中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan

タグ:ドイツ ( 25 ) タグの人気記事

新しい科目、増えた学生数、なのに、隔週で風邪をひいてしまい、どうして乗り切ろうと不安が募った10月前半。11月の2つの大きな行事の準備が佳境に入って、もう突っ走るしかなかった後半。でもその分、刺激も多く、次々読みたいという気持ちは強かったためか、過去2年の10月よりも案外読めていました。しかし戦争物が多く、嫌な夢をいっぱい見たひと月でもありました。


10月の読書メーター
読んだ本の数:10
読んだページ数:2937
ナイス数:334

ユダヤ人を救った動物園――ヤンとアントニーナの物語 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)ユダヤ人を救った動物園――ヤンとアントニーナの物語 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)感想
先に飛行機で映画を観たあと原作を読んだ。映画は独占領下のワルシャワの動物園長の妻と彼女に思いを寄せるナチ将校との絡みや、園長夫妻のユダヤ人救出に焦点をしぼったドラマチックな感動もの。ゲットーの様子や救出については映画の方がわかりやすいかも。原作では、園長夫妻の専門性や人となり、ナチの優生思想による動物の血統保存への執着についての記述がていねいで印象に残った。日記や資料の出典を細かく示していて信頼性が高いが、文章は読みやすい。映画と原作併せると補完できるのでおすすめ。どちらも動物たちの様子が愛おしい。
読了日:10月01日 著者:ダイアン・アッカーマン


戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫)感想
今年の輪読ゼミ1冊目。第二次世界大戦でソ連軍に従軍したり、パルチザンとして対独闘争に加わったり、そうした人たちを支援した女性たちの証言集。16やそこらで前線で生死の境目を見た女性は何を語るのか。彼女たちは戦争のあと、どう生きてきたのか。人それぞれさまざまな戦争との関わりや思いがあって、“男たちの正史”のようにひとくくりにはできない。証言の重さ、ドラマ以上の劇的な経験、衝撃の事実にめまいを覚え、胃が痛くなる。学生の反応などはブログに。http://chekosan.exblog.jp/27316312/
読了日:10月03日 著者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ


コミュ障は治らなくても大丈夫 コミックエッセイでわかるマイナスからの会話力 (メディアファクトリーのコミックエッセイ)コミュ障は治らなくても大丈夫 コミックエッセイでわかるマイナスからの会話力 (メディアファクトリーのコミックエッセイ)感想
著者のようなタイプの若者を理解する参考になるかと手に取った。なぜアナウンサーになろうと思ったのか、なれたのかというくらい会話の能力が低かった著者は、観察と努力で会話のスキルをつけ、人に伝授するまでに至る。ただ、アナウンサーという職業柄許されているだけではないかと思う技やノリもあるので、自分をコミュ障と思う人がそのまま本書を真似をするのは危険かもしれない。参考にしつつも、著者のように自分で観察や分析を重ねることが大事ではないだろうか。コミュニケーションとはそれこそ相手あってのもの、TPOで変わるものだから。
読了日:10月06日 著者:水谷緑,吉田 尚記


中世の街と小さな村めぐりポーランドへ (旅のヒントBOOK)中世の街と小さな村めぐりポーランドへ (旅のヒントBOOK)感想
ポーランド行っちゃうよ╰(*´︶`*)╯ ということでガイドブックとして購入。付箋がたくさん立ちました。ポンチキ食べて、果実酒飲んで、ハンドクラフト模様のA5ノート買って、木彫りの鳥買って、ユダヤ人街でお茶して、共産主義時代のレトロツアーして、アウシュヴィッツ行って、シンドラーのリストの舞台めぐりして、岩塩坑行って、、、って日数が足んないわ、どうしましょ。
読了日:10月08日 著者:藤田 泉


ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言 (岩波現代文庫)ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言 (岩波現代文庫)感想
輪読ゼミの2冊目。女性兵士たちの証言を集めた前作『戦争は女の顔をしていない』よりも淡々としているように思ったと受講生たち。しかし語られる内容はとんでもなく残虐で残酷な体験。報告をした受講生も、同じく白ロシアの子どもから見た戦争を題材にした映画「炎628」を思い出して辛くなったそう。ちなみにアレクシェーヴィチは、その「炎628」の原作に感銘を受けたと言っている。その他詳しくはブログに記録。ペチカのこととか。http://chekosan.exblog.jp/27447085/
読了日:10月17日 著者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ


想起する帝国: ナチス・ドイツ「記憶」の文化史想起する帝国: ナチス・ドイツ「記憶」の文化史感想
ナチスドイツが大衆に「想起」させて作り上げた「集合的記憶」とは。戦後、ナチスドイツやヒトラーの「記憶」はどのように「想起」されてきたか(いるか)というテーマを時系列で展開。数名の学者による論文集だが、要となるキーワードをそれぞれの章に必ず盛り込み、各章間で内容を確認、調整して編まれたことがよくわかる、流れのよい本。文章も平易にしてあり、図版も多いので、一般、初学者でもするすると読むことができる。勉強になったので詳しくはブログに記録。http://chekosan.exblog.jp/27474968/
読了日:10月22日 著者:


ある日うっかりPTAある日うっかりPTA感想
PTA会長に推されたフリーライター氏の記録。ちょっとまとまりがなく、タイムスパンがわかりにくいのが難だが、「がんばらないをがんばる」というモットーで、PTA活動を見なおしていく過程は参考になるのではないか。成功例だけでなく、もめごとにも言及しているところが正直。だが、もう少し整理してじっくり書いて欲しかったかな。本格的なPTA改革については、山本浩資『PTA、やらなきゃダメですか?』が参考になる。
読了日:10月23日 著者:杉江 松恋


劇画ヒットラー (ちくま文庫)劇画ヒットラー (ちくま文庫)感想
ヒトラーの若い頃から自決するまでを描いた作品。かなり細かい字の説明がたくさん入っているので、手に入るものなら文庫より大きな版型で読むことをおすすめ。背景は有名な写真を元に描かれているものが多く、かなり精密でリアル。対して人物は水木しげるらしく、アゴの長い、丸みのある造形。ちょこちょこギャグが入り、話の深刻さを緩和してくれる。この頃の欧州の状況を知る助けとなる本。
読了日:10月24日 著者:水木 しげる


映画でめぐるドイツ―ゲーテから21世紀まで映画でめぐるドイツ―ゲーテから21世紀まで感想
参考資料として部分的に。7章「映画の中のシュタージ」では「トンネル」「グッバイ、レーニン!」「善き人のためのソナタ」「東ベルリンから来た女」におけるシュタージの描かれ方をさらっと書いている。「グッバイ、レーニン!」にシュタージが出てきていたのか。すっかり忘れていた。見直さなくては。一応シュタージ関連で一本論文と称するものを書いた身としては、未視聴の「トンネル」「東ベルリン」も制覇しなくては! ところでこの本、映画がテーマなのに映画の写真が一枚もなく、素人さんの(?)イラストなのがかなり残念。
読了日:10月24日 著者:青地 伯水


マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女感想
本書の訳者、清水陽子氏の著書『ユダヤ人虐殺の森』の内容があまりに強烈だったので、この夏はリトアニアのホロコースト現場を訪ねる旅を敢行した。同書はマーシャの日記に多くを依っていたので、もとの日記を読みたいと思っていたところ、新たに翻訳書が刊行された。ソリー・ガノール『日本人に救われたユダヤ人』とともに、リトアニアのホロコーストの生々しく、詳細で貴重な証言。ソリーはカウナス、マーシャはビリニュス出身。両ゲットーの運営の仕方やかなり違っていて興味深い。それにしてもよく生き抜いて証言を残されたものだと思う。
読了日:10月29日 著者:マーシャ・ロリニカイテ

読書メーター

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by chekosan | 2017-11-01 14:33 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
溝井裕一+細川裕史+斉藤公輔『想起する帝国 ナチス・ドイツ「記憶」の文化史』を読みました。

ナチスドイツはどのような「記憶」、特に「集合的記憶」を「想起」させようとしたのか、あるいは戦後、ナチスドイツやヒトラーの「記憶」はどのように「想起」されてきたか(いるか)というテーマを時系列で展開しています。

