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by chekosan

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入手が遅れて後回しになっていた『日本人に救われたユダヤ人の手記』を読んだ。リトアニアで生まれ育ったユダヤ人少年が、ホロコーストを生き抜いた回想録である。

ソリー少年の一家は日本領事代理だった杉原千畝と交流があったため、杉原関連本には必ずといっていいほど引用される本である。というと、杉原ビザで欧州を脱出した話かと思えるが、そうではない。ソリーの一家は、杉原の忠告を受けながらリトアニア脱出になかなか踏み切れなかったために、とんでもなく過酷な体験をしてしまう。ソリーと父、姉、叔母はなんとか終戦まで生き延びるのだが、ほとんどの親類縁者友人知人は亡くなってしまうのである。

ソリーと父は、敗北が避けられなくなったナチドイツの命令で、ゲットーからダッハウ収容所へ連行され、さらに収容所から徒歩で移動させられる。この「死の行進」の途中で、日系アメリカ人部隊に救出される。

というように、ソリー少年に救いの手を差し伸べた人々のなかに杉原や日系2世の米兵がいたということで、邦題は「日本人に救われた」となっているわけである。

杉原関連本には、杉原との交流部分や日系人が救出した部分のみがクローズアップされて引用されるのだが、本書はそれ以外の体験の方が断然、面白い。面白いという表現はそぐわないかもしれないが…

リトアニアにはユダヤ人社会が根付いていて、文化的、経済的に豊かなコミュニティを形成していた。ソリーの一家もそうである。事業で成功し、カウナス中心地の広いアパートで、宗教的、文化的に満たされた生活を送っていた。

ところが、ソ連の侵攻、ナチスドイツの侵攻に伴って、リトアニア人のユダヤ人への憎悪が爆発する。ヨーロッパユダヤ人を死に至らしめたのはナチス親衛隊だけではない。むしろ実行部隊はドイツが占領した地域の地元住民や、ウクライナなどから連れてこられた兵士たちであった。本書で語られているユダヤ人に対する迫害、殺害、略奪の様子は生々しく残酷で非常にショッキングである。

それでも、ソリー少年たちのいたカウナスではユダヤ人同士の結束が固く、ゲットーに閉じ込められたのちも、ユダヤ人評議会やユダヤ警察とコミュニティとの信頼関係が最後まで崩れなかった。食べるものにも事欠く状態であっても、カウナス・ゲットーでは、職業学校や文化団体、オーケストラまで活動していた。カウナス・ゲットーの生み出す物資は質も高く、生産性が高かったため、ドイツ占領下のゲットーのなかで一番長く存続できたという。

カウナスのユダヤ警察は住民側に立っており、地下抵抗組織を支援してさえいた。最後にはそれがナチスにばれて警察官たちも虐殺されてしまう。が、そうした結束の固さ、人間関係が保たれていたことは、ゲットー閉鎖後、収容所に移送されたのちもプラスの効果をもたらしたようである。

にしても、酷い。実に恐ろしい日々である。よくソリー少年や父が生き残れたものだ。まさに危機一髪を何度も何度も脱している。機転を利かせて、技能を生かして、コネや伝手を辿って、なけなしの財産をはたいて、身を隠して、、、目の前で他の人たちが殺されたり、連行されたりすることも度々ありながら、ソリーたちがなんとか生き延びたのは、精神力と運と家族や友人たちとの結束が大きいように思う。


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なお、カウナス・ゲットーも他のゲットー同様、ドイツの敗退が色濃くなって解体、焼き打ちされてしまう。ゲットーに生き残っていた人々はバルト諸国やドイツなどの強制収容所に連れて行かれてしまう。そのため現在のカウナスにはゲットーの痕跡はない。

戦後は木造住宅が建てられ、住宅地になっている。夏にカウナスに行ったとき、5万人が殺された現場である「第9要塞」(別途投稿予定)に行く途中、そうとは知らずにその地区の大通りをバスで通って、強烈に惹かれるものがあった。第9要塞で買った写真集を見たところ、まさにそのあたりがかつてのゲットーであったとわかり、後日あらためて歩いてみた。

第9要塞の受付で購入したパンフや磁石、そしてカウナス・ゲットーの今を撮った写真集。

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今、かつてのゲットーだった地区には、記念碑が立っているくらいである。


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2002年にカウナスを訪れた澤田愛子氏は、『夜の記憶』(創元社 2005)のなかで、カウナスにおけるホロコーストの記憶の留め方について批判的に記述されている。そのときは第9要塞を訪れる人も他にはおらず、高額の撮影料をとられたという。旧ユダヤ人墓地も荒れており、ゲットーの病院があったところで撮影をしていると、通行人の男性が「何かを口走って行った」という。それが何という言葉であったかは通訳者に確認しなかったというが、澤田氏の前後の文脈から、あまり良くない空気を感じ取ったのだろう。

