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by chekosan

カテゴリ:本、書評、映画( 137 )

映画「東ベルリンから来た女」を3年半がかりで観ました(笑)

2016年3月にドイツに行ったときに機内で見始めたのですが、そのときはあまり面白みを感じず、すぐにやめてしまいました。その頃の私にとっては、映画は「がんばって観る」もので、すごく疲れることだったのです。

でも、1980年の東ドイツが舞台で、シュタージ(いわゆる秘密警察)がからむ話なので、見ておかないとなとずっと気になっていました。

なにしろ、わたくし、「「負の遺産」をどう伝えるか ー旧東独のシュタージ関連施設の事例」という論文を2017年に出していますし。

余談ですが、これ、なぜかいまだにコンスタントにアクセスしていただいています。外国からのアクセスも。日本語オンリーなのですが。ドイツ関連は層が厚いのでしょうね。ありがとうございます。

で、ようやく観たら、なんだ、面白いじゃないか! しかも、「アイヒマンを追え!」や「僕たちは希望という名の列車に乗った」にも出ていた、ロナルト・ツェアフェルトさん(好き♡)が準主役じゃあないか! さっさと見ておけばよかった!


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原題は「バルバラ」、主人公の名前です。今回も邦題が原題からかけ離れてますが、たしかに「バルバラ」では観る人少ないでしょうし、仕方ないのでしょうね。

彼女は有能な小児外科医ですが、恋人のいる西側に出国申請を出したために、ベルリンから田舎の病院に左遷されます。

四六時中、地元のシュタージが監視していて、ちょっと遠出をすると家宅捜索や身体検査を受けるような生活です。そのたびに家はぐちゃぐちゃになり、体の隅々まで検査されるような具合。

官舎の家主も、病院の同僚も彼女の行動を報告していて、気が休まる暇がありません。夜勤もあるため、常に疲れていて、ふらふらな毎日です。異動先の病院のスタッフとも交流せず、ピリピリした空気をまとっています。

そんなバルバラが唯一華やぎ、やわらかくなるのは、西側からそっと会いに来る恋人に会うときです。それも細心の注意を払って、ほんのひとときの逢瀬でしかないのですが。

恋人はバルバラを西側に脱出させようと手配し、彼女もそのつもりで準備を進めるのですが…


以下、ちょっとネタバレにつながる記述あります。


ーーー

バルバラは、素っ気なくて愛想も何もない、怖そうな人なのですが、患者には親身になって接します。

担当するティーンエイジャーの苦悩や苦境を見捨てることができず、疲労でふらふらでも本を読んであげたり、事情を探ったり、処置を検討したりします。

ひとりの少女は、「トルガウ作業所」という矯正施設から逃げ出した子です。保護施設、あるいは少年院のようなところなのでしょうか。鉄条網で仕切られていて、作業所とは名ばかりの「抹殺するため」の施設だとバルバラは糾弾しています。その子が妊娠しているということは、施設内で暴行にあったということかと思われます。

この少女に、バルバラは即座に的確な診断を下し、心から寄り添い、周囲のスタッフの信頼を得ます。

観ている方も、彼女は冷たい人なのではなくて、警戒しているために頑なな態度をとっているのだなということがわかってきます。


バルバラは勤務をこなしながら、自由と愛を求めて出国の準備を進めていくのですが、西側の恋人の一言が彼女に迷いを生じさせます。

彼は悪い人ではなく、バルバラを救い出そうと手を尽くしているのですが、西側に渡れば自分の稼ぎで十分食べていける、もうしんどい思いをして働かなくていいよ、と言ってしまうのです。

ああ、こりゃダメになりますよねえ。


彼が彼女とどういう経緯で知り合ったか、彼女の働きぶりを彼は知っているのかなどは語られないのですが、医者としてバリバリ働いてきた人にそれはないですよね。

たとえ自由の国に渡って、贅沢ができたとしても、彼だけを頼りに、何もせずに暮らしていくなんて。


対照的に、異動先の同僚は、ごっつい体にパツパツの白衣。スラっとスーツを着こなしたベンツに乗ってる西側の恋人とは何かと違うけど、使命感を持って医療にとりくんでいる。自宅の書棚には、医者の小説ばかりずらりと並んでいるし、職業人として、同業者として、尊敬できる。しかも、ちょっとした気配りができる温かい人。

自分を監視する役でもあるけれど、実は彼も監視され、利用される立場でもある…

閉塞的な国家や社会ではあっても、そこで目の前の患者たちに全力を尽くす形で職業人としての使命をまっとうすることを選んだ彼の生き方に、バルバラが影響を受けるのは至極納得でありました。



ということで、3年半目にはあっさり面白く鑑賞した本作品。

シュタージものの名作「善き人のためのソナタ」ほど劇的な話ではないですが、「東ベルリン」の方は、どう生きるかと考えさせられるという点で、学生に勧められる映画だなと思いました。









by chekosan | 2019-07-17 09:53 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ヒトラー暗殺を単独で企て(8人が死亡)、ダッハウ強制収容所で処刑されたドイツ人、ゲオルク・エルザーを描いた映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」を観ました。

これまた邦題が、、、嘘ではないけど、趣旨とちょっと違うような。

原題は、そのもの「Elser」。エルザーは実在の人物です。本作品は、彼に焦点を当てて、ほぼ史実に基づいてつくられた作品だそうです。



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ゲオルク・エルザーは、ドイツの片田舎の青年で、家具職人。酒場などでアコーディオンを弾いて歌ったりもしています。なにより自由を愛し、頑固な性格です。