数名の学者の分担による論文集ですが、要となるキーワードをそれぞれの章に必ず盛り込み、各章間で内容を確認、調整して編まれたことがよくわかる、流れのよい本です。文章も平易にしてあり、図版も多いので、一般、初学者でもするすると読むことができると思います。

「集合的記憶」、つまり個人個人のもつ記憶ではなく、ある社会のなかで、集団が持つ記憶がこの本の重要な概念ですが、これについても、コラムの形でわかりやすく紹介されています。

以下は私の記録です。まとまっていません。


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1.古代の「記憶」を略奪せよ
ヒトラーは合理的な技術進歩による帝国の発展を目指した。そこで彼が人びとに「想起」させようとした「記憶」とは、ギリシア、ローマ帝国の遺構であった。であるから、ナチス時代に建てられた巨大な建造物は、ローマ帝国風の様式のものが多い。
「彼が原始的と内心決めつけていたゲルマン文化への回帰であってはならなかった」のである。

「ナチ騎士団の城」ヴェーヴェルスブルク(要塞)は、ネオナチの聖地にならないように、雰囲気が「ぶち壊し」になるような工夫がされている。→その当時の雰囲気を「壊して」、神秘性を「想起させない」保存、展示の仕方というのは興味深い。


2.「私は総統を信じます」
ヒトラーは『我が闘争』のなかで、「大衆の受容能力はとてもかぎられていて、理解力は小さく、そのため忘れやすさは大きい」ので、プロバガンダは受容能力の低い方に合わせると言っている。

オーウェルの『動物農場』を思い起こさせる。まさにあの小説のなかでは、「単調」で「日常的な」言葉を繰り返させ、思考させないでいた。



3.絶滅動物復元計画
夏の旅行で観た映画「ユダヤ人を救った動物園」と、その原作にも出てきた計画。本書では、より厳しく批判的に説明している。



4.ナチス時代の祝祭
キリスト教が普及していくときにも、土着の祭りのキリスト教化が行われたわけだが、ナチスはさらにそうした伝統的祝祭をナチス化していく。


5.集合的記憶としてのワーグナー
ワーグナーは、ヒトラーの反ユダヤ主義に多大な影響を与えたのは事実であるが、作品自体にそのような表現はないという。しかし、ワーグナー自身は明確に反ユダヤ主義的主張を著作に残している。

芸術作品は、創作者の思想や時代背景と切り離して鑑賞・批評されるべきなのか。あるいはそれは切り離せないものなのか。

6.人間・ヒトラーの登場
世代交代が進み、ヒトラー像も多様性が許されてきている。「総統閣下はお怒りですシリーズ」でパロディ作品が多数作られている、映画「ヒトラー 最期の12日間」は、それまでのステレオタイプな「悪魔」ではなく、ひとりの人間としてヒトラーを描き出し、激しい議論を起こした。


7.月面に蟠踞するドイツ第四帝国のリアリティ 反ナチス映画としての『アイアン・スカイ』
2012年フィンランド制作のインディーズ映画。一見、滑稽な設定の映画のようだが、本章の「読み」によれば、なかなか面白そう。

8.帰ってきたヒトラー
なぜナチスやヒトラーはこうも様々な場面で取り上げられるのかを分析。

戦後もSSの幹部が国外に逃亡、潜伏できた事実が「ナチス残党」「ヒトラー復活」を題材にする作品やトンデモ言説の流布を可能にした。対ソ連諜報活動や反共のためにアメリカやカトリック教会、国際赤十字が彼らの逃亡を手助けしたという歴史的事実を指摘する。

ナチスの絶対的な否定に比して、1990年代まで「きれいな国防軍」として戦争責任を追及されてこなかった背景にも、冷戦の最前線である東西ドイツの軍隊再編を重視した戦勝国の事情があったという指摘も興味深い。

