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中・東欧、ロシア、大学教育、美術展、映画鑑賞などなど


by chekosan

<   2018年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧

本務校・流通科学大学では、初年次教育を担当してきました。いずれも一年生のみを対象とする半期科目なのですが、授業終了後も学びたい、活動したいという学生たちを募って、同僚の桑原桃音先生とともに課外活動を企画、指導してきました。テーマは読書推進。図書館や書店業界とコラボしてさまざまな体験を積んできました。

その活動が大学から高い評価を受け、昨年度末、課外活動経験者たちが中心となって図書館サークルを設立するに至りました。私たちの担当する授業で新入生にも案内したところ、たくさん加入。これで、読書推進活動については、彼らが独自に活動するベースと後ろ盾(図書館)を得ることができました。夏ごろには、新たな連携相手(地域連携を進めるゼミ)も得たようです。

そこで、今後は完全に彼らだけで活動を持続していけるよう、今年は我々が得た助成費で丸抱えでお世話するのではなく、あくまで助言や指導、一部支援にとどめることにしました。

また今年は4期目。私と同僚先生の最終年度でもあるので、より発展的なコンセプトの課外活動を展開しようということになりました。

書と人と社会をつなぐ文化活動を企画運営する学生リーダーの育成」プロジェクトと題し、「学生自らが企画を立て大学の外へ出て見聞を広げ学内に還元することを支援する」という企画で大学から助成をいただき、小さなものでは展覧会鑑賞など、大きなものでは広島スタディツアーと横浜スタディツアーを計画しています。



9月18-19日、大きな企画の第一弾、広島で平和を考えるスタディツアーを決行しました。



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広島は、もともと教員2人がともに関心を持ち、一緒に行って現地を見たいねと一致したところ。せっかく広島へ行くなら、私が最近勉強しているホロコーストについて学ぶことのできる福山にも行ってほしいと強く推し、1泊2日で計画を組みました。

参加者は、両教員の担当する複数の授業や、桑原先生の自主ゼミなどで募りました。条件としては、事前学習やツアー計画策定に参加することです。あくまで「学生自身が企画運営する」というところが今年のコンセプトです。

課外でも学びたいという熱心な学生たちが、桑原先生の自主ゼミに参加し、映像資料を見たり関連書籍を読んだりして事前学習を積みました。ツアー希望者は何人もいたのですが、残念ながら予算の都合上、全員に来てもらうことはできません。自主ゼミでの活動ぶりと、第二弾の横浜スタディツアーとの兼ね合いを考慮し、3人の学生を選抜しました。

彼らが広島での見学先やルート、宿泊先なども調べて、計画を立てて、宿や切符の手配をしました。私がどうしても連れていきたかった福山のホロコースト記念館には、言い出しっぺの私が連絡をとり、館長、副館長によるレクチャーや館内ガイドさんの手配を整えていただきました。


9月18日、快晴。 

広島駅に朝10時に集合し、コインロッカーに荷物を入れて身軽になって、一番に向かったのはやはり原爆ドームです。広島名物の路面電車に乗り込みました。


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「原爆ドーム前」駅で降りて道路を渡るとすぐそこにドームが…




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原爆ドームは、学校の平和教育や報道などで何度も目にする原爆遺構ですが、現地で実物を見ることであらためてわかることがあります。

サイズ感、突き出た鉄骨、崩壊を防ぐための補強の跡、瓦礫がそのまま置いてあること。


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ボランティアガイドさんが複数立たれていて、見学者に日本語や英語で説明されていること。熱心に聞き入る人たちがいること。




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何種類もの犠牲者の碑が建っていること。


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ぐるっと回ると、報道ではあまり見たことのない角度からの姿が見れること。

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私個人の感想としては、ドームは思ったより小さかったです。おそらく、下から見上げた写真を目にすることが多かったからではないかと思います。そう写すと威容を表現できるからではないかと。

