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中・東欧、ロシア、大学教育、美術展、映画鑑賞などなど


by chekosan
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滋賀県平和祈念館の企画展「戦争を描く」と、巡回展「沖縄戦と子どもたち 沖縄から見つめる戦後80年」に行ってきました。note版では広告なしで読んでいただけます。


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今回のメインビジュアルというのでしょうか、チラシやポスターにも使われている絵は、滋賀県の女性が小学生の頃に描いた絵です。当時は、こういう勇ましい絵を描かないと評価されなかったので描いたというような説明がありました。

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戦時中、戦争の絵は盛んに描かれ、雑誌に掲載されたり、絵葉書やブロマイドになって流通したりしました。

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このあたり、昨夏に親子で行った東京国立近代美術館の戦争画展「記憶をひらく 記憶をつむぐ」展で、もとの絵がいくつか出展されていました。

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神兵パレンバンに降下す

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アッツ島玉砕





今回はテーマが「絵」のため、撮影不可なものが多かったので、展示の雰囲気がわかるものを少しだけ。

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今回は、家族揃って行けたので、どれが印象に残ったかを聞いてみたところ、次男(シタムス、大1)は、子どもが書いた絵日記だったそうです。

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滋賀県は、疎開を受け入れる側だったので、疎開児童の残した記録も今回は多めでした。

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戦時中に子どもが描いた絵は、2021-22年にも特集されていました。そのときの記録はこちらに。写真いろいろ載せています。

プロの画家さんの体験を絵にした作品もたくさんありましたが、それらは撮影不可でした。

そして、最近の作品として、滋賀の信楽焼で陶器爆弾や地雷を作ったという史実をテーマにした漫画『陽光ヲ待ツ』も紹介されていました。ジャンプで連載していたんですね。読もうと思います。

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「戦争を描く」展は、2026年6月21日まで開催しています。

今回はもう一つ、沖縄からの巡回展もありました。そちらは会期終了間際になんとか行けました。

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沖縄戦全体の様子の説明と、対馬丸の撃沈について、かなり詳しく展示されていました。

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昨年6月に沖縄の南部戦跡をいくつか回ってきましたが、那覇に泊っていながら、対馬丸記念館に寄る時間が作れなくて残念至極だったので、今回じっくりと学ぶことができて良かったです。

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沖縄戦における滋賀県出身者の死者数が1691名と思いのほか多かったことを、この展示で知ることができました。

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沖縄の平和祈念公園の摩文仁の丘には、滋賀県の慰霊の塔もあります。

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2025年6月撮影

摩文仁の丘には、46都道府県の塔が建っていますが、滋賀県は毎年慰霊の日に知事か副知事が訪問しているそうです。

そして、最近、滋賀県と沖縄県は、平和・歴史・文化・スポーツや、健康長寿、産業振興など幅広い分野において交流や連携を強化する協定を結びました。今後、どんどんと交流が深まり、広がることを願っています!! 私もまた行きたい!


沖縄戦跡めぐりの旅シリーズはこちらからどうぞ。



# by chekosan | 2026-02-11 19:30 | 負の遺産/記憶と継承 | Trackback | Comments(0)
兵庫県国際交流協会のメールマガジンで知った展示「阪神・淡路大震災被災児童ポーランド招待の記録 ーシベリア孤児救済から75年、ポーランドからの「恩返し」ー」と、そのセミナー「被災児童はポーランドで何を見て、なにを感じたか」に行ってきました。noteでは広告なしで読んでいただけます。

主催は、日本ポーランド協会関西センター、会場はひょうご国際プラザ交流ギャラリーです。


阪神・淡路大震災被災児童ポーランド招待の記録 ーシベリア孤児救済から75年、ポーランドからの「恩返し」ー展とセミナー_b0066960_21523919.jpg

1920年、22年、ロシア革命内乱状態のシベリアで家族を失ったポーランド系の子どもたちを日本赤十字社が救出し、大阪や東京で世話をしました。日ポの友好や交流の象徴的な出来事として、よく取り上げられます。私も授業では必ず取り上げるトピックです。

