中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan

タグ:ドイツ ( 30 ) タグの人気記事

映画「女は二度決断する」(2017年)を観てきました。

ドイツ、ハンブルクで、トルコ系移民の夫と一人息子と幸せに過ごしていた主人公は、2人を爆弾テロで失います。
警察は当初、トルコ系同士の抗争ではないか、夫は非合法な行為に携わっていたのではないかと疑います。
主人公は、重なるショックに心身のバランスを崩します。

捜査が進んで、ネオナチの犯行ということが判明します。
犯人を目撃していた主人公も裁判に参加するのですが…


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この映画の見どころは、ショッキングなストーリー、主演女優の演技でしょう。

ストーリーの方は、2000年から11年にわたり、ドイツで実際に起った外国人を狙った連続爆弾テロ、強盗事件などを下地にしています。このときも、警察はトルコ人同士あるいはトルコ人とクルド人の間の抗争かトラブルではないかと疑って、なかなか犯人にいきつけませんでした。

主演女優(ダイアン・クルーガー)の演技は、子を亡くした母の狂わんばかりの辛さが迫ってきて涙しました。
が、この女優さん、目が知的なので、品行方正ではない女性には感じられなくて、だいぶ話が進むまでキャラクター設定がつかめないまま見ていました。(^-^;

結末は、タイトルから予想はついていましたが、それでも心臓がドクドク早打ちしました…

◇◇◇

私としては、中盤の裁判シーンが興味深かったです。

主人公も裁判に「訴訟参加人」として参加します。本人も実行犯を目撃しているので証人として出廷するのですが、そのためだけではなく、また単に傍聴しているのではなく、弁護人とともに裁判のあいだじゅう裁判に参加しているのです。彼女の弁護人は、ほかの証人に尋問し、被告弁護人と丁々発止の論戦も繰り広げます。

ドイツでは、犯罪被害者の訴訟参加制度があります。この映画の事件の場合、被害者本人(夫と息子)は亡くなっているので、その親族に対して訴訟参加権限が認められたパターンということでしょう。

訴訟参加人が、特に保護されるべきである場合、資力の有無にかかわらず無償の弁護人依頼権が認められます。裁判書類を閲覧する権利、弁護人を通じての書類の謄写権も認められるということです。

【参考】水野陽一「刑事訴訟における被害者弁護について ドイツにおける議論を参考に」(『広島法学』36(1) 2012年)

映画のなかで、主人公がパソコンで、裁判の証拠として提出された画像や書類を見ていると思しきシーンがあります。これは、上記の謄写権によって、裁判書類をデータで受け取れたということでしょうか? 

◇◇◇

日本でも被害者等が刑事裁判に参加する制度はありますが、気になるのは「国選被害者参加弁護士の選定」の条件です。

裁判所のHPによれば、

「資力(※)が200万円に満たない被害者参加人は,国が報酬や費用を負担する国選被害者参加弁護士の選定を求めることができます。※資力とは,預金,現金等の合計額をいい,6か月以内に犯罪行為を原因として治療費等の費用を支出する見込みがあれば,その費用は資力から控除されます。」

とあるのですが、資力が200万円を超えていたら、国選弁護士はつけられないということになるのでしょうか。200万って低すぎないでしょうか。









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by chekosan | 2018-05-13 21:00 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ドイツ系ユダヤ人画家フェリックス・ヌスバウムを紹介する本です。

同じ大内田さんの『ホロコースト 女性6人の語り部』で、本書の表紙にもなっている自画像を見て強烈に惹かれ、より詳しく紹介されている本書を読みました。

*『ホロコースト 女性6人の語り部』では、ヌスバウムの作品を集めた美術館の前館長のインタビューが掲載されています。

本書は、母と子でみるシリーズの一冊。このシリーズは写真たっぷりで、とてもいいんですよね。お世話になっています。


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ヌスバウムは、ドイツのオスナブリュックという街の裕福な家に生まれました。

父に応援されて絵の道を進みますが、ナチスのユダヤ人迫害で外国を転々とし、密告によって捕らえられて、収容所で殺されます。

ヌスバウムは、自分が死んでも作品は死なさないでと、友人たちに作品を預けます。

戦後ずいぶん経って、彼の作品が親戚の手に移り、故郷オスナブリュックで展覧会が開かれました。それをきっかけに残りの作品の所在も判明し、オスナブリュックに集結します。市民が寄付を集めて、常設の美術館もできました。

