中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan

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新聞2紙の映画評を頼りに、東欧に関係のある映画をチェックしているのですが、新聞が積ん読になっちゃってて、ゲゲもう終わっちゃったかな!と焦ることがあります。

が、私が観たいと思うようなのは、東京や大阪の後、順次公開というものばかりなので、京都はまだまだこれからということが多いです。

大阪、神戸、京都でズレてやってくれていると、一番都合の良いときに都合の良い場所で観ることが可能なときも。

今回メモしたのはいずれも京都ではこれからのもの。╰(*´︶`*)╯ うまく時間が取れるといいな。


オン・ザ・ミルキー・ロード

君はひとりじゃない


甘き人生



ブルーム・オブ・イエスタデイ



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by chekosan | 2017-10-16 13:22 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
「シンドラーのリスト」をDVD特典映像「生存者たちの声」とともに観ました。

スティーブン・スピルバーグ監督のアカデミー賞受賞作、ホロコースト映画の代表のような作品です。公開当時から話題になっていたのに、20年以上経ってようやく観る気になりました。

シンドラーはもっと「白い」善人として描かれているのかと思っていましたが、決してそうではないのですね。遊び上手のプレイボーイ、酒と女と贈賄で大儲けするやり手経営者。

ところが、廉価な熟練労働者を確保するという理由でユダヤ人を雇用し始めたはずが、そのうち彼はその理屈が通らないような人まで雇うようになります。お金を積んで、危ない橋を渡って、ユダヤ人労働者たちを家族ごと雇用するのです。

いよいよその手も使えなくなるかという事態に陥ると、蓄財を投げ打って自分の故郷に軍需工場を稼働させる名目で、1000人以上のユダヤ人たちを「身請け」します。そして、建前だけの「収容所」に彼らを住まわせ、SSの立ち入りや干渉を拒み、終戦まで彼らを守り通したのです。

はじめにつくったクラクフのホーロー工場では鍋や釜をつくって儲けを出すのですが、最後のチェコの軍需工場では砲弾を造っているふりをしただけで、実際にはまったく売れるものは造っていなかったといいます。

まさに「映画のような話」なのですが、特典映像を見ると、生存者の証言と映画のなかのエピソードがぴったり合っているのです。



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◇◇◇

ところで、ホロコーストに関する回想や証言には、「なぜ逃げなかったのか、抵抗しなかったのかと聞かれるが、まさか20世紀にもなって意味なく人が人をこれほどまで殺戮したりはしないだろうと思っていた」という証言がよく出てきます。

ところが現実は、前例や想像をはるかに超えて残虐さを増していきます。とにかく何もかもを取り上げられ、むやみやたらと暴力を振るわれ、簡単に殺されます。

誰かが脱走したり抵抗したりすれば、本人だけでなく、周囲の人たちまで暴力を振るわれたり、見せしめや抑止のために問答無用で殺されされますし、そうしたことがなくても、口をきいたからといっては殺され、気に入らないからといっては殺され、あるいは特に何の理由もなく殺されていくのです。

着の身着のまま、まともに食べることもできず、圧倒的な力の差、暴力の手段の差があるなかで、虐げられている側は抵抗や反抗や逃亡などできなかったのです。そうした事実があったことを、こうした作品や生存者の証言で残していくことは大切です。そうでなければ気がつけばまた、、ということになりかねません。

ということで、スピルバーグはホロコーストや大量虐殺の生存者の証言を集め、教育に活用する活動を展開しています。すでに全世界から5万2千の証言を記録し、データベース化して閲覧できるようにしているそうです。

◇◇◇

さて、シンドラーが多くのユダヤ人を雇った工場は、ポーランドのクラクフとチェコのブルニェネツにあります。クラクフのホーロー工場の方はクラクフ歴史博物館になっていて、多くの人が見学に訪れているようです。こちらは近いうちにアウシュヴィッツと併せていきたいと思っています。




