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by chekosan

タグ:バルト3国の旅2018 ( 13 ) タグの人気記事

バルト3国の旅は、美しく魅力的な街を堪能しつつ、「ダークツーリズム」の方も進めました。

リガに落ち着いて、まずはKGB博物館へ向かいました。

内部見学ツアーに間に合うよう、せっせと歩いていると、息子が「なんかあるで!」と地べたのプレートを見つけてくれました。


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ユダヤ人がかつて居住していた場所にプレートを埋め込むという活動があって、リトアニアでも見つけたので、ラトヴィアにも広がっているのかなと思ったら、ちょっと形が違います。


プレートが示しているらしきところには、空き地を利用した駐車場しかありません。でもホロコーストと関係があるのはわかったので、とりあえず写真を撮って、先を急ぎました。



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結局、この日はKGB博物館の内部見学ツアーは満員で入れなかったので日を改めて予約。その様子は別途。

ーーー

そのあと、いろいろ回って、この場所のことをちゃんと調べられずにいました。


あらためて写真を拡大して、端っこに刻んである文字から調べてみたところ、ホロコーストからユダヤ人を救ったリプケ一家を記念するメモリアルが2014年に埋め込んだものであろうことがわかりました。

別の場所に、リプケ氏を記念する博物館があることも判明。

うわ~、すぐに調べて行けばよかった! あとの祭り。仕方ない。日数的にも足りなかったし。またラトヴィア行くぞ!

ーーー

なお、メモリアルに関しては後日、こんな記事も発見しました。

◆Rigans of the Year 2013 にガイリス元首相 11月18日,Rigans of the Year 2013 が発表され,元首相(1994年9月~1 995年12月)で企業家の Maris Gailis,その妻で建築家の Zaiga Gaile 両氏が選 ばれた。リガ市の文化遺産保護への多大な貢献と,第二次大戦期に多くのユダヤ人の命 を救ったジャニス・リプケ(Zanis Lipke)氏を記念する博物館を設立したことが授賞理由。
https://www.lv.emb-japan.go.jp/files/000165260.pdf


ーーー

プレートが指し示していた場所自体は、ユダヤ人を匿った場所の一つということだと思いますが、詳細はまだ調べられていません。また、おいおい。。。

ーーー

翌々日、リガにおけるポグロム(ユダヤ人への暴力的迫害)の現場を訪ねました。

ドイツがラトヴィアに侵攻すると、数日の間に、ラトヴィア人団体によるユダヤ人への暴力、虐殺行為が行われました。

そのなかでも象徴的な事件が、1941年7月4日のゴーゴリャ通りの大コーラル・シナゴーグ焼き打ちです。

焼け跡は、戦後、公園に整備されましたが、1990年代に建物の基礎をあらわし、メモリアルとしてデザインし直されたようです。


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いまでも、普通の公園としても使われているので、ベンチや木陰もあって、静かな一画となっています。


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再建?されたものだからか、内部というか、奥の方にも入っていけます。


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信仰の施設であり、人が亡くなったところなので、入ってもよいとはいえ、神妙な気持ちになりますね…



石碑と説明板があります。

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火を点けられた日が刻まれています。


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悲劇の現場ではあるのですが、ユダヤ人を命を懸けて匿った人たちの記念碑もありました。


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先ほどのリプケさんを中心に。


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リプケさんは顔つきです。


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ラトヴィアのユダヤ人はほとんどが殺されたり、強制収容所に連れていかれたりしたのですが、わずかとはいえ、救ったひとと救われた人もいたのでした。

ホロコーストの博物館は別のところに大きなものがあるので、別の日に行きました。そちらもまた別途。


参考:

ラトヴィア外務省のサイトラトヴィアのユダヤ人の歴史をまとめたものを読むことができます。

ラトヴィアにおけるホロコーストについては、野村真理「1941年リーガのユダヤ人とラトヴィア人:ラトヴィア人のホロコースト協力をめぐって 前編 」「同 後編」 に詳しいです。


つづく。





by chekosan | 2019-06-04 23:16 | ラトヴィア | Trackback | Comments(0)
リガに到着して宿をひととり確認したあと、食糧調達のためスーパーを探しに。

すぐ見つかったのですが、街があまりに素敵だったので、うろうろうろうろパシャパシャパシャパシャ。

これはえらいとこに来てしまった。なんて素敵なんだろうと親子で夢中。



きりがないので、写真は一部。


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リガはいくつも広場があって、それぞれに魅力的な建物やお店があって、活気がある!