共産党員ではないけれど、共産主義運動にシンパシーを抱いています。ナチが政権をとってからの抑圧・統制による政治には強い反発を感じ、危機感を抱いて、ヒトラーや幹部の暗殺を計画します。

生活のために工場に勤めたときに、起爆装置の設計技術を身に着け、方々から調達した(くすねた)材料でオリジナルの時限爆弾をつくり、ヒトラーが毎年、演説をするミュンヘンのビアホールにこっそり仕掛けます。

かなりの威力がある爆弾で、狙った時間に正確に爆発し、8人の死者を出したのですが、標的であったヒトラーは悪天候で予定を変更し、演説を早く切り上げて退出したため、難を逃れました。

捜査当局は、黒幕探しに必死になり、拷問で口を割らせようとするのですが、エルザーは自分がすべて計画したことを立証してみせます。

「転向」を口にしたため(?)、すぐに処刑されることはなく、5年もの間、強制収容所の特別囚として個室で過ごしました。

最後にはこっそりと処刑されてしまいます。


戦後、エルザーを、対ナチレジスタンスとして評価する動きが高まり、名を冠した賞もできているそうです。



ーーー

映画としては、ちょっと観るのがキツイ場面(拷問シーン)があり、胸が悪くなりました。田舎の場面も多いのですが、あまり絵面が美しくなく、登場人物たちにもあまり魅力を感じません。

エルザーはその場限りの関係の方があとくされがなくていいや、みたいな軽いあんちゃんで、そんなノリでDV夫に殴られている人妻にも接近していきます。

そのうち、その人妻に心底惚れていくのですが、いいかげんなヤツに見えてしまったあとなので、どうも共感できない。

人妻も、あんなDV夫がいるのに、警戒が足りなすぎじゃない?という軽率な行動をとる。うーん。

私生活部分にはフィクションが混じっているとエンドクレジットで出ていたので、それならもうちょいなんとかならなかったのかと思ってしまいました。

ーーー

むしろ、エルザーを尋問する、刑事警察局長のネーベの方が主役を食っていたような。

人の好いおっちゃんな風貌で、もう一人の捜査責任者である秘密警察(ゲシュタポ)のミュラー局長の冷徹さ、残忍さと好対照なキャラクター。

温厚でカツ丼を食べさせる刑事と、すぐカッとなって怒鳴りつける刑事がペアをなす刑事ものの典型みたいになっています。

そのネーベが、エルザーの信念に心動かされたか、ものすごく微妙に目の表情を変えるところが一番の見ものでした。

のちにネーベはヒトラー暗殺計画に関与して、処刑されます。

その下地をつくったのが、拷問にも屈しないエルザーの強い意志であったように、この作品では描いています。

ーーー

主人公にはあまり感情移入できなかったのですが、主人公が暗殺を企てるに至った経緯、つまり、ナチの勢力伸長に伴って、田舎でも共産党員やユダヤ人への弾圧、排斥が激化していく様子は、とても興味深かったです。

共産党支持者とナチ支持者が同等に対立している状況から、ナチが力を握り暴力的になっていくさま、共産党員が逮捕され、過酷な労働に従事されられるさま、子どもたちが早々と感化されていくさま、ユダヤ人とつきあっている女性を公衆が辱めるさま…

主人公一家は敬虔なカトリック信者なので、そのような動きには与さず、どんどん居心地が悪くなっていきます。

1934年のナチが主導した、プロパガンダに満ちた「収穫感謝祭」にも、主人公一家は抵抗感を抱きます。

祭りの目玉行事である映画上映会では村の運動会を撮影したものが見れるとあって、村の人は歓喜して押しかけます。

上映に先立つ挨拶では、ナチ党員が、ヒトラーがこうした技術を開発し、インフラ整備をしてくれるのだと宣伝します。3年以内には、道路が舗装され、みんながラジオを持てるようになるのだと。

こうした当時の風景が入っていたのが面白かったです。

参考:
民俗的な農村的な祭と政治宣伝を融合させた収穫感謝祭についての論文がありました。







by chekosan | 2019-07-16 12:57 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ちゃりら~~りらりら~~~ ちゃりら~~りらりら~~~♪

大昔、父の持っていた映画音楽大全集的なレコード数枚組のなかから気に入った曲をカセットテープに入れて、繰り返し聴いていました。

なかでもお気に入りだったのが、映画「第三の男」のテーマ曲です。

映画そのものは観ていなかったにもかかわらず、卒業旅行でウィーンに行ったときには、「第三の男ごっこ」などと言いながらロケ地になった墓地を歩いたり、プラーター遊園地の観覧車に興奮したりしていました。


まだフィルムで撮影していた時代。写真はきちんとアルバムに貼っていました。


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プラーター遊園地には、なんかよくわからない不気味でお茶目な作品がたくさんあり、一緒に記念撮影(笑)


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先日、本屋さんのワゴンセールでDVDを見つけて買っておいたのをようやく観ました。