一方、チェコのシンドラー工場の方は廃墟になっています。

チェコの工場は19世紀に建てられた古い建物で、チェコで唯一現存する収容所です。戦後は国有化されて工場として使われてきました。民主化後に民営化され、車のシートカバーなどの織物工場として稼働しますが、2009年に倒産したあとは放置され、2014年に売りに出されました。

地元の作家が歴史的な文化財として保存公開するよう働きかけてきましたが、それが実り、現在の所有者と地元自治体が博物館として保存することに同意して、今後再建される予定のようです。

この工場はシンドラーの出身地にあるのですが、ここはドイツ系住民が多数を占めていたズデーテン地方です。ヒトラーのドイツはズデーテン地方、そしてチェコを占領します。戦後、チェコはドイツ系住民を国外追放します。89年の民主化後、このことは、ドイツ系住民への財産返還の問題もからまえてチェコとドイツの間の大きな問題となります。

さらには、シンドラーの若い頃の素行が良くなかったこと、ナチス党員になったことなども重なって、彼への評価や彼の工場の保存・活用については地元住民の積極的な支持を得られていなかったようです。

この工場が歴史を問い直し、後世に悲劇と教訓を伝えていく場となるでしょうか。

整備されたらぜひ訪れたいと思います。











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by chekosan | 2017-09-25 16:13 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダ監督の遺作となった「残像」を観てきました。

実在した画家ストゥシェミンスキ(1893-1952)の晩年を描いた作品です。第一次世界大戦で片手と片足を失ったストゥシェミンスキは、その後、美術を学び、画家として名を馳せます。美術館や造形大学の創設、興隆にも尽くし、学生に慕われ、周囲からの尊敬を受けていました。

ところが、ポーランドがスターリン主義に染まっていくなかで、あらゆる表現活動も「社会主義リアリズム」に基づくことを強制されます。それに抗ったストゥシェミンスキは、大学の職を奪われ、困窮し、病に伏して亡くなります。

救いのない、重い映画です。

いや、学生たちが、危険が及ぶとわかっていても、職を解かれたストゥシェミンスキの部屋に出入りして師事したり、無職となった彼になんとか職を見つけてきたり、彼の理論を口述筆記して本にしようとしたりと、ずっと慕い続けるところは救いと言えば救いです。映画パンフレットによれば、のちに口述筆記された本は地下で出回ったそうです。

大学での講義シーンや、学生たちが目を輝かせて話に聴き入るシーンは、映画「ハンナ・アーレント」を思い出しました。アーレントもアイヒマン裁判のレポートを書いたあと、激烈に批判を浴びるのですが、堂々と自説を講義します。それにうっとりと聴き入る学生たち。いいシーンでした。あとヘビースモーカーなところも被りますね。(^^;

◇◇◇

面白いと思ったのは、ストゥシェミンスキに作品の講評をしてもらおうとアパートにやってきた学生たちに対して、「どれもいい、オリジナルだから」「モンドリアンを真似しようと思うな」「自分の真似をするな」とアドバイスをするところです。

映画パンフレットにも使われている白と赤と黄色と青は、ストゥシェミンスキの代表作からのデザインですが、すごくモンドリアンと似ていると思うのです。

でも、ストゥシェミンスキの作品や理論は、どんどん進化していったようで、映画の中で描いていた2枚の絵は、モンドリアン的な画風とはずいぶん違っていました。常に自分で考え抜いて、自分の表現方法を追求しつくすことを学生に教えたかったのでしょうね。


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◇◇◇

映画では、主人公ストゥシェミンスキはもちろんですが、一人娘ニカの存在感が際立っています。父を愛し、父の体を案じながらも、母と離婚して一人暮らしの父の元に女子学生が足繁く通っていることに苛立ち、母が亡くなっても遺言だからと父に知らせず、病に倒れた父に心配させまいと友達から靴を借りて新しいものを学校の寮でもらえたと報告する、とても気丈な少女です。

とはいえ、14,5歳くらいで母と父を次々に亡くして、彼女はどうなるのだろうと心配になるのですが、無事成長し、精神科医となって両親に関する本も出版しているようです。