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彫刻とかオブジェとかもそこここにあって。

滞在中、旧市街はぐるぐるぐるぐる歩き回りましたが、飽きることがなかったです。



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到着日は夢中で歩きすぎて、スーパーの閉店時間が迫ってしまったので、切り上げて戻りましたが。

夜の8時前ですが、ようやく夕方くらいな明るさなのです。



辻楽師のレベルも高い! ヴィリニュスはなぜか子どもが何人も、えんえん同じ曲を路上で練習、いや、演奏していたけど(笑)、リガは聞くに堪える演奏者ばかり。



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絵になりすぎる…



ヴィリニュスの素朴さ、コンパクトさも大好きで、マイ心のふるさとだけど、開放感のある大きな街リガにも、到着するなり魅了されたのでした!



つづく


by chekosan | 2019-06-03 19:47 | ラトヴィア | Trackback | Comments(0)
バルト3国の旅、2か国目はラトヴィア。

バスターミナルに着いて、キョロキョロしてタクシー乗り場を見つけました。

お願いした運転手さんはロシア人だったようで、ナビがロシア語♪ そうか、リガはロシア語話者の割合が高いのだった、ロシア語をおさらいしてくればよかったとそのとき気づいたような具合。

旧市街のど真ん中のアパートタイプの宿のすぐそばまで行ってもらいました。



宿は超一等地。広さも十分。準備が間に合ってなくて、使えるはずのものが使えなかったり、本来しなくてよい手間をかけさせられたりと、憤慨した点もありましたが… まあなんとか手間と工夫で早期に解決。


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お年頃の息子は、リビングのソファベッドを使いました。手前に引くと相当大きいベッドになりました。手前のダイニングテーブルは調べものをするときなどに使いました。椅子がたくさんあるのはけっこう便利でした。

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奥が寝室。私一人でゆったりと。真下にレストランが何軒かあったので、夜もにぎやか。(;^_^A まあそれは旅先っぽくて、そんなに苦にならないですが。 

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キッチンもダイニングもとても広くて、ちゃんとした調理ができました。リガは4泊するので、しっかりとしたキッチンとバスタブと洗濯機があるのが絶対条件でした。


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観光地のどまんなか。賑わいがあって、趣きがあって、スーパーも近くにいくつかあって、どこに行くにも便利でした。


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つづく

by chekosan | 2019-06-02 19:18 | ラトヴィア | Trackback | Comments(0)
さて、旅の4日目はリトアニアからラトヴィアへ移動です。

バルト3国間はバスしか移動手段がないので、必然的にバス。日本からいい時間のを検索して予約しておきました。

リトアニア~ラトヴィア間は、こちらの ECOLINES にしました。


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失敗のないよう、前日にカウナス往復で鉄道駅を使ったので、そのすぐ前にあるバスステーションを確認しておきました。

20時になろうとしているのに、この青空! 

夏のリトアニア、日没前にはたくさん気球が浮かびます。好きや~、この光景。


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私たちはインターネット予約しましたが、多分、こうした窓口でも買えるのでしょう。

この看板の言葉はスラブ系の言葉と近いですね。

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プラットフォームも確認しました。

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売店やトイレも確認して。といっても、お昼の便なので、そう困ることはないのですが、念には念を。


4日目の朝、残った食材を調理して食べたり持っていけるようにしたりして、ヴィリニュスとお別れです。

窓からヴィリニュス大学と合体している教会が見える素晴らしい立地の宿でした。


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いざ、ラトヴィアへ!