平和公園側に目をやれば、すぐそばが川で、視界が開けていて広々した光景、でも反対側は現代的な高層ビルが建ち並ぶ都会。小さく感じたのは、それらとの対比もあるのかと思います。


というようなことは、ドームだけを切り取った写真などではわからなかったです。というか、反対側を見たらどうなのかということなど想像しませんでした。



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また、ドームはもともとは今残っている部分を中心として、両翼があって、全体としては「ロの字型」の建物だったわけですが、それも今現存するドームの写真などではちょっとわかりにくい。でも、ぐるりを回ると一部の壁が残っていて、ああなるほど、本当はここまで建物があったのね、と実感できました。



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現地に行くことの意義の一つが、そうした周囲を含めた空間の感じ、サイズ感、距離感、位置関係などが体感できることかなと思います。

そういいながら、写真を撮る段になると、やはり「美しい」図を狙ってしまいます。瓦礫だって一種の「廃墟の美」みたいな撮り方になってしまう。

さらに、数枚を選んで人に見せるとなると、何枚も撮ったなかから、青空とドームだけを切り取った「絵になる」写真を選んでしまうのですが。


そう、青空といえば、今回の「負の遺産」巡りも晴天でした。リトアニアのときもだったのですが、真っ青な空のもとで見る悲劇の現場というのは、なにか不思議な感覚になります。


つづく



by chekosan | 2018-09-26 10:20 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
行ってきました、バルト3国! 昨年(2017年)夏に行ったリトアニアがとっても良かったので、もう一度リトアニアに、そしてラトヴィアやエストニアにもと欲張りました。

今回は、上の息子との10泊12日の旅でした。

リトアニアは昨年、下の息子と9泊11日行ったので3泊、エストニアのタリンも小さい街のようなので3泊、間のラトヴィアを4泊にしました。

でも、3泊はちょっと少ないなと感じました。特にリトアニアは首都ヴィリニュスに泊まって、カウナスに日帰りで行ったので、それぞれ全然足りない感じ。やはり一都市4泊くらいずつは欲しいと思いました。



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(1)航空券

リトアニア、ポーランドのときにも使ったフィンエアーにしました。タイムスケジュールも良いですし、ポイントがわりと溜まっていたので、それを充てることで少しでも出費を減らしました。フィンエアーの公式サイトで予約しました。

関空=ヘルシンキ便は往復とも座席を指定しました。行きは息子とちょっとだけ離れてしまいましたが、2人とも広いスペースのところに。帰りは2人並んで最前列に。とても楽でした。

エストニアからヘルシンキへの便は、勝手に非常口の席に入っていました。どうやらこのところ続けて使っているので、サービスしてもらっているようです。多分。これがまた珍しい席で! また別途、アップしたいと思います。

(2)宿

今回も、3都市とも、Booking.comでアパートメントタイプの宿を取りました。

街のど真ん中、バスタブ、キッチン、洗濯機付き、ソファベッドがあることにこだわって検索しまくりました。リトアニアは前回と同じオーナーのところに。ラトヴィアとエストニアは上記の設備が揃っているところを見つけるのに苦労しました。値段もリトアニアに比べるとかなり高くつきます。だ~いぶ探して、上記の条件を満たすところを見つけました。

今回は10泊で11万6千円ほど。2人で一泊1万1千円くらい。どの宿も家族で住めるだけの広さがありますから、日本の宿に比べたら格安です。エストニアの宿なんて60㎡くらいありました。サウナや暖炉もありました。使ってないけど。

宿での過ごし方については、余力があればまた別途。


(3)お金

日本円を多めに持っていきました。どうもクレジットカードがうまくいかないことが多いので。正解でした。私のカードの個体の問題なのかもしれませんが、ダメなことが多かったです。

両替はそこらじゅうで簡単にできました。ただ、なんかレートがすごく悪かったような…? でも両替所を比較して回ることに時間や体力を使うのはもったいないので、ちょぼちょぼ替えては、贅沢はしないけど要るものには出す感じで過ごしました。