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第二次世界大戦後のウィーンが舞台のサスペンスもの。

戦勝4か国が統治している時代で、まだまだ瓦礫だらけ。闇市で暗躍する人たち、偽造パスポートで密入国した人などが出てきます。

ウィーンの戦後というのは、あまり意識したことがなく、新鮮?な感覚で見ました。

白黒ですが、奥行き感のある画面が素敵。いまのぺったらこい安っぽいドラマの画面よりもずっといいです。

ストーリー自体は、会う予定だった親友が事故死していたのだけど、どうもおかしい気がするので探っていったら、親友の裏の顔がわかってきます。親友がしていたことが引き起こした悲劇に、主人公はショックを受けます。悩む主人公はいったいどうする!?というようなもの。

実際、戦中戦後は、欲のために悪事を働いた輩が多かったのでしょうね。そのために損をしたり、健康を害したり、命を失ったりする人がたくさんいたと思うと… いや、今も似たような悪事がありますね。(-_-;)



ところで、嬉しがって墓地で撮った写真ですが、これ、逆向きですね。手前に向かって歩いてこないといけなかったですね、多分(笑)

今度ウィーンに行くときには、正しい「第三の男ごっこ」、してこよう!

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なんだか内容と合っていないような曲ですが、かといって、ダダダダーン!みたいな劇的な曲だと、かえって名作としては残っていかなかったような気もします。思わず口ずさむ名曲ですね。






by chekosan | 2019-07-14 18:29 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
4日続けて映画です。

比較的新しい映画「Cold War あの歌、2つの心」。ポーランドものです。

またしても邦題がダサいし、恋愛ものらしいのでどうしようかな~と思ってました。恋愛もの見ても今さら足しにならないし(笑)

でも、先日観て印象的だった「イーダ」の監督作品だし、冷戦期のポーランドものだし、新聞の映画評にも何度も取り上げられているので、まあ観ておこうかと行ってまいりました。

今回は2回目の某シネコン。なんで地味な白黒ポーランド映画が、こんな大きなシネコンで上映されているんだろうと思ったら、アカデミー賞でいくつか賞を取っているんですね。

シネコンって、公開されるとチラシがもらえないんですよね。あれってなぜ? いつもの京都シネマだったら、公開してからでもチラシくれるのに。

それは仕方ないとしても、パンフレットが売り切れていたのはガーン。入荷見込みを聞いても「そういうことはわかりません」と言われ… 

でもまあ、予想どおりガラッガラ、傾斜や椅子の具合もよく、快適に鑑賞できました。あれで採算取れるのかしら。


さて、本題。

音楽が良かったです。音楽が主人公。劇場で観て正解でした。

以下、わりと独断と偏見に満ちた感想です。

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ダサいと酷評した邦題ですが、嘘はないです。冷戦時代に、歌を媒介にして巡り合った男女が、祖国と祖国の音楽と相手への愛に、没頭したり迷ったりしながら、でもやっぱりすべてを貫こうとして、くっついたり離れたりする話です。

ストーリーに関しては、なんかもっとさあ~、なんでそこでそうするかな~と、ぜんぜん感情移入できませんでした。でも、この2人、監督の両親がモデルだそう。そういう生き方の2人だったと言われれば仕方ないですね。


入り込めなかった細かいポイント。

男性のヴィクトルはポーランドの民族音楽を愛するピアニスト兼作曲・編曲家、女性のズーラは男性が指導する民族楽団のオーディションで見いだされた歌手の卵です。

このズーラがですね、ヴィクトルの仕事の相棒(女性の指導者)からはあまり評価されなかったのですが、ヴィクトルがやたら気に入って取り立てるんです。

なんかそこからもう、おじさん、ズーラの女性性に惹かれて引っ張ったの?って感じを抱いてしまいました。

だけどズーラってそこまで魅力的?なんて思いながら見ていたのですが、インターネットの感想を見て回っていると、「すごく美しくて魅惑的」という趣旨の男性の感想がありました。なら、単に好みの問題なのかもしれません、ごめんなさい。

昨日の「草原の実験」の少女や、おとといの「薔薇が死んだ」のカトゥちゃんが完璧に整った美形すぎたせいかもしれません。

入り込めなかったポイントその2.

ズーラは民族舞踊団の花形になるのですが、群舞のところで、一人、手や体の角度がズレていたりするんです。まわりの役者は本物の舞踊団の人たちらしいので差が出てしまうのでしょうが、ますますヴィクトルのお気に入りだから?みたいに見えてしまいました。

ただ、ソロで歌うシーンはモノクロ映像にぴったりなアンニュイさ。民族音楽よりもミュージカル映画で覚えた歌を口ずさむ方が合うけど、あえて抜擢したという筋書きには合っていました。



話が進むにつれて、時代も2年単位くらいで進んでいきます。そのたびに音楽も傾向が変わっていきます。

初めはポーランドの田舎で、本物の民謡を採取しているところから始まり、それを訓練を積んだ舞踊団が演奏し、50年代になるとスターリン賛歌を歌わされ、ヴィクトルがパリに歩いて亡命してからはジャズ、ロックが流れ… 

そのとき、そのときの情勢や状況が音楽によって表現されていきます。

粗野だけど本物の土着のものが「発掘」され、磨かれていき、神がかり的な域に達し、それがスレ(させられ)ていく。それとともに、パワーやレベルが落ち、気だるさをまとっていく感じが、映画の進行に合っていてうまいなあと思いました。

