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by chekosan

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チェコスロヴァキアで実際に起った史実を基にした映画「ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦」を観に行きました。

ハイドリヒはナチのナンバー3と言われた人物です。ドイツが占領したチェコスロヴァキアの抵抗組織を壊滅状態に追い込み、ユダヤ人絶滅政策を推し進めた人物でもあります。イギリスと在ロンドン亡命チェコスロヴァキア政府は、チェコスロヴァキア軍の兵士7人を、ハイドリヒ暗殺に送り込みます。その7人のうち2人を主人公に据えた話です。

前半は作戦の計画段階や作戦を実行すべきか否か惑う人々の葛藤を淡々と描いていて、演技や演出や音楽も控えめです。全体をセピアっぽい色調にすることで当時のプラハっぽさをうまく表現しています。

舞台がプラハで、主要登場人物はチェコの俳優が多いのに、言語が英語なのは残念。ここはやはりチェコ語でやってほしかった。興行的に仕方ないのでしょうけど。ドイツ人はドイツ語でした。

外国の俳優さんって年齢や美醜がよくわからないことがあるのですが、本作でもそうでした。そのため登場人物がそれぞれどういう位置づけなのか、しばらくわからなかったです。(^^;

以下ネタバレあり。


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実行部隊は、イギリスからパラシュートでひそかにやってきた軍人たちで若者中心。軍人ゆえに亡命政府の命令は絶対です。

チェコスロヴァキアにとどまって抵抗活動をしているレジスタンスは、ナチによって壊滅状態に追いやられてきたため、この作戦には慎重です。ナチの幹部を暗殺などすれば報復としてどれだけの市民が殺されるかわからない、チェコが地図から消えてしまうかもしれないと言います。パラシュート部隊の若者たちにも恐怖心や迷いが生じます。

しかし、結局パラシュート部隊7人は計画を実行します。このとき、たまたま居合わせた市民が何人も銃撃戦の犠牲になります。

彼らの潜伏を助けた協力者の親子も残酷な仕打ちを受けます。ここのシーンはとにかく酷い。作品中もっとも観るのがつらい場面が続きます。

さらにレジスタンスが恐れていたように、5千人ともいわれる市民がナチの報復で殺されます。

実行部隊を匿ったという疑いをもたれたリディツェ村は、男性全員が処刑され、女性や子どもは収容所送りになり、そのうちほとんどの人は生きて帰ってくることができませんでした。見せしめのため、村の建物はすべて破壊され、更地にされてしまいます。

このような報復の残虐さと悲劇については、チェコのレジスタンスの口から暗殺の実行部隊に伝えられます。映画の最後には観客に向けて字幕でも再度示されます。暗殺の代償はやはりたいへんなものとなったのです。

が、この映画は、実行部隊のなかの2人に焦点を当てたドラマとなっています。そのため、暗殺者らの思いや迷い、恐怖心と愛国心とのせめぎあい、協力者のチェコ女性との恋と別れ、暗殺の緊迫感、暗殺実行後に匿われた教会でのドイツ軍との銃撃戦をかっこよく、ロマンチックに描き過ぎている感がありました。特に最期の最期の幻想シーンはちょっと…と思いました。

邦題からイメージするほどヒーロー万歳な戦争物ではないですが、もう少し深みが欲しいかなという感じです。

というか、この邦題… たしかに内容とは一致していますが、B級戦争映画感満載過ぎませんか。
これではお客さん呼べないと思うのですが…





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by chekosan | 2017-09-30 17:50 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
「シンドラーのリスト」をDVD特典映像「生存者たちの声」とともに観ました。

スティーブン・スピルバーグ監督のアカデミー賞受賞作、ホロコースト映画の代表のような作品です。公開当時から話題になっていたのに、20年以上経ってようやく観る気になりました。

シンドラーはもっと「白い」善人として描かれているのかと思っていましたが、決してそうではないのですね。遊び上手のプレイボーイ、酒と女と贈賄で大儲けするやり手経営者。

ところが、廉価な熟練労働者を確保するという理由でユダヤ人を雇用し始めたはずが、そのうち彼はその理屈が通らないような人まで雇うようになります。お金を積んで、危ない橋を渡って、ユダヤ人労働者たちを家族ごと雇用するのです。