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さようならヴィリニュス、また会う日まで!
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バスターミナルまではスーツケースを引きながら徒歩で。

余裕をもって出たので、名残を惜しみ、写真を撮りながらてくてくと。


お昼ごはんを調達して、バスでお昼ごはん。


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ほかのお客さんも食べたり、お仕事したり、寝たり。電源やWi-Fiもあります。

バッテリーを気にせずスマホやiPadを使えて助かります。


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なんか映画?とかもあったようですが、食べたり寝たりネットしたりで終わりました。


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景色はこんな感じです。平坦でした。

途中、小さな駅前で停車。トイレ休憩も兼ねていた感じでしたが、車内にもトイレはあるので降りませんでした。


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リガが近づいてきました!

ほぼ予定通り。快適で正確なバス移動でした。


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つづく。



by chekosan | 2019-05-14 12:27 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
2018年夏の旅行も、朝晩はせっせと自炊しました。お昼はだいたい出先で外食でした。

到着の次の日の分はこちらにアップ

その後はこんな感じ。

我ら母子に、牛乳、水、卵は欠かせません。
野菜はパックのサラダが多くなってしまいます。緑黄色野菜がやや不足?


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ヴィリニュスは3泊しましたが、8月21日夜に着いて、24日の朝に出立したので、消費しきれるよう気を付けて買い物していました。


これは、チンすればいいお惣菜で構成したごはん。スープも足したのだったかな。


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出立の朝。

ベーコンは持って歩けないので消費してしまいます。残った卵はゆでて持ち運び。

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すぐ食べる用にスクランブルエッグも。4口もあると並行して調理できます。

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普段の朝ごはんより断然多い。(^^;

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ラトヴィアへバスで移動するので、食べられるものは消費し、水、お茶(持ってきたほうじ茶ティーバッグを水出ししたもの)、バナナ、作ったゆで卵、持ってきたお菓子をリュックに。

もしもバスターミナルで食糧を買えなくても、これだけ持っておけばしのげます(笑)


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ヴィリニュス滞在中の水たち。この水がクセがなくて良かったです。ガスなしは、赤ちゃんの写真が目印。

夜にコーヒーや紅茶を飲むときには、水道水をポットで沸かしていれていました。


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2017年も18年も、食料買い出しは、スーパーのチェーン店でした。市場にも行ってみたかったのですが、残念ながら一度も行けず。今度行くときには、市場も行ってみたいものです。




by chekosan | 2019-05-13 21:57 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
ヴィリニュスからカウナスへの日帰り旅行日のつづきです。

杉原千畝記念館やポグロムの記念碑を探し当てたあと、旧市街に行きました。

2017年夏の旅行では、カウナスに計5泊ほどしたので、ゆっくりうろうろできたのですが、2018年夏はヴィリニュスからの日帰りだったので、ほんとにざっとだけになりました。

カウナスの旧市街のメインストリートは、変わらず可愛い。お花がいっぱい、カフェいっぱい。通りの半分はカフェで埋まっています。

こういう可愛らしいところを歩くのに、なんかいろいろカバンを担いでもっさりしていますが、杉原記念館で本やお土産をいろいろ買い込んだので仕方ない。

こういうときは、フランクフルトの美術館で買ったフェルメールのエコバッグ がお役立ち。軽くて大きくて、たっぷり入れても重さを感じない優れものです。



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この日はけっこう暑かったので、旧市街広場の手前で、2017年にも入ったカフェでジュースを。Stop&Goというチェーン店です。ここの生ジュース、とてもおいしいです♪ 息子はアイスを。

旅の間、親子で、ほぼ毎日、アイスを食べていたような気がします。バルト3国、どこで食べても、どの味を選んでもおいしかったです。



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一服したあと、一年ぶりの旧市街広場へ。

あれ? 一年前にはいなかったおじさんが!?



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2017年には、こんな大きなおじさん、いなかった!