◇◇◇

映画のなかで、ストゥシェミンスキのデザインした美術館の部屋がペンキで白く塗られ、作品は取り外されます。彼が手掛けたカフェの壁面装飾も非情にもノミで削られてしまいます。最晩年の困窮した姿もですが、彼の作品が冒涜されるシーンが観ていてもっともつらかったです。

どんどんと彼の作品が葬り去られていくなかでイスラエルに移住するという教え子が、「我がユダヤの友へ」と題された連作コラージュ作品を預かって、皆が観られるようにしたいと申し出て引き取るというシーンがあります。どうやらこれは実話のようで、この作品はイスラエルのヤド・ヴァシェムに所蔵されているようです。(一部はクラクフの美術館に所蔵?)

他の作品はどうなったのでしょう。映画の中では、美術館の倉庫に隠されていましたが、今は一般公開されているのでしょうか。彼が手掛けた展示室は復刻されたのでしょうか。

◇◇◇

美術を学び、体制に与せず表現活動を続けたワイダ監督の最後の作品らしい題材だと思います。主人公のストゥシェミンスキは、知的で品があり、ワイダ監督と似ているようにも思えました。
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by chekosan | 2017-08-21 09:12 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
リトアニアに向かう機内で観た映画2本目。「ユダヤ人を救った動物園」という日本語題で原作が出ているようです。実話を基にした映画です。

ナチスドイツの侵攻で多大な被害を受け、閉鎖に追い込まれたポーランドのワルシャワの動物園が豚農場に転換して、それを隠れ蓑にユダヤ人300人を匿い、2人を除いて全員を救ったというお話です。

ユダヤ人を匿えば、何人であろうと匿った人まで捕まる時代に、ゲットーから人々を連れ出して数日から数年にわたって匿い、世話をするというのは誰にでもできることではありません。たいへんな勇気と知恵と行動力です。

流れもわかりやすく、しっかり泣ける映画です。ただ、ドイツに占領されたポーランドの話なのに、セリフが英語なのが残念。あまりポーランドっぽく感じませんでした。

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by chekosan | 2017-08-04 02:36 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

7月は毎週、京都シネマに行かないと!

アイヒマンの後継者



サラエヴォの銃声  → 観ました。感想はこちらに。



残像 →アンジェイ・ワイダ監督遺作  → 観ました。感想はこちらに。


ヒトラーへの285枚の葉書 → 観ました。感想はこちらに









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by chekosan | 2017-06-27 22:17 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
京都は松ヶ崎の京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催中のチェコ ポーランド ハンガリーのポスター展に行ってきました。


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大学の施設なので入場料は一般200円! 大学生は150円、高校生以下無料。ただし日・祝はお休みです。初めてお邪魔しましたが、緑が多いキャンパスだと思いました。

入ってすぐのホールから、たくさんのポスターが! ロートレック系のもあれば、ソ連のプロパガンダポスターも。これは壁画並みの大きさでした!

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さて、お目当てのポスター展。写真撮影不可なので、メモを取りながら鑑賞しました。が、書籍を発行されていることがわかりました。すぐ取り寄せようと思います。

チェコ🇨🇿ポーランド🇵🇱ハンガリー🇭🇺では、社会主義時代、自由な表現活動が許されなかったため、芸術家たちはグラフィックデザインの分野で活躍しました。

今回の展覧会では、映画、イベント、サーカスなどの告知ポスターが展示されています。全然古びない、素晴らしく洒落たデザインばかり。全部欲しくなりました。

映画のポスターでも、俳優の顔やタイトルをバーーンと載せるのではなく、作家が独自の解釈で、独自の手法でデザインしていて、完全に独立した作品です。

どれもこれも良かったのですが、特に惹かれたのはチェコのフレイシャーの作品。オシャレ!カワイイ! グッズなんかにはなっていないのかしら。今度チェコに行ったら探してみようと思います。

同展は8/11まで開催されています。

なお、同大学には詩人の谷川俊太郎さんが寄贈されたレトロラジオコレクションがあります。資料館二階の廊下に大型のものが数台と、図書館に小さなものがたくさん。こちらも見てきました。開館していれば一般来学者も入館できます。




