中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan
今回の最大の目的は、杉原千畝ゆかりの場所に行くことでしたので、宿も杉原ゆかりのホテルメトロポリスにしました。

リトアニアに侵攻してきたソ連からの度重なる要請により、日本領事館を閉鎖し、出国することになった杉原一家が、数日間休養のために泊まったホテルです。ここでも杉原は、日本の通過ビザを求める人々に書類を発行したと言われています。

カウナスの中心地、新市街にあるホテルメトロポリス。今でも現役のホテルです。入り口側には、杉原を記念するプレートがかけられています。プレートは2015年、「命のビザ」発給75年を記念して、こちらとカウナス駅に掛けられたようです。

カウナスの観光地ではほとんど見かけなかった日本人も、ここでは何組かお見かけしました。


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このように、ホテル外側のプレートには日本語の説明まであるのですが、館内には特に何も案内はありません。ホテルのパンフレットにも載っていません。当時の宿帳が現存していないため、杉原一家がどの部屋に泊まったかもわからないようです。


内部はクラシックな雰囲気が残っています。でも思いのほかロビーは小さかったです。


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階段のステンドグラスを毎朝毎夕、眺めながら上り下りしました。そう、このホテルにはエレベーターがないのです。全体に古びています。そのため一等地にしては破格のお値段だと思います。


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団体さんが利用することも多いようです。大型バスがよくホテル前に停まって荷物の出し入れをしていました。どこにそんなに収容できるの?と思いましたが、実はこのホテル、奥が深~いのでした。行けども行けども部屋があるのです。

一枚目の濃いピンクの壁の建物だけかと思いきや、下の写真の薄いピンクの建物にもつながっているのです(下の写真の右奥がピンクの建物になります)。

通りに面したレストランは超人気で、いつでもお客さんでいっぱいでした。カウナスの夏の夜は長いので、深夜日付が変わるころまで、実ににぎやかでした(^^;


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ちなみに、カウナスの中心部は3階建てくらいまでで高さが統一されており、たいへん美しい街並みです。

さて、到着から4泊したお部屋は、ステンドグラスの階段を3階まで上がった真ん前。4人まで泊まれる2ベッドルームでした。そこしか空いてなかったからのようですが、もちろんチビッコと2人では使いきれません! 一部屋はバスルームに行くために通り過ぎるだけとなりました。それでも1泊1部屋8千円(朝食別)くらい。贅沢~。

もっぱらメインベッドルームを使いました。ここにデスクや冷蔵庫があったので。奥の扉は第2ベッドルームに続きます。以前は左にも部屋が続いていたようです。今はそのドアは閉じられていました。

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第2ベッドルームはまるっきり使いませんでした。

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さらに小部屋に続く扉があります。小部屋にはタンスと鏡だけ。贅沢な空間の取り方。

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小部屋の奥にようやくトイレ、そしてバスルーム。バスルームエリアで大きな声を出しても、ベッドルームに声が届かない。。。


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バスルームには温水パイプによる暖房が入っていました! リトアニア、夏はわりと暑くなるので、お部屋には冷房が欲しいくらいだったのですが、バスルームは確かに天井が高くて体が冷えそうになるので暖房があるくらいで良かったかも。

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タオルが少々お見苦しゅうございますが、、、このレトロなバスルームも、もしかするとモダ~ンに改装されてしまうかもしれないのでアップ。右手の温水パイプはタオルや洗濯物がカラッと乾くのでありがたかったです。


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このホテルはすべてこういうレトロな部屋かというとそうではなくて、ヴィリニュスに移って、また最後に戻ってきたときに1泊した部屋は、改装してモダーンになっていました。

こちらは、はじめのお部屋の向かい側です。床は板張りでやはりギシギシってましたが、設備は最新のものが入っていました。

はじめの部屋に比べると小さく感じますが十分広いです。日本のホテルの部屋が小さすぎるのかもしれないですね。
あとからバスルームエリアを付け足したのか?、丸い柱状のバスルームエリアをぐるっと回れる造りになっていました。



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壁に昔のカウナスの街並みがプリントされている。。。白い壁でもいいように思うのですが、部屋が広いのでうるさくはないです。


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シャワーブースでバスタブはなかったけど、チビッコにはシャワーが使いやすいと好評でした。まあ、やはり設備は新しい方が何かと使いやすいですね。


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というように、不思議なくらい部屋によって改装の度合いが違ったのですが、レトロなVIPルーム(?)と、最新の設備の部屋と、どちらも泊まれて面白かったです。そのうちレトロ部屋も改装するのかな? そうするとお値段上がっちゃうかも? 