いよいよその手も使えなくなるかという事態に陥ると、蓄財を投げ打って自分の故郷に軍需工場を稼働させる名目で、1000人以上のユダヤ人たちを「身請け」します。そして、建前だけの「収容所」に彼らを住まわせ、SSの立ち入りや干渉を拒み、終戦まで彼らを守り通したのです。

はじめにつくったクラクフのホーロー工場では鍋や釜をつくって儲けを出すのですが、最後のチェコの軍需工場では砲弾を造っているふりをしただけで、実際にはまったく売れるものは造っていなかったといいます。

まさに「映画のような話」なのですが、特典映像を見ると、生存者の証言と映画のなかのエピソードがぴったり合っているのです。



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◇◇◇

ところで、ホロコーストに関する回想や証言には、「なぜ逃げなかったのか、抵抗しなかったのかと聞かれるが、まさか20世紀にもなって意味なく人が人をこれほどまで殺戮したりはしないだろうと思っていた」という証言がよく出てきます。

ところが現実は、前例や想像をはるかに超えて残虐さを増していきます。とにかく何もかもを取り上げられ、むやみやたらと暴力を振るわれ、簡単に殺されます。

誰かが脱走したり抵抗したりすれば、本人だけでなく、周囲の人たちまで暴力を振るわれたり、見せしめや抑止のために問答無用で殺されされますし、そうしたことがなくても、口をきいたからといっては殺され、気に入らないからといっては殺され、あるいは特に何の理由もなく殺されていくのです。

着の身着のまま、まともに食べることもできず、圧倒的な力の差、暴力の手段の差があるなかで、虐げられている側は抵抗や反抗や逃亡などできなかったのです。そうした事実があったことを、こうした作品や生存者の証言で残していくことは大切です。そうでなければ気がつけばまた、、ということになりかねません。

ということで、スピルバーグはホロコーストや大量虐殺の生存者の証言を集め、教育に活用する活動を展開しています。すでに全世界から5万2千の証言を記録し、データベース化して閲覧できるようにしているそうです。

◇◇◇

さて、シンドラーが多くのユダヤ人を雇った工場は、ポーランドのクラクフとチェコのブルニェネツにあります。クラクフのホーロー工場の方はクラクフ歴史博物館になっていて、多くの人が見学に訪れているようです。こちらは近いうちにアウシュヴィッツと併せていきたいと思っています。




一方、チェコのシンドラー工場の方は廃墟になっています。

チェコの工場は19世紀に建てられた古い建物で、チェコで唯一現存する収容所です。戦後は国有化されて工場として使われてきました。民主化後に民営化され、車のシートカバーなどの織物工場として稼働しますが、2009年に倒産したあとは放置され、2014年に売りに出されました。

地元の作家が歴史的な文化財として保存公開するよう働きかけてきましたが、それが実り、現在の所有者と地元自治体が博物館として保存することに同意して、今後再建される予定のようです。

この工場はシンドラーの出身地にあるのですが、ここはドイツ系住民が多数を占めていたズデーテン地方です。ヒトラーのドイツはズデーテン地方、そしてチェコを占領します。戦後、チェコはドイツ系住民を国外追放します。89年の民主化後、このことは、ドイツ系住民への財産返還の問題もからまえてチェコとドイツの間の大きな問題となります。

さらには、シンドラーの若い頃の素行が良くなかったこと、ナチス党員になったことなども重なって、彼への評価や彼の工場の保存・活用については地元住民の積極的な支持を得られていなかったようです。

この工場が歴史を問い直し、後世に悲劇と教訓を伝えていく場となるでしょうか。

整備されたらぜひ訪れたいと思います。











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by chekosan | 2017-09-25 16:13 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
「関西ウーマン」に掲載していただいている書評「信子先生のおすすめの一冊 」、今月は故・米原万里さんの『旅行者の朝食』です。食べものにまつわるエッセー集です。

米原さんの本のタイトルはひとひねりあるものが多いですが、本書もそう。表題の意味は米原さんの本でぜひ確かめてください。


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ところで、今月から書評にもタイトルが付くようになりました。「コイとハルヴァと少女と私」。米原さん風に、こちらもいろいろ掛けてあります。(=´∀`)

ちなみに、私が見つけたハルヴァをこっそりアップしておきます。食べた感想は、、、書評本文で!


