と思うときがけっこうあるのです。

あるいは、収容所の近隣の人たちに話を聞く場面では、人々が口々に話し出して、声が重なるときがあります。

逆に、証言者が感極まって、しばらく話せなくなるときもあります。

そのような成り行きや反応も証言の一部を成しているのです。



証言内容で衝撃的だったのは、生存者よりも、収容所周辺の人々の話です。ナチスは、収容者を大量殺戮していたことを察知されないよう秘密裏にことを進め、収容所を閉鎖するときには証拠隠滅をはかったのですが、周辺のポーランド人たちは皆、そこで何が行われているか知っていたのです。そして、知っていたことをちっとも隠そうとしないのです。

ポーランド人もドイツに支配されており、ユダヤ人を助ければ家族もろとも処刑される状況だったので、救出するわけにいかなかったという事実はあるとしても、それにしてもあまりに淀みなく、躊躇なく、強制移送や処刑の事実を見ていたという証言が飛び出すのです。

そして、元SS隊員の証言も非常に生々しく酷いものでした。なのに、平然と語るのです。隠し撮りとはいえ。そのような場面に立ち会っていて、なぜその人は「業務」をこなせていたのか。なぜ戦後、罰せられることもなく、健やかに穏やかな日常を送れているのかと思わせられます。



ところで、ランズマン監督は、スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」を批判しています。シンドラーという一ドイツ人を英雄視し、彼によるユダヤ人の救出劇をクローズアップして「キッチュなメロドラマ」にしてしまったというのです。

写真の本『『ショアー』の衝撃』(鵜飼哲、高橋哲哉編、未来社、1995年)もそうです。まるで、「SHOAH」を評価するなら「シンドラーのリスト」は叩かなければいけないかのようです。

「シンドラーのリスト」のなかに、アウシュヴィッツに連れて行かれた女性たちがシャワー室に入れられ、パニックが起こるシーンがあります。このシーンを取り上げて、スピルバーグのそれまでのアドベンチャーもののハラハラドキドキと変わらないという批判をしている論が上記の本に掲載されていました。

しかし、その場にいたユダヤ人の女性は自身の回想録のなかで、もっとリアルにそのときの体験を書いています。映画以上にパニックが起こり、そして本当のシャワーであったことに安堵したといいます。

一方、「SHOAH」のなかにも、一種のつくられたドラマや演出はあります。

映画の冒頭に登場する絶滅収容所の数少ない生存者である男性を、ランズマン監督は現場に連れて行って、当時やっていたように船に乗せて歌を歌わせます。さらには、彼が働かされていたのを見ていた土地のポーランド人たちに、カトリック教会の前で対面させます。

土地の人々は彼を囲んで、よくぞ生きていた、私は彼を解放してやれとドイツ人に言ったのだ、などと口々に言って、再会を喜びます。

そのうえで、ランズマン監督は、住民たちに挑発的な質問をして、反ユダヤ的な発言を引き出します。常に穏やかな表情をたたえた証言者は、歓迎ムードから一転、険悪な雰囲気になった集まりの中心に立たされたままです。

証言者を見つけ出し、カメラを回し、問い詰めるという行為もまた一つの創作であり、切り取りでしょう。「SHOAH」に残された証言が第一級の史料であることには異論はありませんが、「SHOAH」の手法が唯一絶対で最善の表現方法であるということは言えないと思います。


ホロコースト(ショアー)や負の歴史をどう伝えていくかということについては、引き続き勉強し、考えていきたいと思います。


※「シンドラーのリスト」関連記事
映画「シンドラーのリスト」(スピルバーグ監督 1993年)を観ました
トマス・キニーリー『シンドラーのリスト(シンドラーズ・リスト)』(新潮社 1989)
田村和子『生きのびる クラクフとユダヤ人』『ワルシャワの日本人形 戦争を記憶し、伝える』
ステラ・ミュラー=マディ『シンドラーに救われた少女 鳥のいない空』(幻戯書房 2009)


by chekosan | 2018-06-24 00:21 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
小さな本です。A5判よりも縦が短く、字も大きくて読みやすい本です。