朝食は一人3ユーロです。私たちは朝食抜きのプランで予約しましたが、その場、その場で払えばOKでした。

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とにかく場所がいいし、お値段もお安いので、なかなかお得なホテルだと思います。ただし、繁華街にあるので、夏は深夜までにぎやかです。とりわけ金曜の夜は…!! 静かでないと寝られない人は静かな部屋を指定されることをおススメします!


つづく






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# by chekosan | 2017-09-16 16:47 | リトアニア | Trackback | Comments(0)

ちっとも進まないリトアニア旅行記。やっと1日目の記録。未完の大作になりそう。

さて、今回の旅の最大の目的は、カウナスの杉原記念館に行くことでした。

杉原記念館は、1939年に日本の外交官、杉原千畝が開設し、1940年7月末から8月にかけて、主にポーランドからのユダヤ難民に2139通の通過ビザ、いわゆる「命のビザ」を発給した元日本領事館の建物です。

日本領事館が閉鎖されたあとは共同住宅として使われていましたが、1999年、リトアニアとベルギーの知識人や実業家が「杉原『命の外交官』基金」を創設、2000年に杉原記念教育センターを設立しました。以来、この基金(NPO)が管理運営しています。



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杉原記念館は、カウナスの目抜き通りの東の起点となる聖ミカエル教会から1キロあまり、徒歩で15~20分ほどの少し小高くなった住宅街にあります。市街地からは思いのほか近いです。

建物は日本の二世帯住宅くらいのサイズです。前庭はほとんどなく、建物の前はすぐ道路という感じで、連日何百人という人が押し寄せてきたときは、相当な圧迫感であっただろうと思いました。


緑のコンテナが置いてある左手が杉原記念館。ごくごく普通の住宅地。


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訪れたときは外壁の改装中だったので、全体像がわかる写真が撮れなくて残念でした。



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クラウドファンディングによる修理の真っ最中。ある意味、貴重なときに行ったのかもしれません。


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日本語が堪能な受付の青年によれば、見学者はほとんどが日本人とのこと。ゲストブックの記帳もほとんどが日本語で、まれにヘブライ語や英語が見られました。

寄付金箱に入っているのも、ほとんど日本の紙幣。



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カウナスでの計5日ほどの滞在中、鉄道駅と、杉原がリトアニアを退去する直前に泊まっていたホテルメトロポリス以外で日本人を見かけることはなかったのですが、同館のゲストブックでは間を置かず日本人が訪れています。私たちが同館にいた1時間ほどの間にも3組ほどが訪れていました。

ほとんどの日本人観光客は「杉原詣で」を目的としてカウナスを訪れているのではないだろうかと思われます。

記念館の受付には、お土産ものも置いています。杉原や、同じく難民にビザを発給したオランダ領事のツバルテンディクの写真を用いたもの、領事館の公印をデザインしたリネン製品(リネンはリトアニアの特産)など種類も多いです。質、デザインとも良く、価格もそこそこします。

後に訪れた施設には書籍のみか、施設の外観を刷った葉書やマグネット程度しか置いていなかったのに比べると、杉原記念館には商売気があるように思えなくもないです。

が、同館は人を助けこそすれ抑圧した場ではないし、ここはいわば「聖地」、「聖地」にはお土産はつきものでしょう。

また、同館が国家からの援助を受けず寄付で賄っている施設であることを考えれば、民間の力だけで歴史的建造物を保存、活用する財源を自館で確保する例として参考になるかと思います。



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絵葉書、ピンバッヂ、封筒、マグネット、Tシャツ、バッグ、チョコレート、冊子などいろいろありました。ちなみに、杉原記念館のお土産は日本円で購入することができます。