キッチンで1日2食自炊するので、食事代はかなり少なくで済んだのではないかなと思います。ちゃんと確認していませんが、いっぱい買い込んで2000円はいかない感じだったです。食事事情も余力があればまた。


(4)下調べとスケジュール

今回、事前の調査があまりできませんでした。そのため宿で翌日の行き方を調べて動く感じでした。ちょっとロスしたこともありましたが、体調もお天気もよかったので、徒歩でいろいろ見ました。行き残しはいっぱいありますが仕方ない。またいつか。

日程は、息子の学校や発表会との兼ね合いで、8月下旬にしました。暑すぎず、寒くもなく、日は長く、動きやすくて良かったです。18時とか19時に新しい街に到着してもまだまだ明るいので安心でした。宿に落ち着いてから街に出て、ひととおりぐるっと歩き回れました。

ただ、過去2年は、授業が終わってすぐ旅行に出て、帰ってきてから余韻が残っているうちにガーッと論文を書いて8月末の〆切に間に合わせるということができていたのですが、今回はそれができませんでした。


(5)撮影グッズ、通信グッズなど

またデジカメ、iPhone、iPad mini の3台持ち。カシャカシャ音の少ないiPad miniを使うことが多かったです(なぜかiPhoneだとインスタグラムとFacebookの連携がうまくいかないという事情もあって)。息子のiPhoneでも撮れたので、今回はデジカメはあまり使いませんでした。全部合わせて3千枚くらい撮りました。

iPad miniくらいの大きさがあると、調べものも楽だし、調べてスクリーンショットしておいた地図も見やすくていいです。文字も打ちやすいですし。

Wi-Fiルーターは今回も申し込みせず。またしてもリトアニアで宿のオーナーとすれ違ってしまい、なかなか落ち合えなくて、そのときだけはしまった、、、と思いましたが、宿の横の店先に飛んでいたwi-fiが拾えて連絡が取れました。空港で落ち合う場所の番地や時間を確認しておけばよかったです。去年と同じ建物だと思っていたら、今年は別の建物に予約が入っていたんです。思い込みはいけません(笑)

でも、そのとき以外はなくても困りませんでした。バルト3国、通信事情いいです。駅、空港、インフォメーション、レストラン、電車(通じない便もあるかも)、長距離バスで無料で繋がります。


(6)荷物

上の息子はもう力持ちなので大きいスーツケースを持ってもらうことにして、わたし用に中型のスーツケースを買い足しました。結果的には重さも容量も大丈夫だったのですが、大は小を兼ねるですから、大きいの2つでも良かったかも。

行きは13キロと15キロ。フィンエアーは一人23キロまでOKなので、今回は買った本も送らず、すべてスーツケースに入れて持って帰りました。帰りは17キロと19キロでした。

アパートタイプの宿に泊まると、エレベーターがないことが多いので、それだけはキツイですが、、、まあなんとかなりました。


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街歩きには、ポーランドのときと同じ。キプリングの小さいショルダーとリュック。今回、リュックは飛行機や長距離バスに乗るときだけ使いました。



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(7)服装や靴など

天気予報では、私たちの行くときは、最高気温が20~25℃、最低気温は11℃(だったかな?)くらいだったので、半そでTシャツ数枚にジーンズ数本、はおるものを薄いの厚いの雨のときの、コンサートに行くときのためのワンピースとはおるものと靴を1セット持っていきました。

楽しく過ごしたいので、上半身はわりと派手めな色合いのものにしました。おしゃれワンピは残念ながら使わず。街歩きが楽しすぎて、コンサートは行きませんでした。

息子は汗かきなので、大量のTシャツと、パンツ数本←これが乾きが悪くて。旅行のときは薄手とか合繊の方がいいですね(~_~;) 海外の洗濯機、イマイチ使い方がわからなくて、標準コースとかスピードコースにすると、あんまり絞れてなくて、、、乾燥機能の使い方がわからないので、ちゃんと乾くように日程を考えて洗濯していました。