私がこの夏(2017年)に訪れたカウナスは、そのような雰囲気はまったくなかった。第9要塞は賑わってはいないが見学者が何組もいたし、安価な入場料で、わかりやすくていねいな展示を見ることができた。

ゲットーがあったVilijanpole地区は、たしかに高級感のある中心部の通りと比較すれば取り残された地区という感じはしたが、高層ビルが建設されていたり、いまどきなスーパーが営業していたりと再開発の最中という感じであった。さらには、この地区で地図を見ていたら「何かお探しですか、お手伝いしましょうか」と英語で訊いてくれる人があったり、「日本人か? 日本はいいねえ」とわざわざ自転車を停めてニコニコと声をかけてくれる夫婦に出会ったりもして、むしろ友好的、歓迎されている雰囲気を感じることができた。

リトアニアはEU加盟(2004年)に向けて、過去の歴史の再評価に取り組んだ。今もそれは続いている。自国の「負の歴史」に向き合って、さまざまな整備を施し、外国から多くの人を受け入れるようになってきたことの表れかもしれない。

いずれにせよカウナスにおけるポグロムとホロコーストの歴史については、もう少し調べてみたい。見損ねているところもまだまだあるので、もう一度行きたいと思っている。


つづく


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by chekosan | 2017-09-24 12:28 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
カウナスの中心から、杉原記念館へは徒歩で行きました。

というか、そもそもカウナスのメインストリートは歩行者&自転車のみ通行可で、公共交通機関はそれを取り巻くようにしか走っていません。おかげで安心して散策ができます。

てくてく歩いていると、ギムナジウムがありました。ところが、その敷地内に小さな子向けの遊具があるのです。


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カウナスは歩いて回れる街のサイズのわりには、いろんなところに子ども向け遊具が設置してあります。夕方以降は子連れで散策するママやパパも実にたくさん見かけました。ここなら子育てしやすそうだなあと感心してたのですが、高校の敷地に遊具というのはさすがに謎。

帰国後、リトアニアに関する論文を根こそぎ集めて見ているなかで、その謎は解明されました。

リトアニアの学校が日本と大きく違っているのは、小学校から高校までが、同じ敷地・建物に入っているということです。ですから、学年にかかわらず地域での子どもたちの結び付きは自然に強くなり、放課後は、小学校、中学校といった枠を超えて、みんなでバスケットボールなどをして遊んでいます。」(デヴェーナイテー・ヴィオレッタさん談「わたしの国の学校教育②リトアニア共和国」『学校経営』2004年2月号)

ちなみに、リトアニアでは「教育は無料」という方針のもと、教育機関は大学を含め、基本的に国立だそうです。学制は、2001年から、小学校4年、中学校6年、高校2年の12年制で、義務教育は中学校(「基礎学校」)までですが、ほとんどの人は高校(「中等学校」)まで進学しているそうです。

なお、外務省の「諸外国・地域の学校情報」のリトアニアページによれば、

「当国教育法により、16歳以下の児童は外国人であっても就学を義務付られている」「外国人に対する言語特別指導 有り」「当国教育法が外国人子女の教育を受ける権利を保証しているため、当国現地校への入・編入学には特段の支障は無い」そうです。

つづく




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by chekosan | 2017-09-17 14:24 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
今回の最大の目的は、杉原千畝ゆかりの場所に行くことでしたので、宿も杉原ゆかりのホテルメトロポリスにしました。

リトアニアに侵攻してきたソ連からの度重なる要請により、日本領事館を閉鎖し、出国することになった杉原一家が、数日間休養のために泊まったホテルです。ここでも杉原は、日本の通過ビザを求める人々に書類を発行したと言われています。

カウナスの中心地、新市街にあるホテルメトロポリス。今でも現役のホテルです。入り口側には、杉原を記念するプレートがかけられています。プレートは2015年、「命のビザ」発給75年を記念して、こちらとカウナス駅に掛けられたようです。

カウナスの観光地ではほとんど見かけなかった日本人も、ここでは何組かお見かけしました。


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このように、ホテル外側のプレートには日本語の説明まであるのですが、館内には特に何も案内はありません。ホテルのパンフレットにも載っていません。当時の宿帳が現存していないため、杉原一家がどの部屋に泊まったかもわからないようです。


内部はクラシックな雰囲気が残っています。でも思いのほかロビーは小さかったです。


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階段のステンドグラスを毎朝毎夕、眺めながら上り下りしました。そう、このホテルにはエレベーターがないのです。全体に古びています。そのため一等地にしては破格のお値段だと思います。


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団体さんが利用することも多いようです。大型バスがよくホテル前に停まって荷物の出し入れをしていました。どこにそんなに収容できるの?と思いましたが、実はこのホテル、奥が深~いのでした。行けども行けども部屋があるのです。

