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by chekosan

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ベルリンに行ったら、絶対見たかったのが、
東ドイツ生まれの信号機の中の人、「アンペルマン」の実物でした。

もうだいぶ前に、東ドイツデザインの信号機が取り払われていって、
それを阻止する運動が実って、いまや人気者になっているという報道を見ました。

その後、日本でもグッズが販売されるようになったのは知っていましたが、
近場では目にすることもありませんでした。

3月にフランクフルトでグッズを買うことができて、ますます好きに。
あのシンプルでかわいらしくてレトロ感ある造形がたまらないのです。

通信博物館のショップで。ユーロメモ帳、ユーロ消しゴムもありました。

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今年8月にベルリンに到着した日、さっそく信号機を発見して大興奮!
ですが、実は旧東ドイツだけでなく、今や西側だった地区でも使われているんですね。
ベルリンにいる間、たくさんのアンペルマンが働いているのを見ることができて幸せでした。

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そして、いざショップへ!
店ごと買い占めたい衝動に駆られましたが、
そんな財力も腕力もないので、がまんしてたくさん買うだけにとどめました。
まだまだ欲しいグッズがたくさんあって別れがつらかったのですが、次のお楽しみに。

ハッケシャー・ヘーフェのショップは建物自体も面白いです。
お隣のブティックもおしゃれで、うっかり買い物しそうになりました!
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子らのTシャツや靴下、タオルやらナプキンやらキーホルダーやら封筒やら付箋やら。
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グミやらコースターやら消しゴムやら折りたたみ傘やら。
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あれ? 他にも買ってたぞ… そうそう、子らにパーカーとお財布も。
男児、男性にも合うデザインですよね。

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フリードリヒ通り(だったか)の旗艦店には、こんな記念撮影ポイントも。
ベルリンの壁を模しているんですね。
このお店には、世界の信号機なんかも展示されています。

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帰国してから手に入れたアンペルマンの本によれば、
旧東ドイツの古都エアフルトには、傘を持ったアンペルマンや、
サッカー選手、パン職人等、いろんなアンペルマンが活躍中とか。
これはいかねばなりません、エアフルト。どんなところでしょう♪♪

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オマケ… 自分用に買ったポロシャツは肌触りも色合いも大のお気に入り♡
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by chekosan | 2016-09-17 23:30 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
わたくし、この夏まで、カフカの『変身』の虫は、芋虫系だと思っていました。
でなければダンゴムシとかダイオウグソクムシとかナウシカの王蟲とかみたいな。
というか、高校生くらいのときに読んだきりで、細部はすっかり忘れていました。

ところが、プラハのユダヤ人街に行って、カフカの像とお土産のバッグを見て仰天。
甲虫系だったの!?

像の足元に虫のモザイクが。カメムシっぽい感じ?

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*この像も謎めいていますが、元になった作品があると判明。
 別途書きたいなと思います。

カフカ書店で買ったバッグは、赤いカミキリムシあるいはゴキっぽい?

