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by chekosan

スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(岩波現代文庫 2011)

著者は2015年にノーベル文学賞受賞したベラルーシのジャーナリスト。
アフガニスタン戦争やソビエト体制を生きた
普通の人々の証言を編んだ作品群が評価されました。

本書も1986年のチェルノブイリ原発事故の深刻な被害を受けたベラルーシの人々に
事故発生10年後にインタビューした証言集です。

初期消火に当たった消防士の妻、
3日だけと言われて着の身着のまま疎開させられた村人、
生まれ育った土地を離れずに残った老人たち、
内戦を逃れてチェルノブイリに移ってきて被災した人々、
調査に当たった科学者、事故の処理に従事した技術者や軍人など、
さまざまな人々が語る経験や目撃談からは、
公的な記録にはないとされているであろう実態があぶりだされます。

防護服や線量計の支給もなく長期間にわたった事故処理、
高価な加工肉であれば大量に食べないからと汚染肉を混ぜられたソーセージ、
疎開させられた村の家屋からは一切合切が略奪される、
被曝して死亡した人の埋葬地には入ることもできない、
放射性廃棄物埋設施設という名のタダの穴に放り込まれる汚染された家屋や重機、
それらも盗まれてどこかへと転売されていく…

しかしテレビでゴルバチョフは、
「すべて良好、すべて制御できている」と演説していたのです。

チェルノブイリ以後はすべてが変わったと人々は言います。

以下、印象的な証言をいくつか抜粋。

私たちはこれから、
チェルノブイリを哲学として理解しなくてはなりません。
有刺鉄線で分断されたふたつの国、ひとつは汚染地そのもの、
もうひとつはそれ以外のすべての地域。

これもやはり一種の無知なんです、
自分の身に危険を感じないということは。
私たちはいつも<われわれ>といい<私>とはいわなかった。
でも、これは<私>よ! <私>は死にたくない、<私>はこわい。
チェルノブイリのあと、
私たちは<私>を語ることを学びはじめたのです、自然に。

2016年4月、チェルノブイリ原発事故から30年を迎えます。

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by chekosan | 2015-12-28 23:30 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)