作品や生涯も興味深いですが、市民主導で、彼の作品と人生を後世に引き継ごうとしていることに感銘を受けました。

オスナブリュックのヌスバウム・ハウス、ぜひ行って、作品を生で見たいと思います。








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by chekosan | 2018-05-10 15:05 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
小さな本です。A5判よりも縦が短く、字も大きくて読みやすい本です。

女性ジャーナリストが、ホロコーストを語りつぐ女性6人を取材したものです。ホロコーストの生存者、博物館の責任者、歴史家など、さまざまな形でホロコーストの伝承や研究に関わっている人たちです。


ヘレナ・ニヴィンスカさんは、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の女性音楽隊のメンバーだった方。長い沈黙を破って、97歳のときに『強制収容所のバイオリニスト ビルケナウ女性音楽隊員の回想』を出版されました。


ベロニカ・ナームさんは、ベルリンのアンネ・フランクセンターの責任者。同センターは1998年に開かれました。ユダヤ人の視覚・聴覚障碍者を雇用したり匿ったりしたオットー・ヴァイト氏の作業場とともに、ホロコーストを考える場として多くの人が訪れています。

2016年夏にベルリンに行ったとき、私もその一角に行ったのですが、そのときは東独の跡めぐりを旅のメインにしていて、その2つのセンターには入りませんでした。同じところにある、アンペルマンショップでさんざ買い物をしておいて… その頃は、ホロコーストはまだあまり関心を持っていなかったのです… ベルリンは、遠くないうちに、また行かねばです。


ステファニー・ビルブさんは、ベルゲン・ベルゼン国立記念博物館広報責任者。ベルゲン・ベルゼンは、アンネ・フランクと姉が亡くなった強制収容所です。アクセスはよくないところですが、年間8万人が訪れるそうです。

ここで、イギリス軍による解放直後の写真が出てきます。ショックを受けやすい人は要注意な写真です。アンネたちが移された頃のベルゲン・ベルゼンは、非常に劣悪な環境で、亡くなった人たちを焼くこともできず、穴にそのまま放置されていたそうです。その写真です。


インゲ・ドイッチュクローンさんは、先述のオットー・ヴァイト氏の作業場で働いていました。たくさんの人の協力でホロコーストを生き抜いた経験を子どもたちに語り継いでいます。岩波書店から『黄色い星を背負って』という著作が出ているようなので、また読もうと思います。


マルタ・シャートさんは、歴史家・作家。40歳を越えてから大学で歴史学と美術学を学びます。記録文書の保管庫に通って、当時の史料を読み解き、ナチスドイツに抵抗した女性たちについて、著書『ヒトラーに抗した女たち』にまとめました。この本は日本語訳も出版されています。

ナチスに抵抗して断頭台で処刑された女性たちのなかには、抵抗活動をした人もいれば、『西部戦線異状なし』の作者レマルクの妹のように、ヒトラーの政治に対して異論を口にしたのを密告されただけという人もいたそうです。


最終章で紹介されているインゲ・イエナーさんは、ドイツのオスナブリュックにある、フェリックス・ヌスバウムハウスの元館長。故人です。この街の出身で、アウシュヴィッツで殺されたユダヤ人画家、ヌスバウムの絵を集めた美術館を盛り立ててきました。

ヌスバウムの名は知りませんでしたが、絵は何かで見たことがあるような気がします。とても惹かれる絵です。ヌスバウムハウスには、彼が友人たちに託した絵が170点所蔵されているそうです。先も触れたレマルクの出身地でもあるとか。これはぜひとも行きたいです。

ヌスバウムの絵、グルジアの画家ピロスマニとか、フランスの画家アンリ・ルソーとなんとなく、どこか通じるものがあるように思うのですがそんなことはないでしょうか。どちらも好きなんです。

と、小さな本ですが、ああ、ここにも行きたい、こんな本もあるのか読みたい、とたくさんの刺激をいただきました。

この夏はバルト3国に行く予定ですが、またドイツも計画しようかな。



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by chekosan | 2018-04-30 21:39 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
ナチス政権下のドイツ、ハンブルクが舞台。

