映画「炎628」(クリモフ監督 1985年)を観ました
2018年 05月 02日
ベラルーシは、第二次世界大戦で、920万人の住民のうち220万人、およそ4分の1が亡くなったとも言われています。
戦闘によるものだけでなく、ナチスドイツによる住民虐殺も極めて苛烈でした。
600以上の村が焼き払われ、住民が皆殺しにされています。
この映画の邦題「炎628」は、そのような焼き払われた村の数を示しています。
原題は「来て、見よ」。聖書の「黙示録」の言葉からとられています。
本作では、抵抗組織(パルチザン)に参加した少年が体験した悲惨な情景を軸としています。
まさに地獄の様相です。
写真は、ブルーレイディスクの解説書とパッケージ。
焼き払われる村をバックに、ナチス親衛隊の記念写真に収まらせられる主人公。
紅顔の美少年だった少年の顔には恐怖で深いしわが刻まれています。

原作は、ベラルーシの作家、アレシ・アダモヴィチによる『ハティニ物語』(1971年)。
アダモヴィチはこの小説のほかに、ほかの作家とともにベラルーシ全土を回って被害者の証言を集めた『燃える村からきた私』(1975年)を書いています。
ハティニ村は、そうした600を越える村のなかで、もっとも有名で、1969年に国立のメモリアル施設が建設されています。ここにはいつか行きたいと思っています。
アダモヴィチの作品のスタイルは、ノーベル賞作家スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチに大きな影響を与えました。アレクシェーヴィチの著作が証言から構成されるスタイルなのは、彼の手法を踏襲しているからだと作家本人が明言しています。
アレクシェーヴィチの作品に感銘と衝撃を受け、その「師」である、アダモヴィチの作品も読みたいと思っていたところ、この映画に行きつきました。
アダモヴィチの『ハティニ物語』は、どうやら日本語訳が出ていないらしいので、英語版をKindleで購入しました。廉価でした。便利な世の中になったもんですね。
以下、いくつか気になった細かいところ。
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主人公の少年がパルチザンに入ってすぐ、部隊の人々に「おはようございます」と挨拶をしてまわるのですが、そのときの言葉が何種類かありました。ロシア語、ポーランド語、もう一つ、ふたつスラブ系の言葉? いろいろな言葉の人たちが合流して部隊を編成していたということですね。
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以前から気になっていた「ペチカの上(裏)で寝る」シーンを見つけることができました!
それこそ、アレクシェーヴィチの作品のなかに、「ペチカの中(上、裏)で寝る」という証言がたくさん出てきて、それが気になってしかたなかったのです。
その後、ポーランドのクラクフの民族博物館でペチカの実物を見ることができて、なるほどこれなら確かに寝れるわと納得して写真に収めて帰ってきました。
そして、とうとう、そういう場面を映画の中で、見ることができて、謎は解決しました。
あ、「ペチカの中で寝る」状態は、まだよくわかりませんが(笑)
画像の公開は控えておきますが、万が一、「寝床としてのペチカ」の図に関心がある方がおられたら、「炎628」に出てきますよ~!
と、能天気なペチカ話など書いていますが、映画全体の感想はというと。
うーん、、、、「衝撃的すぎて忘れられない」といったような感想をいくつも読んで、覚悟して見たのですが、私には、そこまで強烈には感じませんでした。
行われていることはもちろん野蛮で非道なことなのですが、人が死んだり痛い目にあったりする場面は、直接的にはあまり映さないようにしてあるのです。
それに、回想録や証言集、文学作品には、映像には到底できない残虐なシーンが多いですので…
恐ろしいことに、私の感覚は、この手のものに鈍くなっているのだと思います。
また、先にあらすじや史実を知っていたから、あまりショックを受けなかったのかもしれません。
最後の方に、痩せこけた人の記録映像が少しだけ出てくるのですが、それが一番強烈でした。
文字通り骨と皮だけなのに、支えられて動いている…
そのような状態は、いくら俳優が役作りで痩せても、絶対に再現できないですよね…
ということで、じゃあ大丈夫かなと観てトラウマになる人もいるかもしれません。
そこは保証できませんのでご注意を。
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以下の文献がインターネットで読めます。
越野剛「ベラルーシの国民形成におけるチェルノブイリと戦争の記憶」
同「ハティニ虐殺とベラルーシにおける戦争の記憶 (特集 紅い戦争の記憶 : 旧ソ連・中国・ベトナムを比較する) -- (紡がれる物語 : 社会主義と戦争のもうひとつの記憶) 」