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そこで、『変身』を読み直しました。

マックス・ブロート編集 川村二郎・円子修平訳
『決定版 カフカ全集1』(新潮社 1980)です。

この版を選んだのは特に意味はないです。
訳文がなんとなく読みやすくて好きな感じだったからです。
以下はこの訳に寄ります。

グレーゴル・ザムザはある朝、突然虫になってるわけですが、
背中は鎧のように固くて、細いたくさんの脚がちらついているんですね。

この足、「ありとあらゆる動きを絶え間なしに見せている」というのですから、
やはりせめてダンゴムシくらいの本数は欲しい気がします。

のちにお父さんが投げた林檎が背中にめり込んで落ちもせず腐っていくので、
背中も、実のところはそう固くもないんじゃない?と思ったりします。

この林檎の一件、再読するまで、まったく覚えてなかったのですが、
林檎ごときがめり込むというところに、柔らかめな虫を想像したのかもしれません。

這いまわると茶色い汁がしみ出して壁に跡を残すというし、
やっぱりカミキリムシとかカメムシはなんか違う~というのが再読後の感想です。

ですが、カフカ自身、虫のイメージを特定することを拒否したらしいし、
どんな虫であるかはあまり重要ではないようにも思います。

◇◇◇

それよりも、この話、“ある朝突然虫に変身”という一点を除けば、
非常に現実性と普遍性のある話だったのだなと再認識しました。


グレーゴルの家には、「その挙措と制服に尊敬を要求」するような
彼の少尉時代の写真が飾ってあります。

ところが、お父さんの事業が失敗して借金を背負って、
まだ17歳の妹を音楽学校に入れてやろうと
毎日毎日、旅から旅へのセールスマンとして働いていたんですね。

予定していた汽車に乗らなかっただけで
専務が家に飛んでくるような厳しい会社で。

家族4人、そこそこ賃料のかかるアパートメントに住み、
女中さんを雇って、月々蓄えもして。

その重責で体を悪くした?とも推測できるのですが、
虫になったいきさつや原因は特に触れられないままです。

◇◇◇

虫になって邪険にされるようになっても、彼はほとんど家族を恨みません。
いつまでも主人公の心中は、出来た長男のままなんです。

だんだんと心身ともに人間の感覚を失っていくのですが、
居間で集う家族の様子を少しだけ見せてもらえるようになると、
人間らしい感情や理性をなくしてはいけない、と思ったり。

そのうち、稼ぎ手を失った家族はそれぞれ勤めに出て、
お父さんなんか、かえってシャキッとするんですね。
それをグレーゴルは好ましく見るんです。

でも、その胸中は家族にまったく伝わらないんですね。

そして、世話をしてくれていた愛する妹に、
もう十分やることはやった、あれは兄さんなんかじゃない、
本当に兄さんなら出ていくはずだ、と言われて、
その言葉も安らかに受け入れて、息絶えちゃうわけです。。。

フランクル『夜と霧』のなかで、極限状態で人を生にとどめるのは希望で、
希望を失うと死んでしまうとありましたが、まさにそれだと思いました。

◇◇◇

インターネットで検索してみると、たくさんの人が、
このお話を、他人事ではない現実味のある話と受け止めていることがわかります。

グレーゴルの様子はALS(筋萎縮性側索硬化症)そのものだという方、
精神障害者になぞらえる方、
仕事のストレスで動けなくなった経験のあるタレントの方、
ひきこもりや認知症の方とその家族の話だと受け止めている方々など。

家族のふるまいに対しても理解できるという記述が目につきました。

◇◇◇

最後、痩せこけた虫が息絶えたことを知った家族は悲しみます。
が、虫と部屋の片付けは手伝いのおばあさんがすべてしてしまいます。

3人は勤めを休んで、何カ月かぶりに郊外へ出かけます。
そして、今後の生活はそう悪くはならないと話し合うのです。
明るく穏やかな希望を語るラストなのが、これまたリアルな気がしました。

◇◇◇

本筋にはあまり関係ないけど、一つ疑問。

家計の足しにと、ザムザ家は間借り人に一部屋を貸すのですが、
この間借り人、家族ではない大人の男性3人なのです。

部屋を貸すというのは、この時代の小説でよく出てきますが、3人一部屋というのは、、、
家賃が負担という記述もあるので、よっぽど一部屋が大きい?

しかも部屋を貸している間、年頃の妹は居間で寝ていたというのです。
ということは、妹の部屋を貸していた??

そして、ザムザ家、各部屋がドアでつながっているんです。
ドアは鍵がかかるようにはなっていますが、水回りが各部屋にあるわけではなさそう。

ああどんなフラットだったのか、
当時はそんな風に間借りするのが普通だったのか、気になります。


虫、こうゆうんかとおもてました。 ↓
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by chekosan | 2016-09-12 12:00 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
この夏、初めてベルリンに行きました。
きれいに再開発された、歩きやすい都会という印象をもちました。

90年代の様子を知っている友人たちは、ずいぶん変わったと言います。

残念ながら、私にはかつての様子と今の様子とを生で比較することはできないので、
現地ではどのように「東」の時代を伝えているのかという観点で見てこようと思いました。


DDRの日常」という展示がベルリンにあります。
大聖堂そばにあるDDR博物館とは別です。

Haus der Geschichte der Bundesrepublik Deutschland
という財団の一つで、入場無料、撮影可です。

この財団は「涙の宮殿」という展示も運営していて、
こちらも無料で良い展示でした。また別途記述できればと思います。


さて、「DDRの日常」展が入っているのは、
昔のレンガ造りの工場をリノベーションした雰囲気のある建物です。

あまり知られていないのか、中心部からは離れているからか、
空いていて、ゆったり見ることができました。

東ドイツ時代のお店、オフィス、学校、家の様子などの展示なのですが、
一番印象に残ったのが、これでした。

東ドイツの車、トラバントの上に設置されたテント!