日本におけるナチス受容についての項は重く受け止めたい。SSのコスプレや、ナチス時代のドイツ戦車に乗る女子高生が主人公のアニメ、本書刊行後にはSSマークを模したサッカーのサポーター旗が出現するなど、歴史的背景を無視した表現は、「じゅうぶんな考慮がなく」「バカげた」ふるまいと批判されても仕方がないだろう。






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by chekosan | 2017-10-23 18:33 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
グードルン・パウゼヴァングの小説『みえない雲』(小学館文庫 2006年)を原作とする映画を観ました。

私は同志社でやっていたドイツの反原発運動のポスター展で、この小説と映画のことを知りました。
小説を読んで衝撃を受け、パウゼヴァングの他の作品も読みました。

映画はDVDを買ってはいたものの、一年越しとなりました。

舞台はドイツ。原子力発電所の事故で被曝してしまう少女と同級生のラブストーリーになっています。

原作の主人公は14歳、恋愛要素はなく、もっとストレートに原発事故の恐怖を描いています。

映画の方も主演女優の決然とした表情や演技はいいのですが、ここはやはり原作に忠実に作ってほしかったです。
ちょっと無理がある場面が多く、嘘くさくなっているように思います。

ざっと評判を見たところ、映画だけを観た人にはけっこう評判が良いようですし、この映画からだけでも、原発や原発事故の問題について考えさせられるだけのインパクトはあるようです。

が、私としては、やはりパウゼヴァングの原作を強く押します。アレクシェーヴィッチ『チェルノブイリの祈り』と合わせて、広く読み継がれていかれるべき作品だと思います。




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by chekosan | 2017-10-21 17:27 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
新聞2紙の映画評を頼りに、東欧に関係のある映画をチェックしているのですが、新聞が積ん読になっちゃってて、ゲゲもう終わっちゃったかな!と焦ることがあります。

が、私が観たいと思うようなのは、東京や大阪の後、順次公開というものばかりなので、京都はまだまだこれからということが多いです。

大阪、神戸、京都でズレてやってくれていると、一番都合の良いときに都合の良い場所で観ることが可能なときも。

今回メモしたのはいずれも京都ではこれからのもの。╰(*´︶`*)╯ うまく時間が取れるといいな。


オン・ザ・ミルキー・ロード

君はひとりじゃない


甘き人生



ブルーム・オブ・イエスタデイ



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by chekosan | 2017-10-16 13:22 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
チェコスロヴァキアで実際に起った史実を基にした映画「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」を観に行きました。

ハイドリヒはナチのナンバー3と言われた人物です。ドイツが占領したチェコスロヴァキアの抵抗組織を壊滅状態に追い込み、ユダヤ人絶滅政策を推し進めた人物でもあります。イギリスと在ロンドン亡命チェコスロヴァキア政府は、チェコスロヴァキア軍の兵士7人を、ハイドリヒ暗殺に送り込みます。その7人のうち2人を主人公に据えた話です。

前半は作戦の計画段階や作戦を実行すべきか否か惑う人々の葛藤を淡々と描いていて、演技や演出や音楽も控えめです。全体をセピアっぽい色調にすることで当時のプラハっぽさをうまく表現しています。

舞台がプラハで、主要登場人物はチェコの俳優が多いのに、言語が英語なのは残念。ここはやはりチェコ語でやってほしかった。興行的に仕方ないのでしょうけど。ドイツ人はドイツ語でした。

外国の俳優さんって年齢や美醜がよくわからないことがあるのですが、本作でもそうでした。そのため登場人物がそれぞれどういう位置づけなのか、しばらくわからなかったです。(^^;

以下ネタバレあり。


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実行部隊は、イギリスからパラシュートでひそかにやってきた軍人たちで若者中心。軍人ゆえに亡命政府の命令は絶対です。

チェコスロヴァキアにとどまって抵抗活動をしているレジスタンスは、ナチによって壊滅状態に追いやられてきたため、この作戦には慎重です。ナチの幹部を暗殺などすれば報復としてどれだけの市民が殺されるかわからない、チェコが地図から消えてしまうかもしれないと言います。パラシュート部隊の若者たちにも恐怖心や迷いが生じます。