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by chekosan | 2017-06-24 17:25 | 美術 | Trackback | Comments(0)

ワイダ監督の映画「コルチャック先生」鑑賞に続き、岩波ジュニア新書の『コルチャック先生』です。
こちらは、コルチャック先生の本を何冊も訳されている方による紹介本です。

コルチャック先生の生涯と、ポーランド史、ポーランドにおけるユダヤ人について、
ジュニア向けに、とてもわかりやすく書かれています。

映画では詳しい説明がなくてわかりづらかった場面がどういう意味を持っていたのか、
何を出典として差しはさまれたのかが、この本を読んで、よくわかりました。



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コルチャック先生は、亡命するチャンスがあったのに、自分だけが助かることを拒み、
孤児院の子どもたちと共にトレブリンカ絶滅収容所に移送されて亡くなります。

その崇高な行動で語り継がれている人というようなイメージだったのですが、
もともとポーランドでは知らない人がいないくらい尊敬されていた文化人でした。

その作家としての業績や教育者としての思想や活動が、本書でよく理解できました。
特に、第3章「子どもの自治」第4章「コルチャックの人権思想」がとても興味深く、
もっと詳しく知りたいと思いました。


また、映画は、コルチャック先生や子どもたちが収容所へ運ばれるところで終わるのですが、
本書では、彼らが運ばれた収容所の見取り図や、生存者の証言、
亡くなった人たちを追悼する石碑の写真や、亡くなった人たちの灰や骨の山の写真もあります。

トレブリンカ収容所は、ナチスが徹底的に解体して隠滅をはかりました。
そのため記録もなく、さらには、そこに運ばれた人のほとんどはすぐに殺されたので、
コルチャック先生たちが果たして生きて収容所まで行きついたのか、
いつ、どのように亡くなったのかを知る人はまったくいないそうです。
そうした残酷な部分もきちんと書いてあります。

コルチャック先生を知る数少ない生存者の証言も紹介されています。
オリジナルの貴重な体験談です。



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by chekosan | 2017-03-13 22:14 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

コルチャック先生は、ポーランドの著名な医者、教育者、作家です(1878?-1942)。
「子どもの権利」を尊重するという当時では新しい思想、主張を展開した人です。

ポーランドで2つの孤児院を開き、運営していましたが、
ユダヤ人やポーランド人のナチスドイツのユダヤ人絶滅政策によって
子どもたちと共にトレブリンカ収容所に送られ、殺されました。

本名は、ヘンルィク・ゴールドシュミット、「コルチャック」はペンネームです。



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映画の制作は、1990年。
ポーランドが共産党体制から民主化へと移行してからの作品ですが、白黒です。
それによって、何度か挟まれる、ナチスドイツによる記録映像に違和感なくつながります。

ナチスは書類や映像での記録を丹念に撮っていて、この映画のなかでも、
兵士がワルシャワのユダヤ人特別区(ゲットー)の様子を撮影している場面が出てきます。

街に骨と皮だけになった人々がゴロゴロ転がって死んでいる様子、
そうした死体を運んでいく様子などが、映画のなかに挟まれます。

そのようにして、この映画で描かれていることは作り事ではないのだということ、
実際は映画以上に悲惨な状態だったのだと示しているのではないかと想像します。

同じくワルシャワのゲットーを舞台にした、
ポランスキ監督の「戦場のピアニスト」でもそうした場面が出てきます。

ナチスは、撮影している撮影隊の様子まで撮影しています。
目の前で飢えと病気と暴力に晒されている人々を撮影し、さらにそれを撮影するという、
「客観的」で冷淡な行為そのものが、戦争の狂気をよく表しています。

ただし、「戦場のピアニスト」の方が悲惨さではかなり上回っています。
「コルチャック先生」は、そうはいっても相対的には綺麗な映像です。

それは、コルチャック先生自身が著名な知識人で、
ポーランド人、ユダヤ人、さらにはドイツ人からも尊敬されていたため、
なんとか物資や支援金を駆けずり回って集められたこと、