語り手の「ぼく」は、ベアリングを生産する工場主の息子で、お金には困らない。

ナチスが頽廃、敵性音楽とみなすジャズに夢中で、夜な夜なオシャレして踊り狂う不良坊ちゃん。

体制に与して党員になっている父親を軽蔑しつつ、その富と特権も享受していますが…

先日観てきた映画「ジャンゴ」と同じ時代。伝説的ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのことも二ヶ所ほど出てきます。

以下若干ネタバレあり。


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主人公はブルジョワの子弟であり、資本主義の申し子です。父親が軍需産業で儲けているおかげで放蕩三昧だし、兵役も免れ、必死で出世しようと思わなくていい。

でも、彼はそういう出自だからこそ、「お国のために」を嫌い、政治経済文化の統制を唾棄します。

ユダヤ人とみなされる友人たちやその親類の不幸に悲しみ、憤り、手助けし、協力します。

彼の父親の工場でも、強制収容所の囚人たちを労働力として「活用」しているのですが、有能な技術者や働き手である囚人たちを痛めつけ虐げる親衛隊員を金やコネや色で籠絡して、囚人たちが多少はマシな状況でいられるようにします。

このあたりの展開は、シンドラーのリストみたいですね。

主人公たちは、政治活動を通してではなく、ジャズ愛好、闇の経済活動でもって、自由を束縛する体制にウラから半逆する、そして虐待される人々を救済するのです。

ジャズへの愛はホットだけど、「ぼく」の語り口は終始クール。最後までカッコつけて終わります。

カッコいい、痛快、と読むか、鼻持ちならんズル賢い坊ちゃんめ、けっ、と読むか。

私はリアルだなと読みました。

史実をヒントに、丁寧に調べて書かれた小説だと思います。

当時のヒットナンバーを流しながら読むと臨場感がアップします。



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by chekosan | 2018-04-12 06:29 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
ただいまポーランドに来ています。
アウシュヴィッツを訪ねる旅です。

行きの飛行機では邦題「やさしい本泥棒」を観ました。

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舞台は第2次大戦中のドイツの小さな町。ですが、20世紀フォックスの映画なので、ちょっとヨーロッパの雰囲気は下がってる感じはしました。

どうやらプロローグとエピローグがカットされていたらしく、へ⁉️ どゆこと⁉️ と終わってしまいましたがσ^_^; 全体的にはあたたかい話で、涙腺の弱い私はだらだら泣けて良かったです。

主人公は里親の家に来たときは文字が読み書きできなくていじめられたんですが、優しい養父のおかげで本好きになります。

それを応援してくれる町長夫人と過ごす町長宅の書斎での読書タイムがとても素敵でした。

自分たちも貧しいのに、ユダヤ人青年を2年も匿う里親夫婦。

ユダヤ人たちが追い立てられ、どこかへ歩かされるシーンもあります。

一番印象的だったのは、ヒトラーの誕生日に、町の広場で焚書するところ。

うず高く積まれた本を燃やし、炎の中に町民が本を投げ入れていくのです。

こういう小さな町でもだったのかと改めて確認できました。

全体的に、言葉のもつ力に焦点を当てた成長もので、おどろおどろしさはありません。

少女の成長と少年の幼いまっすぐさと里親夫婦の実直さが良かったです。

でもやっぱり吹き替えで見るんじゃなかったな😅





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by chekosan | 2018-02-05 12:34 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
新しい科目、増えた学生数、なのに、隔週で風邪をひいてしまい、どうして乗り切ろうと不安が募った10月前半。11月の2つの大きな行事の準備が佳境に入って、もう突っ走るしかなかった後半。でもその分、刺激も多く、次々読みたいという気持ちは強かったためか、過去2年の10月よりも案外読めていました。しかし戦争物が多く、嫌な夢をいっぱい見たひと月でもありました。


