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by chekosan

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ドイツで戦後すぐに書かれたハンス・ファラダの小説『ベルリンに一人死す』を映画化したものです。独・仏・英合作の映画です。

舞台は1940年のベルリン、棺桶を作る木工所の職工長の夫とその妻の一人息子が戦死するところから始まります。夫婦は、息子を奪われた悲しみと憤りから、絵葉書に体制批判、ヒトラー批判を書き、街角に置いて回ります。ささやかな、しかし見つかれば死刑は確実という危険な行為です。そうして2-3年もかけて、ゲリラ的に置いて回った葉書計285枚のほとんどは、見つけた市民によってすぐさま警察に届けられ、夫婦の命を賭した運動は広がりを見せることはありませんでした。


原作はかなり大部の著作で、主人公夫婦以外の人物もていねいに描き出しているそうですが、この映画では、周囲の人々については描き切れていません。主人公たちの夫婦愛とゆるがない意思の尊さに焦点が当てられています。全体的にさらっと話が進んでいって、若干盛り上がりや余韻には欠けます。ドイツが舞台なのに、英語なのもちょっと残念… が、主演俳優二人の演技がとても良いし、映像として全体的にきれいで雰囲気があるので、これはこれでいいかという感じです。

ただ、実話をもとにした話ということなので、体制賛美一色と思われがちなナチスドイツ時代にも、命がけで体制を批判する名もなき市民がいたということを語り継ぐという点で、意義深い映画であると思います。



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by chekosan | 2017-07-12 22:16 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

7月は毎週、京都シネマに行かないと!

アイヒマンの後継者



サラエヴォの銃声



残像 →アンジェイ・ワイダ監督遺作



ヒトラーへの285枚の葉書 → 観ました。感想はこちらに









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by chekosan | 2017-06-27 22:17 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

昨年(2016年)、「第2次世界大戦中、外交官杉原千畝(ちうね)氏(1900~86年)が発給した「命のビザ」によってナチス・ドイツの迫害を逃れ、神戸にたどり着いたユダヤ人難民についての資料提供を神戸市が呼び掛けている」という報道を見ました。この春、その成果物が発行されました。『神戸の歴史』第26号です。

杉原千畝氏には前々から関心をもっていました。加藤剛主演の映画のテレビ放送を見て知ったのだったか。1990年代に岐阜・八百津町役場が開いた千畝展にも行きました(その後、八百津町には杉原千畝記念館も建てられていますが、こちらは未見)。滋賀で開催された、杉原氏に関する写真展にも行きました。下の写真は、2014年9月にあけぼのパーク多賀で開催された写真展です。


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杉原ビザで日本にたどり着いたユダヤ難民に関する記録は多くはなかったようですが、神戸市の呼びかけで市民から情報が寄せられました。『神戸の歴史』26号には、寄せられた情報や論稿、資料などが掲載されています。一般家庭で着物を着て記念撮影している写真などもあります。


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今年が私にはベストなタイミングに思えてきたので、この夏は、八百津町の記念館と、ユダヤ人がたどり着いた敦賀の「人道の港 敦賀ムゼウム」、そして千畝氏がビザを発行したリトアニアのカウナスの元日本総領事館の建物にある杉原千畝記念館を訪問することにしました。カウナスでは、杉原一家がリトアニアを離れる前に滞在したメトロポリスホテルに泊まります。



さて、『神戸の歴史』26号をざっとみたところ、手塚治虫『アドルフに告ぐ』に、当時神戸にユダヤ人が少なからず居住していた様子が描かれているという記述がありました。

ちょうど夫が実家から引き揚げてきた本の山の中に『アドルフに告ぐ』全巻がありました。めくってみたところ面白くて、そのまま一気に読んでしまいました。その様子を覗いていた小5息子も読み始め、親子で半日かけて読了してしまいました。


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史実を基にしたフィクションですが、面白いですね。本当にあったことのように思えて入り込んでしまいます。さすが手塚作品。そして、予想以上に神戸が舞台なのですね。てっきりドイツが舞台だと思っていました。