コルチャック先生は医者であり教育者であったので、
たとえゲットーに押し込められようと
孤児院をできるかぎり清潔に健康に配慮して運営していたこともあるでしょうし、
子どもたちも重要な登場人物であるため、あまり悲惨な映像にしにくかったのかもしれません。

ですので、あまりにも悲惨な映像は見られないという人でも見ることができると思います。


ところで、DVDには付録として小冊子が入っていたのですが、その解説によると、
この映画は上映後、フランスの評論家に「反ユダヤ主義」であると批判されたそうです。
それはちょっと驚きでした。そのようには私には読みとれませんでした。

確かに、ユダヤ人のなかにもナチスと通じて甘い汁を吸っている人物がいて、
彼らは街角で次々人が死んでいる状況下でも遊興にふけっていて、
そんな人たちからコルチャック先生は支援を受けざるを得ない、
その行為を抵抗組織の若者からなじられるというシーンもあります。

また、危険を冒してユダヤ人を助けようとするポーランド人もいることも示されます。

これもポランスキ監督が「戦場のピアニスト」のメイキングで語っているのですが、
ある民族が全員悪人だったり善人だったりすることはないでしょう。
ワイダ監督のこの作品でも、そのことをバランスよく描いているように思えるのですが、、、


ラストシーンが幻想的なのも、コルチャック先生と子どもたちを待ち受ける運命から
目を背けるようなものだと受け取る人もいるようです。

このラストは、たしかに、うーん、そうくるのか?と思わなくもないです。
終わりの30分ほどを一緒に見ていた小4の子どもには解説をしないといけませんでした。

ただ、字幕でははっきりとトレブリンカのガス室で殺されたと出ていますし、
殺されるシーンまで映画に盛り込む必要があるとも思えません。

あえて、「移送」されるところで終わっていることで、
彼らがそのまま死へと直行したことを示しているように思います。

移送されるまでに、何度か逃げ出せるチャンスはありました。
せめてコルチャック先生だけでも、養子に出せる子だけでも、と思えなくもない。
みんな一緒にいるべきだと主張した先生は意固地だと言えなくもないかもしれません。

しかし、あらゆる権利を剥奪され、外界から遮断され、
情報も自由も食料も財産も体力も健康も一切奪われた人たちが、正確な状況を把握し、
後世から見た「善後策」を選ぶことは困難だったでしょう。


私自身は、この映画は比較的淡々と話が進んだせいか、
有名な実話なので結末を知っていたからか泣きませんでしたが、
コルチャック先生の子どもへの接し方、彼らにかける言葉、
孤児院の教育方針、運営方法などにはたいへん感銘を受けました。

悲劇で泣かせるとか、ドラマティックな展開で衝撃を与える映画ではなく、
コルチャック先生の思想の深さや広さ、意志の強さや実際にとった行動、
高潔さなどをじっくり受けとめる映画だと捉える方がよいのではないかと思います。

コルチャック先生のことをもっと知りたいと思い、買ってあった本を出してきたら、
一緒に映画後半を見ていた小4男児が、先に読み始めました。
へぇ~~すごいねんなあ、と感心しながら横で読んでいます。
子が読み終えたら、私も読もうと思います。^^

→2017/3/13追記:
子よりも先に読みました。感想はこちらに。http://chekosan.exblog.jp/26716756/








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by chekosan | 2017-03-12 20:03 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
アウシュヴィッツ強制収容所の記録として名高い、
プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』を読みました。

フランクル『夜と霧』と同様、収容所の劣悪な居住環境、慢性的な飢え、
過酷な労働、暴力、怪我や病気、迫る死の恐怖を記録しています。

ですが、フランクルもレーヴィも、怒りや憎しみをぶつけるというのではなく、
自身で見たこと、体験したことをできる限りそのまま伝えようとしています。

収容所に連れてこられた人々の多くはガス室で殺されるのですが、
労働者として収容された人たちは、名前を奪われ、囚人番号で管理され、
「ぼろきれ」扱い、「奴隷」扱いされます。