ジャンルとしてのジャズやロックが「落ちる」という話ではなく、あくまで、この映画の、この2人の関係性を示す音楽の使い方の話です。

そうそう、ズーラが、自分の十八番の歌のフランス語訳詞に文句をいう場面があるのですが、そこはすごくいいなと思いました。ヴィクトルに教わる立場だったズーラが、対等に、というかヴィクトルよりもずっと純粋に、音楽とことばを追求するプロ魂を見せる場面になっていました。


ーーー

ということで、主人公2人に感情移入できなかったので、あまり感動はなかったのですが、戦後すぐから60年代半ばくらいのポーランドやパリの雰囲気が凝縮されています。

廃墟となった教会や、なにもない平原の十字路にバスが停まるシーンなどは、「イーダ」を思い起こさせます。やはりポーランドとキリスト教は切り離せないですね。


by chekosan | 2019-07-10 15:22 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
偶然見つけた映画「草原の実験」(2014年)、驚きの美しさでした。

こんな映画、そうはないんじゃないだろうか。

セリフ一切なし、説明一切なし。風の音、鳥のさえずり、雨といった自然の音や、音楽は入りますが、言葉がほぼ出てきません。

絵として、ソ連の新聞「イズベスチヤ」がちらっと映るくらい。それによって、ソ連の話であること、お父さんは新聞を読める(文字が読める)ことはわかります。

とにかく美しい。

ところが、これはカザフスタンで行われていた核実験をモチーフにした映画なのです。

まわりに何もない草原に父と住む娘が、近所(といっても見えないくらい離れている)の青年、バスのエンストでたまたま立ち寄った白人青年に思いを寄せられ、平穏な日々に変化が現れます。


以下、ネタバレ&推測。 


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冒頭、お父さんがトラックの荷台で羊を枕にお昼寝をしています。初めから謎な幕開けですが、家畜にするために買い取ってきたんでしょうか。

お父さんは元パイロット。ある日、やってきたプロペラ機の操縦士たちを歓迎し、ちょびっと操縦して、とても嬉しそう。

このとき、お父さんは、胸にソ連の赤星勲章(たぶん)をつけています。

パイロットたちがいきなり飛行機を操縦させてくれるわけはないでしょうから、既知の間柄で、お父さんを訪ねてきたのでしょうか。


お父さんはどう見てもアジア系、娘はアジア系が入っているけどお父さんとはだいぶ系統が違う感じ。壁に白人女性のスケッチが飾ってあるのは、亡きお母さんなのでしょうか。(でも2人の絵が並んでるっぽいので、どうなんだろう)


父と娘は、朝、娘の運転で草原をひた走ります。途中で娘が降りて、お父さんだけ仕事に向かいます。帰りに乗って帰るためでしょう。

娘は馬に乗った青年が乗せて家まで連れて帰ってくれます。

なぜ途中で娘が降りるのか、これはあとの方でわかってきます。


あるとき、お父さんがなかなか帰ってきません。やっと帰ってきたと思ったら、なにやら様子がおかしい。相当、具合が悪そうです。顔がどすぐろくやけて、息が荒い。

そうしていると、嵐の真夜中、銃をもった一団が押しかけ、ガイガーカウンターでどこもかも検査します。納屋に隠していた?金属のようなもの?は針が振り切れんばかり。(このあたり暗くてわかりづらい)

お父さんも嵐のなか、素っ裸にされて検査されます。お父さんからもけたたましい警告音。つまり、お父さんは被爆によって急激に体を悪くしていることがわかります。



そして、日が変わると、お父さんの具合はますます悪化。馬の少年が呼んでくれた軍医にジープで運ばれていきます。

お父さんが入院中に郵便屋さんがなにやら通知を持ってきますが、何が書いてあるのか、見ている方にはわかりません。

でも、こうなってくると、先になにが起こるかは予想がつきます…(´;ω;`) 

以下、ますますネタバレあり。

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この赤いスカーフもソ連らしいですね。


お父さんは結局、かえらぬ人に。少女はお父さんをひとりで弔います。正装をして静かに亡くなったお父さんの胸には、やはり勲章が。

少女はお父さんを埋めた場所に、毛糸で赤い星をつくって立てます。ソ連ですね。

さて、少女は文字が読めたのか、読めなかったのか。

郵便屋さんには受け取りのサインを書いているようだし、届いた電報かなにかを読んでいる感じでもあります。

お父さんに電報を渡そうとして、亡くなっていると気づいて、もう渡しても意味がないと、わざと風に飛ばした風に見えます。

字が読めるとしたら、おそらくこのあと起こりうることはわかりそうなもの。

読めたからこそ、大切なものだけを持って、ひとりで家を離れようとしたのかなと思ったのですが、どうでしょう。

というのは、小さなトランクにちょっとだけ荷物を詰めるとき、本を数冊、入れているんです。その一番上が、マヤコフスキーの本(たぶん詩集)なのです。

本は、お父さんの愛読書だったのかもしれませんが、お父さんの肖像画(スケッチ)は置いていくのに本は持っていくのだから、彼女は本に愛着があると思えます。


家を離れていく少女ですが、いつもお父さんを降ろしていたあたりでトラックがガス欠で止まってしまいます。徒歩で先に進むのですが、有刺鉄線で立ち往生します。

ここで、お父さんが仕事に行っていたのが核施設であろうこと、地平線まで見えるような一軒家に住んでいてガソリンが手に入っていたのはそのためだろうこと、娘を途中で降ろしていたのは施設に近寄らせないためではないかと推測するのです。