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by chekosan | 2017-08-19 11:47 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
京都は松ヶ崎の京都工芸繊維大学美術工芸資料館で開催中のチェコ ポーランド ハンガリーのポスター展に行ってきました。


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大学の施設なので入場料は一般200円! 大学生は150円、高校生以下無料。ただし日・祝はお休みです。初めてお邪魔しましたが、緑が多いキャンパスだと思いました。

入ってすぐのホールから、たくさんのポスターが! ロートレック系のもあれば、ソ連のプロパガンダポスターも。これは壁画並みの大きさでした!

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さて、お目当てのポスター展。写真撮影不可なので、メモを取りながら鑑賞しました。が、書籍を発行されていることがわかりました。すぐ取り寄せようと思います。

チェコ🇨🇿ポーランド🇵🇱ハンガリー🇭🇺では、社会主義時代、自由な表現活動が許されなかったため、芸術家たちはグラフィックデザインの分野で活躍しました。

今回の展覧会では、映画、イベント、サーカスなどの告知ポスターが展示されています。全然古びない、素晴らしく洒落たデザインばかり。全部欲しくなりました。

映画のポスターでも、俳優の顔やタイトルをバーーンと載せるのではなく、作家が独自の解釈で、独自の手法でデザインしていて、完全に独立した作品です。

どれもこれも良かったのですが、特に惹かれたのはチェコのフレイシャーの作品。オシャレ!カワイイ! グッズなんかにはなっていないのかしら。今度チェコに行ったら探してみようと思います。

同展は8/11まで開催されています。

なお、同大学には詩人の谷川俊太郎さんが寄贈されたレトロラジオコレクションがあります。資料館二階の廊下に大型のものが数台と、図書館に小さなものがたくさん。こちらも見てきました。開館していれば一般来学者も入館できます。




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by chekosan | 2017-06-24 17:25 | 美術 | Trackback | Comments(0)

クンデラの新しい作品を読みました。『無意味の祝祭』です。

初期の作品からするとボリュームからして違うのですが、
それだけではなく、いろいろな意味で、良く言えば削ぎ落とされ洗練された、
しかし、チェコ時代の作品に惹かれる読者としては物足りない作品でした。

クンデラといえば、ストーリーで読ませるというよりは、
歴史や国家や社会と個人の人生のからみあい、関わり方を深く考え抜いた哲学的考察、
作家が小説のなかに出てきて登場人物の内面をこれでもかというくらいしつこく分析するところ、
実験的な入り組んだ構成へのこだわりが面白かったのですが、
この作品では、そういう深さや悩み、実験的な性格は薄れています。

文学作品は、その作品に書かれた世界だけで評価するべきという考えもありますが、
クンデラの場合、彼自身が小説に顔を出してメタな視点で語り始めるという形をとっているので、
彼自身や彼を取り巻く状況の変化が作品に投影されていることを抜きにしては語れないと思います。

この作品は、壮年期の迷いや悩み、苦しみから脱した老年期のクンデラが投影されていると思います。
それは登場人物の年齢設定云々よりも、作品全体に漂う雰囲気に表れています。
もはや生々しい葛藤の渦中ではない人の書く小粋さを楽しむ小品と感じました。




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クンデラ作品の読書記録はこちら。








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by chekosan | 2017-04-03 19:15 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
アウシュヴィッツ強制収容所に存在した家族収容所区画での実話をもとにしたフィクションです。
主人公である14歳の少女ディタ(実在の人物)を中心に書かれています。
そのため、かなり太い本ですが、読みやすくなっています。

とはいえ、舞台がアウシュヴィッツなので、信じがたい残酷な情景も出てきます。
耐えがたい苦しみや悲しみが主人公たちを襲いますが、
それを少しだけ和らげてくれたのが、家族収容所につくられた「学校」でした。