作品中、杉原千畝の名前こそ出てきませんが、ポーランドからリトアニアに逃れたユダヤ人たちをシベリア経由で日本に脱出させるという話が出てきます。この作品では、日本ではユダヤ人差別がなく、特に神戸ではコミュニティを形成し、土地になじんでいたように描かれています。

神戸に勤務するようになって3年目ですが、まだまだ神戸を知りません。戦災・震災で当時の様子を留めているところはそう多くないでしょうが、そのことも含め、「アドルフに告ぐ・神戸めぐり」もよいかもと思ったりもしています。








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by chekosan | 2017-06-04 10:50 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
この映画、原題は “Land of Mine”(地雷の国)ですが、それでは人を呼べないんでしょうね。
「ヒトラーの忘れもの」という邦題は、ちょっと意訳過ぎるかなと思いますが、
その方が時代やテーマを容易に想像させ、なんだろう観に行こうかなと思う人は多いかもしれません。

この作品の舞台はデンマークです。

デンマークはドイツと戦ったわけではないのですが、5年に渡って事実上占領されました。
イギリス率いる連合軍が解放したあと、デンマークに残されたドイツ兵捕虜が、
ドイツが海岸に埋めた200万ともいわれる地雷を撤去する任務に充てられます。
ところがこれが年端も行かない少年兵たちなのです。

統率するのがデンマークの鬼軍曹。
この人、はじめのうちはそれはそれは怖くて厳しい人なのですが、
自分の子どもくらいの年齢の少年たちが、食べ物もなく、体調不良にフラフラになり、
それでも故郷に帰るため文字通り命がけで任務にあたる様子を見て、
だんだんとほだされていきます。しかし…  


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    ↑
がっちりした軍曹と、あどけなさの残る少年兵たち。どう見ても子ども。ひょろひょろです。

戦争も末期になってくるとドイツは15歳くらいから兵士として採用するようになっていたのです。
それもお国のために、総統のためにと志願する男の子が多かったのですね。

パウゼバングの小説『片手の郵便配達人』にもそうした記述があります。
みすみす命を落とすくらいならと、祖父や母が阻止しようとするシーンもあります。

この映画の少年兵たちもそうして志願してきたのでしょうか。
「お前たちは兵士か!?」「はい!軍曹!」「では兵士らしくしろ!」と怒鳴られます。

兵士らしく任務を全うして故郷に帰り、瓦礫だらけのドイツの復興のため働くことを夢見て、
なんとか数か月を耐えようとするのですが、
砂浜を匍匐前進して手で掘って地雷を除去するという作業は危険が伴います。
どんどん仲間が減っていきます。

こんな非効率的な危険な作業を未来を担う子どもが命を落としてあたっていたとは。

いや、そもそも何万何百万という地雷を埋めなければ、こんなことは起こりえなかったわけです。

地雷を製造し、埋めて、それを撤去するなどという不毛なことに費やした資源と人命とエネルギーを
もっと生産的なことに向けていればと思わざるを得ません。
もちろん地雷だけでなく、すべての殺傷手段についてもそうです。
せめて同じ過ちを繰り返さないよう、史実を明らかにし、歴史に学ばなくてはいけないと思います。

なお、この捕虜による地雷撤去の事実も長らく公にはならず、
1998年になって、『強制の下で』という本が出版されて、ようやく白日の下に晒されたそうです。

2012年にはデンマークは地雷撤去完了を宣言したそうですが、
その翌年には未処理の地雷が発見されたそうです。












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by chekosan | 2017-04-22 15:42 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

2015年、アフガンやシリアからの難民が欧州に大挙して押し寄せた。
その大移動に新聞記者である著者が同行し、同時進行で発信するルポルタージュである。

難民や移民には、欧州各国が自国にとどまられないようにと移動手段を用意したため、
予想外に短期間で難民の波はギリシャからオーストリア、ドイツへと動く。

難民ではない記者は難民用の移動手段は使うことができず、
取材対象者であるアフガンからの難民、アリさん一家とはぐれたり待ちぼうけを食わされたりする。
同行取材とは言いながら、3週間の取材期間中、かなりの日数アリさんたちとは別行動となる。

シェンゲン協定により域内の移動は自由であるはずのEUで国境を目の前に右往左往したり、
難民の人たちと接触できなかったりして疲弊する記者の率直な吐露は同時進行ルポならではだろう。