しかし、結局パラシュート部隊7人は計画を実行します。このとき、たまたま居合わせた市民が何人も銃撃戦の犠牲になります。

彼らの潜伏を助けた協力者の親子も残酷な仕打ちを受けます。ここのシーンはとにかく酷い。作品中もっとも観るのがつらい場面が続きます。

さらにレジスタンスが恐れていたように、5千人ともいわれる市民がナチの報復で殺されます。

実行部隊を匿ったという疑いをもたれたリディツェ村は、男性全員が処刑され、女性や子どもは収容所送りになり、そのうちほとんどの人は生きて帰ってくることができませんでした。見せしめのため、村の建物はすべて破壊され、更地にされてしまいます。

このような報復の残虐さと悲劇については、チェコのレジスタンスの口から暗殺の実行部隊に伝えられます。映画の最後には観客に向けて字幕でも再度示されます。暗殺の代償はやはりたいへんなものとなったのです。

が、この映画は、実行部隊のなかの2人に焦点を当てたドラマとなっています。そのため、暗殺者らの思いや迷い、恐怖心と愛国心とのせめぎあい、協力者のチェコ女性との恋と別れ、暗殺の緊迫感、暗殺実行後に匿われた教会でのドイツ軍との銃撃戦をかっこよく、ロマンチックに描き過ぎている感がありました。特に最期の最期の幻想シーンはちょっと…と思いました。

邦題からイメージするほどヒーロー万歳な戦争物ではないですが、もう少し深みが欲しいかなという感じです。

というか、この邦題… たしかに内容とは一致していますが、B級戦争映画感満載過ぎませんか。
これではお客さん呼べないと思うのですが…





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by chekosan | 2017-09-30 17:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
ドイツで戦後すぐに書かれたハンス・ファラダの小説『ベルリンに一人死す』を映画化したものです。独・仏・英合作の映画です。

舞台は1940年のベルリン、棺桶を作る木工所の職工長の夫とその妻の一人息子が戦死するところから始まります。夫婦は、息子を奪われた悲しみと憤りから、絵葉書に体制批判、ヒトラー批判を書き、街角に置いて回ります。ささやかな、しかし見つかれば死刑は確実という危険な行為です。そうして2-3年もかけて、ゲリラ的に置いて回った葉書計285枚のほとんどは、見つけた市民によってすぐさま警察に届けられ、夫婦の命を賭した運動は広がりを見せることはありませんでした。


原作はかなり大部の著作で、主人公夫婦以外の人物もていねいに描き出しているそうですが、この映画では、周囲の人々については描き切れていません。主人公たちの夫婦愛とゆるがない意思の尊さに焦点が当てられています。全体的にさらっと話が進んでいって、若干盛り上がりや余韻には欠けます。ドイツが舞台なのに、英語なのもちょっと残念… が、主演俳優二人の演技がとても良いし、映像として全体的にきれいで雰囲気があるので、これはこれでいいかという感じです。

ただ、実話をもとにした話ということなので、体制賛美一色と思われがちなナチスドイツ時代にも、命がけで体制を批判する名もなき市民がいたということを語り継ぐという点で、意義深い映画であると思います。



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by chekosan | 2017-07-12 22:16 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

7月は毎週、京都シネマに行かないと!

アイヒマンの後継者



サラエヴォの銃声  → 観ました。感想はこちらに。



残像 →アンジェイ・ワイダ監督遺作  → 観ました。感想はこちらに。


ヒトラーへの285枚の葉書 → 観ました。感想はこちらに









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by chekosan | 2017-06-27 22:17 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

昨年(2016年)、「第2次世界大戦中、外交官杉原千畝(ちうね)氏(1900~86年)が発給した「命のビザ」によってナチス・ドイツの迫害を逃れ、神戸にたどり着いたユダヤ人難民についての資料提供を神戸市が呼び掛けている」という報道を見ました。この春、その成果物が発行されました。『神戸の歴史』第26号です。

杉原千畝氏には前々から関心をもっていました。加藤剛主演の映画のテレビ放送を見て知ったのだったか。1990年代に岐阜・八百津町役場が開いた千畝展にも行きました(その後、八百津町には杉原千畝記念館も建てられていますが、こちらは未見)。滋賀で開催された、杉原氏に関する写真展にも行きました。下の写真は、2014年9月にあけぼのパーク多賀で開催された写真展です。