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おじさんが増えた!と嬉しがって一緒に写真を撮ったりして、さんざはしゃいでいたのですが、そのあとはあまり気に留めていませんでした。


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それからさらに一年近く経って、いいかげんブログに記録せねばと思って検索してみたら、戦間期のカウナスの市長、Jonas Vileišis (1872-1942) さんと判明。

そして、2017年に郵便局の前に設置されたというニュースが見つかりました!






あれ? 2017年7月に登場したということは、見ているはず?

あらためて2017年の写真を探してみたら、あっさり見つかりました! 


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ちゃんとしっかり台座?プレート?まで写してますがな。(^^; カウナスって、彫像とかオブジェがすごく多いんです。それもちょっとヘンなのとかがあって、普通の人の像って印象が薄いんですよね(言い訳)。


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2017年夏におじさん、もとい、市長さんがいたのは、カウナスの名建築のひとつ、新市街の大通りの郵便局の前でした。

建立時には新市街を象徴する建物の前にいた市長さん、一年後には執務した市庁舎前に移られたんですね。もしかして自分で歩いたんだったりして…?


その郵便局も、Vileišis 市長時代に建てられた2500の建築物の一つだそうです。



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この市長さんの時代に、カウナスは市域を拡大し、たくさんのモダン建築物をつくり、橋をかけ、公園を整備し、馬が引くトラムからバスのシステムへと転換し、3つの近代的な小学校をつくり、公共図書館をつくったのだそうです。インフラ整備に尽力されたのですね。

市長像の除幕式には、アメリカから娘さんが来られてスピーチされたとか。娘さんは1920年生まれ、御年97歳でアメリカからリトアニアに来られたようです!

ちなみに、この像はアメリカに移住したリトアニア人団体からの寄贈なのだそうです。


ーーー

ところで、この郵便局は外観もですが、内部もすごく素敵です。2017年には、下の息子の夏休みの宿題を兼ねて、中に入って絵はがきと切手を買って、日本に手紙を送りました。

こんな感じで、紙袋やカード、ちょっとしたお土産なども売っています。

上の方に絵などがあるので、ほえーっと見ているの図。


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by chekosan | 2019-05-12 23:50 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
そろそろ夏の旅行の計画を立てたい今日この頃ですが、いまだバルト3国の旅の記録が書けていません。
1年経ってしまいそうなので、なんとか夏までに記録したいところです。

ーーー

杉原記念館を再訪したあと、前回のカウナス訪問で行けなかったところを探しました。

リトアニアにドイツ軍が侵攻した直後、カウナスの大通りに面した馬車置き場で、白昼、数十人のユダヤ人が衆人環視のなか、地元民になぶり殺された事件がありました。

大勢の目撃者がいて、写真にも残っているのに、捜査や調査がなされず、いまも実行者は特定されていません。

追悼する記念碑も、なぜか現場そのものではなく、少し奥まった別のところにあります。

実は、2017年にリトアニアに行って見聞したことを盛り込んで、「リトアニアにおけるホロコーストの記憶」という論文を書いたのですが、そのときにはこの現場は確認できていなくて、資料で住所を見つけて、Miško 1書いていたのですが、Miško 11 が正しいようです。


という間違いもあったりしたので、通りは見つかったものの、なかなか記念碑のある建物がわかりませんでした。ものすごく横長な建物で、番号のプレートが見つからないのです。

うろうろと通りの端っこまで行ったりして、ようやくそれらしきところを見つけました。

スポーツ施設の中庭にあるというので、果たして中に入れるのかわからなかったのですが、行ってみたら特に問題なく入っていけました。


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中庭に駐車場があるので、車もそのまま入っていけるようなつくりです。


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奥の建物がスポーツ施設かと思われます。右手の松の下にそれらしきものが見えたので、近づいてみました。


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まさかこれ? と思ったら、そのまさかでした。


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間違いありませんでした。

現場から離れたところにあるというのもどうなのだろうと思いますが、この埋もれようもどうなのだろう…

もう少し枝を剪定して見えやすくするとかできないのだろうか…


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抜けるような青空の爽やかな夏の日でしたが、少し気持ちが沈んで、この場を後にしたのでした。


つづく。

by chekosan | 2019-05-08 23:38 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
シベリカ子さんの『おいしいロシア』(イースト・プレス 2016)を購入。速攻で読みました。

タイトルどおり、ロシアのおいしい料理や生活を紹介するマンガです。

このカバー、見てください。かわいらしい! 思わず、カワ(・∀・)イイ!! と顔文字を出したくなります。
絵を描けるっていいですね。

カバーに描きこまれているものはすべて本文中に紹介されています。レシピもあるので、再現も可!