では、お父さんに、あの日、何があったのか。針が振り切れた物体はなんだったのか。被爆したとはっきりわかるようなことが起こって、その証拠を持って帰ったのか。

そういうわけではなく、お父さんの周りのものがすべて被爆していたことを示したシーンだったのか。

そのあたりはちょっとわからず。


先に進めなかった少女が仕方なく家に戻ると、馬の少年と親族が家で待っていてプロポーズをします。ちょっと怖い(笑)

しかし少女は白人青年を選びます。



まだ幼さの残る少女と白人青年が穏やかに仲睦まじく赤い糸であやとりをしていると、タイトルの意味が明確にわかるラストが…

ラストだけは書かないでおこう。

って、わかってしまうでしょうけど😅


というわけで、チラチラと映るものだけで判断していかなくてはいけない映画なのですが、主演の少女の美しさ、父娘の住む草原の雄大さ、そこに出て沈む太陽の美しさ、清貧な生活の様子を描くのには、言葉はいらない、言葉なしで正解だと感じました。


いいもの見せていただきました。









by chekosan | 2019-07-09 19:17 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ハンガリーの映画「薔薇は死んだ」も学生に教えてもらった映画です。

ただいま、Amazonプライムで無料。

どうも宣伝用の写真がイマイチです。映画本編では、3人の女性たちはもっとずっとキレイで魅力的で、おとろしい…

予告編は見どころが散りばめられていて、まだおすすめです。

舞台は第一次世界大戦直前のハンガリー。

中心的人物のエルザ様ーみんながそう呼ぶ女王様な存在-は金髪でタレ目で白い肌がまぶしくてエロい。男も女も思わず見とれてしまう、華のある女性、35歳。そろそろ皺が気になるお年頃。高級娼婦から名士の愛人になり、そろそろ妻、そして映画女優に!と焦っていたりします。

エルザ様の家政婦で、実はもとは逆の立場だったという敬虔なカトリック教徒のロージは、背が高くて、すっと背筋が伸びていて、肌が浅黒くて目が大きくて、意志が強そう。今は苦労と苦悩が顔に出てしまっていますが、整った理性的な顔立ち。

そこに雇われる新人家政婦カトゥは、ゆで卵を剥いたようなピカピカの超美少女。小柄なので、小さな子どものようにも見えます。世の中にはこんなキレイな顔面があるのだなあ~♡♡というくらい可愛い。

対照的なようで、実は似たところもある3人と、彼女らに関わる男性との愛憎がもつれあって悲劇が起こる…というお話。


4日間だけの出来事という設定です。もっと何日も経っているように感じました。えらい激動の4日間ですなあ。

映画としては、100分ほどと長くなく、女性たちの美しさや画面の美しさにうっとりしながら一気に観ました。


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この時代に、高貴な身分に生まれなかった女性が生きていくには、貧しい工場労働者か家政婦か。逆境をはねのけるために、裕福な男性をパトロンにしてのし上がっても、出自がついて回る。

しかも、年齢が上がれば「女」さえウリにならない。立ち直れないくらいヒドイ言葉を投げられたりしてしまう。

エルザのパトロンから、40代(?)のロージに投げつけられた、超~えげつない言葉には、くらくらめまいがしましたよ… 書くのもイヤだわ、ほんと…(-_-;)

なかなか面白い映画でしたが、オヤジの一言が話の筋よりも衝撃だったのでありました(笑)






by chekosan | 2019-07-08 16:26 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
これまでに2人の学生が「観ました」と書いてくれたことのある映画「僕の大事なコレクション」を観ました。

面白かったです。期待以上に良かったです。


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ワーナーのロゴが流れたときは、あ~、アメリカ映画だったかぁ…とちょっと期待値が下がったのですが、アメリカ映画っぽくありませんでした(笑)

コメディタッチだけどテーマは重い。重いけど、人への愛-祖先、家族、男女、友情ーをしみじみと感じることができる作品です。

ーーー

現代のアメリカのユダヤ系の若者ジョナサンがルーツを探しにウクライナに旅するというお話です。

1940年代にウクライナからアメリカに移住したユダヤ人の祖先ときたら、ホロコーストもので、筋書きもおおよそ見えてくるわけですが、それでも旅を進めるうちに少しずつわかっていく事実、少しずつ変わっていく登場人物たちの表情や態度が絶妙で、見入ってしまいました。

あらすじは他にお任せして、私は小ネタと、映画の舞台になった場所について書いておきます。

ーーー

ジョナサンのルーツ探しを手伝うアレックスとその祖父はオデッサに住んでいます。オデッサといえば、「戦艦ポチョムキン」の舞台。冒頭で、例の大階段も出てきます! ^^

オデッサはエカテリーナ二世が拡張した比較的新しい街で、ユダヤ人の居住を許したことから、ユダヤ人口が多かったところです。






ルーツ探しにきたジョナサンは、夏の盛りでも黒いスーツ。

対して、ジョナサンの世話をする通訳ガイドの若者アレックスは、アメリカ大好き、黒人文化大好き。常にジャージの上下でキメています。

若者がジャージをファッションとして着るのは、ウクライナの作家、クルコフの小説『ペンギンの憂鬱』にも出てきます。

この作品は、2017年度の同志社の特殊講義(輪読ゼミ)で読みました。このときは小ネタを探して調べてみようという回にしたところ、ちょろっとだけ出てくる街角のチンピラの着ているのがジャージというのはウクライナの現代ファッションを象徴しているという話をしてくれた人がいて、おおいに盛り上がりました。