一枚目の濃いピンクの壁の建物だけかと思いきや、下の写真の薄いピンクの建物にもつながっているのです(下の写真の右奥がピンクの建物になります)。

通りに面したレストランは超人気で、いつでもお客さんでいっぱいでした。カウナスの夏の夜は長いので、深夜日付が変わるころまで、実ににぎやかでした(^^;


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ちなみに、カウナスの中心部は3階建てくらいまでで高さが統一されており、たいへん美しい街並みです。

さて、到着から4泊したお部屋は、ステンドグラスの階段を3階まで上がった真ん前。4人まで泊まれる2ベッドルームでした。そこしか空いてなかったからのようですが、もちろんチビッコと2人では使いきれません! 一部屋はバスルームに行くために通り過ぎるだけとなりました。それでも1泊1部屋8千円(朝食別)くらい。贅沢~。

もっぱらメインベッドルームを使いました。ここにデスクや冷蔵庫があったので。奥の扉は第2ベッドルームに続きます。以前は左にも部屋が続いていたようです。今はそのドアは閉じられていました。

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第2ベッドルームはまるっきり使いませんでした。

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さらに小部屋に続く扉があります。小部屋にはタンスと鏡だけ。贅沢な空間の取り方。

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小部屋の奥にようやくトイレ、そしてバスルーム。バスルームエリアで大きな声を出しても、ベッドルームに声が届かない。。。


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バスルームには温水パイプによる暖房が入っていました! リトアニア、夏はわりと暑くなるので、お部屋には冷房が欲しいくらいだったのですが、バスルームは確かに天井が高くて体が冷えそうになるので暖房があるくらいで良かったかも。

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タオルが少々お見苦しゅうございますが、、、このレトロなバスルームも、もしかするとモダ~ンに改装されてしまうかもしれないのでアップ。右手の温水パイプはタオルや洗濯物がカラッと乾くのでありがたかったです。


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このホテルはすべてこういうレトロな部屋かというとそうではなくて、ヴィリニュスに移って、また最後に戻ってきたときに1泊した部屋は、改装してモダーンになっていました。

こちらは、はじめのお部屋の向かい側です。床は板張りでやはりギシギシってましたが、設備は最新のものが入っていました。

はじめの部屋に比べると小さく感じますが十分広いです。日本のホテルの部屋が小さすぎるのかもしれないですね。
あとからバスルームエリアを付け足したのか?、丸い柱状のバスルームエリアをぐるっと回れる造りになっていました。



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壁に昔のカウナスの街並みがプリントされている。。。白い壁でもいいように思うのですが、部屋が広いのでうるさくはないです。


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シャワーブースでバスタブはなかったけど、チビッコにはシャワーが使いやすいと好評でした。まあ、やはり設備は新しい方が何かと使いやすいですね。


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というように、不思議なくらい部屋によって改装の度合いが違ったのですが、レトロなVIPルーム(?)と、最新の設備の部屋と、どちらも泊まれて面白かったです。そのうちレトロ部屋も改装するのかな? そうするとお値段上がっちゃうかも? 

朝食は一人3ユーロです。私たちは朝食抜きのプランで予約しましたが、その場、その場で払えばOKでした。

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とにかく場所がいいし、お値段もお安いので、なかなかお得なホテルだと思います。ただし、繁華街にあるので、夏は深夜までにぎやかです。とりわけ金曜の夜は…!! 静かでないと寝られない人は静かな部屋を指定されることをおススメします!


つづく






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by chekosan | 2017-09-16 16:47 | リトアニア | Trackback | Comments(0)

ちっとも進まないリトアニア旅行記。やっと1日目の記録。未完の大作になりそう。

さて、今回の旅の最大の目的は、カウナスの杉原記念館に行くことでした。

杉原記念館は、1939年に日本の外交官、杉原千畝が開設し、1940年7月末から8月にかけて、主にポーランドからのユダヤ難民に2139通の通過ビザ、いわゆる「命のビザ」を発給した元日本領事館の建物です。

日本領事館が閉鎖されたあとは共同住宅として使われていましたが、1999年、リトアニアとベルギーの知識人や実業家が「杉原『命の外交官』基金」を創設、2000年に杉原記念教育センターを設立しました。以来、この基金(NPO)が管理運営しています。



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杉原記念館は、カウナスの目抜き通りの東の起点となる聖ミカエル教会から1キロあまり、徒歩で15~20分ほどの少し小高くなった住宅街にあります。市街地からは思いのほか近いです。

建物は日本の二世帯住宅くらいのサイズです。前庭はほとんどなく、建物の前はすぐ道路という感じで、連日何百人という人が押し寄せてきたときは、相当な圧迫感であっただろうと思いました。