ユダヤ人の体育指導員であるヒルシュ青年(実在の人物)がナチスに掛け合ってつくったもので、
主人公ディタは、そこに極秘で持ち込まれた8冊の本を管理する「図書係」だったのです。

禁止されている本を隠し持っていることがばれれば、即刻、殺されます。
ディタは、知恵を働かせ、命がけで本を守ります。
それだけ本は、人々の心を救う、大切な大切なものだったのです。



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著者は1967年生まれのスペインのジャーナリスト。被収容者でも遺族でもありません。
ディタさんの話を知り、ご本人に聞き取りを重ね、調査を重ねて書いたとのことです。

そう聞くと、ついつい登場人物像やエピソードを事実として受け止めがちですが、
フィクションであるということは念頭においておく必要があります。

たとえば、訳者あとがきに明確に書かれているのですが、
主人公が読んだという設定の小説「兵士シュヴェイクの冒険」からの引用の一部は創作とのこと。

その部分は、たしかに私も記憶にないエピソードで、
シュヴェイクというよりは別のキャラクターが言いそうなことなので、
なんとなく違和感をもったのですが… 
引用を創作するというのは、ちょっと思いもよりませんでした。

また、全体的にあまり文章がこなれていないようにも思います。
が、アウシュヴィッツでの体験を記した、フランクル『夜と霧』、
プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』http://chekosan.exblog.jp/26200975/
スピーゲルマン『マウス』http://chekosan.exblog.jp/25882741/ といった作品に
勝るとも劣らないような詳細な収容所生活の様子も描かれていますし、
なにより家族で収容されていた人々の生活については、上記の作品では記述されていないので、
興味深く、ときに衝撃を受けながら、あっという間に読みました。

ディタのほかにもたくさんのユダヤ人被収容者やナチスの隊員が出てきます。
決死の脱出を図る人、処刑されてしまう人、ガス室で殺されてしまう人、
なんとか戦争終結まで生きた人の行動や行く末もかなりの紙幅を割いて描かれています。
その点も、調査をもとにして記述するジャーナリストならではだと思います。






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by chekosan | 2017-03-08 22:11 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

今年4本目の映画は、「エゴン・シーレ 死と乙女」。

20世紀初頭、ウィーンで活躍し、28歳で没した画家、エゴン・シーレの生涯を描いています。
パンフレットによると、かなり史実に忠実に作られているそうです。

19世紀末から20世紀初頭にかけての世紀転換期の文化は、華やかさと不気味さが混ざり合った、
独特な魅力があって好きです。

本作にも登場するクリムトの金をふんだんに使った装飾的な絵画は、その代表でしょう。
クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」が壁に描かれた分離派会館の建物は
25年くらい前に行きました。そこを離れたくなくなる迫力のある作品でした。

この映画にも、クリムトが出てきます。どぼーんとしたガウンを着たおじさんで、シーレは美青年。
年齢も雰囲気も世間の評価も違うのですが、シーレはクリムトを尊敬し、
クリムトはシーレの才能を認めて支援します。その関係がいい感じで描かれていると思いました。



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シーレの作品は、エロティックだけど、生命力よりは病的なもの、死を感じさせます。

そして、裸体の絵が多いわりにはモデルが子どものようで、薄くて中性的だなあと思っていたら、
パンフレットの解説によると、やはりそういう体を好んで描いていたそうです。

考えてみれば、第一次世界大戦前後なのですね、創作の時期が。
しかも少年期に父親があまりまともでない亡くなり方をし、残された家族は生活にも困ったよう。
そういった経験が、あのねじれた不気味な画風に影響を与えたのでしょうね。

この頃は、いまなら抗生物質や特効薬で治るような病気で人がどんどん死んだ時期なんですね。
シーレと妻も、スペイン風邪で亡くなります。
スペイン風邪はインフルエンザの一種ですが、2千万とか4千万の人が亡くなったといいます。

シーレの妹が、なんとか熱を下げなくてはと闇市に「キニーネ」を買いに行くシーンがあります。
キニーネといえば、先日まで授業で読んでいた「兵士シュヴェイクの冒険」にも何度も出てきます。

シュヴェイクは第一次世界大戦の頃の話なので、まさしく同じ時代です。
召集される兵士たちは兵役を免れようと怪我や病気や障害があると申告するのですが、
そうした人たちは、それ拷問なんじゃないのというような「治療」を受けます。

その「治療」がつらくて、治りましたと申告して前線へ駆り出されてしまうという話のなかに
キニーネを処方するというのが出てくるのです。
つまり、キニーネって服用すると、相当つらい副作用が出るということですよね。
→追記あり(2017.1.31.)