このアレックスが、ちゃらんぽらんで遊び人、いつも薄ら笑いを浮かべているのですが、アメリカが好きなあまり、大学2年のときに英語を猛勉強して身に着けたという設定です。(ただし、このエピソードは本編ではカットされていて、DVD特典の未公開映像集にのみ出てきます。)

しかも、ジョナサンとの会話のなかで、アレックスは会計士をしていると言っていたような。外見とはちょっとイメージが違う職業が出てきて、えっ、と思わせます。

ジョナサンがベジタリアンで肉を一切食べないと知ったときの反応や、黒人を蔑視どころか崇拝しているアレックスが「ニグロ」という蔑称を連発してジョナサンを当惑させるところなどもそうですが、アメリカ人とウクライナ人双方のギャップ、カルチャーショックを嫌らしさなく表現していて、なかなかうまいなあと思いました。


ーーー

さて、ジョナサンとアレックスと祖父の車は、ジョナサンを鉄道駅で出迎えます。

映画では、リヴィウ駅ということになっていますが、これはプラハの Vystaviste という博覧会場の建物で撮影されています。


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そこから彼らはひた走ります。途中途中で、原子力発電所と思われる施設が大写しになったり、放射能の危険性を示す標識が出てきたり、ソ連時代の団地が廃墟になっているところを通ります。

なぜ廃墟になっているのかと問うジョナサンに、アレックスは「独立したから」と答えになっているのかわからない答えを返します。

チェルノブイリ原発事故の影響を受けた地域を通っているのかと思ってしまうのですが、チェルノブイリ原発はウクライナの北の方で、立ち入り禁止区域は30キロ圏内です。

そのときに3人の車は、もっと西の方を走っているので(下の地図の青線)、ちょっと当てはまらないように思うのですが。気になる部分です。



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さて、ジョナサンの祖父の故郷は、Trachimbrod という村でした。

この村は実在していました。そして、この作品の原作者であるジョナサン・サフラン・フォー(映画の主人公と同じ名前)の祖父たちの出身地でした。

ナチのホロコーストによって、ほとんどの村人が殺され、村の痕跡は今はまったくありません。

グーグルで Trochenbrod を検索すると位置や現在の様子が見れます。

↓こちらのページからも現在の様子が見れます。

1500-2000人ほどいた村人のうち、戦後まで生き残ったのは40人ほどだったそうです。

映画のなかで、ジョナサンは、「祖母はナチスよりもウクライナ人の反ユダヤ主義の方が恐ろしかったと言っていた」と発言していますが、そのことに意義を唱えた記事もあります。↓



こちらの記事、映画と原作小説の原題 Everything is Illuminated (すべて明らかになった)にかけて、「すべてが明らかになったわけではない」というタイトルになっています。

この記事によると、ナチスに殺害されたウクライナ人は、ナチスに荷担したウクライナ人の数十倍にのぼっていたし、ウクライナ人のなかには命をかけてユダヤ人を助けた人もいたとのこと。そうしたことは、この村の近くにある Klubochyn 村の博物館にも資料が残っているそうです。


本作品に関わる場所はこんな感じ。グーグルマップでルートをたどってみました。これでいくと、映画で二昼夜を費やしたリヴィウから Trochenbrod に行くよりも、オデッサからリヴィウ駅に移動する方がよっぽど遠距離なんですね(笑)


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映画を見終わったときは、面白かったと軽めに記して終わるつもりだったのですが、ルートを確認したりしていくうちに、Trochenbrod のように、村人がほとんど殺され、痕跡もなくされたような村が東欧には数えきれないくらいあることをあらためて重く受け止めたのでした。


【関連記事】
お隣のベラルーシでも、多くの村が焼かれました。それを描いたのがこちらの映画です。


















by chekosan | 2019-07-07 22:05 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
先週末くらいから、ひとりガガーリン・ウィークです。

まずは映画。Amazonプライムで吹き替え版が無料だったのですが、やはりロシア語で(もとの役者さんの声で)聴きたくて、有料の方に切り替えました。



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実に気持ちのよい、爽やかな英雄ものでした。

ガガーリンは天才タイプではなく、努力家タイプなのですね。

ソ連全土からふるいにかけられた優秀で頑健なパイロットのなかで、なぜ彼が人類初の宇宙飛行士になれたかというと、決め手は総合的な人柄のよさだったようです。

自然とチームのリーダーになるタイプ。誰にも好かれる人物。真面目でユーモアがあって、落ち着いていて、カリカリしない。笑顔が魅力的で、庶民的。ひなびた村の農民の子というのもソ連のヒーローにふさわしかったようです。

もちろん、運動能力や体力もあって、どこも問題のない体質、強い意志、へこたれない性格、如才なく受け答えできる頭脳があったうえでです。パーフェクトですねえ!

とにかくナイスガイで、上司も仲間も、盛り立てたくなる人だったのだろうなあと思わせます。


映画は、ガガーリンの飛行時間に合わせて108分間でつくってあります。地球一周なんですね。あら、そんなものなの?と思いましたが、観ていくと、まあよく無事に帰還できたものだと思うような飛行です。

なにより、大気圏への再突入が!

そんな原始的な方法で!?