緑のコンテナが置いてある左手が杉原記念館。ごくごく普通の住宅地。


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訪れたときは外壁の改装中だったので、全体像がわかる写真が撮れなくて残念でした。



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クラウドファンディングによる修理の真っ最中。ある意味、貴重なときに行ったのかもしれません。


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日本語が堪能な受付の青年によれば、見学者はほとんどが日本人とのこと。ゲストブックの記帳もほとんどが日本語で、まれにヘブライ語や英語が見られました。

寄付金箱に入っているのも、ほとんど日本の紙幣。



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カウナスでの計5日ほどの滞在中、鉄道駅と、杉原がリトアニアを退去する直前に泊まっていたホテルメトロポリス以外で日本人を見かけることはなかったのですが、同館のゲストブックでは間を置かず日本人が訪れています。私たちが同館にいた1時間ほどの間にも3組ほどが訪れていました。

ほとんどの日本人観光客は「杉原詣で」を目的としてカウナスを訪れているのではないだろうかと思われます。

記念館の受付には、お土産ものも置いています。杉原や、同じく難民にビザを発給したオランダ領事のツバルテンディクの写真を用いたもの、領事館の公印をデザインしたリネン製品(リネンはリトアニアの特産)など種類も多いです。質、デザインとも良く、価格もそこそこします。

後に訪れた施設には書籍のみか、施設の外観を刷った葉書やマグネット程度しか置いていなかったのに比べると、杉原記念館には商売気があるように思えなくもないです。

が、同館は人を助けこそすれ抑圧した場ではないし、ここはいわば「聖地」、「聖地」にはお土産はつきものでしょう。

また、同館が国家からの援助を受けず寄付で賄っている施設であることを考えれば、民間の力だけで歴史的建造物を保存、活用する財源を自館で確保する例として参考になるかと思います。



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絵葉書、ピンバッヂ、封筒、マグネット、Tシャツ、バッグ、チョコレート、冊子などいろいろありました。ちなみに、杉原記念館のお土産は日本円で購入することができます。



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つづく



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by chekosan | 2017-09-15 22:41 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
「関西ウーマン」に掲載していただいている書評「信子先生のおすすめの一冊 」、今月は故・米原万里さんの『旅行者の朝食』です。食べものにまつわるエッセー集です。

米原さんの本のタイトルはひとひねりあるものが多いですが、本書もそう。表題の意味は米原さんの本でぜひ確かめてください。


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ところで、今月から書評にもタイトルが付くようになりました。「コイとハルヴァと少女と私」。米原さん風に、こちらもいろいろ掛けてあります。(=´∀`)

ちなみに、私が見つけたハルヴァをこっそりアップしておきます。食べた感想は、、、書評本文で!


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by chekosan | 2017-08-19 11:47 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
昨年8月のベルリン、プラハと、今年のリトアニアには、下の息子(小学5年生、10歳)を連れて行きました。順番からいくと今回は兄(高校1年生)にしたかったのですが、予想外に夏休みの登校が多く、今回も弟に。


1)何を見るか、どこを回るか、何をさせるか

昨年はまだ9歳、体も小さく、歴史や英語の知識もぜんぜんありませんでした。一年経って、背は少しは伸びましたが、そう劇的に変化があるわけではありません。

しかも、あくまで目的は私の教育、研究のための素材探し、資料集め、現地確認です。秘密警察の拘置所跡だの強制収容所だの博物館だの、子どもには辛気臭いおどろおどろしいところが主たる見学先になります。

でも、普段から私の積んでいる本や、鑑賞している映画をちらちら見ているので、前回も今回も、「おっかあの仕事が優先やし!」と特に抵抗なく、どこにでもご機嫌でついてきました。

さすがに虐殺シーンなどが写真で出てきそうなコーナーでは、このあたりは見なくていいよ、見ない方がいいよと予告するなどの配慮はしています。

それにしても行き先があまりにも子どもらしくないかなとも思いますが、そもそも、子どもにとっては、自分のまちを離れれば、日本国内であっても驚きの連続、発見の連続です。

ベッドタウンの新興住宅地で生まれ育った息子は、空港に向かう特急列車の窓から見えた二戸イチならぬ4戸イチの住宅を見て「いま家がつながってたで!」とびっくりするくらいです。ましてやヨーロッパをや。何を見ても新鮮です。

とはいえ、大人でも相当興味がなければ鬱陶しいだけのマニアックなところばかり回りますから、ただついてこい、静かにしていろというのでは苦痛でしょう。

そこで、子どもにはデジカメを持たせて、どんどん写真を撮らせました。昨年は子の撮った写真は使いものになりませんでしたが、今年はずいぶん上手になっていました。

もちろん、資料として、きっちりぶれなく漏れなく撮りたいところでは、私がデジカメを使って撮影します。デジカメの方が撮れるスピード、質、枚数、バッテリーのもちが断然良いと思います。シャッター音もさせずに済むので、周囲にも迷惑がかかりません。

