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by chekosan

京都の文化新聞と喫茶店 『京都フィールドワークのススメ』より

フィールドワークの進め方を紹介した本、しかも題材が京都、
これはいろいろ参考になりそうと図書館で借りました。

そうしたら!
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その中の一編にすっかり魅了されてしまい、結局購入しました。

中村勝「『土曜日』と喫茶店ネットワーク」です。

中村さんは京都新聞元記者。

『土曜日』は昭和11年から1年4か月発刊された隔週の文化新聞です。

発行人は松竹の撮影所の大部屋俳優だった斎藤雷太郎氏。

撮影所の人たちが原稿を持ち寄って文集を発行し、回し読みしていたのを
発展させて新聞にしたのが『土曜日』です。

『土曜日』には、中井正一など名だたる文化人も執筆していますが、
斎藤氏はインテリだけでなく庶民が読んでもわかるものをと
執筆者にはわかりにくい文章を直すよう促したりもしていたそうです。

まずは当時普及しはじめていた京都の喫茶店に置いてもらい読者を獲得しました。
折を見て買い取り制にしたところ、ますます好評を博し、
学生が帰省時に地方へ持って帰ったことで
各地から投書が寄せられるようになったそうです。

そして読み手が増えるにしたがって読者からの投書も増え、
弾圧による廃刊の直前には投書で70%を埋めるまでになったのです。

小中学校卒の人も読めて、でも内容も充実している新聞をつくる、
そして読者がつくる新聞にしていくという狙いを達成したのですね。

しかも『土曜日』は、反ファシズムの新聞にもかかわらず、
廃刊のときに次の新聞を発行しても余るくらい資金を残していたとか。
商業的にも成功していたということにも驚きです。

そうした文化を育んだ喫茶店は、当時の都市風俗の先端をいっていて、
「小市民共通の応接間」と表現されていたということです。
ああこの表現! いいですね~!

喫茶店で新聞が読まれ、言論が広がる、といえば、
フランス革命時のカフェが連想されます。

が、『土曜日』を置いていた京都の喫茶店の一つ、
フランソア喫茶室の創業者・立野正一さんは、
フランソワは「カフェ」ではなく「サロン・ド・テ」だと言っておられたとか。
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         写真は現在のフランソア喫茶室
           創業当時は奥の半分が洋書店さんだったとのこと
           店名はフランソア・ミレーからとったそうです


サロン・ド・テとはフランス革命時に王朝を倒すために
ブルジョワやインテリが集まったところで、
カフェは勤労大衆のもの、と立野正一さんは位置付けていたそうです。
(木村衣有子『京都の喫茶店 昨日・今日・明日』平凡社 2013)

『土曜日』の狙いと、それを置いていた喫茶店で、
若干の見解や方針の相違があるのもまた面白いところです。



そんなわけで、先日、フランソアに行ってきました。
京都に何十年も通いながら初めてです。

観光で来られていると思しき方、よく来られている感じの方、
さまざま見受けられましたが、どなたも浮き足立った感じがなく、
でも緊張しているわけではない、和やかな雰囲気でした。
まさに「共通の応接間」という空気が流れていました。

そして、ちょっとこぶりなカップのコーヒー(フレッシュクリーム入り)、
ブランデーケーキとレモンタルト、とっても!!美味しかったです。


残念ながら『土曜日』を置いていた喫茶店もだいぶなくなったようです。
歴史と味と雰囲気を持つ空間が残ってくれることを願います。

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中村氏のほかにもいろいろ興味深い論稿がありました。
イラストや写真も豊富で親しみやすい本です。

鵜飼正樹、高石浩一、西川祐子
『京都フィールドワークのススメ あるく みる きく よむ』(昭和堂 2003)
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こちらもすてきな本です
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by chekosan | 2016-02-22 15:41 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)