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後述の『私は東ドイツに生まれた』でもたっぷり出てくるトラバントは、
予約してから平均12年ほど待たなくては手に入らないので、
みな大事に大事に修理して使っていたといいます。
そうして、なんと20数年は走らせたそうです。

壁が開くと、トラバントは性能の良い西側の車に負けてしまうのですが、
今でもファンは多く、現役で走っているものもあります。
東ドイツの象徴の一つです。

◇◇◇

東独に対しては、監視、統制、物不足といったような
ステレオタイプな像ばかりが流されがちです。

でも、みんなが「毎日泣き暮らしていたわけでは」ないわけで、
そこで幸せに暮らしていた人々もいたのだというスタンスで書かれたのが、
リースナー『私は東ドイツに生まれた 壁の向こうの日常生活』(東洋書店 2012)です。

先述のトラバントやキャンプの話もあり、
教育、進路、仕事、兵役、政治の話もあります。

案外おおらかな面もあり、横のつながりが密だったり。

東ドイツに生まれて青年期まで幸せに暮らし、
東ドイツを愛する故郷として肯定する立場からの記述は面白く、
もっと詳しく知りたいと思いました。

特に、労働力不足を補うため、また男女平等の原則から、
子どもを持つ女性が働き続けられるよう整備された子育て支援策は
とても興味深いです。


ただ、1953年の東ドイツ、1968年のチェコスロヴァキアへの
ソ連軍(ワルシャワ条約機構軍)侵攻を、
単なる「暴動」のように記述しているくだりは違和感がありました。

著者の表現を尊重されたのかと思いますが、
訳者か監修者の注があっても良かったのではないかと思いました。

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by chekosan | 2016-09-10 22:00 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
旅から帰ってから、行った先に関連する本を読むと、
場所や光景、雰囲気が浮かぶので、より面白く感じますね。

先に読んでおけば、ここも見たのに、ここで食べたのに~ということもありますが、
また行きたい、次は絶対!とモチベーションも上がります。

私が前回チェコに行ったのは1999年、それから長い間行けてなかったのですが、
その間にチェコや東欧の絵本や雑貨を紹介する本が何冊も出版されました。

そのなかで、鈴木海花 中山珊瑚『よりみちチェコ 街と森をめぐる旅ガイド』
(スペースシャワーネットワーク 2007)は、少し大人な旅を綴った一冊です。

著者は、ともに編集者の母と娘、デザインは父という親子共作です。
写真とデザインがよくて、読みやすいです。

よくある観光地案内、かわいいもの紹介ではないところがいいです。

チェコアニメのスタジオ、写真家や造形作家のアトリエ訪問、
「もぐらくん」シリーズの作者ズデニェク・ミレルのインタビュー、
靴の一大メーカー、バチャ社探訪など、
一般的にはなかなか行けないところを訪ねています。

宿泊先も、お城ホテル、元修道院ホテル、ゲーテも愛した由緒あるホテルなど。

今度チェコに行くときは、こういうちょっとマニアックなところも行きたいと思います。

◇◇◇

ホテルといえば、欧州には古い歴史ある建物をホテルにしているところが多いのですが、
一室料金なので、複数で泊まればまったく手が出ないほど高くはないのが魅力です。

今回、私も子連れなので、時間と安心を買うつもりで、
プラハでは便利で名の通ったところに泊まりました。

アールヌーボーの建てものですが、内部はリノベーションして現代的。
でも、ツイン(ダブル)で日本の都会のビジネスホテルのシングル値段くらいでした。

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久々に行ったプラハはずいぶん変わっていました。
街まるごと世界遺産なので、建物や街並みは変わっていないのですが、
流行りの食べ物やお土産物のラインナップがずいぶん変わっていました。