子ども自身が撮った写真には、私には見えていなかった街の様子が収められていることもあります。体が小さいということもあって、子どもの目の付けどころや見えているものは文字通り大人とは違うので、スレた大人の私にも新鮮な発見があります。これは小さな子どもを連れて行く利点です。子どもをダシにして、私一人では若干ためらわれる写真を撮ることもできます。

例えば、小5になっても遊具や公園は気になるようで、見つけると漏れなく吸い寄せられていました。それによって、私も、その街で子どもがどう暮らしているかという観察の視点が追加されました。

リトアニア第2の街カウナスには、次の写真のような遊び場が歩ける範囲にいくつもあり、子育てしやすそうな雰囲気がありました。

そういう街はやはりほかのところにも目と手が細かく行き届いています。緑や花やベンチや噴水やゴミ箱なども多く、よく掃除や手入れがされています。おかげで、ただ歩いているだけでも気持ちが良かったです。

これは目抜き通りの突き当り、大きな聖堂前の広場です。お揃いの反射ベストを着て遊びにきた子どもたち。就学前の幼児か?



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上の写真とは別のとき。学童くらいの子どもたちが引き上げていくところを見送る息子。


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アイス屋さんが、わたあめも売っていました。息子も欲しがりましたが、これは阻止。残すに決まっている(笑)


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2)もったいないくらいスケジュールはゆったりと

息子は普段から早寝早起きで、小学校が遠いので、重いリュックを担いで2キロや3キロ歩くのには慣れています。が、その分、夜は電池切れになります。

いろいろなものに目をとられ、立ち止まり、撮影し、道に迷い、アイスを食べ、、、などとしていると、そうはたくさん回れません。

ヨーロッパでの外食は日本よりも時間がかかります。慣れないところを歩き回るので、普段以上に休憩が必要です。

今回は、息子が到着後2、3日は思いっきり時差ボケになっていたので、朝からその日のメインの目的地に行って、お昼は外食、いったん宿に帰って休憩。息子は昼寝。夕方からまた少しだけ散歩や食事というパターンが多かったです。

夏のリトアニアは21時半くらいにならないと暗くならないので、夕方からの外出も危険なくできました。それでも、息子は8時には眠くなり、9時にはぐっすりだったので、私も夜は宿で家計簿をつけたり、その日の記録をアップしたり、次の日の計画を立てたりしておとなしくしていました。

気力体力体調維持を考えると、大人も無理をしない方がいいと思います。日本で家族や友人とお出かけするときでも、一日にできるのは、せいぜい展覧会を2つ観て、食事とお茶くらいするくらいではないかと思うのです。いろいろ回りすぎると、どこに行ったのか、何を見たのかがごっちゃになって、消化しきれないように思います。

私は初めて海外に行ったのが、40日ほどのロシア語研修で(当時はまだソ連)、うち4週間ほどはレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の外国人専用ホテルで半日授業、半日はエクスカーションでした。それでもレニングラードを見尽くしたようには思えませんし、語学研修が終わってからのモスクワやキエフに至っては、ほとんど記憶に残っていません。

まあ当時は写真はネガで、ビデオも普及していなかったので、年月とともに記憶は薄れる一方で、なんでも大量に残せる今の時代とは条件が違うのですが。

そんなわけで、今回も、9泊11日で2都市のみ。カウナスで4連泊、ヴィリニュス4連泊、最後にまたカウナスに戻って同じ宿に1泊しました。

カウナスは日帰りで十分という人もありますが、たしかに、大人だけで一通り歩くだけならそれも可能です。でも、たいへん快適な街なので、可能ならばぜひゆっくり滞在されることをおすすめします。

私は、カウナスもヴィリニュスもまだ足りないと思いました。リトアニアに数か月くらい滞在できるような仕事のクチはないだろうかと思いました(思っています)。


カウナスのメインストリートには、滞在中に、こんな滑り台も出現。こちらは有料です。息子は興味津々でしたが、結局恥ずかしがって滑らず。

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これも滞在中に出現。日本のショッピングモールでも走っていますが、電気の汽車(もどき)です。カウナスのメインストリートは歩行者と自転車(緑のレーン)のみ通行でき、しかもとてもゆったりしているので、この汽車くらい問題なく通れます。私がちょっと乗りたかった(笑) 汽車はヴィリニュスでも大聖堂の広場周辺を走っているのを見ました。


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3)何をどれだけ持っていくか

<洋服>
「旅の準備」編にも書きましたが、息子は体が小さいので、荷物は極力軽くしています。でも、洗濯に追われるのもしんどいので、洋服はある程度の数は持っていきます。目安は、上下、肌着とも、日数の半分くらいずつ。毎日写真を撮るので、同じ服は2回くらいでとどめたいところです。