襟のある紺のポロシャツや、白シャツ、黒ズボンを持っていってフォーマルシーンにも備えたのですが、前述のとおり、行きませんでした。



教訓と反省:
①じっくり見るなら、一都市4泊は欲しい。
②旅の服は乾きやすいものを。乾くかな、乾くかなと心配するのは無駄。



つづく





by chekosan | 2018-09-23 23:31 | バルト3国 | Trackback | Comments(0)
ポーランドのユダヤ人でアウシュヴィッツに収容され、4歳のときに解放された男性の回想録。

マイケル・ボーンスタイン氏は、老人や子どものほとんどが殺されたアウシュヴィッツ収容所で、奇跡的に生き延びて戦後を迎えた。

アウシュヴィッツを解放し、残っていた収容者の看護や帰還の世話をしたソ連軍は、解放直後の記録映像を撮っていた。マイケル氏は、大人になって、あるときこの映像を偶然見て自分が映っていることに驚く。

4歳と小さかったマイケル氏は、当時の記憶があいまいだったり鮮明だったりしたため、自分の体験をほとんど語ってこなかったが、この映像をみたこと、さらには、その映像が、アウシュヴィッツは組織的にユダヤ人を絶滅させようとしていたわけではないとする「歴史修正主義者」の「証拠」にされていることをインターネット閲覧時に知って驚愕する。

そこで、自らの記憶とジャーナリストの娘による資料調査、ホロコーストを生き延びた親族たちの証言によって可能な限り当時の様子を再現し、後世に残すことを決意した。それが本書である。


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マイケルたちの親族はポーランドのジャルキという町に住んでいた。ここはユダヤ人が三分の二、3千人強、暮らしていた。それがナチスドイツの侵攻によって「オープン・ゲットー」化され、強制労働、手当たり次第の暴力や処刑にあう。

マイケルの父は、ゲットーごとにつくらされた「自治組織」であるユダヤ人評議会の長を務め、ユダヤ人家庭から隠し持った財産を寄付してもらい、それを基金にして、逃亡の資金やSS将校への贈賄の元手にして、数百人の命を救った。

ジャルキのユダヤ人が全員、強制移送によって追い立てられた時も、マイケル一家だけは別のまちの軍需工場に送られて助かった。

ユダヤ人評議会に関しては、対独協力というそしりや批判もあるが、コミュニティがしっかりしていて、ユダヤ人住民に有利になるよう働いた評議会があったところでは、比較的長く共同体が存続し、ほかよりは多少ましな生活ができていたようである。

リトアニアでの二人の生存者の証言録でも、ヴィリニュスとカウナスでは評議会の評判やコミュニティの存続の様子がずいぶん違い、興味深い。
→ マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女 
  リトアニア旅行記(6)カウナス・ゲットーとソリー・ガノール『日本人に救われたユダヤ人の手記』(講談社 1997)




戦後、ジャルキに帰還したユダヤ人はほんの数十人だったという。マイケルも祖母と帰還するが、家はポーランド人住民に占拠され、苦難を強いられる。それでもマイケルたちはまだ親族の多くが生存している方であった。しらばくして叔母や母も帰還し、その後、故郷に残ることを譲らなかった祖母以外の親族は、数年の準備を経てアメリカへと渡った。

なお、戦争前に親族のうちで唯一、欧州を脱出した女性は、杉原千畝の発給したビザで日本を経由してアメリカに渡り、事業を成功させ、親族を呼び寄せたという。ここでも杉原ビザによるサバイバーが!