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杉原ビザで日本にたどり着いたユダヤ難民に関する記録は多くはなかったようですが、神戸市の呼びかけで市民から情報が寄せられました。『神戸の歴史』26号には、寄せられた情報や論稿、資料などが掲載されています。一般家庭で着物を着て記念撮影している写真などもあります。


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今年が私にはベストなタイミングに思えてきたので、この夏は、八百津町の記念館と、ユダヤ人がたどり着いた敦賀の「人道の港 敦賀ムゼウム」、そして千畝氏がビザを発行したリトアニアのカウナスの元日本総領事館の建物にある杉原千畝記念館を訪問することにしました。カウナスでは、杉原一家がリトアニアを離れる前に滞在したメトロポリスホテルに泊まります。



さて、『神戸の歴史』26号をざっとみたところ、手塚治虫『アドルフに告ぐ』に、当時神戸にユダヤ人が少なからず居住していた様子が描かれているという記述がありました。

ちょうど夫が実家から引き揚げてきた本の山の中に『アドルフに告ぐ』全巻がありました。めくってみたところ面白くて、そのまま一気に読んでしまいました。その様子を覗いていた小5息子も読み始め、親子で半日かけて読了してしまいました。


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史実を基にしたフィクションですが、面白いですね。本当にあったことのように思えて入り込んでしまいます。さすが手塚作品。そして、予想以上に神戸が舞台なのですね。てっきりドイツが舞台だと思っていました。

作品中、杉原千畝の名前こそ出てきませんが、ポーランドからリトアニアに逃れたユダヤ人たちをシベリア経由で日本に脱出させるという話が出てきます。この作品では、日本ではユダヤ人差別がなく、特に神戸ではコミュニティを形成し、土地になじんでいたように描かれています。

神戸に勤務するようになって3年目ですが、まだまだ神戸を知りません。戦災・震災で当時の様子を留めているところはそう多くないでしょうが、そのことも含め、「アドルフに告ぐ・神戸めぐり」もよいかもと思ったりもしています。








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by chekosan | 2017-06-04 10:50 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
この映画、原題は “Land of Mine”(地雷の国)ですが、それでは人を呼べないんでしょうね。
「ヒトラーの忘れもの」という邦題は、ちょっと意訳過ぎるかなと思いますが、
その方が時代やテーマを容易に想像させ、なんだろう観に行こうかなと思う人は多いかもしれません。

この作品の舞台はデンマークです。

デンマークはドイツと戦ったわけではないのですが、5年に渡って事実上占領されました。
イギリス率いる連合軍が解放したあと、デンマークに残されたドイツ兵捕虜が、
ドイツが海岸に埋めた200万ともいわれる地雷を撤去する任務に充てられます。
ところがこれが年端も行かない少年兵たちなのです。

統率するのがデンマークの鬼軍曹。
この人、はじめのうちはそれはそれは怖くて厳しい人なのですが、
自分の子どもくらいの年齢の少年たちが、食べ物もなく、体調不良にフラフラになり、
それでも故郷に帰るため文字通り命がけで任務にあたる様子を見て、
だんだんとほだされていきます。しかし…  


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    ↑
がっちりした軍曹と、あどけなさの残る少年兵たち。どう見ても子ども。ひょろひょろです。

戦争も末期になってくるとドイツは15歳くらいから兵士として採用するようになっていたのです。
それもお国のために、総統のためにと志願する男の子が多かったのですね。

パウゼバングの小説『片手の郵便配達人』にもそうした記述があります。
みすみす命を落とすくらいならと、祖父や母が阻止しようとするシーンもあります。

この映画の少年兵たちもそうして志願してきたのでしょうか。
「お前たちは兵士か!?」「はい!軍曹!」「では兵士らしくしろ!」と怒鳴られます。

兵士らしく任務を全うして故郷に帰り、瓦礫だらけのドイツの復興のため働くことを夢見て、
なんとか数か月を耐えようとするのですが、
砂浜を匍匐前進して手で掘って地雷を除去するという作業は危険が伴います。
どんどん仲間が減っていきます。