ただ、はぐれていた間の難民一家の移動や生活の様子がわかりづらいため、
「同行記者おおいに苦労する」的な部分の方が印象に残ってしまうのは惜しい。


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取材対象であるアリさん一家がドイツにいったん落ち着いたところで、
話は、アウシュヴィッツに収容され、戦後はオーストリアのサッカー界の発展に尽力したユダヤ人、
ロッパーさんの生涯の紹介となる。

これは、ドイツが難民を受け入れる背景に、
第二次世界大戦中のドイツのユダヤ人迫害という事実があったことを説明するためなのだが、
章題が「贖罪のドイツ」であること、
オーストリアがナチスドイツに一方的に支配された被害国として描かれているのには違和感がある。


そして、ドイツに着いて数か月経ったアリさん一家の様子に話が戻るのだが、
ドイツの手厚い難民保護に感謝するアリさんの話を聞いて、
(記者の支局のあるオーストリアでは)欧州の若者が職を得るのに大変な状況なのに、
そんなに税金を使って難民を保護するようでは、極右政党が勢力を伸長するのもわからなくない、
というような記述が出てくる。

いやしかし、、、彼らは着の身着のまま命がけで異国の地へ逃れてきて、
正式に難民として承認されるかどうかもわからない不安定な身の上である。
豪邸で遊び暮らしているわけではない。

バーバラ・エーレンライクの『ニッケル・アンド・ダイムド』だったか、
低賃金で不安定な職に就いてみるという体験ルポがあった。
そうした生活をしていると、持ち物や「いざというとき頼れる命綱」がないために、
かえって健康的な食生活を送れず、健全な節約もできないという。

ドイツで家族3人、食費含めて生活費10万円では余裕などないだろう。
それとも弱者は徹底して貧しくあらねば、苦難を耐え忍ばなければいけないだろうか。

それよりも、ドイツはどうやって住居を確保し、支援金を捻出しているのか、
難民認定された人々の就職支援や、地域に入っていく手助けはどのようなものか、
外国人向けドイツ語講座はどのようなものか、
それらにどれくらいの人員を割いているのかといったところを知りたいと思った。









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by chekosan | 2017-03-11 00:51 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
アウシュヴィッツ強制収容所に存在した家族収容所区画での実話をもとにしたフィクションです。
主人公である14歳の少女ディタ(実在の人物)を中心に書かれています。
そのため、かなり太い本ですが、読みやすくなっています。

とはいえ、舞台がアウシュヴィッツなので、信じがたい残酷な情景も出てきます。
耐えがたい苦しみや悲しみが主人公たちを襲いますが、
それを少しだけ和らげてくれたのが、家族収容所につくられた「学校」でした。

ユダヤ人の体育指導員であるヒルシュ青年(実在の人物)がナチスに掛け合ってつくったもので、
主人公ディタは、そこに極秘で持ち込まれた8冊の本を管理する「図書係」だったのです。

禁止されている本を隠し持っていることがばれれば、即刻、殺されます。
ディタは、知恵を働かせ、命がけで本を守ります。
それだけ本は、人々の心を救う、大切な大切なものだったのです。



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著者は1967年生まれのスペインのジャーナリスト。被収容者でも遺族でもありません。
ディタさんの話を知り、ご本人に聞き取りを重ね、調査を重ねて書いたとのことです。

そう聞くと、ついつい登場人物像やエピソードを事実として受け止めがちですが、
フィクションであるということは念頭においておく必要があります。

たとえば、訳者あとがきに明確に書かれているのですが、
主人公が読んだという設定の小説「兵士シュヴェイクの冒険」からの引用の一部は創作とのこと。

その部分は、たしかに私も記憶にないエピソードで、
シュヴェイクというよりは別のキャラクターが言いそうなことなので、
なんとなく違和感をもったのですが… 
引用を創作するというのは、ちょっと思いもよりませんでした。