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つづく



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# by chekosan | 2017-09-15 22:41 | リトアニア | Trackback | Comments(0)
香港からの復路の機内で、アニメーション映画「この世界の片隅に」を観ました。

クラウドファンディングに参加されているSNSのお友達がいらしたので、その頃からほぉ??と見てはいたのですが、あの甘い絵柄にあまり食指が動かず。そのうちずいぶん話題になって、そうなるとまた観る気が失せておりました。あまのじゃくです。

機内の音がうるさく、しょっちゅう機内アナウンスやら食事のサーブやらで途切れ、冒頭しばらく話がつかめなかったのですが、主人公のすずさんが呉のお家にお嫁に行くあたりからは、ほぼちゃんと観ることができました。

ちょっとぼ~とした主人公、やさしい夫、あたたかく見守る家族や近所の人たちの、戦争中だけど工夫して衣食住を賄う日常がほのぼのした雰囲気で描かれていきます。わかりやすい「悪者」は出てきません。

戦局が厳しくなるにつれ、「ふつうの極み」のようなすずさんが「ふつう」でいられなくなります。そのあたりからは常時、つるつる涙が流れ落ちる感じ。特に、幼い姪と広島の孤児のエピソードは、子を持つ親にはたまらない場面でした。

でも最後には希望を感じさせる展開があり、明るく見終えることができます。

どうやら、そういう「悲痛さばかり苦しみばかりを過剰に押し付ける戦争映画ではない」「前半がほんわかとしているからこそ、後半の悲痛さや憤りが生きてくる」というところが評価されているようです。


しかしそのことをもって、あるいはこの作品だけを見て、「歴史に残る映画だ」と大絶賛するのには違和感を覚えています。





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# by chekosan | 2017-09-10 12:58 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

関西ウーマン「信子先生のおすすめの一冊」、9月は中野京子さんの「怖い絵」シリーズです。

ただいま、兵庫県立美術館で、この本にちなんだ展覧会が開かれています。
7月22日から始まり8月30日には入場者15万人を突破しました。

キャッチコピーは『その闇を知ったとき、名画は違う顔を見せる。』

……「怖い絵」といっても、悪魔や人殺し、戦争といったわかりやすいものだけではありません。現代の私たちには考えられないような残酷な風習や習慣が反映されている「怖い」絵もあれば、ダヴィッドのスケッチのように人の心の闇の部分やよこしまな気持ちを露わにしているという点で「怖い」絵もあります。……

書評本文はこちらからどうぞ。


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# by chekosan | 2017-09-09 14:38 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
リトアニアから1ヶ月弱、論文を出すのにヒーヒーで、いまだ旅行記録もまとめられていないのに、香港に行ってきました!(≧∇≦)

今回は本務校の一年生向け海外研修に同行☆ 「異文化理解」という科目の研修なのですが、私は担当教員ではありません。

この科目、年々履修登録者が増え、今年は55人となりました。当初配置の教職員2名では少ないので、どなたか助っ人来ていただけませんかと初年次教育担当者に声がかかり、香港には行ったこともないのにハーイと手を挙げました。

55人中1/3くらいは、初年次ゼミや「文章表現Ⅱ」などで担当していた学生。おそらく初年次教育の合同授業で見かけた先生やなという学生もいたと思います。おかげで、すぐさま彼らの中に入っていけました。

数度の顔合わせ打ち合わせを経て、55人の学生と5名の教職員、総勢60名の大所帯で、いざ香港2泊3日の旅!

現地ガイドさんに連れられて、いかにも香港なところに行ったり、


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現地の大学生との交流タイムの時間は、学生同士にお任せなので、教職員メンバーは近場を散策したり打ち合わせしたり。


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最終日の午前は完全自由時間、自分たちで行動しようタイムだったので、私もひとり歩き。香港大学を見てきました。


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土地のない香港、大学の建物も山肌に張り付くように林立していました。地下鉄からキャンパスに上がるエレベーターは長蛇の列。賢そうな学生さんに混じって粛々と並びました。

旅の楽しみ、ご当地グッズコレクション。香港大学のオリジナルグッズです。


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学生たちも最終日にはすっかり慣れて、彼らだけで街歩きできたようです。

慣れた頃に帰国で残念ですが、全員無事元気に帰国できて何よりでした!!