シーレの妹がなんとか入手したキニーネは手のひらに収まるほどの小さな瓶に入っていました。
ほんのちょっと口にするものなのでしょうか。

*1月31日追記:

今朝あらためて電子辞書で「キニーネ」を確認。
あっさりとした説明のなかに知りたいことが整理されていてすっきり腑に落ちました。

『明鏡』が特にわかりやすかったです。

  「キナの樹皮から製する結晶性アルカロイド。味はきわめて苦い健胃剤・解熱剤にも用いるが、
   特にマラリアの特効薬とする。」

ということで、傷病兵への「治療」として使うのは至極まっとうなのだけど、
これを飲む(なめる?)くらいなら…というほど「きわめて苦い」のですね。

うっかりインターネットで検索したために、いろいろ盛り込みすぎな記事や解説が出てきて、
確かに太字にした部分も記述してはいるのですが、いまいち浮かび上がってこなかったです。
やっぱり辞書ですね。

(追記終わり)

などと、妙な細部に関心をもって見たのでありました。


と、死の雰囲気がつきまとうのですが、明るいシーンもあります。
特に、友人たちとウィーンを離れて、クルマウという町に絵を描きに行きます。
そこでの様子は青春~という感じです。

クルマウは、チェコのチェスキー・クルムロフという町です。
1993年にエゴン・シーレ・アートセンターがつくられ、
シーレゆかりの町としても打ち出しているようです。

この町にはブルタヴァ(モルダウ)川が円のような形で流れていて、
お城と旧市街がそっくり残っている、こじんまりとしたいいところです。
町ごと世界遺産になっています。

私がクルムロフに行った頃には、このセンターの情報がなくて、
残念ながらまだ行ったことがありません。

今度、クルムロフに行くことがあれば必ず行ってみたいと思います。





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by chekosan | 2017-01-30 23:10 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(2)

同志社大学法学部の特殊講義「ロシア・東欧の政治と社会」、最後のシリーズは、
ヤロスラフ・ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』でした。

これも太めの文庫本4冊にわたる長編。でも未完。
作者が生きていたらどんな大長編になっていたのだろう。読みたかった。

正確には、本編は3冊とちょいで、残りは短編や書簡、訳者解説なのですが、それでも長いには違いない。

風刺小説でテンポが良く、挿絵の魅力も相まって、とっても面白いのですが、
なにしろ第一世界大戦のお話なので、時代背景を知らないとけっこうチンプンカンプンだったようです。(^^;)

しかも授業は最後の2回だけしか割かなかったので、ちょっと駆け足になってしまいました。
年度を越えてもう一度読むのもいいかもと話しています。

私は20年ぶりくらいの再読でしたが、やっぱり面白かったです。シュヴェイク最高。

ものすごいテンポ感で、登場人物たちの切れ目ないおしゃべりに乗せて、
皇帝、帝国、聖職者、軍隊、警察といった権威や権力者、権力機構や、
メディア、マーケット(例えばペット産業)のいいかげんさや俗物根性を徹底的におちょくります。

さらっとブラックなユーモアも紛れ込んでいるので見逃せない。
シュヴェイクの身の回りの世話をしていたミュレロヴァーさんなんて
何もしていないのに強制収容所に連行されています。

一番面白いのは1巻なのですが、1巻は絶版なんです。ぜひぜひ復刊してほしいなあ。。。

で、この作品の一番の面白さは、主人公シュヴェイクをはじめとする登場人物が、
なになにと言えば、どこどこの誰それさんがああしてこうして、、、と
ホラなんだかどうなんだかよくわからない事例をノンストップで話すところなのですが、
土地勘がないとこれがピンとこないのです。

そこで、受講生の一人が、シュヴェイク地図を作ってくれました!