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ロシア人の大好きな食材、料理、ダーチャ(夏の家)での保存食づくり、親せきや友達とのおつきあいなど、いまのロシアの普通の人々の暮らしが垣間見れます。

私がロシアに行ったのは、30年くらい前のギリギリソ連時代。まだ勝手に動くことは許されず、1か月半ほどの滞在は、すべて外国人専用ホテル。3食すべてホテル内のレストランという語学研修でした。

普通のお家は見れなかったですし、お店も外国人専用お土産屋さん以外はほぼ入れなかったので、こうした日常生活を絵で描いてある本を見ると、とても楽しい! わくわくします。

ロシアも玄関で靴を脱ぐのねとか(チェコも脱ぐ)、冷蔵庫にマグネット貼ってる!とか、料理の写真のカレンダーだ!とか(チェコにもよく売っている)、緑茶に砂糖を添えるとか(チェコのお茶専門喫茶もそうだった記憶がうっすら)。

夏の家ダーチャにあるペチカも一コマ出てきます。

ペチカ(調理と暖房を兼ねた暖炉)については、前々から注目していて、ポーランドの博物館で実物を見れた!と大はしゃぎしている記事や、映画「炎628」のなかに出てきた!と嬉しがっている記事 も書いていまして、最近も別の映画で決定的なシーンを見つけました。またアップする予定(笑)

カバーにもある黒字に植物の模様が入った木の食器「ホフロマ塗り」は当時から主力お土産品のひとつとしてたくさん売っていました。私もたしか、とりわけ用のスプーンを自宅へのお土産に買ったように思います。懐かしいな。あれ、どこにいったんだろう。発掘したいな。

ロシアと言えば黒パン。はじめは酸っぱくて無理と思いましたが、慣れるとクセになりました。キャビア(「黒いイクラ」)をたっぷりのせて食べたような。。。なにしろ名物なので、普通にテーブルにのってました。いいものだったのかどうかはわかりません(笑) 

日本でレストランで出てくるキャビアは数えられるくらいしか粒がなくて、それはそれで、おいしいも何もわからない気がしなくもないですが。

ブリヌイ(クレープのような薄いパンケーキ)は、私にとってはロシアではなくチェコの思い出と結びついています。

90年代半ば、チェコの語学学校で知り合ったロシア人の女の子のお家に遊びに行ったときに、はじめて食べたように思います。ロシア語研修の滞在ホテルでは出てこなかったと思うのです。

彼女は、真っ黒な髪に青い目、小柄で、とても美人でかわいらしい妊婦さんでした。そのとき語学学校のクラスは英米出身者ばかりで、優しくていい方ばかりだったのですが、私とその女の子だけはやはり少し異質な感覚がありました。

まだほとんどチェコ語もできず、かといってロシア語も薄れてしまっていて、彼女の方は英語はほとんどできなかったので、いったいどうやって意思疎通していたのか今となっては不思議ですが、私がロシアにも行ったことがあると知ると親しみを持ってくれて、ブリヌイをごちそうしたいとお家に招待してくれました。

小さなアパートにお邪魔すると、おなべいっぱいのブリヌイを作って待っていてくれました。それを取り出してお皿に盛ってくれたら、ほんとに、このカバー絵くらい山と積まれて、ずいぶん驚きました。

当時、日本でもすでにクレープは流行りが収まり、日常的に食べるお菓子の一つになっていってはいましたが、生クリームやら果物やらいろいろ包む食べもので、けっこう値段も張るものでした。そのため、一度に一枚食べるものと思っていました。

