アウシュヴィッツを生き延びアメリカに渡った父と、アメリカ生まれニューヨーク育ちのジャーナリストの娘が、父母の出身地であるポーランドを訪ねる映画「旅の終わりのたからもの」です。
ネタバレというほどではないですが、備忘のために少し詳し目に記録しておきます。
舞台は1991年。共産党一党独裁を放棄し、民主化へと移行するポーランドです。
両親の故郷を訪れて家族の記憶を共有したい娘と、娘を一人でポーランドにやることが不安で仕方ない父。父は、もう36(だったか?)にもなる娘をいまだに少女であるかのように愛し、心配し、忠告をします。
娘は父を愛しつつも、父母が背負ってきた過去を打ち明けてくれないことに納得できず、アイデンティティに「欠け」を感じているようです。追い打ちをかけたのが、母の死でした。
彼女は、母の死によって、より不安定になったのか、夫とも離婚し、父を残念がらせます。
娘はダイエット中らしく、せっかくの親子水入らずの旅行でも持参のシリアルしか食べようとしません。どうもそれはストイックだからというよりは、強迫観念に囚われているからのようです。感情が高ぶると、自分で自分に、父の収容者番号の入れ墨を彫るという行為に走ります。ホロコースト被害者の子孫が祖先の番号を入れ墨で入れるというのは、以前何かの記事でも読んだことがありました。珍しいことではないのだと思われます。
さて、戦時中ユダヤ人が強制的に集住させられたワルシャワのゲットーや、両親の出身地であるウッチに行こうとする娘の計画を、父はなんだかんだかわそうとします。
娘が買っておいた鉄道の切符も無駄にし、空港で声をかけて仲良くなったタクシー運転手を旅行のあいだ借り切って車移動しようとする父に、娘はブチ切れます。
ホロコーストに関する情報があふれている私たち鑑賞者には、父の行動は何日も貨物車両に閉じこめられて移送された恐怖から逃れようとするためだと察しが付くのですが、このときの娘には父の心情を理解することができません。
両親が新婚時代に住んでいたアパートや、父の実家が経営していた繊維工場跡にも、娘はどんどんと入っていきますが、父はためらいます。
工場は廃墟のようになっていて、アパートには見知らぬ三世代家族が住んでいます。
現在の住人は、突然訪ねてきた元の所有者を警戒し、自分たちが入居したときには空っぽで何も残っていなかったと言い張ります。でも実はあれもこれも、かつて父の一家が使っていた生活用品です。この一家は、父らが強制的に追い立てられたあと、調度品や日常品ごと、このアパートを我が物としていたのです。
しかし今や、この住人一家は、民主化、自由化の大波のなかで、おそらく仕事を失ったり、物価の高騰に追いつけるほどの収入を得られなかったりしているのでしょう、かなり困窮している様子です。彼らや、町の広場でなけなしの持ち物を売るポーランド女性は、社会や経済が激変した時代の庶民を象徴しています。主人公父娘が滞在する高級ホテルの豪華さや、そこに集う人々、ホテルで開催される(?)ミスコンテストに出場する華やかな若い女性たちとは対照的です。
ホテルと言えば、父はチェックインするときに、娘との続き部屋にやたらとこだわります。これも家族と離れることを怖れるトラウマ的なものなのか、すべてを奪われて出てきた故郷に対する一種の仕返し的な感覚なのか、娘との旅行で浮かれているからなのか、そのどれもなのか?
この作品での1991年のポーランドの町の様子は、かなりリアルに思えました。よくこんな煤けた感じが出せたなあと感心します。私がポーランドに行ったのは数年前ですが、1989年のソ連、1990年代初頭のチェコスロヴァキアとハンガリーの雰囲気を感じて懐かしさを感じました。
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作中、父と娘はアウシュヴィッツにも行きます。アウシュヴィッツのことを「博物館」と言う人に「博物館ではない、強制収容所だ」と娘(のちに父も)は食ってかかります。たしかに生還者やその子孫には違和感があるでしょうね。私もバスでアウシュヴィッツに行ったときに、「ミュージアム行く人はここ」とバスの運転手さんが言ったときに、「ミュージアム!?」と感じました。実際、アウシュヴィッツはポーランドの国立のミュージアムなのですが。
サバイバーの人はゴルフカートのような車で収容所の敷地を回れるサービスがあるというのは知りませんでした。パンフレットによると、このサービスは今もあるのだそうです。
そのパンフレットですが、アウシュヴィッツの見取り図や、現在の様子も掲載されています。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所跡は世界遺産なので、かつてのまま保存されています。そのため、私が2018年に行ったときとまったく景色は変わっていません。あまりに変らないのは、やはり特別で特殊な場所だからだなと思いを馳せました。
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この映画、ホロコースト・サバイバーとその子孫(今回の場合は2世代目)が、過去にどう向き合うかというテーマですが、コメディタッチなので、くすっと笑いながら観ることができます。
主人公らと旅を共にする人たちも親切で温かく、ポーランドに本当にいそうな感じ。特に、運転手さんと、ホテルのポーター君はとてもいいキャラでした。
彼らの優しさや協力で、父と娘の旅がどう終わるのか、旅の終わりのたからものとは何なのか。ぜひぜひ鑑賞してほしい作品です。
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昨年公開の「リアル・ペイン」も似たテーマ。こちらはおばあさんの出身地を正反対な性格の従兄弟で巡る作品です。こちらもおすすめ。