10月の読書メーター
読んだ本の数:10
読んだページ数:2937
ナイス数:334

ユダヤ人を救った動物園――ヤンとアントニーナの物語 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)ユダヤ人を救った動物園――ヤンとアントニーナの物語 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)感想
先に飛行機で映画を観たあと原作を読んだ。映画は独占領下のワルシャワの動物園長の妻と彼女に思いを寄せるナチ将校との絡みや、園長夫妻のユダヤ人救出に焦点をしぼったドラマチックな感動もの。ゲットーの様子や救出については映画の方がわかりやすいかも。原作では、園長夫妻の専門性や人となり、ナチの優生思想による動物の血統保存への執着についての記述がていねいで印象に残った。日記や資料の出典を細かく示していて信頼性が高いが、文章は読みやすい。映画と原作併せると補完できるのでおすすめ。どちらも動物たちの様子が愛おしい。
読了日:10月01日 著者:ダイアン・アッカーマン


戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)感想
今年の輪読ゼミ1冊目。第二次世界大戦でソ連軍に従軍したり、パルチザンとして対独闘争に加わったり、そうした人たちを支援した女性たちの証言集。16やそこらで前線で生死の境目を見た女性は何を語るのか。彼女たちは戦争のあと、どう生きてきたのか。人それぞれさまざまな戦争との関わりや思いがあって、“男たちの正史”のようにひとくくりにはできない。証言の重さ、ドラマ以上の劇的な経験、衝撃の事実にめまいを覚え、胃が痛くなる。学生の反応などはブログに。http://chekosan.exblog.jp/27316312/
読了日:10月03日 著者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ


コミュ障は治らなくても大丈夫 コミックエッセイでわかるマイナスからの会話力 (メディアファクトリーのコミックエッセイ)コミュ障は治らなくても大丈夫 コミックエッセイでわかるマイナスからの会話力 (メディアファクトリーのコミックエッセイ)感想
著者のようなタイプの若者を理解する参考になるかと手に取った。なぜアナウンサーになろうと思ったのか、なれたのかというくらい会話の能力が低かった著者は、観察と努力で会話のスキルをつけ、人に伝授するまでに至る。ただ、アナウンサーという職業柄許されているだけではないかと思う技やノリもあるので、自分をコミュ障と思う人がそのまま本書を真似をするのは危険かもしれない。参考にしつつも、著者のように自分で観察や分析を重ねることが大事ではないだろうか。コミュニケーションとはそれこそ相手あってのもの、TPOで変わるものだから。
読了日:10月06日 著者:水谷緑,吉田 尚記


中世の街と小さな村めぐりポーランドへ (旅のヒントBOOK)中世の街と小さな村めぐりポーランドへ (旅のヒントBOOK)感想
ポーランド行っちゃうよ╰(*´︶`*)╯ ということでガイドブックとして購入。付箋がたくさん立ちました。ポンチキ食べて、果実酒飲んで、ハンドクラフト模様のA5ノート買って、木彫りの鳥買って、ユダヤ人街でお茶して、共産主義時代のレトロツアーして、アウシュヴィッツ行って、シンドラーのリストの舞台めぐりして、岩塩坑行って、、、って日数が足んないわ、どうしましょ。
読了日:10月08日 著者:藤田 泉


ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言 (岩波現代文庫)ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言 (岩波現代文庫)感想
輪読ゼミの2冊目。女性兵士たちの証言を集めた前作『戦争は女の顔をしていない』よりも淡々としているように思ったと受講生たち。しかし語られる内容はとんでもなく残虐で残酷な体験。報告をした受講生も、同じく白ロシアの子どもから見た戦争を題材にした映画「炎628」を思い出して辛くなったそう。ちなみにアレクシェーヴィチは、その「炎628」の原作に感銘を受けたと言っている。その他詳しくはブログに記録。ペチカのこととか。http://chekosan.exblog.jp/27447085/
読了日:10月17日 著者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ


想起する帝国: ナチス・ドイツ「記憶」の文化史想起する帝国: ナチス・ドイツ「記憶」の文化史感想
ナチスドイツが大衆に「想起」させて作り上げた「集合的記憶」とは。戦後、ナチスドイツやヒトラーの「記憶」はどのように「想起」されてきたか(いるか)というテーマを時系列で展開。数名の学者による論文集だが、要となるキーワードをそれぞれの章に必ず盛り込み、各章間で内容を確認、調整して編まれたことがよくわかる、流れのよい本。文章も平易にしてあり、図版も多いので、一般、初学者でもするすると読むことができる。勉強になったので詳しくはブログに記録。http://chekosan.exblog.jp/27474968/
読了日:10月22日 著者:


ある日うっかりPTAある日うっかりPTA感想
PTA会長に推されたフリーライター氏の記録。ちょっとまとまりがなく、タイムスパンがわかりにくいのが難だが、「がんばらないをがんばる」というモットーで、PTA活動を見なおしていく過程は参考になるのではないか。成功例だけでなく、もめごとにも言及しているところが正直。だが、もう少し整理してじっくり書いて欲しかったかな。本格的なPTA改革については、山本浩資『PTA、やらなきゃダメですか?』が参考になる。
読了日:10月23日 著者:杉江 松恋


劇画ヒットラー (ちくま文庫)劇画ヒットラー (ちくま文庫)感想
ヒトラーの若い頃から自決するまでを描いた作品。かなり細かい字の説明がたくさん入っているので、手に入るものなら文庫より大きな版型で読むことをおすすめ。背景は有名な写真を元に描かれているものが多く、かなり精密でリアル。対して人物は水木しげるらしく、アゴの長い、丸みのある造形。ちょこちょこギャグが入り、話の深刻さを緩和してくれる。この頃の欧州の状況を知る助けとなる本。
読了日:10月24日 著者:水木 しげる


映画でめぐるドイツ―ゲーテから21世紀まで映画でめぐるドイツ―ゲーテから21世紀まで感想
参考資料として部分的に。7章「映画の中のシュタージ」では「トンネル」「グッバイ、レーニン!」「善き人のためのソナタ」「東ベルリンから来た女」におけるシュタージの描かれ方をさらっと書いている。「グッバイ、レーニン!」にシュタージが出てきていたのか。すっかり忘れていた。見直さなくては。一応シュタージ関連で一本論文と称するものを書いた身としては、未視聴の「トンネル」「東ベルリン」も制覇しなくては! ところでこの本、映画がテーマなのに映画の写真が一枚もなく、素人さんの(?)イラストなのがかなり残念。
読了日:10月24日 著者:青地 伯水


マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女感想
本書の訳者、清水陽子氏の著書『ユダヤ人虐殺の森』の内容があまりに強烈だったので、この夏はリトアニアのホロコースト現場を訪ねる旅を敢行した。同書はマーシャの日記に多くを依っていたので、もとの日記を読みたいと思っていたところ、新たに翻訳書が刊行された。ソリー・ガノール『日本人に救われたユダヤ人』とともに、リトアニアのホロコーストの生々しく、詳細で貴重な証言。ソリーはカウナス、マーシャはビリニュス出身。両ゲットーの運営の仕方やかなり違っていて興味深い。それにしてもよく生き抜いて証言を残されたものだと思う。
読了日:10月29日 著者:マーシャ・ロリニカイテ

読書メーター

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by chekosan | 2017-11-01 14:33 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
溝井裕一+細川裕史+斉藤公輔『想起する帝国 ナチス・ドイツ「記憶」の文化史』を読みました。

ナチスドイツはどのような「記憶」、特に「集合的記憶」を「想起」させようとしたのか、あるいは戦後、ナチスドイツやヒトラーの「記憶」はどのように「想起」されてきたか(いるか)というテーマを時系列で展開しています。

数名の学者の分担による論文集ですが、要となるキーワードをそれぞれの章に必ず盛り込み、各章間で内容を確認、調整して編まれたことがよくわかる、流れのよい本です。文章も平易にしてあり、図版も多いので、一般、初学者でもするすると読むことができると思います。

「集合的記憶」、つまり個人個人のもつ記憶ではなく、ある社会のなかで、集団が持つ記憶がこの本の重要な概念ですが、これについても、コラムの形でわかりやすく紹介されています。

以下は私の記録です。まとまっていません。


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1.古代の「記憶」を略奪せよ
ヒトラーは合理的な技術進歩による帝国の発展を目指した。そこで彼が人びとに「想起」させようとした「記憶」とは、ギリシア、ローマ帝国の遺構であった。であるから、ナチス時代に建てられた巨大な建造物は、ローマ帝国風の様式のものが多い。
「彼が原始的と内心決めつけていたゲルマン文化への回帰であってはならなかった」のである。

「ナチ騎士団の城」ヴェーヴェルスブルク(要塞)は、ネオナチの聖地にならないように、雰囲気が「ぶち壊し」になるような工夫がされている。→その当時の雰囲気を「壊して」、神秘性を「想起させない」保存、展示の仕方というのは興味深い。