1995年に阪神淡路大震災が起こると、この逸話をおばあさんから聞いていたというポーランド大使館員の方(スタニスワフ・フィリペックさん)がお返しをと思い立ち、方々に呼びかけて、被災児童をポーランドに招待する事業を実行されました。

震災発生2日後くらいには動き出し、その夏に実現したというのですから、すごいことです。800人くらいの応募があり、最終的には小学校4年生から中学2年生まで28人の子どもたちと引率の大人がポーランドに行かれました。

中心人物であるフィリペックさんは、駐日ポーランド大使館の参事官(?)でしたが、国家としての事業ではなく、あくまで個人的に計画を思いつかれたのだそうです。フィリペックさんの呼びかけに企業やロータリークラブ、芸術家が賛同し、寄付やチャリティーコンサートで資金を集めたそう。

ポーランドのいくつかの都市に打診したところ、北海道の士幌町と友好都市関係(?)にあったニェポウォミツェという町が応じてくれ、被災児童たちは、そこでゆっくりと夏を過ごすことができたそうです。(ただ、ちょっと検索してみたら、士幌町とニェポウォミツェとの交流は、「尻切れトンボ」になっているという町議会の2012年の議事録が出てきました…さらにその後は未確認ですが)

現地の子どもたちとの交流や、ポーランドの歴史を知る観光などもあり、参加された方たちには思い出深い夏となったようです。

寄付金が少し残ったので、翌1996年にもということになり、今度はポーランドの画家たちの協力で絵画のチャリティ販売をするなどして追加の資金を集め、再び被災児童が招待されました。

このときには、かつてシベリアから救出された孤児の方との対面もあったとか(だったと思いますが、自分の手書きメモのみなので定かではない)。

10周年の2005年には、当時招待された児童のうち9名が再訪し、やはりシベリア孤児の方とも対面されたそうです。

1920年代の日本による救出劇については、テレビの特集や、書籍・児童書、展示などでしばしば見るようになりましたが、そのお返しをしてもらっていることは、あまり知られていないように思います。

セミナーに登壇された元被災児童の方たちご自身も、自分たちが語り継がないと、この事実は忘れられてしまうということを話されていました。

日本ポーランド協会では、この事業についての調査や研究を進めていかれるそうです。

さらには、セミナーや展示でちらっと触れられていたのですが、こうした招待をしてくれたのは、ポーランドだけではなかったようです。

チェコやオーストラリア、スイス、そして、展示には書かれていなかったように思いますが、兵庫県日本ロシア協会によると、兵庫県が友好提携しているロシア・ハバロフスク地方からも児童30人を2週間招待してもらったとのこと。チェコは、東日本大震災の被災児童も招待してくれているようです。

さらに、最近では、ポーランドに避難してきたウクライナの子どもたちを、姫路市が招待しているそうです。姫路城はポーランドのヴァヴェル城と姉妹城になっていて、そうした交流に力を入れているようです。今後もそうした事業を計画されているようです。

チェコが子どもたちに手を差し伸べてくれたことについてはパッと出てきません。まだ今ほどインターネットが普及していなかった時期ですもんね。しめきりが迫る論文を出せたら、もっと調べてみようと思います。

展示は13日まで無料で見れますので、あの近辺に行かれる方はぜひ!

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# by chekosan | 2026-02-06 22:02 | 負の遺産/記憶と継承 | Trackback | Comments(0)
note版では広告なしで読んでいただけます。秋学期(後期)授業大詰めで、授業準備と提出物チェックで終わったような感のある1月。

とはいえ、昨年の今頃は次男の大学受験や長男の学部卒業試験(演奏会)を控えて緊張感がみなぎっていましたが、今年はそれぞれのやるべきことをそれぞれ頑張るだけでよい感じ。いま振り返ると、一年前の冬は相当なプレッシャーがあったなあとあらためて思います。

今学期は、どの授業も反応の良い受講生さんたちで、気持ちよく最終回を迎えることができました。

2022年から初年次教育を担当してきた大経大の経営学部では、今年度で4年生以下全員が私と同僚の先生による初年次科目を受講したことになります。今学期は、何かを調べるときのソースの選び方や示し方、調べたことのまとめ方、グループワークへの抵抗のなさ、とりかかりの良さ、聞く姿勢の良さが顕著に向上したことが見てとれて、私たちの初年次教育の成果が出ていることを強く実感できました。