それでも、それぞれ知恵を絞ってなんとか生きのびようとします。
危険を冒して配給物を盗んだり、
物々交換が行われたり、なんとか手に入れたものから何かを作ったり。

その様子をレーヴィは、「組織化」「市」「交易」「新石器時代」というように、
ちょっとユーモラスに表現しています。

そのように生に執着しなければ、飢えや衰弱で死んでしまったり、
ガス室へと「選別」されてしまったりするからです。

そのため、フランクルもレーヴィも、
「最良の人は生き残れなかった」というようなことを書きのこしています。


本書の巻末に、「若い読者にこたえる」という質疑応答があります。
ここも必読です。

「ドイツ人への憎しみ、恨み、復讐心の表現がないのは許したからか」
「ドイツ人は何百万もの殺戮を知らなかったのか」
「脱走した囚人はいなかったのか、なぜ大衆的な反乱がおきなかったのか」
「解放後アウシュヴィッツを訪れたか」
「なぜソビエトのラーゲル(収容所)について沈黙しているのか」
「登場人物と解放後、再会を果たしたか」
「ナチのユダヤ人に対する狂信的憎悪をどう説明するか」
「もしラーゲルで囚人生活を送っていなかったら今ごろどうなっていたか、
 あの時代を思い出して何を感じるか、生き残れたのはなぜだと思うか」

これらの問いに、レーヴィがどう答えているか、ぜひ読んでいただきたい部分です。

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by chekosan | 2016-09-17 12:44 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
アメリカで活躍するマンガ家、スピーゲルマン氏が、
実の父親から聞き取った戦前~戦後の体験をマンガにした作品です。
1992年ピュリッツァー賞特別賞。

作家の父ヴラデックはポーランドのユダヤ人で、捕虜、隠れ家生活、収容所を生きのびました。
共に耐え抜いた妻アンジャ(作者の母)は、しかし、1968年に自殺します。
そのことが父と子には長く心の傷となります。

『マウス』は、父の記憶の部分と、聞き取りを進めている現在の父子関係が交差します。
そこがこの作品のオリジナリティで、優れたところだと思います。

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作者の父母がアウシュビッツに送られるまでを描いた部分は、
発表するや世界的な反響を呼び、何か国もで翻訳版が刊行されます。

作者はマンガ家として大成功をおさめたわけですが、
押し寄せるインタビューや商品化、映像化などの申し込みに戸惑います。

アウシュビッツを生きのびた父への敬意と後ろめたさ、
父の経験を作品にしたことに対する良心の呵責を感じ、描けなくなります。
そうした悩みをかかりつけの精神科医に聞いてもらい、続編を描き上げます。

実は、この精神科医もテレジン、アウシュビッツ収容所の生存者です。
精神科医との対話の部分はたいへん興味深いです。(Ⅱ巻 p.43-46)


日本のマンガを読みなれた目には、コマ割の単調さ、線の荒さが気になるかもしれません。

また、ユダヤ人をネズミに、ドイツ人をネコに描くといった隠喩がされており、
さらに顔のアップが多用されているので、登場人物の見分けがつきにくくなっています。
それらは、しかし、まさに個人を個人として識別しない、尊重しない状況を表しています。

というように、この作品は絵を追うだけでは話がわかりません。
セリフや説明書きをしっかり読む必要があります。

作者は、翻訳版もマンガ専門でない出版社から出すこと、
ノンフィクションに分類することを主張したそうですが(Ⅱ巻附録解説)、
確かにそのように位置づけて読んだ方が良いと思います。

このように詳細な地図なども描かれています。
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作者の希望により、翻訳版には解説や訳注はつけられていないそうです。
そのためか晶文社版には訳者解説リーフレットが付いています。
これが作品の背景や反響を知る参考になります。
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なお、私はこの作品を次の論文で知りました。
大河内朋子「ドイツのコミックに描かれた「第三帝国」」『人文論叢』 (24), 2007
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by chekosan | 2016-06-06 11:08 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)