16年前までは見なかった新しいお菓子がそこらじゅうで売っていたり、
アイスクリームの表記が、チェコ語の zmrzlina ではなく、
ice cream やイタリアンジェラートに席巻されていたり。

新しいお菓子もジェラートもとてもおいしかったのですが、
どこの国に来たのかわからなくなるような気がしました。

前述のもぐらくんも、昔から人気のチェコの絵本・アニメのキャラクターですが、
いまや一大産業?お土産キャラ?となっていました。
どの店にも大量のもぐらくんがやもぐらくんグッズが…

そうなるとなんとなくいいや、、という気になるのですが、
チェコの子どもが普通に使っていると思われるA5ノートだけは買いました。

表紙の数字は、ノートの種類を示しているようです。
罫の太さなどでしょう。
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中身はこんな感じです。もっと太い罫もあります。
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私はA5ノートをお仕事ノートにしていて、一冊ごとに違う柄にしているので、
出先では可能な限り文具コーナーを見て回るのですが、
今回は意外とバリエーションがなかったです。

このノートは今回の旅の思い出として、死蔵せず使いたいと思います。^^



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by chekosan | 2016-08-17 09:31 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
ベルリンで最優先で訪ねたかった施設が、いわゆる秘密警察(シュタージ)関連の施設です。
これは私が以前に書いた論文との関係が深いテーマなのです。

必ず見ておきたかったうちの一つが、秘密警察の拘置所です。
民主化後に閉鎖されましたが、語り継ぐために保存公開しようという運動が起こり、
整備されて見学できるようになっています。

拘置所の前には大型バスが停まっていました。
デンマークから団体さんが来られていたので、そのバスかもしれません。

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どんなにおどろおどろしいところかと思ったら、意外にも閑静な住宅地でした。
ベルリンは緑が多いのですが、このあたりも並木が茂っていて散策している気分になります。
近くにはスーパーのチェーン店もあります。

以前の様子を示す案内板

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現在の様子 遠方に同じ三角屋根の建物が見えている
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拘置所の見張り塔のすぐそばには、施設が閉鎖されたあとに再開発されたのでしょう、
かわいらしい一戸建てが並んでいました。

 ↓ ここを進むと、かわいい一戸建て住宅が
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もちろん当時は周辺一帯、一般人は立ち入り禁止で、地図上も空白だったといいます。


ガイドつき見学は、ドイツ語なら1時間ごと、英語は日に3回です。予約は不要です。
かつて実際に拘留された方たちもガイドをされたり、研究をされたりしています。
(私たちを案内してくださったのは若い女性でした。)

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みっちり2時間、ていねいな説明を聞きながら、
開設当初の劣悪な部屋、多少はマシだけど完全に隔離するよう造られた新棟、
尋問のための棟などを見て回りました。

「Uボート」(潜水艦の名前)と呼ばれていた、古い棟の房。
地下で暗くてジメジメしていて、臭気が漂っていました。

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トイレはバケツが一つだけ。

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新棟の廊下の壁につたっているコードは、ひっぱるとすぐ切れて、
どこで切れたかがすぐわかるようになっています。
緊急時(暴れた、逃げようとした、自殺しようとした、急病になったなど)の警報装置です。

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拘留された人は、徹底して他の人と会わないようにさせられたそうです。

連れて来られるときに使われた車。
車両内部も、小さな小さな空間に仕切られています。大柄の人は入らないくらい。

隣接する病院に運ぶときも、拘置所がどこかわからないように
わざわざ遠回りをしたそうです。

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新棟の房は多少はマシになっていますが、
光は入りますが、ガラスブロックなので外の様子はまったくわかりません。

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身体的な拷問は行われなくなっていったそうですが、尋問は夜を徹して行われました。
日中は独房で過ごすのですが、ベッドに横になることを禁止されたといいます。

睡眠を奪うこと、外界やほかの収容者との接触を断つこと、
仲間や家族が裏切ったかのような情報を吹き込んで孤独感を高めること、
たまに好みの飲み物などを出して、すべて知られているという恐怖感を味合わせること、
といった心理的な責め苦が行われたそうです。