いやいやびっくりしました。

すっかりガガーリンファンになったところで、もっと詳しい伝記を。

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こちら(右の『ガガーリン』)もとても面白い!

映画は、宇宙飛行士の訓練から帰還までの様子に、ガガーリンの半生の重要な局面を少しずつまぶした感じなのですが、こちらは、ガガーリンの生涯に加えて、米ソの宇宙開発競争についても詳しく説明されています。

映画では少しわかりづらかった小さい頃の恐怖体験や、どのようにガガーリンが宇宙飛行士候補に選ばれたのかもていねいに書かれています。

ガガーリンが搭乗したヴォストーク号がどんなもので、どう発射して、地上ではどのような作業をしていたのか、宇宙でヴォストーク号がどんな風にパーツを切り離して軌道を飛んだのかは、映画の方がずっとわかりやすいです。

ガガーリンが帰還してからのことは、映画では触れられていないので、そちらは伝記の方で詳しく知りました。

ガガーリンは帰還後、ソ連の広報塔として世界中をかけめぐります。1962年に日本にも来て、9日間、全国を回っています。




彼の後援者であるフルシチョフ第一書記が失脚し、ブレジネフ時代になると、引っ張りまわされることは減りました。

しかし、国民の人気と期待は絶大で、常に人から注目され、ジャーナリストに追い回され、見知らぬ人からも頼みごとをされ、管理職的な仕事も行いながら、新しい宇宙開発の研究を並行するという日々にガガーリンは疲れ切っていきます。

彼は再び宇宙に飛び立つことを強く願っていましたが、英雄を危険な目に合わせられないという判断で二度と宇宙には行かせてもらえませんでした。

皮肉にも、その少しあと、1968年に、ガガーリンは戦闘機の操縦訓練中に事故を起こして亡くなってしまいました。

事故の原因は徹底的に調査されましたが、縦割りの弊害と、当時のソ連の秘密主義のために、真相ははっきりしないままでした。

1986年、実に20年近く経って、ガガーリンの仲間たちによる真相究明の陳情が聞き入れられ、新たな審問委員会が設置されたそうです。そこで、明らかにされていなかったさまざまな記録も見つかったとか。

その仲間によれば、事故が起こった原因は、近くを飛行訓練していた超音速機の衝撃波を受けて、ガガーリンの乗っていた戦闘機が制御不能になったためだということ。2013年に、相手方のパイロットの名を明かさないことを条件に、そのことを公表してよいと許可が出たというニュースがこちら。







同時代に生まれていたら、夢中になってパレードを見に行っただろうなあと思わせる、笑顔の素敵な、魅力的なガガーリン。それだけに、帰還後の苦悩や非業の最期に心が痛みました。





by chekosan | 2019-07-03 21:29 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
実話をもとにしているという映画「ヒトラーの贋札」を観ました。

強制収容所で、専門技能を持っているユダヤ人たちを集めて、極秘の贋札づくりをさせたというお話です。


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映画では、プロの贋札職人(公文書なども偽造していた)が主人公です。

原作者のブルガーさんも、実際に印刷技師として、贋札づくりに従事させられていました。ユダヤ教徒のためにクリスチャンであるという証明書を偽造していて逮捕されたそうです。

映画のなかでは、反ナチスのビラを印刷したために捕まった共産主義者で正義感として登場します。映画のブルガーは、ナチの作戦に荷担し、同胞をより一層苦しめることになると贋札造りをサボタージュします。

その行為は、仲間の命も危うくすると周りは説得するのですが、彼はどうしても納得しませんでした。








贋札を大量発行することで、イギリスやアメリカの経済を混乱させようなどという作戦を本当に実行していたとは、事実は小説より奇なりですが、漫画「エロイカより愛をこめて」でも、この作戦を題材にしている箇所があるそうです!



この映画のなかで、みんなのアイドル?的に可愛がられていた青年がいました。オデッサ出身のロシア人、コーリャです。彼と主人公は、同じ美術学校に学んだ先輩後輩にあたり、絵の話、教授の話で盛り上がります。このコーリャとの交流が一番いい場面でした。

彼らの会話に出てくるのは、ロシア前衛派、カンディンスキー、ロトチェンコです。ロトチェンコ、いいですね!



カンディンスキーといえば、昨年、京都で開催されたオットー・ネーベル展でも作品が展示されていました。そのときにゲットしたのが、こちらのバッグです(右の黒いバッグ)。このバッグ使いやすくて愛用しています☆


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ベルンハルト作戦に携わった被収容者は、他の収容者よりはマシな待遇を受け、大半は生き残ることができましたが、理不尽な扱い、屈辱的な目に遭いました。残虐なシーンもあります。

それでも、仲間同士の連帯、逡巡と決断をメインのテーマにしているので、ほかのホロコーストものよりは観やすい作品かと思います。



by chekosan | 2019-06-30 21:47 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ホロコーストもので観るべき作品として取り上げられることの多い映画「縞模様のパジャマの少年」をようやく観ました。

観る前から話を知ってしまっていたので、鑑賞後、「はい、観ました」という感じになってしまいました。こういうフィクションものは結末がわかると、どうしようもなく面白さが削がれますね。残念なことです。

ですので、私もネタバレにならないよう、本筋には触れないようにします。


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「感動した」という意見多数、「収容所の実態とかけ離れている」という意見も多数の映画です。たしかに、私も、現実の収容所とはかけ離れているのではないかと思われる設定が気になりました。