杉原の書いたビザは公的には2千通ほどだが、これを持って無事第三国に渡った人たちは、今度は欧州に残ったユダヤ人を助ける側に回った。彼ら自身や子孫、彼らが支援した人びとを合わせると、直接、間接的に相当多くの人たちを救ったのだとあらためて思う。




マイケル氏は仕事を引退してから、ときどき子どもたちに向けてホロコースト体験を語っているという。若い世代に読んでもらえるよう、本書は小説的にやさしい言葉で書かれている。

とはいえ、マイケルたちを取り巻いていた状況は悲惨で、さらりと残虐な行為や場面が頻出する。戦闘行為や爆撃による死も悲惨で不幸で許容しがたいことには違いないが、ただ虐め辱めるためだけに人々が殺されていく場面は耐えがたい。

マイケル氏が70代になるまで体験を語らなかったのは、自身が幼くて記憶があいまいだったから控えていたということもあるだろうが、そうした状況で自分たち親族は比較的高い割合生き延びられたということを声高に言えない、言うべきではないという抑制があったのかもしれない。






by chekosan | 2018-09-11 12:56 | 読書記録 | Trackback | Comments(2)
2018年8月は、上旬に何年ぶりかで家族揃って杉原千畝の足跡を辿る旅・岐阜編、
下旬は高2息子とバルト3国10泊12日の旅、合間に仕事やちょっといろいろ。
目一杯みっちりでした。

ということで読んだ本は旅ものや、
9月中旬に予定している学生たちとの広島スタディツアーの準備がメイン。



8月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:2169
ナイス数:146

まわしよみ新聞をつくろう!まわしよみ新聞をつくろう!感想
みんなで新聞を回し読み、気に入った記事を3本ずつ切り抜いて、その記事をネタにして順におしゃべり。最後に切り抜きを1枚の紙に貼り付けて壁新聞をつくるという「新聞遊び」。子らが小6、小1のときに「親子まわしよみ新聞」に参加して、これは面白い!と教員仲間にも紹介。自分の授業にも取り入れています。でもやっぱりやる側の方が楽しいです☆ 定期的に小さな集まりでやれたら理想! 「関西ウーマン」書評コーナーで取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review.php?id=201378
読了日:08月04日 著者:陸奥 賢





広島の木に会いにいく広島の木に会いにいく感想
原爆の爆心地から半径2キロ圏内で生き残った被爆樹木と、樹木を調査し、守り、伝える人々をドキュメンタリー映画監督が訪ねる。その場を動けないにもかかわらず熱線や爆風に耐えて生きのびた植物の強さに感銘を受ける。生きているだけに、挿し木をして子孫を残すにも非常に繊細に扱わなくてはいけない。また、木の内部を研究するのは現在の科学ではなかなか難しいとのこと。学生と広島スタディツアーに行くので、ぜひとも一緒に何本か見てきたい。小学高学年から読めるようルビつき。イラストもいい。年齢を問わずおすすめ。
読了日:08月10日 著者:石田 優子


被爆樹巡礼被爆樹巡礼感想
広島の原爆で傷つきながら生き残った被爆樹木をていねいに紹介する本。被爆樹木を守った人々の証言も掲載。被爆樹をめぐるモデルコースも。被爆者が高齢化し、被爆体験の伝承はあとの世代に引き継がれようとしているが、人間や建物等よりも寿命の長い樹木は、「現場」に残る「現物」として悲劇と復興を伝えてくれる存在になる。それにしても植物の生命力はすごい。児童書の『広島の木に会いに行く』とともにおすすめ。学生と広島スタディツアーに行くときには、2冊を参考に、被爆樹にも会いに行きたい。
読了日:08月12日 著者:杉原 梨江子


はじめての沖縄 (よりみちパン! セ)はじめての沖縄 (よりみちパン! セ)感想
同じ著者の『断片的なものの社会学』を読んだあと、著者が作家デビューされたと報道で読んで納得。『断片~』を読んだときも感じたのだが、本書はさらに全編にわたって「わたし」が溢れ出る。自分を対象(本書の場合は沖縄)にめりこませ、なのに一体化できていないという意識を持ち、自分と対象との関係性に過敏になり、どうふるまうか、どう思考すべきかに悩んで、その逡巡までも不特定多数の読者に開陳する。沖縄に対峙するということを思考する本だが、それ以上に著者本人が発露している本という印象。シンクロする人はシンクロするだろうな。
読了日:08月15日 著者:岸政彦