みんな、ちゃんとレポート書くんだよ〜(^o^)/




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# by chekosan | 2017-09-08 10:51 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
2017年8月は、1日から11日までリトアニア調査旅行。リトアニア良かった。帰ってきて、資料をたくさんひも解いて、見てきた記系論文を書いて一応提出。そんなひと月。ということで、8月の読了本もリトアニアと旅が中心。9月も派生本を読んでいく。


8月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:2105
ナイス数:201

鴎外の恋 舞姫エリスの真実鴎外の恋 舞姫エリスの真実感想
昨年ベルリンで鴎外記念館近くに泊まっていながら記念館には行かなかった。読んでいたら絶対に行ったな。いやベルリンに行ったからこそ、この本に興味を抱けたのかも。次の機会にはぜひ行ってみよう。本書は、森鴎外の『舞姫』のヒロイン、エリスのモデルを探すドキュメンタリー。著者はベルリン在住で、ドイツ語が堪能。粘り強い調査でモデルと思われる女性を突き止める。調査のきっかけから細かい過程、著者の迷いまで、つぶさに書きとめた読み物は、研究者の書くものよりもドラマチックで面白い。若干、感情移入が強すぎるきらいはあるが。
読了日:08月04日 著者:六草 いちか


それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影感想
森鴎外の「舞姫」のヒロイン、エリスのモデルと思われる女性を追うドキュメンタリー第2作。著者は、公文書や教会の文書をしらみつぶしに探し、モデルと思われる女性の妹の子孫を突き止め、女性の中年期の写真を手に入れる。前作も本作も、著者の探索を時系列で記述する形のため臨場感がある。研究者であればカットするような、調査にかかった時間や行き詰まり、対応した文書館の担当者の様子まで書かれており、調査の苦労や手法がわかるところも面白い。ただ、推測や感情に基づく記述や情緒的な表現が多い点には注意が必要。
読了日:08月17日 著者:六草 いちか


ぼくには数字が風景に見えるぼくには数字が風景に見える感想
リトアニアに関する本を洗い出していて浮上。著者はサヴァン症候群でアスペルガー症候群。映画「レインマン」のように数字に強く、記憶力に秀でている。数字や言葉は色や感覚を伴って現れるという。驚きの連続。しかしコミュニケーション能力には難がある。本書でも記述の量や濃度にムラがあり、そこに著者の特性が表れている。で、なぜリトアニアが関係するかというと、著者が1997年頃、英語教師としてイギリスから赴任したから。違いがあって当たり前という状況に身を置くことで著者は大きく変化し、自信をつける。私にはこの章が面白かった。
読了日:08月19日 著者:ダニエル・タメット


旅行者の朝食 (文春文庫)旅行者の朝食 (文春文庫)感想  → 関西ウーマン連載「信子先生のおすすめの一冊」で取り上げました。
チェコのコイ料理をSNSで話題にしたところ、読書友達が本書にも記述があると教えてくれた。その部分だけ確認して積読になっていたので、リトアニア旅行のお供にして寝る前にちびちびと読んだ。米原さんが求め続けたお菓子ハルヴァの話を読んだ翌日だったか、リトアニアの小さな村のスーパーでそれを発見。果たしてそのお味は、、、月イチ連載の書評に書きました。https://www.kansai-woman.net/Review_s.php?id=201150
読了日:08月19日 著者:米原 万里


バルト三国歴史紀行〈3〉リトアニアバルト三国歴史紀行〈3〉リトアニア感想
著者はソ連・東欧に駐在していた元ビジネスマン。バルト3国の旅の記録と歴史紹介シリーズの3巻目のためか、いつのどういう旅なのかがよくわからなかった。発行は2007年だが奥付によれば1998年から地方紙で連載されていたようなので、旅自体はそのあたりなのか? 今年(2017年夏)行って見てきたリトアニアとはずいぶん様子が違い、この間の変貌ぶりを感じられた。構成や流れやバランスがややこなれていない気はするが、これだけリトアニアをクローズアップした本はそうはない。細かく出典が示されていればなお良かった。
読了日:08月21日 著者:原 翔