女性ジャーナリストが、ホロコーストを語りつぐ女性6人を取材したものです。ホロコーストの生存者、博物館の責任者、歴史家など、さまざまな形でホロコーストの伝承や研究に関わっている人たちです。


ヘレナ・ニヴィンスカさんは、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の女性音楽隊のメンバーだった方。長い沈黙を破って、97歳のときに『強制収容所のバイオリニスト ビルケナウ女性音楽隊員の回想』を出版されました。


ベロニカ・ナームさんは、ベルリンのアンネ・フランクセンターの責任者。同センターは1998年に開かれました。ユダヤ人の視覚・聴覚障碍者を雇用したり匿ったりしたオットー・ヴァイト氏の作業場とともに、ホロコーストを考える場として多くの人が訪れています。

2016年夏にベルリンに行ったとき、私もその一角に行ったのですが、そのときは東独の跡めぐりを旅のメインにしていて、その2つのセンターには入りませんでした。同じところにある、アンペルマンショップでさんざ買い物をしておいて… その頃は、ホロコーストはまだあまり関心を持っていなかったのです… ベルリンは、遠くないうちに、また行かねばです。


ステファニー・ビルブさんは、ベルゲン・ベルゼン国立記念博物館広報責任者。ベルゲン・ベルゼンは、アンネ・フランクと姉が亡くなった強制収容所です。アクセスはよくないところですが、年間8万人が訪れるそうです。

ここで、イギリス軍による解放直後の写真が出てきます。ショックを受けやすい人は要注意な写真です。アンネたちが移された頃のベルゲン・ベルゼンは、非常に劣悪な環境で、亡くなった人たちを焼くこともできず、穴にそのまま放置されていたそうです。その写真です。


インゲ・ドイッチュクローンさんは、先述のオットー・ヴァイト氏の作業場で働いていました。たくさんの人の協力でホロコーストを生き抜いた経験を子どもたちに語り継いでいます。岩波書店から『黄色い星を背負って』という著作が出ているようなので、また読もうと思います。


マルタ・シャートさんは、歴史家・作家。40歳を越えてから大学で歴史学と美術学を学びます。記録文書の保管庫に通って、当時の史料を読み解き、ナチスドイツに抵抗した女性たちについて、著書『ヒトラーに抗した女たち』にまとめました。この本は日本語訳も出版されています。

ナチスに抵抗して断頭台で処刑された女性たちのなかには、抵抗活動をした人もいれば、『西部戦線異状なし』の作者レマルクの妹のように、ヒトラーの政治に対して異論を口にしたのを密告されただけという人もいたそうです。


最終章で紹介されているインゲ・イエナーさんは、ドイツのオスナブリュックにある、フェリックス・ヌスバウムハウスの元館長。故人です。この街の出身で、アウシュヴィッツで殺されたユダヤ人画家、ヌスバウムの絵を集めた美術館を盛り立ててきました。

ヌスバウムの名は知りませんでしたが、絵は何かで見たことがあるような気がします。とても惹かれる絵です。ヌスバウムハウスには、彼が友人たちに託した絵が170点所蔵されているそうです。先も触れたレマルクの出身地でもあるとか。これはぜひとも行きたいです。

ヌスバウムの絵、グルジアの画家ピロスマニとか、フランスの画家アンリ・ルソーとなんとなく、どこか通じるものがあるように思うのですがそんなことはないでしょうか。どちらも好きなんです。

と、小さな本ですが、ああ、ここにも行きたい、こんな本もあるのか読みたい、とたくさんの刺激をいただきました。

この夏はバルト3国に行く予定ですが、またドイツも計画しようかな。



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by chekosan | 2018-04-30 21:39 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
3月に続けて3冊読んだ田村和子さん(本の紹介はこちらこちら)が翻訳されていると知って読みました。

タイトルにあるように、ナチスドイツがつくったアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所のなかに結成された女性音楽隊でバイオリニストを務めた女性の回想録です。

著者のヘレナさんは音楽の専門教育を受けたポーランド人女性です。下宿させた人がレジスタンス(抵抗組織の一員)であったという理由で、母とともに逮捕、投獄され、ビルケナウ収容所に入れられてしまいます。ヘレナさんは、音楽の経験が買われて、女性音楽隊の第一バイオリンに選ばれました。