「超」旅行法 (新潮文庫)「超」旅行法 (新潮文庫)感想
お出かけの行き帰りの電車で読むのに図書館で急いで借りた本。そのため飛ばし読み。ちょっと年月が経って古びている感じもあるが、そこは仕方ない。準備をするために旅をする=旅は準備こそが楽しい、というのはまったくそう。いろいろ調べてスケジュールを組んで、グッズを用意して。でもあまりに慌ただしい日々だと、ロクに準備できてないのに前日、なんてことになる(;´Д`A ``` いままさにそれ。って、こんなこと書いてないで、準備しなくちゃ! 明日は早いぞ!!(汗)
読了日:08月19日 著者:野口 悠紀雄


十五の夏 上十五の夏 上感想
いやすごい。彼は詳細な記録を残しているのだろうか、あるいは体験をつぶさに記憶しているのだろうか、あるいはどちらもか? 自由旅行ができなかった1975年に高校一年生が一人でソ連・東欧をひと夏かけて旅行するとは。上巻は東欧編。国ごとの違いが興味深い。書評連載で取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review_s.php?id=201394
読了日:08月20日 著者:佐藤 優


十五の夏 下十五の夏 下感想
下巻はソ連編。彼が十五にしてソ連・東欧に旅したいきさつにも紙幅を割いている。北方領土に言及する場面では元外交官の顔が出てきて若干異質。それにしてもこの時代にこの歳で、この知識、能力、好奇心、コミュニケーション能力。やはり異能とか知の怪物とか言われる人は少年時代から違う。しかも繊細で礼儀正しくかわいらしいんだから。当時の写真も興味深い。書評連載で取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review_s.php?id=201394
読了日:08月21日 著者:佐藤 優






ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市 (幻冬舎新書)ショッピングモールから考える ユートピア・バックヤード・未来都市 (幻冬舎新書)感想
著者たちが強調するように、学術的に証拠立てて論じた本ではなく、ショッピングモール「から」いろんなことを読み取ってあれこれ対談した本。ほほうと思うところ多々あり。それでもやっぱりあの空間には愛着は持てないと思ったり、だけどどこに行っても本能的に?「わかってしまう」空間構成になっている点に普遍性を感じたり。古い街並みの残るバルト3国への旅行中に読んでいたので、旅先でもあえてモールにも入って観察した。そして日本も欧州も香港もほぼ同じだなあと確認した。本書のとおり、吹き抜けには個性、内装の妙ありか。詳しい記録は別記事で。
読了日:08月31日 著者:東 浩紀,大山 顕




読書メーター

by chekosan | 2018-09-08 20:31 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

夏は旅ものを取り上げたくなります。

関西ウーマンの書評連載、今月は佐藤優氏の旅行記です。


1975年に高校一年生の優少年は夏休みいっぱい、ソ連・東欧をたった一人で旅しました。


社会主義真っ只中、自由に旅行できなかった時代です。

トラブルもあれば、心温まる出会いもあり。

優少年の英語力、知識、コミュニケーション能力、好奇心、記憶力に舌を巻きます。



当時のソ連・東欧の様子も興味深いですよ!