後半の宿は洗濯機付きのアパートメントタイプに。前半は手洗いしました。今回は、ひどく暑くもなく寒くもなく、湿度が低くて過ごしやすかったので、これくらいの枚数で程よかったです。

<靴>
靴はかさばるし重いのですが、大人も子どもも履きなれたものを複数持っていくようにしています。雨や汚れや傷みを考えるとやはり替えは必要かなと思います。今回は、息子の靴の一足が最後の方で破れたので、最後に捨てて帰りました。

<食料と水分>
食べ物もある程度持っていきます。息子の大好きなお菓子、白米パック、インスタント豚汁などなど。何よりも持っていって良かったのは、伊藤園の水出しができるほうじ茶ティーバッグです。我が家では一年中やかんに番茶を作って飲んでいるので、近い味のものにしました。水でも香りがよく出て、これはヒットでした。20パック入り、すべて使い果たしました。開封時に粉が飛ぶので、それだけは注意です(笑)

前半のカウナスのホテルに湯沸かしグッズがなかったのは誤算でしたが、そこそこ暑いわりには部屋に冷房がなかったので、ガスの入っていないミネラルウォーターをせっせと買って、ほうじ茶を作りました。

外出時には、持っていった水筒に水出しほうじ茶を作って持ち歩きました。食事のときには100%ジュースを注文したりしたので、結果的には湯沸かしグッズがなくても大丈夫でした。

後半の宿ではキッチンが整っていて、気温もやや下がったので、お湯をどんどん沸かして、宿が置いてくれていた紅茶や、持っていったインスタントコーヒーも飲みました。
お茶タイムがとれたことで、ずいぶんくつろげました。やっぱりお湯が沸かせるのはいいなと思いました。



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<娯楽、勉強、ヒマつぶし>
息子は文庫本を6冊ほど持っていきました。旅のはじめの方は、空港へ向かう電車、空港での待ち時間、機内などヒマな時間がたくさんあります。はじめの2、3日で持っていった本は読んでしまいました。そのあとは日中歩き回ってバタンキューだったので、宿のテレビでアニメをほんの少し見たくらいでした。

夏休みの宿題も持っていきましたが、予想通りほとんどやらず。一行日記を書いていたかなというくらいです。葉書を出すというのも宿題の一つだったので、現地から学校の先生方、ピアノの先生、自宅に絵葉書を出しました。

絵葉書を買い、文面を考えて書き、郵便局を探して切手を買って投函するだけでも、子どもにはちょっとした「仕事」になったかなと思います。なお、自宅への葉書は1週間ほどで届きました。

カウナスの郵便局。カッコイイ。内部も素敵。ここで切手を買いました。


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4)子連れのメリット

小学生くらいの子どもを連れていると、邪険にされたり怪しまれたりされることは、まずないです。どこでも優しくしてもらえます。大人だけだと見落とすこと、気がつかないことに目がいくということも多いです。何より親子で同じ経験を共有できることが大きいです。

私の場合、下の息子は小さいときからほったらかしだったので、二人きりの旅は貴重な時間です。父親や兄が大好きな息子も、旅先では頼れるのは母だけ。私も話し相手は息子だけ。蜜月です。

そういえば、パネリアイという村に行ったとき、森からガサガサとナイフを持っておじさんが出てきて、一瞬ドキッとしました。どうやら葉っぱを採っているようだったので、ホッとして「あ、葉っぱを採ってはるんか」とつぶやいたら、「『そうだ、葉っぱを売ろう!』やな」と息子。なぜ知っているのかと聞いたら、「本棚に本があったから、ちょっとだけ見てん」とのこと。

子どもは案外、見ている。教えなくても吸収していて、それらが繋がるときがあるんだなと感心した次第です。

月日が経てば忘れるかもしれない。でも、旅先でもいろいろ吸収してくれているんじゃないかな、それで十分じゃないかなと思います。


リトアニアのニャンコにじゃれてもらう息子。



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カウナスのお城跡で、現代アートな壁画を狙う息子。空がきれい。


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つづく。

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by chekosan | 2017-08-17 15:29 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
8月1日から11日まで、リトアニアのカウナスとヴィリニュスに研究のための調査旅行に行ってきました。お供は下の息子(10歳、小学5年生)です。

昔はマメにヨーロッパに行っていたのですが、1999年にチェコへ行ったあとはピタッと止まっていました。すっかり出不精になり、飛行機怖い、海外億劫になっていたのですが、フランクフルトの友人の赤ちゃんが赤ちゃんのうちに会いたくて、昨年2016年3月に上の息子と行ってきました。