また、全体的にあまり文章がこなれていないようにも思います。
が、アウシュヴィッツでの体験を記した、フランクル『夜と霧』、
プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』http://chekosan.exblog.jp/26200975/
スピーゲルマン『マウス』http://chekosan.exblog.jp/25882741/ といった作品に
勝るとも劣らないような詳細な収容所生活の様子も描かれていますし、
なにより家族で収容されていた人々の生活については、上記の作品では記述されていないので、
興味深く、ときに衝撃を受けながら、あっという間に読みました。

ディタのほかにもたくさんのユダヤ人被収容者やナチスの隊員が出てきます。
決死の脱出を図る人、処刑されてしまう人、ガス室で殺されてしまう人、
なんとか戦争終結まで生きた人の行動や行く末もかなりの紙幅を割いて描かれています。
その点も、調査をもとにして記述するジャーナリストならではだと思います。






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by chekosan | 2017-03-08 22:11 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

これも長く寝かしていたディスク、「ハンナ・アーレント」をようやく観ました。

日本公開当時、中高年層を中心にヒットしているという報道を見ました。
アーレントは「20世紀最大の思想家」と呼ばれ、翻訳書もたくさん出ていますが、
アーレント自身を描いた映画がヒットするというのは意外でした。

今回観てみて、なんとなくわかりました。
まったく派手さやドラマティックな展開はないのですが、
じわじわと効いてきて、もう一度見ようかなと思わせる映画なのです。

特に、アーレントが友人たちと議論する場面や、最後の講義(8分間の演説)シーンは、
思わずメモを取るようなセリフが続きます。


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話は、1960年にナチスの幹部の一人だったアドルフ・アイヒマンが潜伏先のアルゼンチンで捕まって、
イスラエルで裁判を受けることになったところから始まります。

ユダヤ人であるアーレントはドイツでハイデッガーの薫陶を受けます。
しかしハイデッガーはナチスを支持。
アーレントはフランスで一時抑留されますが逃亡に成功し、
亡命先のアメリカで優れた著述家、思想家として活躍します。

アイヒマン逮捕を知ったアーレントは、イスラエルに飛んで裁判を傍聴し、
思考に思考を重ねて、2年をかけて記事にします。

ところが、その考察がナチス擁護であると捉える人が多く、大波乱を起こします。
夫や友人や秘書、記事を掲載した「ニューヨーカー」誌編集長や学生たちは彼女を支持しますが、
読者あるいは読んではいないけど気に食わないと手紙を送ってくる人々、
彼女を裏切り者として絶縁する古いユダヤ人の友人や大学の同僚の批判や非難に、
強い哲学者アーレントも疲弊を隠せなくなります。

それでも力を振り絞って学生たちに「考えること」の大切さを熱弁するスピーチは圧巻です。

「理解を試みるのとゆるしとは別である」「書く者には理解する責任がある」
「思考ができなくなると、平凡な人間が残虐な行為に走る」
「“思考の風”がもたらすのは知識ではない。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力である」
「私が望むのは、考えることで人間が強くなること。
 危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう」

◇◇◇

ディスクには特典映像がついていまして、これがまた興味深いものでした。

アーレントという人物を映画にするにあたっては、師であるハイデッガーとの恋や、
フランスでの抑留体験、亡命などを取り上げることもできたのですが、
あえてそこは避け、私たちが彼女から受け取ったもっとも重要なもの、
すなわち彼女の思想を表現することを追求したのだそうです。

それが一番あらわれるのがアイヒマン裁判をめぐる論争でした。
アイヒマン裁判は映像ですべて記録されているのですが、
制作者たちは、200時間に及ぶ映像をすべて見て、
アーレントの著作や書簡集や伝記を読み込み、関係者に会って構想を練ったそうです。

そして、同時に哲学者といえど机の前でタイプライターを叩いているばかりでない、
ひとりの人としての人生も描こうと、夫や友人との交流や会話、
教員としての仕事のシーンなどもたくさんちりばめたそうです。

その狙いは当たったと思います。
友人たちとのパーティや会話、夫との仲睦まじい様子、若い秘書との信頼関係、
新学期までに授業準備をしなくてはと必死な様子、
学生の憧れと尊敬のまなざしを受ける様子がたいへん印象的でした。

特典映像の監督インタビューの最後、
「アーレントのことはいまだに嫌うユダヤ人も多い、
 彼らが発言すれば論争になるかもしれない、論争は歓迎する」
という発言もカッコイイ!