自殺や逃亡ができないように、鏡も壁に埋め込まれています。
そうした「工夫」のためか、この拘置所内で亡くなった人は少なかったそうです。

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外の空気が吸えるのは、ごくごく限られた時間だけ、しかもこの空間のみでです。
「トラの檻」と呼ばれていたそうです。

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一度に100名ほどを収容できたそうですが、尋問する係員も同じくらいいたとか。
ほぼ1対1だったわけです。

東ドイツは稀に見る監視国家で、国民の7人に1人が
秘密警察の活動に関与していたといいます。


◇◇◇

実際にここに拘留されて尋問を受けた女性の経験と、彼女が保存公開に携わったという話が、
アナ・ファンダー『監視国家 東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆』(白水社 2005)
紹介されています。
*この本の執筆時点では公開準備が進んでいるところまでです。

著者はオーストラリア出身の女性。

1994年にライプツィヒ(旧東ドイツ領)を訪れ、
シュタージの被害に遭った人たちに関心を抱きます。

1996年に再びベルリンにやってきて、テレビ局でアルバイトをしながら、
シュタージの被害者や、元シュタージ職員、シュタージの協力者を訪ね、
直接話を聞いて、本書にまとめました。

本人たちからの証言は非常に生々しく、臨場感に富んでいます。
96年当時はベルリンの街も人の生活もまだ混乱し、荒れている様子です。


私はこの夏初めてベルリンに行ったのですが、
すっきりと開発された明るく整った街としか思えませんでした。

壁もなくなり、秘密警察の施設も整備されていて、
まるでずっと昔のことのように思えてしまいます。

が、当事者にとっては、その後も人生は連続しているのです。
とりわけ被害にあった人にとっては、何も終わっていないのです。

本書が書かれた時点から、さらに10年が経ちました。
ここに登場した人たちの人生はその後どうなったのだろうと思います。

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◇◇◇

秘密警察が作成した膨大な資料を保管し、調査研究している機関の書庫に関しては、
2016年8月14日の記事で少し紹介しています。写真あり。
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by chekosan | 2016-08-16 22:08 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
今回ベルリンに行くにあたって見たかったのは、

①秘密警察関連施設(その一部は2016年8月14日のブログに
②ベルリンの壁関連施設
③ホロコースト関連施設

でした。

しかし、ベルリン滞在は実質4日しかとれず、しかも小4男児連れなので、
①を最優先に、あとは旧東独の雰囲気を少しでも知れたらと思っていました。

私はドイツ語はさっぱりわからないので(昔、文法は勉強したのですが…)、
日本語、英語が堪能な現地の方に案内をお願いしました。

1~2日目は、その方に案内していただいて、①関連の博物館などをいくつかまわりました。

そのときに教えていただいたのが、これです。

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ベルリンの壁が立っていたあとを示すブロックとプレートです。

壁はいまはほとんど残っていませんが、この地面に残る筋に着目すると、
こんな街真ん中を武骨なコンクリートで仕切っていたのかと唖然とします。

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この写真は、ポツダム広場に隣接するライプツィガー広場で撮りました。

同じ場所をGoogleのストリートビューで確認すると、壁の一部もありました。
こんな感じで、広場をぶったぎって壁が立っていたことがわかります。

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*この画像は2008年に撮影されたもののようです


3日目は案内なしで自分たちだけで動いてみました。
すると、議会関係の建物がつづく河岸に「壁」のあとを見つけることができました。

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持っていたガイドブックにも載っておらず、ほかに見物している人もいなかったのですが、
壁と闘った人、壁を越えようとして亡くなった人を記念(祈念)する場所でした。

Parlament der Bäume(The Parliament of Trees

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*柵に各国語の案内がありました。柵の中には入れなかったと思います。


見市知(みいち とも)『ベルリン 東ドイツをたどる旅』(産業編集センター 2009)にも、
このベルリンの壁のあとを自転車でたどる話が書かれています。

ベルリンの壁は全長160キロ、これを歩いて辿るのは大変なのですが、
ベルリン市内にはレンタル自転車が普及しているので、
マップやアプリや標識を頼りに辿っていくのは面白いかもしれません。