ビルケナウは、アウシュヴィッツ強制収容所の支部のようなところなのですが、規模としてはアウシュヴィッツよりもずっと大きいです。あの悪名高いガス室が数棟あるところです。

そんなところに音楽隊が!?と思いますが、強制労働の行き帰りに行進曲を演奏したり、親衛隊の娯楽としてコンサートを催したりといった役割を果たすよう結成されたのです。

収容者のなかでは比較的ましな待遇を与えられ、生き残る可能性も高かったそうですが、それでも通常では考えられないようなひどい環境でした。

音楽は人々の癒しにもなり、音楽隊の命を長らえさせる手段にもなりましたが、同時に音楽隊員たちは、自分たちだけが(多少)優遇されているという後ろめたさ、ガス室で多くの人が殺されているすぐ側で音楽を奏でることへの苦悩も抱え、長く精神的に病む人もいたそうです。


音楽隊の指揮、編曲にあたったのは、ユダヤ人のアルマ・ロゼでした。彼女も収容者の一人で、しかも親衛隊がもっとも蔑んだユダヤ人でしたが、著名な音楽家であったこと、威厳に満ちた態度、音楽隊のレベルを非常に高めたため、親衛隊からも、「フラウ」という敬称をつけて呼ばれたそうです。「メス豚」だのと人間扱いされなかった収容所では異例のことだったそうです。

アルマ・ロゼは一切の妥協を許さず、音楽隊の演奏水準をどんどん高めました。しかし、アルマは急死します。毒殺といううわさもあるそうです。


著者のヘレナさんは、父も兄も亡くし、一緒に収容された母も病気で失います。音楽隊の仲間たちの励ましや協力でなんとか耐えぬき、解放の日を迎えることができました。ヘレナさんの故郷はソ連領になってしまったため、クラクフの音楽隊の仲間の一人の家に一時世話になり、音楽の仕事に打ち込むことで乗り越えてきたということです。

強制収容所の回想というとユダヤ人と思いがちですが、ヘレナさんのようにポーランド人や、そのほかの人種、国のひとたちも収容されていました。やはりユダヤ人収容者とは若干視点や感じ方が違うので、そのあたりも興味深く読みました。

ヘレナさん自身の出身を反映してか言葉遣いが上品で、音楽隊という特殊なところにいたということもあって、収容所体験の本としては痛い、汚いシーンが少なく、そういう記述が怖い人にも読みやすいと思います。



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by chekosan | 2018-04-10 06:34 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所見学を主目的とするポーランド行きからのつながりの本一色の3月でした。

「サウンド・オブ・ミュージック」は舞台はオーストリアですが、ナチスドイツとの併合時代の話なので繋がっています。こちらは関西ウーマン「信子先生のおすすめの一冊」で紹介しました。


3月の読書メーター
読んだ本の数:9
読んだページ数:2216
ナイス数:260

『サウンド・オブ・ミュージック』で学ぶ欧米文化『サウンド・オブ・ミュージック』で学ぶ欧米文化感想
映画「サウンド・オブ・ミュージック」の歌と音楽、せりふ、視覚・聴覚的演出を6人の専門家がやさしく読み解いた本。映画を観るだけでも十分楽しめるが、背景にある文化や歴史を知ることによって、もっと作品を味わうことができるということを教えてくれる。月イチ連載の書評で詳しく紹介。https://www.kansai-woman.net/Review.php?id=201287 書評を書くにあたって、久々に映画も鑑賞。監督の音声解説も。以来、親子でずっと歌いっぱなし。ザルツブルクに行きたくてうずうず♪
読了日:03月03日 著者:野口 祐子,山口 美知代,浅井 学,青地 伯水,出口 菜摘,横道 誠


展示の政治学展示の政治学感想
「展示」という行為のなかにある政治的行為について、複数の専門家がそれぞれの観点や事例から考察する論集。硬派な本だが一気に読んだ。いずれの論稿も勉強になった。見る、みせる、秘匿するという行為のなかにある権力関係、それを一方的でなくすにはどうするか、展示の形態や捉え方の変遷、展示をどう読み解くか、どう教育に生かすかなどなど。19c末以降の美術展示は、国や貴族、富裕層による富や権力の誇示から、知識とセンスの誇示に変わり、誰にでも開かれているようで実は大衆や下層階級を排除しているのではないかという考察が面白い。
読了日:03月09日 著者:宮下 規久朗