ホロコースト前夜の脱出―杉原千畝のビザホロコースト前夜の脱出―杉原千畝のビザ感想
著者は小中学校の教師を勤め上げる直前に新聞で杉原千畝に関するコラムを読み、強い関心を抱く。退職後、杉原夫人や、杉原の発給したビザで欧州を脱出したユダヤ人の1人でのちにイスラエルの宗教大臣を務めたバルハフティク氏との面会を実現する。本書は夫人やバルハフティク氏の著作に多くを拠っており、独自の調査研究の成果は特にないようだが、当時の情勢や、杉原ビザ発給前後の状況を満遍なくダイジェストで小説風に読むことができる。
読了日:08月24日 著者:下山 二郎


伝記世界を変えた人々 (6) ワレンバーグ−ナチスの大虐殺から10万人のユダヤ人を救った、スウェーデンの外交官伝記世界を変えた人々 (6) ワレンバーグ−ナチスの大虐殺から10万人のユダヤ人を救った、スウェーデンの外交官感想
1944年、中立国スウェーデンの外交官としてハンガリーに赴任し、10万人のユダヤ人を救出した人物の伝記。ワレンバーグは名家の出身で、アメリカに留学し、数か国語を操る青年だったが、職業外交官ではなかった。ようやくユダヤ人救出に動きだしたアメリカの戦時難民委員会の活動を欧州で展開するための要員であった。だからこそ思いつく大胆な作戦で多くの人々を救う。ところがソ連によるハンガリーの解放直後、今後の交渉のためソ連軍司令部に赴いたまま失踪する。いまもって失踪後の足取りがはっきりしないということに衝撃を受ける。
読了日:08月25日 著者:M.ニコルソン,D.ウィナー


旅のラゴス (新潮文庫)旅のラゴス (新潮文庫)感想
人間社会の発展をやり直すとしたら系SFファンタジー。主人公は、彼らが生きる星に宇宙船でたどり着いた先祖が残した書物を求めて旅をする。書物から高度な文明の発展史を吸収するが、自分たちの世界の科学や社会的制度の自然な発展を飛び越すような知識や技術をむやみに与えることはしない理知の人。ラゴスという名はロゴスからか。そこは面白いが、出自が良く、行く先々で尊敬され、「世話をする」妻たちが現れ、子は妻たちに丸投げで故郷に戻り、すべてを得た老年に思い出の人を追って旅に出るってのは、いかにも「男のロマン」な冒険譚。
読了日:08月25日 著者:筒井 康隆

読書メーター

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# by chekosan | 2017-09-01 11:11 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
流通科学大学の前期の1年生向け基礎技能の授業「文章表現Ⅱ」(桑原桃音先生と私で担当)で課題として取り組んだものの一つに、新聞への意見文投稿があります。気になる新聞記事を見つけて、それについての意見を400字程度にまとめて投書しました。

過去2年もそれぞれ1名ずつ新聞に掲載されたことが確認できましたが、今年はすでに3名の投書が掲載されたことを確認できました。嬉しい驚きです。

新聞の投書欄には膨大な数の投書が寄せられますし、「文章表現Ⅱ」だけでも同時期に100名近くが一斉に投書するので、よく書けていても掲載されるのは難しいことです。掲載されなかった学生たちの意見文も、展示や冊子作成などで、多くの方に読んでいただく機会を作りたいと思います。


画像の処理が下手で恐縮ですが、掲載された文章をご紹介します。



愛媛新聞2017年7月15日掲載

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毎日新聞 2017年8月1日掲載

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神戸新聞 2017年8月23日掲載

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# by chekosan | 2017-08-24 11:54 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
ポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダ監督の遺作となった「残像」を観てきました。

実在した画家ストゥシェミンスキ(1893-1952)の晩年を描いた作品です。第一次世界大戦で片手と片足を失ったストゥシェミンスキは、その後、美術を学び、画家として名を馳せます。美術館や造形大学の創設、興隆にも尽くし、学生に慕われ、周囲からの尊敬を受けていました。