フライパンで薄く焼いて作るものなので、なぜおなべから出てきたのかわからないですが、焼いたものが冷めないよう、ひからびないように、深いお鍋に入れて保管してあったのでしょうか。

一枚一枚は薄いものなので、いったい何十枚焼いてくれたのだろうと感激しましたが、そうは食べられず、、、もういらないの?と、大きなきれいな目で、ちょっと悲しそうというか残念そうに見つめられて申し訳なく思いました。ごめんね。

当時はメールなどなく、お互い住所を聞いたのか聞かなかったのか、帰国した後は連絡が途絶えてしまいましたが、その後、無事かわいい女の子を出産されたと語学学校の先生から聞いたように思います。どうしているかなあ~。ブリヌイといえば彼女を思い出します。それにしても美人だった。


コーラみたいな黒い発酵飲料「クワス」は、ソ連時代に自動販売機で飲んだ思い出を以前も書きました。→クワスの思い出(2016/5/11の記事)

この記事を書くときに見つけたチェコ紙幣を使う旅はすぐあとの2016年8月に実現できましたが、クワスも2018年8月にラトヴィアで飲むことができました!

ラトヴィアの首都リーガの市場にクワス売りの車を発見。小さいカップを注文しました。


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30年越し(?)でクワスを飲めたの図。息子が動画を撮っていてくれたのですが、それによると、わたくし、「うん、おいしい。う~~ん、なんていうんやろなあ、、、、、黒蜜!」と言ってました(笑)

息子は一口で「ええわ」と放棄。残りはすべて私がおいしく飲み干しました。^^

リーガ、すごく良かった! 完全に忘れないうちに記録しないと!
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というわけで、一瞬で読めてしまう本ですが、思い出語りはえんえんと。

やはり食は人生の基本、深いところに記憶を残してくれるように思います。

最近の旅では、一般家庭に滞在する機会は長く作れていませんが、普通のスーパーや市場で現地の食材を調達して、ごはんを作って食べることで、ちょっとだけでも雰囲気を知りたいなと思って実践しています。といっても、スーパーの売り場における現地の食材の割合はだいぶ低下している感じではありますが。


ロシアもまた行きたいなあ。そのときは、この本を持っていかなくちゃ。







by chekosan | 2019-04-20 17:51 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
2017年夏の旅でじっくり回ったカウナスは、今回はヴィリニュスからの日帰りにしました。

ところが、「知ってる」と油断したために、なんだかんだ小ミスが続き、少々ロスの多い小旅行になってしまいました。
やはりその都度、ちゃんと準備せねばなりません。

とはいえ、小ミスはどれもたいしたことではなく、総合的には問題なく、実り多く戻ってこれました。

今回もカウナスーヴィリニュス間は往復とも鉄道で。快適で確実で安い!



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昨年はまったく気がつかなかったカウナス駅近くの市場を通りました。山積みの下着や服や生活用品などなど、迫力ある光景が見られて大興奮したのですが、ちょっと写真を撮るのは憚られたので、広場っぽいところで一枚だけ。

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前回とは逆方向から杉原千畝記念館に向かったため、地図を見ながら歩いているというのに迷いかけました。我ながら筋金入りの方向音痴です。あ、おかしいと気がついて踵を返したら、それまでもちらちら気にしてくれているっぽかった男性がああやっぱり間違っていると思われたのでしょう、ここで曲がるんだよと道を教えてくれました。ありがとう、おじさん。

そして、この階段をてくてくてくてく登っていって、杉原ハウスのある高台へとたどり着きました。



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前回は外壁工事中だったのですが、今年はきれいに塗装を施されていました。(⌒∇⌒)


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門には日本語のプレートがあります。


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内部もかなり修繕を施されていました。展示も増えていました。


かつて杉原千畝が執務室として使っていた部屋は大きくは変わっていませんでした。ちょっと飾りなどが減っていたかな。

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今年は、受付兼お土産コーナーに日本人留学生の方がおられました。