他者の苦痛へのまなざし他者の苦痛へのまなざし感想
戦争や刑罰の写真を撮ること、見ること、その力の効果や限界に関する考察。前史としての絵画や版画における残酷なシーンの表現についても。例示がたくさん出てくるが、本書の中には図版は一切ないので、その度にインターネットで画像を確認するなどしていたら、なかなか進まず。そして、文章から想像したのと実際の写真がかなり違っていて、やはり写真のもつ力は大きいと再認識したり。ソンタグの考察をしっかり咀嚼、検討するよりも、例示や細かい事実に、ほぉおー、へえぇ〜、と唸って、寄り道して、終わってしまった感じ…
読了日:03月11日 著者:スーザン ソンタグ


HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)感想
クンデラのように、というかクンデラ以上に、作者が作品中に顔を出し口を出す小説。むしろほぼドキュメンタリー。プラハを治めるSS幹部の暗殺事件について、作者が知ったきっかけから、調べを進めていく過程が盛り込まれている。そこがとても面白い。我々の業界では研究対象への愛をあからさまに文字で示すことは通常できない。小説ならでは。羨ましく思いながら読んだ。映画との比較など詳しくはブログに記録。https://chekosan.exblog.jp/28205007/ 今年の夏はハイドリヒ暗殺関連現場めぐりをしよう。
読了日:03月21日 著者:ローラン・ビネ


ワルシャワの日本人形―戦争を記憶し,伝える (岩波ジュニア新書 636)ワルシャワの日本人形―戦争を記憶し,伝える (岩波ジュニア新書 636)感想
著者はポーランド語の翻訳者。ドイツ占領下のワルシャワで抵抗運動に携わった人々や、彼らを記念する博物館などについて、わかりやすく語るように紹介する本。パヴィヤク監獄に収容された地下運動家の女性が少しずつ少しずつ仕入れた材料で作った日本人形にまつわる話や、そのエピソードを日本のアーティストがパフォーマンスにした話、日本の援助でシベリアから救出され、のちに「孤児部隊」を率いてワルシャワ蜂起に参加した青年の話など、興味深い事実が続く。コルチャック先生やコルベ神父の記述も。本書で紹介されたところをぜひ巡りたい。
読了日:03月22日 著者:田村 和子


生きのびる―クラクフとユダヤ人 (母と子でみる)生きのびる―クラクフとユダヤ人 (母と子でみる)感想
クラクフのゲットーや強制収容所を生き延びた人たちの体験を聞き取ったり、体験記から要旨をまとめたりしたもの。『シンドラーのリスト』に出てくる女性や、クラクフで証言活動を行っている男性、イスラエルに渡り回想記や小説を著した女性たちの体験はたいへん過酷でショッキングである。写真も大判なので臨場感がある。この本のために撮られた写真でも、先月(2018年2月)見てきたクラクフとかなり雰囲気が違うことに驚く。この間にクラクフはずいぶん変わったようだ。もっと見ておきたかったと臍を噛んだ。

読了日:03月24日 著者:田村 和子,山本 耕二

『ワルシャワの日本人形』と『生きのびる』についてはブログにも詳細


戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在 (講談社現代新書)戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在 (講談社現代新書)感想
このところ、歴史がどう記憶されるか、伝えられるか、それは何がどう影響するかといったことを扱った諸分野の文献を読んでいるのだが、やはり私は政治学の視点が合うと思いながら本書を読み進めた。参考になる事実、分析、表現がたくさんあって、付箋がニョキニョキ。なのに、なぜか全体をまとめられない本。。。
読了日:03月26日 著者:藤原 帰一




