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by chekosan

映画「顔のないヒトラーたち」

1958年、戦後20年経ち、復興の進んだドイツ、フランクフルトが舞台です。

若い駆け出しの地方検察庁の検事が、検事総長の後押しを得て、
アウシュビッツに関わったナチス親衛隊を突き止め、裁判にかけるまでの話です。
史実をもとにしています。

この頃までドイツではアウシュビッツの存在はほとんど知られていませんでした。
収容所から生還した人たちがつらい体験を語ることもできず苦しんでいる一方で、
元ナチス親衛隊員(SS)の多くは罪を問われることなく平穏に暮らしているのです。

とはいえ、元党員であったというだけで一律に人を裁くことはできません。
ナチスが残した膨大な資料を一つ一つ丹念に調査し、
強制収容所からの生還者から凄惨な体験を聞き取り、証拠を積み重ねていきます。

しかし、元SSたちは政府の要職にもいると見え、捜査は難航します。
大物に至っては南米に逃亡していて、ドイツで裁判を受けさせることは簡単ではありません。

さらに、捜査を指揮する検事総長や、検事の協力者であるジャーナリスト、警察官は
脅迫を受けたり立場を危うくしたりしますが、真相追究を続け、63年に裁判を開くのです。
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ほぼ同じ時期を扱った映画「アイヒマン・ショー」にも同様の状況が描かれています。
大量虐殺に関わったアドルフ・アイヒマンはイスラエルで裁判にかけられます。
そして報道関係者たちもやはり身の危険を感じながら情報を発信します。
これらの裁判によって、世界は戦時中、収容所で一体何が行われていたのかを知ったのです。

本作の論点はいくつもあるのですが、
私としては、アメリカ軍が接収したナチスの公文書の膨大さと、
それをもとに過去を明らかにしていく過程が非常に興味深かったです。
記録をきちんと保管、管理すること、それを適切に公開することの重要性を感じました。
逆に言えば、記録の改ざんや破棄はなんとしても防がなくてはいけないですね。

と書いていて、オーウェルの『1984年』を連想しました。
この小説の世界では、現政府に都合がいいように歴史を改ざんしつづけます。
そして、改ざんを続けていくことで、ほんの少し前に起こったことすら
何が本当だったかわからなくなり、改ざんされた「歴史」が真実になってしまうのです。


本筋と関係のないところでは、当時の女性のファッションと、
ヒロインが自分の腕一本で道を切り拓いていくところなども魅力的でした。

主人公がまっすぐな正義の人で、恐ろしく男前なのも画面を美しくしていました。

でも、なによりバウアー検事総長にしびれました。知性と信念を感じる深みのある演技。
が、残念ながら、検事総長役の俳優さんは、この映画の出演のあと亡くなられたようです。
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by chekosan | 2016-06-26 00:41 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)