関大や同志社でも、授業のテーマに関心を持ってやってきたか、講義内容に関心を持つことができる、知的好奇心の高い学生さんたちだったので、たいへん心穏やかに楽しく授業することができました。

いつも、「プレゼンは発表者と聞く人の双方で作り上げるものなんですよ、聞く人が発表者の力を引き出して、発表を何割増しにもするんですよ」と指導しているのですが、まさしくそうだわと実感。

おかげで、私も、これまで取り組んできたことをもっと深めよう、そしてさらに広げようという意欲が高まりました。蓄積ができるにつれ、まあなんとでも対処できるだけの余裕はできてきたけど、必死さには欠けてきているなと自分でも思っていたので、来年度は(というか3月に論文を提出したら)、私自身のテコ入れをしようと思います。

1月最終週は、授業も終わり、成績をつけるためのレポートが出揃うまでの貴重なお休みだったので、授業最終回に書いてもらったふりかえりシートをデータ化したり、論文の参考資料になりそうな本を読んだりしました。

2月は、まずは成績付け! そして各種お出かけが控えています。それが終わったら論文書きに勤しみます。

写真は4年弱使った研究室の様子。白い壁の圧迫感が嫌で、展覧会のチラシを貼ってにぎやかにしました。


2026年1月のまとめと読書記録_b0066960_14414592.jpg


1月の読書メーター
読んだ本の数:11
読んだページ数:2652
ナイス数:430

ノスタルジア酒場ノスタルジア酒場感想
刊行と同時に入手して楽しく読んでいたが、お料理にチャレンジしてからと思っていたら一年(二年?)越しに。カクテルやおつまみのレシピのほかに、旧社会主義圏のお酒、コースター、瓶ラベル、酒場(ビアホールやバーなどいろいろ)、ネオン、タバコのパッケージなどもたっぷり紹介。レシピのページにもレトロな食器やナフキンが使われていて、昔の東欧やソ連の雰囲気を楽しめる。で、この冬休みにようやくチェコ料理を一品作って、うまく出来たのでブログに記録。読了日:01月04日 著者:イスクラ




その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地 (朝日新書)その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地 (朝日新書)感想
前著『ジェンダー目線の広告観察』が面白かったので。本書では広告で表される「デキる男らしさ」を読み解く。「デキる男」の要素には女性から「モテる」ことが欠かせないのか。なんだかなあ…売らんかなで作られる「男らしさ」の強迫観念にとらわれてしまったらしんどいよなあ。人のどこに魅力を感じるかは人によって違うのに… / 後半の性教育に携わる方のインタビューをとても興味深く読んだ。ジェンダーの話は女性がすると反発を招くが、男性が男性に説くと比較的受け入れられやすい模様?
読了日:01月05日 著者:小林 美香


歴史修正ミュージアム歴史修正ミュージアム感想
<歴史を修正する>というのは、もともとは「歴史に関する定説や通説を再検討し、新たな解釈を示すこと」。アメリカ文化やミュージアムの研究者である著者が英米などのミュージアムを巡り、観察したフィールドワークの成果をまとめたもの。これまで支配的な歴史記述に反するとして排除されてきた議論や歴史観を取り戻そうとするミュージアムの試みを専門家の知見をもって紹介する。関西ウーマンの書評で取り上げました。https://www.kansai-woman.net/Review.php?id=202701
読了日:01月11日 著者:小森真樹


平和学習入門 (社会教育実践双書 6)平和学習入門 (社会教育実践双書 6)感想
社会教育における平和学習の起こりや実践をまとめた本。昨年訪問した川崎と長野で、1985年頃から同時多発的に住民や高校生らによる旧陸軍の登戸研究所に関する調査が進んだということを知り、なぜその時期なのかヒントが得られるかと手に取る。世界的な平和・軍縮運動が日本各地にも影響を与えたこと、川崎はその先進的な地であることなどがわかった。その他、富士見市(平和かるた作製)、大阪府婦人会館(国防婦人会の歴史)、沖縄北中城村(戦跡ガイド養成)、八王子(ピース・テクソン)、葛飾(アジアと日本講座)などの取り組みも。
読了日:01月17日 著者:

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乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO乱歩と千畝:RAMPOとSEMPO感想
旧制中学と早稲田大学で同窓だった江戸川乱歩と杉原千畝が実は友人だったら…という設定のもと、二人の人生を絡ませた物語。乱歩はじめ作家たちはともかく、千畝をキャラクター扱いするのはいかがなものだろうとも思ったが、あくまでフィクションとして楽しんだ。千畝の発給した通過ビザによって救われた人々については、近年の研究で新しい事実がわかってきていることもあってか飛ばし気味で、うまくかわした感。ウラジオストク領事根井三郎氏も好感を持てる人物に描かれている。乱歩と横溝正史の関係に興味を持った。別の本を読んでみようかな。
読了日:01月21日 著者:青柳 碧人


お探し物は図書室までお探し物は図書室まで感想
学生のおすすめ。どこかの町のコミュニティハウス(公民館的な施設)の図書室にふらりと立ち寄った人が、マシュマロマンのような司書の女性が選び出す、当人が探しているものとは関係のなさそうな一冊と、彼女が作る羊毛フェルトの「付録」(おまけ)に導かれるように、仕事や人生と向かい合っていく。自分で限界を作って行き詰っている人たちが、思い込みを解き前向きになっていく優しいお話。連作短編集になっていて、少しずつ登場人物が絡まっていく。図書館ではなくて、小さいけどラインナップは良い図書室というのがいい。
読了日:01月23日 著者:青山 美智子


つながるカフェ:コミュニティの〈場〉をつくる方法つながるカフェ:コミュニティの〈場〉をつくる方法感想
ざっと流し読みなので深く考察できていないけど、著者の手がけた事業にはなにかしっくりこず。ビジネスっぽいからか。「創発」という言葉が多用されているし。関西のいろいろな事例も取材されていて、そちらは地域の問題解決的なものなのでそれぞれ興味深かったが、自分の求めるもの(場)とは違う(当然ではある)。この手の本は惹かれるのだが、なんか違うと思って閉じることが多い。では何を求めているのかをあれこれ考える材料になるので、それはそれでよし。
読了日:01月24日 著者:山納 洋


望郷: 中国残留孤児の父・山本慈照 (くもんのノンフィクション・愛のシリーズ 14)望郷: 中国残留孤児の父・山本慈照 (くもんのノンフィクション・愛のシリーズ 14)感想
山本慈昭氏は教師として満蒙開拓団に同行する。ソ連の参戦、日本の敗戦、関東軍の撤退で、取り残された開拓団は必死の逃避行をする。慈昭氏らの団はなんとか日本人収容所にたどり着くが、そこでソ連軍に連行され、妻子と生き別れになる。抑留から解放され帰国した慈昭氏は生涯をかけて残留孤児・婦人の問題に取り組み、死亡したと聞いていた娘とも再会を果たす。25年秋に長野の満蒙開拓平和記念館に行き、引き揚げ時の悲劇や惨劇に衝撃を受けた。館のすぐそばには氏が住職を務めた長岳寺があったが、時間の都合上行けなくて残念だった。つづく
読了日:01月25日 著者:和田 登


10代が考えるウクライナ戦争 (岩波ジュニア新書 963)10代が考えるウクライナ戦争 (岩波ジュニア新書 963)感想
2022年9~10月に5つの高校で行われた座談会を収録。真面目に「多角的に」世界情勢を論じようとする優秀な高校生たちだが、解説で池上彰氏が「冷静過ぎる」と指摘するように、議論のための議論、情報の受け売り、知識と観点の列挙に陥っている気もする。現実に人が殺され、虐待され、尊厳や財産を奪われていることを想像し、恐怖し、憤る力が弱いというか。そのなかで実際にウクライナの少女と交流をしてきた高校生らの話は血が通っていた。池上氏と露文学者の奈倉有里氏の解説で高校生らに欠けている観点からの考察が補われるので必読。
読了日:01月26日 著者:


平和教育を問い直す: 次世代への批判的継承平和教育を問い直す: 次世代への批判的継承感想
第1部総論では、平和教育の歴史的展開、包括的な「新しい平和教育」の妥当性や限界の検討、戦争のとらえ方の変化など。8章立てではあるが編著者がすべて担当しているので統一感があり、内容が濃い。第2部各論では、平和教育における戦争体験、各分野における平和教育の実践や検討、平和博物館で/から学ぶこと、幼児期の平和教育など。第3部では英米独、韓国、イスラエル・パレスチナにおける平和教育を取り上げる。第2、3部は数ページずつ。
読了日:01月27日 著者:竹内 久顕


生徒たちのマツシロ大本営生徒たちのマツシロ大本営感想
終戦間際に長野に造られた松代大本営の跡を調査し、保存活動を展開した私立篠ノ井旭高校郷土班の活動記録。顧問の先生による長野の他の軍事施設跡の調査研究も含む。現地に足を運び(先生は下見の際に3回?も事故に遭っている…)、地味で手間のかかる文献調査を重ね(参考になる!)、3年に渡って県下の小学校(国民学校)がどのように戦争に巻き込まれたかを調べるなど、活動は大本営壕だけに留まらない。すばらしい実践だが、何年のことなのか、名字だけの先生はどなたなのかなど説明が一言ずつ欲しいところもあり。他の著作で補おうとしよう。
読了日:01月28日 著者:

読書メーター

# by chekosan | 2026-02-01 16:00 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
note版では広告なしで読んでいただけます。今年の映画館での鑑賞1本目は、ハートフルなホロコースト・ロードムービーとでもいいましょうか。←すごい字面。

アウシュヴィッツを生き延びアメリカに渡った父と、アメリカ生まれニューヨーク育ちのジャーナリストの娘が、父母の出身地であるポーランドを訪ねる映画「旅の終わりのたからもの」です。

ネタバレというほどではないですが、備忘のために少し詳し目に記録しておきます。

ホロコーストの記憶と継承がテーマのハートフルなロードムービー ~映画「旅の終わりのたからもの」(2024年)_b0066960_17414114.jpg

舞台は1991年。共産党一党独裁を放棄し、民主化へと移行するポーランドです。

両親の故郷を訪れて家族の記憶を共有したい娘と、娘を一人でポーランドにやることが不安で仕方ない父。父は、もう36(だったか?)にもなる娘をいまだに少女であるかのように愛し、心配し、忠告をします。

娘は父を愛しつつも、父母が背負ってきた過去を打ち明けてくれないことに納得できず、アイデンティティに「欠け」を感じているようです。追い打ちをかけたのが、母の死でした。

彼女は、母の死によって、より不安定になったのか、夫とも離婚し、父を残念がらせます。

娘はダイエット中らしく、せっかくの親子水入らずの旅行でも持参のシリアルしか食べようとしません。どうもそれはストイックだからというよりは、強迫観念に囚われているからのようです。感情が高ぶると、自分で自分に、父の収容者番号の入れ墨を彫るという行為に走ります。ホロコースト被害者の子孫が祖先の番号を入れ墨で入れるというのは、以前何かの記事でも読んだことがありました。珍しいことではないのだと思われます。

さて、戦時中ユダヤ人が強制的に集住させられたワルシャワのゲットーや、両親の出身地であるウッチに行こうとする娘の計画を、父はなんだかんだかわそうとします。

娘が買っておいた鉄道の切符も無駄にし、空港で声をかけて仲良くなったタクシー運転手を旅行のあいだ借り切って車移動しようとする父に、娘はブチ切れます。

ホロコーストに関する情報があふれている私たち鑑賞者には、父の行動は何日も貨物車両に閉じこめられて移送された恐怖から逃れようとするためだと察しが付くのですが、このときの娘には父の心情を理解することができません。

両親が新婚時代に住んでいたアパートや、父の実家が経営していた繊維工場跡にも、娘はどんどんと入っていきますが、父はためらいます。

工場は廃墟のようになっていて、アパートには見知らぬ三世代家族が住んでいます。

現在の住人は、突然訪ねてきた元の所有者を警戒し、自分たちが入居したときには空っぽで何も残っていなかったと言い張ります。でも実はあれもこれも、かつて父の一家が使っていた生活用品です。この一家は、父らが強制的に追い立てられたあと、調度品や日常品ごと、このアパートを我が物としていたのです。