これがすごいんです! 
チェコの地名って、当時と、翻訳された時代と、そして現在では、結構変わっているんです。
それを脚注や今の地図などを確認しながら、現在の地図に書き込んでいってくれたんです。



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しかもですね、地図上のイラストも受講生の手描きなんです。スキャンして貼ったのではないんです。
ヨゼフ・ラダの挿絵を見て描いたんですって。もう、ラダの代わりに挿絵が描けるレベルです!

そして、手描きイラストは、そのシーンの舞台である場所にだいたい対応させて配置してあります。
さらに、写真には入れませんでしたが、地名一覧と初出のページは別の紙に書きだしてあります。

この地図自体が一つの作品ですよ! °˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
こういうことを自ら思いついて、楽しんで取り組めるというのは素晴らしいですね。

でも、この地図は、文庫で言うと2巻までなので、代々引き継いでシュヴェイク地図を完成させようか、
クンデラ地図も作ったら面白いかも、さらにその町が今はどうなっているかを
グーグルアースなんかで確認していくなんてのもいいかもね、などと、おおいに盛り上がりました。


この授業は、私からこうしろああしろと指示しなかったのですが、
このように、それぞれの回の報告担当者が、毎度、力作の資料を作ってきてくれました。

読むだけでも大変だったと思うのです。再読の私でもけっこうキツキツギリギリでしたから。
よくぞがんばってくれました。おかげで実に楽しい時間でした。


この科目、いったいどういう科目で、どう進めているの?と聞いていただくことが多いので、
学期を通しての授業のまとめは、また別稿で詳しく記録したいと思います。乞うご期待(?)









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by chekosan | 2017-01-26 15:27 | ロシア・東欧に関する授業@同志社 | Trackback | Comments(0)
本日は閑話休題。

同志社の輪読ゼミのラストは、ヤロスラフ・ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』を読みます。
風刺小説なので笑いながら準備しました。シュヴェイク、一番好きな作品なので楽しい~~♡

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で、原書やビデオを引っ張りだしてきました。
ヨゼフ・ラダの挿絵、大好き。しかも、この原書は挿絵がカラーなんです♡
岩波文庫に収録されていない絵もあります(多分)。

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ビデオは開封もしないまま。。デッキが潰れる前に変換してダビングなくちゃ。
って、家庭用ビデオデッキでは変換できないから放置していたんだったか!?

『シュヴェイク』の感想などはまた別途。(^▽^)

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    ビデオの裏面 ↓  
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ところで、「我が家のチェコ(2)」にもお気に入りチェコ本が登場しているのですが、
新築半年も経ってない時期なので、本棚がガラガラでびっくり。
このあと、20本近い本棚はすぐ満杯になり、
何重にも詰め込み過ぎて次々棚板が瓦解しています。(-_-;)




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by chekosan | 2017-01-17 18:03 | チェコ | Trackback | Comments(0)
クンデラを読む第4弾は『小説の技法』(岩波文庫 2016)でした。
小説とは何かについてのエッセイや対談、講演を収めた本です。

『存在の耐えられない軽さ』『冗談』『不滅』と長編を続けて読んで、
最後に復習がてらクンデラ自身の小説論で締めくくるつもりで選んだのですが、
薄い文庫本にもかかわらず、私は本作が一番手こずりました。

クンデラは他の作家や哲学者や作曲家を引き合いに出すことが多く、
ヨーロッパの精神や文化を継承し発展させるという意思を色濃く盛り込む人なので、
ボーッと読んだりザーッと読んだりができないのです。

報告者もどうまとめようかと悩んだようですが、
これまでに読んだ作品に言及している箇所を中心に取り上げてくれました。

クンデラは作品を7部構成にするのが好きなのですが、
そのルーツはクンデラの好きなベートーヴェンの弦楽四重奏曲131 番であるという話が出てきます。
報告者はその曲も聴いて確かめたとのこと。いい勉強していますね。(^ ^)