ところが、ポーランドがスターリン主義に染まっていくなかで、あらゆる表現活動も「社会主義リアリズム」に基づくことを強制されます。それに抗ったストゥシェミンスキは、大学の職を奪われ、困窮し、病に伏して亡くなります。

救いのない、重い映画です。

いや、学生たちが、危険が及ぶとわかっていても、職を解かれたストゥシェミンスキの部屋に出入りして師事したり、無職となった彼になんとか職を見つけてきたり、彼の理論を口述筆記して本にしようとしたりと、ずっと慕い続けるところは救いと言えば救いです。映画パンフレットによれば、のちに口述筆記された本は地下で出回ったそうです。

大学での講義シーンや、学生たちが目を輝かせて話に聴き入るシーンは、映画「ハンナ・アーレント」を思い出しました。アーレントもアイヒマン裁判のレポートを書いたあと、激烈に批判を浴びるのですが、堂々と自説を講義します。それにうっとりと聴き入る学生たち。いいシーンでした。あとヘビースモーカーなところも被りますね。(^^;

◇◇◇

面白いと思ったのは、ストゥシェミンスキに作品の講評をしてもらおうとアパートにやってきた学生たちに対して、「どれもいい、オリジナルだから」「モンドリアンを真似しようと思うな」「自分の真似をするな」とアドバイスをするところです。

映画パンフレットにも使われている白と赤と黄色と青は、ストゥシェミンスキの代表作からのデザインですが、すごくモンドリアンと似ていると思うのです。

でも、ストゥシェミンスキの作品や理論は、どんどん進化していったようで、映画の中で描いていた2枚の絵は、モンドリアン的な画風とはずいぶん違っていました。常に自分で考え抜いて、自分の表現方法を追求しつくすことを学生に教えたかったのでしょうね。


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◇◇◇

映画では、主人公ストゥシェミンスキはもちろんですが、一人娘ニカの存在感が際立っています。父を愛し、父の体を案じながらも、母と離婚して一人暮らしの父の元に女子学生が足繁く通っていることに苛立ち、母が亡くなっても遺言だからと父に知らせず、病に倒れた父に心配させまいと友達から靴を借りて新しいものを学校の寮でもらえたと報告する、とても気丈な少女です。

とはいえ、14,5歳くらいで母と父を次々に亡くして、彼女はどうなるのだろうと心配になるのですが、無事成長し、精神科医となって両親に関する本も出版しているようです。

◇◇◇

映画のなかで、ストゥシェミンスキのデザインした美術館の部屋がペンキで白く塗られ、作品は取り外されます。彼が手掛けたカフェの壁面装飾も非情にもノミで削られてしまいます。最晩年の困窮した姿もですが、彼の作品が冒涜されるシーンが観ていてもっともつらかったです。

どんどんと彼の作品が葬り去られていくなかでイスラエルに移住するという教え子が、「我がユダヤの友へ」と題された連作コラージュ作品を預かって、皆が観られるようにしたいと申し出て引き取るというシーンがあります。どうやらこれは実話のようで、この作品はイスラエルのヤド・ヴァシェムに所蔵されているようです。(一部はクラクフの美術館に所蔵?)

他の作品はどうなったのでしょう。映画の中では、美術館の倉庫に隠されていましたが、今は一般公開されているのでしょうか。彼が手掛けた展示室は復刻されたのでしょうか。

◇◇◇

美術を学び、体制に与せず表現活動を続けたワイダ監督の最後の作品らしい題材だと思います。主人公のストゥシェミンスキは、知的で品があり、ワイダ監督と似ているようにも思えました。
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# by chekosan | 2017-08-21 09:12 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)
「関西ウーマン」に掲載していただいている書評「信子先生のおすすめの一冊 」、今月は故・米原万里さんの『旅行者の朝食』です。食べものにまつわるエッセー集です。

米原さんの本のタイトルはひとひねりあるものが多いですが、本書もそう。表題の意味は米原さんの本でぜひ確かめてください。


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ところで、今月から書評にもタイトルが付くようになりました。「コイとハルヴァと少女と私」。米原さん風に、こちらもいろいろ掛けてあります。(=´∀`)

ちなみに、私が見つけたハルヴァをこっそりアップしておきます。食べた感想は、、、書評本文で!