大部の2巻本ですが、少年目線の旅行記なので、どんどん読めます。


本文はこちら。


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by chekosan | 2018-09-08 20:27 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
エミール・クストリッツァ監督の1998年の映画「黒猫・白猫」を観ました。
クストリッツァ監督の「オン・ザ・ミルキーロード」がとても面白かったので。

「黒猫・白猫」は、ハチャメチャドタバタ喜劇で、絵面もわりとババチイんですが、ぎりぎり嫌にならずに楽しく観れる線を追求している感じです。私はババチイ画面は好きではないのですが、最後まで楽しめました。それどころか、何度か声を出して笑ってしまいました。



まったく予習せずに見始めたところ、あれ?言葉がまったくわからない。これってユーゴが舞台だったんじゃないの?と思ったら、ドナウ河岸に住むロマの人たちのお話でした。

そのうち、いろんな言葉が飛び交います。明示されていませんが、ブルガリア国境が近いセルビア東部あたりが舞台のようなので、セルビア語やブルガリア語、ロシア語などが使われていたのかな。



ドナウ川というヨーロッパを代表する大河には、ロシア船やドイツ船など、いろいろな国の船が行きかいます。ロシア船が来ると一斉にボロい船が出て、船員と家電や動物の角、石油などを売り買いするのですが、その支払いはマルクだったりします。なんだか皮肉というか。そして、一攫千金ばかり夢みる主人公の父親はだまされてカスを握らされています。

ドイツの船ではフォーマルな装いの男女が船上でウィンナーワルツを踊ります。それを憧れの目で追う若いロマの青年。彼らの家はおんぼろで、トイレも共同の(?)ボットン便所だったりするのですが、卑屈にならずにたくましく生きています。



終始楽しげな映画ですが、だからといって貧しくても楽しけりゃOKとか、あるいはお金さえ手に入ればいいんだということを言いたいわけではないということを、青年の祖父の一言が表しています。祖父は、「ここには太陽がない」と彼の旅立ちを後押しします。



クストリッツァ監督の映画に特徴的といわれる音楽と動物の多用も良かったです。

豊満な女性歌手の声がとっても魅力的! この人がまたわけのわからない特技を披露するし。なんて素晴らしいお尻!

猥雑で、でも思わず踊り出したくなる音楽やダンスシーンの数々。

ひゃあ~~という感じで群れをなして右往左往するガチョウ、団扇をあおがされるネズミ、飛んでくるヤギ(このシーン、むちゃくちゃ可愛い)、車をむしゃむしゃ食べる豚たち、そしてタイトルにもなっている黒猫、白猫が、かわいくて重要な役を果たしています。



低身長の女性がチビチビ言われるところだけは、ちっちゃいものクラブの私としてはちょっと悲しい気分になったのですが、この女性の目がえらく鋭くて魅力的で、そして大活躍するんです。その小ささが最後にはプラスに働いて、終わりよければすべてよしでした。



社会風刺は入れていない喜劇ということですが、それでもいろんなことを読み取れるつくりになっているなと思います。そんなこと何も考えずに笑いっぱなしで見てもよいかと思います!





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by chekosan | 2018-09-07 18:54 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
8月下旬は、上の息子を連れてバルト3国に行っていました。旅行記録はおいおいアップするとして。

今回、旅の友で持っていった本の一つがこちら。


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最近、我が家で東浩紀氏がちょっとしたブームになっています。

少し前に同氏の『弱いつながり』を読んで、かなりしっくりじんわり浸透しまして、書評連載で取り上げたり、ちょいちょい言及したりしていたら、感化された夫氏もネットで対談を次々視聴し始めました。

ショッピングモールに関する本も何冊か出されていることを知り、あああしまった!と買ったのが旅行前。なぜ今まで気づかなかったのか。というのは、記事の最後で。



著者たちが強調するように、本書は、学術的に証拠立てて論じた本ではなく、ショッピングモール「から」いろんなことを読み取ってあれこれ対談した記録です。

ほほうと思うところ多々あり。それでもやっぱりあの空間には愛着は持てないと思ったり、だけどどこに行っても本能的に?「わかってしまう」空間構成になっている点に普遍性を感じたり。

古い街並みの残るバルト3国への旅行中に読んでいたので、旅先でもあえてモールにも入って観察しました。そして日本も欧州も香港もほぼ同じだなあと確認しました。本書のとおり、吹き抜けには個性、内装の妙ありか。それでも同じような雰囲気ですけど…