すると、もっと行きたいという欲がわいてきたので、昨年8月、今年と同じ日程で、下の息子と二人でベルリンとプラハに行きました。

2回のドイツ訪問のときには、友人と、その友人が通訳や案内をしてくれました。プラハは勝手知ったる街なので問題なし。

しかし、今度は案内人もなし、リトアニア語は一切わかりません。が、前期授業、広島日帰り出張、下の息子のピアノ発表会、本務校の成績報告などにバタバタしているうち、関空に着いていました。

でも、リトアニア、まったく不安に思う必要はありませんでした。美しい街、穏やかな雰囲気、抜けるような青空にすっかり魅了されて帰って来ました。

ということで、リトアニアの魅力と、旅の記録やTipsを忘れないうちに書き留めておきたいと思います。私が助けられたように、行ってみたいなと思われる方の参考になれば幸いです。


1)航空券

今回は、ドイツに行ったときにお願いした旅行会社では、日程や価格で条件の合うチケットが取れませんでした。HISなどの格安航空券のサイトなどでも同じでした。

ふと航空会社なら残っているかもと思い、欧州への飛行時間が短いフィンランド航空(フィンエアー)のHPで探してみました。すると、値段もほどほどで、少し追加料金を出せば席の指定もできるとわかりました。これが大正解でした。飛行時間が短いのはやはり楽です。またフィンエアーを使いたいと思いました。

今はインターネット上で申し込みから、オンラインチケットの発行、前日からのチェックインまでできます。オンラインでチェックインをしておくと、ボーディングパス(搭乗券)が発行されてメールなどに届きます。これを紙に印刷するか、スマートフォンなどに保存しておいて提示すればOKです。

早めにオンラインでチェックインしておくと、空港カウンターで荷物を預けるだけの人専用窓口に直行できます。旅行シーズンの大きな空港では、待ち時間が相当短縮できます。また席もオンラインチェックインのときに指定できます(航空会社のクラブメンバーに登録した場合だけかもしれません)。

私たちは、往路はボーディングパスも紙に印刷していったのでスムーズだったのですが、復路は印刷ができなかったため、私と息子の分をそれぞれ、iPad と iPhone で提示しました。すると、サイズの問題で、iPhone の方はうまく感知してくれませんでした。そのため、iPad でもう一人の分も提示しました。

ヘルシンキでの乗り換えのときには、空港職員がすぐにPCで確認してくれて事足りました。結果的には、どこもすぐに通れたのですが、電子機器に保存したボーディングパスだけだと、そういう小さなつっかかりがあるかもしれません。できれば紙でも印刷しておくと確実かと思います。


2)宿の手配

昨年3月のフランクフルトの宿は、友人の家に近いホテルにしました。友人が直接、ホテルに電話で予約をしてくれました。最後に引き上げるときにクレジットカードで支払おうとしたところ、カードが通らない。現金はさほど残していませんでしたから、どうしようかと青ざめましたが、友人が立て替えてくれて、後日友人の口座にお金を振り込むことでしのぎました。VISAカードでもこういうことは結構起こります。おそらく番号を打ち込むなどしてくれればいけるはずだと思うのですが。


昨年8月のベルリンとプラハは、9歳息子を同行させるので、自炊ができるアパートメントタイプの宿を探したいと思いました。いくつか予約サイトを見比べて、Booking.com で予約しました。ここは見やすくて、説明がていねいで、手順もわかりやすくて使いやすいと思います。今回のカウナスとヴィリニュスの宿もここで取りました。宿への連絡なども迅速で、トラブルなどはまったくありませんでした。

今回は、どちらの宿でもチェックイン時にVISAカードで支払いました。まったく問題なくスムーズでした。

ちなみに、今回は2人で計9泊(朝食代別、税込み)で総額505ユーロ(1ユーロ125円だと6万3千円強)でした。一人1泊3500円くらいということになるでしょうか。


3)お金の用意

現金をたくさん持ち歩きたくはないのですが、クレジットカードは使えなかったり、通らなかったりすることもあります。クレジットカードからお金を引き出すこともできるはずですが、私はうまくできませんでした。

そのため、やはり現地では日本で持つくらいの現地通貨を持つ必要があると思います。まずは当座必要になりそうな額を出発前か出発時の空港ででも作っておくと安心かと思います。

ドイツやチェコやリトアニアでは、空港や駅、市中で簡単に両替できます。昔はパスポートを提示していた気もしますが、いまはさっさと交換してくれます。ほとんど時間はいりません。

今回のリトアニアでは、首都ヴィリニュスの鉄道駅横の両替センターでも、市内の銀行でも、地方都市カウナスの小さな両替屋でも、レートや手数料はほぼ同じでした。

プラハでは店や銀行によって、手数料にかなり差がありました。比較してお得なところでする方がいいと思います。

物価は、ドイツは日本と同じような感覚、プラハはものによってはやや低いですが、外食などは案外かかります。

リトアニアは宿や交通運賃は安いですが、外食は高くはないという程度で、お土産ものはそこそこかかるという感じでした。元共産圏でも、今は意識して節約しないと、そこまで安く済ませるのは難しいように思います。