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以下は、私のメモです。

◇◇◇

◆小説とは
小説にしかできない発見をすることが小説の唯一の存在理由である。
→ これはクンデラが何度も引き合いに出す小説家ブロッホの言葉です。

小説というものは、諸学問にできないことを可能にするものである。
また、小説はその内部に、詩やエッセイといった様々な形式の表現を統合できる。
そのような様々な形式を含みつつ、一つのまとまったものにするのは、
筋書きや時系列的なものではなく、 一つのテーマである。

小説は、どちらかが正しい、誰かが正しいと断じるものではなく、
人間が相対的なものであることを許容し、その複雑性を尊ぶものである。

→ この「複雑性こそが小説の精神である」というのがキーでしょうか。

それと対照的なのはメディアであったりイデオロギーだったりします。
クンデラは、最大多数に、あるいは人類全体に受け入れられるような、
単純化、紋切り型を世界に配給しているとメディアを批判しています。

◆実存
クンデラは小説とは実存を検討するものと繰り返し強調します。
この実存とは、過去に実際に起こったことを意味するのではなく、
人間の可能性、人間がなりうることのすべて、人間に可能なことのすべてを意味します。

◆「カフカ的」とは
クンデラが分析する「カフカ的」なるものをまとめると次のようになるでしょうか。
1)権力との対立、権力への対抗は果てしない迷路である。
  制度というものは、それ自体が固有の法則に従って動いていくメカニズムである。
  (そのために誰と対峙し、どう抗えばよいのかがわからない)
2)そこでは、書類が真の現実の代わりになる。
3)罰せられたものが自らの過失を探そうとする「自己有罪化」が働く。
4)滑稽さ、笑いを誘う性格がある。
  ただしこれは見ている者にであって、当事者にとっては面白いことではもちろんない。
  
◆「著述マニア」に対する揶揄
皮肉たっぷりに書かれていて笑ってしまうのが、「著述マニア」をめぐる記述です。
「著述マニア」とは「本を書く(したがって不特定多数の読者を持つ)という欲望」と説明し、
「おのれの自我を他者におしつけようとする偏執」
「権力への意志のもっともグロテスクな変形」と断罪します。

そして、人が「私の本の中で言っているように…」と発言するときの「本」の部分は、
その前の音節よりも少なくとも一オクターブ高く発音されると指摘します。
「「私の本」とは自己満足の音声的なエレベーターなのだ」と楽譜付きで解説します。

さらには、
「作家たちがみずからの身元を隠し、偽名を用いることを法律で強制されるような世界を夢見る」
というのですが、その利点の一つに「著述マニアの劇的な限定」を挙げています。

手厳しい。ここには自嘲も入っているのでしょうか??

◆ヨーロッパ精神
ヨーロッパ精神とは、個人の尊重、独創的な考えと侵しがたい私生活の権利の尊重と言います。
これらは現代では脅かされているが、小説の歴史の中、知恵の内に収められていると言います。

◇◇◇

数週間にわたってみんなでクンデラの作品を読み、
感じとったこと、気づいたこと、気になったこと、面白いと思ったことを自由に話してきました。

私にとっては『小説の技法』以外は、20年ぶり?くらいの再読でしたが、
やはり読み応えがあり、非常に頭を使う作品だなあと感じました。
ただ、登場人物の感情や感覚が実感として理解できるようになったなと思いました。

若い学生諸君も忘れたころに再読したらまた違った感想をもつでしょうか。
もしもそんな機会が持てれば面白いなあと思います。

授業はあと2回。
院生君のリクエストで、ヤロスラフ・ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』です。
こちらも私は20年ぶりくらいの再読です。
シュヴェイクはとにかくテンポが良くて面白いので、楽しいラストになりそうです。

ところで、教育関係者や読書会を計画している方などから、
この授業の進め方について聞かせてほしいとご連絡をいただきました。

特にこれといって工夫も何もないのですが、
授業がもうすぐ終わりますので、稿をあらためてまとめてみたいと思います。^^
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by chekosan | 2017-01-13 22:09 | ロシア・東欧に関する授業@同志社 | Trackback | Comments(0)