ラトヴィアのリガの Galerija Centrs は、旧市街の真ん中に1919年創業の商業施設で、その後、名前も建物も変わってきて、いまは近代的なピカピカのショッピングセンターなのですが、階段の部分には昔の雰囲気が残されていました。

対談のなかでも触れられていますが、その場所の歴史を感じさせる空間づくり、ということに私はこだわりたい派。



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商業施設内は撮影禁止のところが多いので、基本、私も撮らないようにしていますし、はっきり禁止と明示されたところでは今後も撮らないでおこうと思っています。

が、写真家の大山さんの言葉を励みに、撮影が可能なところに関してはバシバシ写真に残していこうと思いました。

「写真は10年寝かすと変わる」
「写真というのは本質的に記録のためのものなので、すぐに発表しなくてもいい」
「ばんばん撮ってハードディスクのなかに寝かせておけばいい。10年も経ったら、むしろ「よくぞ撮ってくれた」と褒められるに決まっています」
「法律や価値観はすぐに変わりますからね。価値観の耐用年数より写真の耐用年数のほうが長い」
「撮るのならば真剣に撮るべきです。そこは妥協しちゃダメです。」



旅行中の就寝前に切れ切れに読んだので、付箋をつけたりメモをとったりできていなかったのですが、ものすごくヒントやアイディア(思想、思考)に満ちていて面白かったです。

こういう、わ~~っとしゃべりあう場、それを残すという実践は大切だと思います。

大山氏の写真の話のつづきで、東氏も、こういう対談をデータとしてどんどん残していくこと、リアルタイムで見て(読んで)もらえなくてもそれが大事と言っていますが、たしかにそう思うのでした。



ところで、ショッピングモールといえば。

現本務校では前期に一年生を商業施設に連れて行ってフィールドワークさせてきました。共通の方針やワークシートがあるとはいえ、マーケティングや社会学的調査の専門家でない私にはなかなか悩ましい仕事でした。私なりに勉強や工夫はしてきたのですが、なにしろ写真撮影禁止、インタビュー禁止、バックヤード観察なし、立ち止まっての観察禁止、他所との比較なしという制約があり、、

しかし、本書を読んで、ああ、こういう視点や思考の広がりには共感できる、こういう観察や発想の展開ならできているし、好きだ、と思いました。「いま儲けるためにどんな工夫が必要か」という発想だけでない観察というか。文化史的、社会史的な目というか。

もちろん、東さんや大山さんのような蓄積、学識、発想を大学一年生が持てているわけはないので、このレベルの発見ができるよう指導することは無理ですし、そもそもそういうことを目的とした課題ではなかったので、そう指導するわけにもいかなかったのですが。

しかし、いずれにしても、何かを観察して気づく、発見する、新しいアイディアを生み出そうと思えば、たくさんの比較や知識、教養が不可欠であること、あるいは「いま儲けるために何が必要か」を気づくためには、そのための観察の手法をきちんと学んだうえで行うことが不可欠だということを再確認した次第です。



とはいえ、やはりショッピングモールやショッピングセンターには愛着や愛情はわかないですね。日本でも外国でも。いや、かろうじて、普段よく行くところには、応援したい、潰れないでね、という気持ちは持ててるかな。(^-^;

「郷愁」がわかないんですよね。外国に行って「郷愁」っていうのもおかしいのですが、広い意味での「ノスタルジー」とか、その土地の「匂い」がないわけですから。

これがまた30年くらい経つと、この形態の施設にも、うわぁ~~、懐かしい~~とか感じるのでしょう。いま、社会主義期の団地とか商店の様子を展示してあるところや、当時の雰囲気を再現した店などもちょっとしたブームになっていますしね。日本の雑貨市場などでも人気なくらいですから。

でも30年経ったら、商業の形態自体、ガラッと変わっているかもですね。そのとき、巨大ショッピング施設はどうなっているのでしょうね。





by chekosan | 2018-09-02 16:32 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)