こんな非効率的な危険な作業を未来を担う子どもが命を落としてあたっていたとは。

いや、そもそも何万何百万という地雷を埋めなければ、こんなことは起こりえなかったわけです。

地雷を製造し、埋めて、それを撤去するなどという不毛なことに費やした資源と人命とエネルギーを
もっと生産的なことに向けていればと思わざるを得ません。
もちろん地雷だけでなく、すべての殺傷手段についてもそうです。
せめて同じ過ちを繰り返さないよう、史実を明らかにし、歴史に学ばなくてはいけないと思います。

なお、この捕虜による地雷撤去の事実も長らく公にはならず、
1998年になって、『強制の下で』という本が出版されて、ようやく白日の下に晒されたそうです。

2012年にはデンマークは地雷撤去完了を宣言したそうですが、
その翌年には未処理の地雷が発見されたそうです。












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by chekosan | 2017-04-22 15:42 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

2015年、アフガンやシリアからの難民が欧州に大挙して押し寄せた。
その大移動に新聞記者である著者が同行し、同時進行で発信するルポルタージュである。

難民や移民には、欧州各国が自国にとどまられないようにと移動手段を用意したため、
予想外に短期間で難民の波はギリシャからオーストリア、ドイツへと動く。

難民ではない記者は難民用の移動手段は使うことができず、
取材対象者であるアフガンからの難民、アリさん一家とはぐれたり待ちぼうけを食わされたりする。
同行取材とは言いながら、3週間の取材期間中、かなりの日数アリさんたちとは別行動となる。

シェンゲン協定により域内の移動は自由であるはずのEUで国境を目の前に右往左往したり、
難民の人たちと接触できなかったりして疲弊する記者の率直な吐露は同時進行ルポならではだろう。

ただ、はぐれていた間の難民一家の移動や生活の様子がわかりづらいため、
「同行記者おおいに苦労する」的な部分の方が印象に残ってしまうのは惜しい。


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取材対象であるアリさん一家がドイツにいったん落ち着いたところで、
話は、アウシュヴィッツに収容され、戦後はオーストリアのサッカー界の発展に尽力したユダヤ人、
ロッパーさんの生涯の紹介となる。

これは、ドイツが難民を受け入れる背景に、
第二次世界大戦中のドイツのユダヤ人迫害という事実があったことを説明するためなのだが、
章題が「贖罪のドイツ」であること、
オーストリアがナチスドイツに一方的に支配された被害国として描かれているのには違和感がある。


そして、ドイツに着いて数か月経ったアリさん一家の様子に話が戻るのだが、
ドイツの手厚い難民保護に感謝するアリさんの話を聞いて、
(記者の支局のあるオーストリアでは)欧州の若者が職を得るのに大変な状況なのに、
そんなに税金を使って難民を保護するようでは、極右政党が勢力を伸長するのもわからなくない、
というような記述が出てくる。

いやしかし、、、彼らは着の身着のまま命がけで異国の地へ逃れてきて、
正式に難民として承認されるかどうかもわからない不安定な身の上である。
豪邸で遊び暮らしているわけではない。

バーバラ・エーレンライクの『ニッケル・アンド・ダイムド』だったか、
低賃金で不安定な職に就いてみるという体験ルポがあった。
そうした生活をしていると、持ち物や「いざというとき頼れる命綱」がないために、
かえって健康的な食生活を送れず、健全な節約もできないという。

ドイツで家族3人、食費含めて生活費10万円では余裕などないだろう。
それとも弱者は徹底して貧しくあらねば、苦難を耐え忍ばなければいけないだろうか。

それよりも、ドイツはどうやって住居を確保し、支援金を捻出しているのか、
難民認定された人々の就職支援や、地域に入っていく手助けはどのようなものか、
外国人向けドイツ語講座はどのようなものか、
それらにどれくらいの人員を割いているのかといったところを知りたいと思った。









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by chekosan | 2017-03-11 00:51 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)