明確にどこの何収容所とは語られませんが、鉄条網近くに外部の人間がしょっちゅう近づいてくるようなことを見張りが気がつかないというのは、収容所の体をなしていないような。

しかも、あの映画の収容所は「絶滅収容所」という設定です。あれならいくらでも逃げてしまえます。

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原作者のジョン・ボインの別の作品、『ヒトラーと暮らした少年』(あすなろ書房 2018年)を読んだときも、似た感想を抱きました。子どもにもわかるようにと書かれているがゆえに、少々リアリティに欠けるきらいがあるのかも。


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図書館の児童書室でみつけた一冊。『縞模様のパジャマの少年』の作家の作品とは知らずに手に取った。昨日観た映画「ミケランジェロの暗号」もそうだが、権力や権威を象徴する制服を身にまとうことで劣等感を覆い隠し、自分自身が何者かであるかのように尊大になる姿は痛々しくて恥ずかしいことであると思わせてくれる話になっている。ただし、本作は設定がフィクション過ぎて、全体としてあまり臨場感はない。(2019年3月読書メーターに記録)

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でも、無垢な8歳の少年2人、そろそろ色気づいてきて軍国少女になっていく12歳のお姉ちゃんについては、なかなかうまい設定にしたなと思いました。

8歳男児くらいなら、世の中の汚い面を知らされていなくてもおかしくないし、純粋なタイプの子だったらギョッとする場面を目撃してもよくわからないこともあり得るかと思います。無垢さが勝るギリギリの年齢。

対して、12歳女児ともなれば、いろいろわかってきて、知りたがって、背伸びしたくなって、しかも意識して残酷なことをしたがる年頃ですよね。その「成長」の描き方は、イヤ~なうまさがあるなと思いました。

12歳姉が、ハンサムなナチの親衛隊中尉に憧れて軍国少女に変貌し、豪華なドレスを着たお人形遊びをやめるシーンは、けっこうぞっとさせる絵になっています。

DVDの特典メイキング映像でも、スタッフの一人が、「ホロコーストというよりも家族の物語だ」と言っていました。それが一番合っているように思います。

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そういえば、映画のなかで、主人公のお母さんが収容所の実態に感づいて、お父さんと口論になります。戦争だから軍人としてやるべきことをしているというような反論をするお父さんに、お母さんが「あれが戦争なの!?」とお父さんに詰め寄るシーンがあります。あれはなかなかいいセリフだと思いました。

ホロコースト映画の感想でよく見かけるのが、「戦争映画」「戦争はいけない」というフレーズです。この映画の鑑賞者の多くもそのような感想を書かれています。戦争は良くないということ自体には異論はありません。

が、ホロコーストは、戦争中の出来事ではありますが、戦争そのものとは違う目的で行われました。自民族の解放とか領土奪還とか報復とか防御としてではなく(それだって是とできるか議論が分かれるところですが)、狂信的な人種差別に基づき、あるカテゴリーに属する(とされた)人々を絶滅させようとした行為です。

そのことをお母さんのセリフは表していて、実はとても重要な一言だと思います。

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ところで、映画のなかで、主人公の父の勤める収容所で作ったプロバガンダ映画を上映するシーンが出てきます。これは、ナチが実際に撮った映画に似せて作られたそうです。元のプロバガンダ映画はフィルムが悪くなっていて、そのまま使うと新作したように見えなかったためです。

その元の映画というのは、チェコの「テレジエンシュタット(テレジン)」で撮影されました。テレジン収容所には、国際社会に向けて、ユダヤ人のために専用の街でユダヤ人が幸せに暮らしているという宣伝をするために、芸術家や家族を一時的に収容していました。ナチは、被収容者に無理やり演技をさせて、さも充実した住みやすい楽園であるかのような映画を撮ったのです。

この映画を昨年2018年夏にラトヴィアのゲットー博物館で観ました。博物館の見学記はあらためてアップしたいと思います。


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収容所内でオーケストラの演奏会を開いているシーン。やらせです。


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この映画を撮ったのは、自身もテレジン収容所に収容されていたユダヤ人俳優で監督のクルト・ゲロン氏。この人も後に殺害されてしまったそうです。

2016年にこの話が映画になっているようで、これもまた観たいと思います。





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おまけに。

この映画はハンガリーのブダペストで撮影されました。収容所任務になる前に主人公一家が住んでいた家は、当時のベルリンらしさのある古い家を探して撮影に使ったそうです。

一家が収容所付近に引っ越してからは、ガラッと変わって、ずいぶん直線的でモダンで冷たい雰囲気の家になります。ふたつの家の対比が、視覚的に強調されていて面白いと思いました。

でも、内装がどことなく安いというか薄っぺらい感じもします。と思ったら、なんと原作に合わせるために建設した建物だということ。なるほどそれでセットっぽい感じがするのですね。でも、あの家の台所のデザインは好きです。


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というような撮影秘話が、DVDにはたっぷり入っています。

原作者と監督の音声解説が全編にわたって入っている特典もあります。原作との違いや撮影上の狙いと工夫がわかって面白かったです。

と、都合2回通して鑑賞したわけですが、設定に違和感がありつつも、ラストの何分かは2回目で音声解説付きでも見ごたえがありました。

原作はもういいかなと思っていましたが、音声解説を聞いて、読んでみようかなとも思いました。








by chekosan | 2019-06-23 18:04 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)