しかし今や、この住人一家は、民主化、自由化の大波のなかで、おそらく仕事を失ったり、物価の高騰に追いつけるほどの収入を得られなかったりしているのでしょう、かなり困窮している様子です。彼らや、町の広場でなけなしの持ち物を売るポーランド女性は、社会や経済が激変した時代の庶民を象徴しています。主人公父娘が滞在する高級ホテルの豪華さや、そこに集う人々、ホテルで開催される(?)ミスコンテストに出場する華やかな若い女性たちとは対照的です。

ホテルと言えば、父はチェックインするときに、娘との続き部屋にやたらとこだわります。これも家族と離れることを怖れるトラウマ的なものなのか、すべてを奪われて出てきた故郷に対する一種の仕返し的な感覚なのか、娘との旅行で浮かれているからなのか、そのどれもなのか?

この作品での1991年のポーランドの町の様子は、かなりリアルに思えました。よくこんな煤けた感じが出せたなあと感心します。私がポーランドに行ったのは数年前ですが、1989年のソ連、1990年代初頭のチェコスロヴァキアとハンガリーの雰囲気を感じて懐かしさを感じました。

作中、父と娘はアウシュヴィッツにも行きます。アウシュヴィッツのことを「博物館」と言う人に「博物館ではない、強制収容所だ」と娘(のちに父も)は食ってかかります。たしかに生還者やその子孫には違和感があるでしょうね。私もバスでアウシュヴィッツに行ったときに、「ミュージアム行く人はここ」とバスの運転手さんが言ったときに、「ミュージアム!?」と感じました。実際、アウシュヴィッツはポーランドの国立のミュージアムなのですが。

サバイバーの人はゴルフカートのような車で収容所の敷地を回れるサービスがあるというのは知りませんでした。パンフレットによると、このサービスは今もあるのだそうです。

そのパンフレットですが、アウシュヴィッツの見取り図や、現在の様子も掲載されています。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所跡は世界遺産なので、かつてのまま保存されています。そのため、私が2018年に行ったときとまったく景色は変わっていません。あまりに変らないのは、やはり特別で特殊な場所だからだなと思いを馳せました。

この映画、ホロコースト・サバイバーとその子孫(今回の場合は2世代目)が、過去にどう向き合うかというテーマですが、コメディタッチなので、くすっと笑いながら観ることができます。

主人公らと旅を共にする人たちも親切で温かく、ポーランドに本当にいそうな感じ。特に、運転手さんと、ホテルのポーター君はとてもいいキャラでした。

彼らの優しさや協力で、父と娘の旅がどう終わるのか、旅の終わりのたからものとは何なのか。ぜひぜひ鑑賞してほしい作品です。

昨年公開の「リアル・ペイン」も似たテーマ。こちらはおばあさんの出身地を正反対な性格の従兄弟で巡る作品です。こちらもおすすめ。








# by chekosan | 2026-01-25 18:02 | 映画、映像 | Trackback | Comments(0)

タイトルを見てギョッとする人もいるかもしれません。歴史修正主義というと、過去の加害行為の存在を否定したり、植民地主義や戦争責任を矮小化したりする動きに対して批判的に使われることが多い言葉です。でも、<歴史を修正する>というのは、もともとは、「歴史に関する定説や通説を再検討し、新たな解釈を示すこと」です。

本書は、アメリカ文化やミュージアムの研究者である著者が、2024年5月から25年3月にかけてイギリスやアメリカなどのミュージアムを巡り、観察したフィールドワークの成果です。

これまで支配的な歴史記述に反するとして排除されてきた議論や歴史観を取り戻そうとするミュージアムの試みを専門家の知見をもって紹介していますが、堅苦しくなりすぎないよう配慮されています。


書評『歴史修正ミュージアム』@関西ウーマン信子先生のおすすめの一冊_b0066960_17210515.jpeg

# by chekosan | 2026-01-13 17:33 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)