ちなみに、この映画、監督、制作、脚本が女性です。
ああなるほどという感じがします。やはり女性の描き方が自然でした。

◇◇◇

にしても!

まあ~~~よく煙草を吸う! 
実際にアーレントはヘビースモーカーだったそうですが。

アーレントだけでなく当時はみんなパカパカ吸っていたようですね。
この時代を取り上げた映画では、喫煙シーンが多いですね。
戦後、ナチスを追い詰めたドイツの検事総長バウアーの映画なんかでも
スパスパ吸いまくりでした。
http://chekosan.exblog.jp/26583987/

ただ、バウアーの映画でも若手は吸ってませんし、
アーレントの映画でも、親友メアリーが「煙すぎる」と言うシーンがあるので、
みんながみんなではなさそうですが…

そういえば、、、院生時代に出ていた西洋政治思想の大家W先生の授業もそうだった…
先生の研究室で開かれていたのですが、喫煙率高かったなあ。
なにか関連性があるのでしょうか!?
ま、いまは大学内は全面禁煙、個人研究室といえど禁煙になっていますけどね。 

◇◇◇

本筋とはどんどん離れていきますが、60年代のファッション、いいですね。
アーレントの親友で作家のメアリー・マッカーシーのスーツやドレスがすごくいい。
講義室を埋め尽くす学生たちも古き良きな感じでいいです。

このメアリー役の女優さんはイギリス出身でイギリスの演劇学校で学んだ人で、
アメリカ人作家という役どころなので、英語がクリア。

対して、アーレントと亡命知識人たちはドイツ訛りということになっているので、
なんかさっぱり聞き取れませんでした… (-_-;)





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by chekosan | 2017-02-25 17:00 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

2016年8月にベルリンで見てきたシュタージ(旧東独の秘密警察)関連施設について、
小さな論稿にまとめました。

「「負の遺産」をどう伝えるか ー旧東独のシュタージ(国家保安省)関連施設の事例ー」
   流通科学大学論集 人間・社会・自然編 第29巻2号 2017年1月発行
本文こちらからご覧いただけます。


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現職も初年次教育に専念するポジションですが、
研究費や競争的資金獲得に関してはなんら差や制限がなく、
たいへんありがたいことに2年連続で特別研究費をいただいています。

それを活用し、ドイツやチェコが、
「負の過去」をどのように市民に伝えようとしているかを
伺い知ることのできる施設や展示を見てきました。
今回は、そのうちベルリンの旧シュタージ施設を取り上げました。

院生時代にチェコスロヴァキアの秘密警察がらみの論文を書いていて、
そのときからの問題意識と、

「過去をどのように伝えるか」
「負の遺産を現在と未来にどう生かしていくか」
「教育、文化施設は政治的・歴史的関心をどう扱っているのか」

といった、ここ数年の関心とをつなげることができました。
そういう意味で、小論ですが愛おしい一本となりました。

まだまだ発展していきたい・いけるテーマだと思っています。
さまざまな国の同様の施設などを見て、比較していけたらと思います。

ベルリン・プラハ行きに当たっては、ドイツ在住の女性研究者のお二人、
山内麻貴子さんとNicole Keuschさんに多大なご協力をいただきました。
ありがとうございました。






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by chekosan | 2017-02-06 12:51 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)

これから観たい映画の上映予定リスト、第2弾です。
まったくもって私の趣味と実益、都合に合わせたピックアップです。

※2月27日追加しました


「ホームレス ニューヨークと寝た男」

大阪 シネ・リーブル梅田 2月4日(土)~
京都 京都シネマ     2月4日(土)~
兵庫 元町映画館     順次公開

「エリザのために」  ルーマニアが舞台の映画

2月18日~ シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ
2月25日~  シネ・リーブル神戸


「フランス組曲」
アウシュビッツで亡くなったユダヤ人作家の未完小説が原作。
フランス人女性とドイツ人将校の悲恋。

→ 観ました。感想はこちらに

京都シネマ 2月25日ー3月3日



「手紙は憶えている」  70年前に家族を殺したナチスを探すストーリー。

京都シネマ 3/11(土)~3/17(金)