前にはなかったものや資料などをいろいろと購入しました。新作の紺のTシャツを息子とお揃いで買いました。旅の途中も、帰ってからも愛用しています。


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見学のあと、街へ降りて、昨年2度利用したパン屋カフェでお昼ごはんにしました。
リトアニアに夏に来たら、このピンクのスープを食べねば! ちょっと酸味があって冷たくてお気に入り♪


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ううむ、あらためて見ると、量が多い…

ランチのあとは、またひとしきり歩き回りました。


つづく。



by chekosan | 2018-12-23 23:35 | バルト3国 | Trackback | Comments(0)
ぜんぜん進まないバルト3国紀行。ようやく年内の授業が終わったので、記憶から消えないうちになんとか少しずつでも記録をば。

さて、いまやリトアニアで日本といえば杉原千畝の名がまっさきに挙がるのではないかと思います。杉原がユダヤ難民に査証を発行して多くの人々の欧州脱出を助けた舞台はカウナスですが、現在の首都ヴィリニュスにも彼を顕彰する碑と桜の園があります。

前回2017年の夏は、ホロコーストの現場や博物館めぐりでいっぱいいっぱいだったので、今回はヴィリニュス千畝めぐりを優先しました。

顕彰の碑と桜の園があるのは、旧市街を出て、川を渡った新しい地域です。

ヴィリニュスの旧市街の中は公共交通機関がないので、徒歩で外周道路に出ました。そうするとあとは川に沿っていけばたどり着くので、うっかり歩いてしまいました。帰りも見物しながら川べりを歩いてしまい、べらぼうに足が疲れました(^-^;

でもまあ、徒歩だと間違いなく到達できるので、旅先ではほとんど徒歩で済ませてしまいます。


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杉原が発行した「命のビザ」をあらわしたプレート。↓↓↓


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真夏だったので桜の花は咲いていませんでしたが、けっこうな面積なので春はきれいでしょうね。



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この桜の園を抜ける道を上がっていくと、国立の美術館があります。入場して鑑賞しました。


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内部は撮影しませんでしたが、リトアニアの作家の絵画や彫刻、とても好みでした! なんとなく不気味さが漂うというか、でもどことなくユーモアがあるというか。底抜けに明るい感じではないのですが、そこがなんとも惹かれました。

あとで行ったラトヴィアやエストニアもとても好きになったのですが、なんとなくリトアニアには、より親近感がもてます。それは、杉原千畝との関連で日ーリ関係が深まっていることもあるでしょうが、土地の感じや生み出されるものが好みということもあるのかも、などと思いました。

美術鑑賞でさらに足は棒のようになったのですが、せっかくなので、超近代的で個性的なビル群を見ながら徒歩で帰途につきました。

このビルとかすごくないですか!?


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上の写真のぐにゅ~んと曲がっているビルは、下の写真のビル(マンション?)を丸く囲むように建っているのです。


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今回、ヴィリニュス、キックスクーターが大流行。特にこういう新しい地区や川べりではビュンビュン走る走る!! 電動のものもあったりして、すっごいスピードなんです。停めるところを気にしなくていいし、楽だろうし、私たちも購入して街をまわりたくなりました!( ´∀` )

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と歩いていくと、ショッピングセンターが。ここで丸ビルも発見!


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大型ショッピングセンターにも入ってみました。まあ、特に面白くはないです。どこもホント一緒。こういう大型店舗って。


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いいかげん足が限界だったのですが、ここまで来たらついでだ(?)ということで、川に沿って旧市街方面へ、てくてくてくてくてくてくてくてく、、、、、

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お城が見えてきた! もう少しだ!と励まし合いながら。見えてからもだいぶ距離はあるのですが(笑)

無事、旧市街側へたどり着きました! ちなみに明るいですが、18時半ごろです。日が長いリトアニアの夏。


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電気の機関車かわいいなあと見ながら、さらに歩いて、宿へと帰ったのでした。(⌒∇⌒)

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つづく。




by chekosan | 2018-12-22 18:40 | バルト3国 | Trackback | Comments(0)