なお、公共交通機関や博物館では、子どもや学生は割引料金が適用されることが多いです。ただし、その線引きが9歳だったり、10歳だったり、なんの学校に通っているかだったりするようでした。

リトアニアの鉄道は、10歳は大人と同じ料金と言われましたが、バスは半額だったような。博物館なども半額くらいでした。いずれにしても、現地の言葉がわからなくても、どこでも英語に切り替えて必ず子どもの年齢を確認してくれました。


4)下調べとスケジュール設定

子連れとはいえ、私の教育・研究のために社会教育施設や歴史的な出来事があった現場を見に行くのが主たる目的ですので、そうしたことに関する下調べはしました。関連する書籍を読んで、行くべきところを洗い出すという感じです。

美術館や音楽会やエンターテインメントは、はじめから計画しませんでした。子の気力、体力の問題もありますが、見てきたことをじっくり咀嚼するには、あまり1日にいろいろ詰め込むと印象が薄れるからです。

また、書籍や資料を入手すると、それらを宿に運んで確認したり、あるいは郵送したりするのにも結構な時間がかかるからです。

実際、今回は特に行く道すがら面白いところを発見したり、行ってからこれはという施設を見つけたりしましたので、ゆるめに計画しておいて正解でした。結果的には、想定の3倍くらい、みっちり見て回った感じです。


5)地図、ガイドブック、通信手段、撮影道具

リトアニアを扱っているガイドブックは少ないので、『地球の歩き方』だけ持っていきました。絶対ここは行きたいというところや、『歩き方』に載っていないところは、インターネットで下調べしておきました。

実際に動くときには、現地の観光案内所で手に入る地図が役立ちました。紙一枚ですし、『地球の歩き方』よりも広範囲をカバーしていたり、通りの名前が細かく出ていたりするからです。

惜しまず写真を撮りたかったので、iPhone と iPad とデジカメを持っていきました。さすがに3台持ち歩いていると、バッテリー切れや容量不足にはなりませんでした。

デジカメには、16GBのSDカードを入れ、さらに予備で16GBのSDカードを持ち、予備のバッテリー1個を持っていきました。デジカメでは2300枚ほど撮影しました。

残り2台で1800枚くらい写真を撮りましたが、こちらの充電は宿でしただけです。ただ、小さい街なので、朝出かけて行って、午後に一度宿に帰って一休みし、夕方また出かけるまで充電するということはありました。

宿はwifiがあるところを選びました。街歩きや移動のときのためにwifiルーターを借りるかだいぶ迷ったのですが、ヨーロッパだと値段がかかること、準備に時間が取れなくて安いプランは閉め切られていたことなどで、持っていくことができませんでした。

が、wifiルーターがなくて困ったことは、ほぼありませんでした。カウナスからヴィリニュスに移動するときに、電車の到着時間が検索よりも遅くて、宿のオーナーとうまく落ち合えなかったときくらいです。そのときは、最寄りの観光案内所でwifiに繋いで、メールで連絡をとりました。

普段からグーグルを頼りに歩くということをしたことがないので、街歩きは宿で行き方を調べて経路をスクリーンショットで残し、それをときどき確認するなどしました。もしくは、紙の地図で確認しながら歩きました。

空港や、空港へのバス、カウナスーヴィリニュス間の列車ではwifiが快調に繋がりました。カウナスのメインストリートのベンチには、公共wifiの案内板がかかっていましたが、これはうまくつながりませんでした。

というわけで、今回は結果としては、wifiルーターはなくても大丈夫だったのですが、あると安心かなとは思います。


6)荷造り、スーツケース

子が華奢なので、中型と小型のスーツケースにしました。子のスーツケースには、お菓子や食料、折り畳み洗面器やハンガーなど軽いものばかりを入れました。帰りは食料がなくなったので、お土産を入れました。私の方には2人分の衣類や靴など重いものを入れました。

行きは14.60キロと6.60キロで2人で21.20キロ、帰りは17.60キロと10.00キロで27.60キロだったので、6.40キロ増えたことになります。それでも、フィンエアーの重量制限は、1人23キロなので、2人で一人分くらいで収めることができました。

これくらいだとエレベーターのないホテルの3階でも、私たちでもなんとか上げ下ろしができます。まあ本当は子がもう少し大きくなって、自分のものは自分で持ってくれれば楽なのですが。

なお、たくさん買った本は郵便局で送りました。


つづく

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by chekosan | 2017-08-15 00:20 | リトアニア | Trackback | Comments(0)