2.「私は総統を信じます」
ヒトラーは『我が闘争』のなかで、「大衆の受容能力はとてもかぎられていて、理解力は小さく、そのため忘れやすさは大きい」ので、プロバガンダは受容能力の低い方に合わせると言っている。

オーウェルの『動物農場』を思い起こさせる。まさにあの小説のなかでは、「単調」で「日常的な」言葉を繰り返させ、思考させないでいた。



3.絶滅動物復元計画
夏の旅行で観た映画「ユダヤ人を救った動物園」と、その原作にも出てきた計画。本書では、より厳しく批判的に説明している。



4.ナチス時代の祝祭
キリスト教が普及していくときにも、土着の祭りのキリスト教化が行われたわけだが、ナチスはさらにそうした伝統的祝祭をナチス化していく。


5.集合的記憶としてのワーグナー
ワーグナーは、ヒトラーの反ユダヤ主義に多大な影響を与えたのは事実であるが、作品自体にそのような表現はないという。しかし、ワーグナー自身は明確に反ユダヤ主義的主張を著作に残している。

芸術作品は、創作者の思想や時代背景と切り離して鑑賞・批評されるべきなのか。あるいはそれは切り離せないものなのか。

6.人間・ヒトラーの登場
世代交代が進み、ヒトラー像も多様性が許されてきている。「総統閣下はお怒りですシリーズ」でパロディ作品が多数作られている、映画「ヒトラー 最期の12日間」は、それまでのステレオタイプな「悪魔」ではなく、ひとりの人間としてヒトラーを描き出し、激しい議論を起こした。


7.月面に蟠踞するドイツ第四帝国のリアリティ 反ナチス映画としての『アイアン・スカイ』
2012年フィンランド制作のインディーズ映画。一見、滑稽な設定の映画のようだが、本章の「読み」によれば、なかなか面白そう。

8.帰ってきたヒトラー
なぜナチスやヒトラーはこうも様々な場面で取り上げられるのかを分析。

戦後もSSの幹部が国外に逃亡、潜伏できた事実が「ナチス残党」「ヒトラー復活」を題材にする作品やトンデモ言説の流布を可能にした。対ソ連諜報活動や反共のためにアメリカやカトリック教会、国際赤十字が彼らの逃亡を手助けしたという歴史的事実を指摘する。

ナチスの絶対的な否定に比して、1990年代まで「きれいな国防軍」として戦争責任を追及されてこなかった背景にも、冷戦の最前線である東西ドイツの軍隊再編を重視した戦勝国の事情があったという指摘も興味深い。

日本におけるナチス受容についての項は重く受け止めたい。SSのコスプレや、ナチス時代のドイツ戦車に乗る女子高生が主人公のアニメ、本書刊行後にはSSマークを模したサッカーのサポーター旗が出現するなど、歴史的背景を無視した表現は、「じゅうぶんな考慮がなく」「バカげた」ふるまいと批判されても仕方がないだろう。






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by chekosan | 2017-10-23 18:33 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
グードルン・パウゼヴァングの小説『みえない雲』(小学館文庫 2006年)を原作とする映画を観ました。

私は同志社でやっていたドイツの反原発運動のポスター展で、この小説と映画のことを知りました。
小説を読んで衝撃を受け、パウゼヴァングの他の作品も読みました。

映画はDVDを買ってはいたものの、一年越しとなりました。

舞台はドイツ。原子力発電所の事故で被曝してしまう少女と同級生のラブストーリーになっています。

原作の主人公は14歳、恋愛要素はなく、もっとストレートに原発事故の恐怖を描いています。

映画の方も主演女優の決然とした表情や演技はいいのですが、ここはやはり原作に忠実に作ってほしかったです。
ちょっと無理がある場面が多く、嘘くさくなっているように思います。

ざっと評判を見たところ、映画だけを観た人にはけっこう評判が良いようですし、この映画からだけでも、原発や原発事故の問題について考えさせられるだけのインパクトはあるようです。