「Tomorrow パーマネントライフを探して」

公開中 シネ・リーブル梅田
2月11日(土)~ シネ・リーブル神戸
2月18日(土)~ 京都シネマ



「FAKE」  佐村河内守氏のドキュメンタリー映画

3月18日(土)~3月24日(金) 19日休英 京都シネマ 10:10~


「キャロル」

3月25日(土)~3月31日(金) 京都シネマ 10:10~








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by chekosan | 2017-01-29 14:47 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

今年の映画3本目は「アイヒマンを追え!」
2015年のドイツの映画です。

戦後、ナチスの幹部、特にアウシュビッツ強制収容所の責任者を追及した、
ドイツのヘッセン州検事長フリッツ・バウアー(実在の人物)が主人公です。
バウアー役の俳優は本人にかなり似せていますが、架空の人物やエピソードも織り交ぜてあります。

バウアーは、ユダヤ人を強制収容所に「移送」した責任者であるアドルフ・アイヒマンを見つけ出し、
ドイツの法廷で裁きを受けさせようとします。

しかし、その頃はまだナチスの残党が国家の中枢や企業にいて、なかなかうまくいきません。
脅迫状もしょっちゅう届きます。部下、つまり検察にさえ、元親衛隊の検事がいます。

そこでバウアーはイスラエルの情報機関モサドと極秘で接触しますが…

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謎解き的な面白さや、絵としてのきれいさなら、「顔のないヒトラーたち」の方が濃いと思います。
こちらはバウアーの部下の若手検事が主人公で、アイヒマン以外のナチス幹部を見つけていく話です。



また、「アイヒマン・ショー」は、イスラエルでのアイヒマンの裁判を全世界に発信する、
テレビ中継チームの奮闘と悩みを描いています。これらを観ると、より理解が深まると思います。



「アイヒマンを追え!」は主人公が実在の初老の男性なので、絵的にはあまり華やかさはありません。
派手な立ち回りの場面もありませんし、事態の打開の過程もわりと地味です。
ドラマチックなロマンスもありません。

その分、過去に向き合わねばならないという信念を
命を懸けて貫き通すバウアーのメッセージは明確に伝わると思います。

こういう人がいないと、こういう行動がなければ、
過去はうやむやにされていたのだということを知ることができます。


本作のもう一つの特徴は、バウアーと部下が共に同性愛者であることに焦点を当てていることでしょう。

戦後も、というより最近(1994年)までドイツでは刑法175条によって同性愛は犯罪とされていたので、
バウアーと部下は、二人して致命的な「弱点」を抱えていたのです。
そして、その「弱点」の証拠を「敵」に握られてしまうのです。

いまでこそドイツでは同性婚も認められ、ゲイを公言する公職者が広い支持を得ていますが、
ナチ政権下では多くの同性愛者が厳しい弾圧を受け、強制収容所に送られました。
そして戦後も戦争犯罪を追及する法律家を脅迫する手段であったのです。

さらにバウアーは、ユダヤ人であり、反ナチスの活動家で、強制収容所にも入れられています。
何重もの迫害される要素をもちながら闘い続けた人であるということを描いているのです。

同性愛の要素は、お色気場面、色モノシーンではなく、この映画の重要な柱の一つとなっています。


ということで、アウシュビッツ裁判、アイヒマン裁判関連の映画といえば、
いまだ封を切っていない「ハンナ・アーレント」のDVDもそろそろ観たいところです。
授業も終わったことなので、積読?ビデオを消化していきたいです。


そうそう、蛇足ですが、バウアーがタバコや葉巻をがんがん吸うところも時代を感じました。(^^;)
この点もいまや全然違いますよね。映画のなかでも若手はバウアーの喫煙を文字通り煙たがっています。
若い世代に期待したいと語りかけるバウアーの古い面を象徴している感じで、ちょっと面白いなと思いました。

◇◇◇

同性愛者の権利を獲得する運動を扱った映画は、「ミルク」(アメリカが舞台)、
「パレードへようこそ!」(イギリスが舞台)を観ましたが、どちらも良かったです。












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by chekosan | 2017-01-26 00:18 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)