見市さんは、東西ドイツ統一1ヵ月前から東ベルリンに留学され、
ベルリンが変化していくさまをリアルタイムで見てこられました。

東ドイツ時代の東ベルリンをしのぶことのできる場所や、
東ドイツ時代の生活の様子を感じられるものを紹介する、
小さいけど東ベルリンへの愛と郷愁に満ちた本です。

私は帰国後に入手して一気読みし、またベルリンに行きたくなりました。

オールカラーで写真が大きく、説明もていねいで読みやすいので、
ベルリンに行く人、行きたい人、行ったことのある人におすすめです。

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    裏表紙にベルリンの壁のあとのブロックの写真が使われています
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by chekosan | 2016-08-15 16:02 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
この夏、ベルリンとプラハに行きました。

目的の一つは、ベルリンの旧東ドイツ秘密警察関連の施設を見学することです。

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秘密警察というのは俗称で、保安を統括する国家機関のことです。
対外的な諜報活動とともに、国内の反体制分子を見張る役割も果たしました。

1989年の民主化以後、問題となったのは主に後者の活動の方です。

特に東ドイツとチェコスロヴァキアは国民に対する監視が強かったといいます。
両国では、異常に多くの人たちが秘密警察で働いたり協力したりしました。

でも、秘密警察に関係した人たちをどう「処遇」するか、
あるいは秘密警察の作成した文書をどう扱うかで両国の対処はかなり違いました。

私は以前、チェコスロヴァキアの秘密警察(StB)に関わった人びとを
公職から追放する法律について論文をまとめました。

チェコスロヴァキアの民主化と公職適否審査法(ルストラツェ法) : ルストラツェの法制化とその背景
チェコスロヴァキアにおける公職適否審査法(ルストラツェ法)をめぐる諸問題


その後、少し時間が空いてしまいましたが、
他の旧共産主義諸国の施策との違いについても知りたくなり、今回の見学に至ったわけです。


以下の3枚の写真は、現在の文書書庫で私が撮影したものです。

書庫は、月一回、一般に公開されます。シュタージ博物館とは別の入り口です。
追加料金はいりませんが予約が必要です。

係の人に従って2時間ほどの見学ツアーに参加します。
見学は無料、ドイツ語または英語の説明があります。撮影も可能です。
ただし、勝手に見て回ることはできません。一箇所動くたびに施錠、解錠されます。

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『ファイル 秘密警察とぼくの同時代史』(みすず書房 2002)は、
東ドイツの秘密警察(Stasi シュタージ)の監視対象となった、
イギリスの歴史学者でジャーナリストのティモシー・ガートン・アッシュが、
自分に関するシュタージのファイルを読み、
密告をしていた人たちや彼らを監督していた秘密警察職員を訪ねるドキュメンタリーです。

彼は、自分に関する機密書類を公開請求して、
思いがけない人々が情報提供者だったことを知ります。

当時つけていた日記などども照合し、自分でも忘れていた過去を思い出していきます。
そのうえで、文書に登場する「密告者」たちに話を聞いて、事実を確認していきます。

そのなかで、シュタージが作成した文書にはいくつもの小さな間違いがあることを確認します。
情報提供者と目された人物が実は別の人であるとわかるケースもありました。

もしも自分が他の資料や当該人物への確認をせずに、
シュタージの記述だけにもとづいて、誰かを「密告者」と告発していたら、、、?

実際、内容の精査なしに「吊し上げ」られた人は何人もあったようです。
そして、失職したり、自殺したりといったことも起こっていたといいます。

ガートン・アッシュは、自分を「密告」していた人たちに直接話しを聴いた結果、
彼らをそうさせた生い立ちや背負ってきたものに一定の理解を示します。

そして、イギリスの諜報機関にもインタビューを試みます。
その結果、わかったのは、、、



と、まるでスパイ小説のような趣もあるノンフィクションです。

ガートン・アッシュ自身の「過去」をたどる形をとっているので、
やや情緒的な表現が多く、参考文献や出典などは示されていません。
「読み物」色が強いと言えるでしょう。

が、その分、冷戦期の東西欧州の緊迫した状況を追体験したり、
ドイツの「過去の清算」をどう捉えるかを著者と一緒に考えたりできると思います。


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by chekosan | 2016-08-14 22:44 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)