が、私としては、やはりパウゼヴァングの原作を強く押します。アレクシェーヴィッチ『チェルノブイリの祈り』と合わせて、広く読み継がれていかれるべき作品だと思います。




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by chekosan | 2017-10-21 17:27 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
新聞2紙の映画評を頼りに、東欧に関係のある映画をチェックしているのですが、新聞が積ん読になっちゃってて、ゲゲもう終わっちゃったかな!と焦ることがあります。

が、私が観たいと思うようなのは、東京や大阪の後、順次公開というものばかりなので、京都はまだまだこれからということが多いです。

大阪、神戸、京都でズレてやってくれていると、一番都合の良いときに都合の良い場所で観ることが可能なときも。

今回メモしたのはいずれも京都ではこれからのもの。╰(*´︶`*)╯ うまく時間が取れるといいな。


オン・ザ・ミルキー・ロード

君はひとりじゃない


甘き人生



ブルーム・オブ・イエスタデイ



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by chekosan | 2017-10-16 13:22 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
チェコスロヴァキアで実際に起った史実を基にした映画「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」を観に行きました。

ハイドリヒはナチのナンバー3と言われた人物です。ドイツが占領したチェコスロヴァキアの抵抗組織を壊滅状態に追い込み、ユダヤ人絶滅政策を推し進めた人物でもあります。イギリスと在ロンドン亡命チェコスロヴァキア政府は、チェコスロヴァキア軍の兵士7人を、ハイドリヒ暗殺に送り込みます。その7人のうち2人を主人公に据えた話です。

前半は作戦の計画段階や作戦を実行すべきか否か惑う人々の葛藤を淡々と描いていて、演技や演出や音楽も控えめです。全体をセピアっぽい色調にすることで当時のプラハっぽさをうまく表現しています。

舞台がプラハで、主要登場人物はチェコの俳優が多いのに、言語が英語なのは残念。ここはやはりチェコ語でやってほしかった。興行的に仕方ないのでしょうけど。ドイツ人はドイツ語でした。

外国の俳優さんって年齢や美醜がよくわからないことがあるのですが、本作でもそうでした。そのため登場人物がそれぞれどういう位置づけなのか、しばらくわからなかったです。(^^;

以下ネタバレあり。


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実行部隊は、イギリスからパラシュートでひそかにやってきた軍人たちで若者中心。軍人ゆえに亡命政府の命令は絶対です。

チェコスロヴァキアにとどまって抵抗活動をしているレジスタンスは、ナチによって壊滅状態に追いやられてきたため、この作戦には慎重です。ナチの幹部を暗殺などすれば報復としてどれだけの市民が殺されるかわからない、チェコが地図から消えてしまうかもしれないと言います。パラシュート部隊の若者たちにも恐怖心や迷いが生じます。

しかし、結局パラシュート部隊7人は計画を実行します。このとき、たまたま居合わせた市民が何人も銃撃戦の犠牲になります。

彼らの潜伏を助けた協力者の親子も残酷な仕打ちを受けます。ここのシーンはとにかく酷い。作品中もっとも観るのがつらい場面が続きます。

さらにレジスタンスが恐れていたように、5千人ともいわれる市民がナチの報復で殺されます。

実行部隊を匿ったという疑いをもたれたリディツェ村は、男性全員が処刑され、女性や子どもは収容所送りになり、そのうちほとんどの人は生きて帰ってくることができませんでした。見せしめのため、村の建物はすべて破壊され、更地にされてしまいます。

このような報復の残虐さと悲劇については、チェコのレジスタンスの口から暗殺の実行部隊に伝えられます。映画の最後には観客に向けて字幕でも再度示されます。暗殺の代償はやはりたいへんなものとなったのです。

が、この映画は、実行部隊のなかの2人に焦点を当てたドラマとなっています。そのため、暗殺者らの思いや迷い、恐怖心と愛国心とのせめぎあい、協力者のチェコ女性との恋と別れ、暗殺の緊迫感、暗殺実行後に匿われた教会でのドイツ軍との銃撃戦をかっこよく、ロマンチックに描き過ぎている感がありました。特に最期の最期の幻想シーンはちょっと…と思いました。

邦題からイメージするほどヒーロー万歳な戦争物ではないですが、もう少し深みが欲しいかなという感じです。

というか、この邦題… たしかに内容とは一致していますが、B級戦争映画感満載過ぎませんか。
これではお客さん呼べないと思うのですが…





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by chekosan | 2017-09-30 17:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)