ワルシャワの春―わたしが出会ったポーランドの女たち (母と子でみる)ワルシャワの春―わたしが出会ったポーランドの女たち (母と子でみる)感想
ここ数日で同じ著者の本を続けて3冊読んだ。本書では、著者自身が出会ったポーランドの女性たちを紹介。戦争、社会主義体制、戒厳令、民主化と、激しく変化する社会で、それぞれの人生を切り拓いてきた人たち。最後に、ポーランドにおける女性の地位や扱われ方、その変化についてもまとめてある。詳細はブログに。https://chekosan.exblog.jp/28214759/  2003年発行の本なので、その後、さらにポーランド社会と女性の状況は変わっているはず。同じようなコンセプトの本を書いてもらいたいなあ。

読了日:03月27日 著者:田村 和子


鳥のいない空―シンドラーに救われた少女鳥のいない空―シンドラーに救われた少女感想
ホロコーストを生きのびた女性の回想記。人間はどこまで残虐になれるのか。夜を徹して読んでいたら、収容所の夢を見た。こういう状況で果たして自分たちは気を強く持って耐え抜けるだろうか…生ぬるく育った我が子らなど一日も持たないかもしれない…などと思うと悲しくなって下息子の細い体を抱きしめてヨシヨシしたのであった… 著者ステラさんのその後については田村和子氏の著作『生きのびる』『ワルシャワの春』で紹介されている。詳しくはブログに。https://chekosan.exblog.jp/28215997/

読了日:03月28日 著者:ステラ ミュラー‐マデイ

読書メーター

by chekosan | 2018-04-01 23:53 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
「シンドラーのリスト」によって救われた女性の回想記です。夜を徹して読みふけってしまいました。

著者のステラさんは、クラクフの豊かな家庭に生まれますが、ゲットーに移らされ、さらにはプワシュフ強制収容所に入れられます。母の強い意志で、子どもを預ける施設には入らず、年齢を偽って工場で労働に従事します。

子どもの施設に入っていれば、毎日の何時間にもおよぶ点呼や労働は免れ、読み書きも習えたかもしれないのですが、母のこの判断は正しいことが判明します。子どもたちは施設からまとめて連れ出され、絶滅収容所に送られて殺されたのです。

ステラさんも怪我や病気、飢えに苦しみますが、母や周囲の大人に支えられ、なんとか生きのびます。

伯父の計らいで、ステラさん一家は、オスカー・シンドラーがチェコに開く労働収容所に移る一団に配属されます。シンドラーの工場では、暴力や殺人がなく、食事も良好だったので、これで助かると思われました。

ところが、手違いなのか、女性たちを載せた貨車はチェコではなくアウシュヴィッツに着きました。そこでステラさんは傷が化膿して、健康状態をひどく悪化させます。

死ぬのを待つだけの伝染病棟で、女医の手厚い世話を受け、少し回復したステラさんは、シンドラーの収容所に移送される寸前に合流することができました。

チェコの収容所では、シンドラー夫妻の統制のもと、虐待や殺人は控えられていました。それでもどんどん食糧難が深刻になりますが、ほとんどの人たちが、ソ連軍による解放まで生きのびることができました。

ステラさんは10代前半だったため、恐怖や不安で震えやしゃっくりがとまらなくなったり、アウシュヴィッツ入所のときに剃られた毛がなかなか生えてこなかったりと、心身に強い痛手を負います。

両親と兄と揃って終戦を迎え、母方の祖母が存命だったので、クラクフに戻って住むところも確保できましたが、自分たち一家をリストに載せてくれた伯父夫婦は解放直前に亡くなってしまいました。

本書は収容所から帰還したステラさん一家が祖母の家にたどりついたところで終わっていますが、あまりハッピーエンドという雰囲気ではありません。ステラさんは、その後も「なぜ生き残れたのか」と冷たい目で見られ、健康状態もすぐれず、苦しみは長く続いたそうです。戦後編も出版されているので、翻訳を期待したいです。

ステラさんのその後については、田村和子『生きのびる クラクフとユダヤ人』『ワルシャワの春 わたしが出会ったポーランドの女たち』で少し紹介されています。

トマス・キニーリー『シンドラーのリスト(シンドラーズ・リスト)』や映画「シンドラーのリスト」と併せて読むと、この時期のクラクフのホロコーストの状況やシンドラーの活躍がよくわかります。





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by chekosan | 2018-03-28 14:06 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)