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# by chekosan | 2017-08-19 11:47 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
昨年8月のベルリン、プラハと、今年のリトアニアには、下の息子(小学5年生、10歳)を連れて行きました。順番からいくと今回は兄(高校1年生)にしたかったのですが、予想外に夏休みの登校が多く、今回も弟に。


1)何を見るか、どこを回るか、何をさせるか

昨年はまだ9歳、体も小さく、歴史や英語の知識もぜんぜんありませんでした。一年経って、背は少しは伸びましたが、そう劇的に変化があるわけではありません。

しかも、あくまで目的は私の教育、研究のための素材探し、資料集め、現地確認です。秘密警察の拘置所跡だの強制収容所だの博物館だの、子どもには辛気臭いおどろおどろしいところが主たる見学先になります。

でも、普段から私の積んでいる本や、鑑賞している映画をちらちら見ているので、前回も今回も、「おっかあの仕事が優先やし!」と特に抵抗なく、どこにでもご機嫌でついてきました。

さすがに虐殺シーンなどが写真で出てきそうなコーナーでは、このあたりは見なくていいよ、見ない方がいいよと予告するなどの配慮はしています。

それにしても行き先があまりにも子どもらしくないかなとも思いますが、そもそも、子どもにとっては、自分のまちを離れれば、日本国内であっても驚きの連続、発見の連続です。

ベッドタウンの新興住宅地で生まれ育った息子は、空港に向かう特急列車の窓から見えた二戸イチならぬ4戸イチの住宅を見て「いま家がつながってたで!」とびっくりするくらいです。ましてやヨーロッパをや。何を見ても新鮮です。

とはいえ、大人でも相当興味がなければ鬱陶しいだけのマニアックなところばかり回りますから、ただついてこい、静かにしていろというのでは苦痛でしょう。

そこで、子どもにはデジカメを持たせて、どんどん写真を撮らせました。昨年は子の撮った写真は使いものになりませんでしたが、今年はずいぶん上手になっていました。

もちろん、資料として、きっちりぶれなく漏れなく撮りたいところでは、私がデジカメを使って撮影します。デジカメの方が撮れるスピード、質、枚数、バッテリーのもちが断然良いと思います。シャッター音もさせずに済むので、周囲にも迷惑がかかりません。

子ども自身が撮った写真には、私には見えていなかった街の様子が収められていることもあります。体が小さいということもあって、子どもの目の付けどころや見えているものは文字通り大人とは違うので、スレた大人の私にも新鮮な発見があります。これは小さな子どもを連れて行く利点です。子どもをダシにして、私一人では若干ためらわれる写真を撮ることもできます。

例えば、小5になっても遊具や公園は気になるようで、見つけると漏れなく吸い寄せられていました。それによって、私も、その街で子どもがどう暮らしているかという観察の視点が追加されました。

リトアニア第2の街カウナスには、次の写真のような遊び場が歩ける範囲にいくつもあり、子育てしやすそうな雰囲気がありました。

そういう街はやはりほかのところにも目と手が細かく行き届いています。緑や花やベンチや噴水やゴミ箱なども多く、よく掃除や手入れがされています。おかげで、ただ歩いているだけでも気持ちが良かったです。

これは目抜き通りの突き当り、大きな聖堂前の広場です。お揃いの反射ベストを着て遊びにきた子どもたち。就学前の幼児か?



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上の写真とは別のとき。学童くらいの子どもたちが引き上げていくところを見送る息子。


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アイス屋さんが、わたあめも売っていました。息子も欲しがりましたが、これは阻止。残すに決まっている(笑)


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2)もったいないくらいスケジュールはゆったりと

息子は普段から早寝早起きで、小学校が遠いので、重いリュックを担いで2キロや3キロ歩くのには慣れています。が、その分、夜は電池切れになります。

いろいろなものに目をとられ、立ち止まり、撮影し、道に迷い、アイスを食べ、、、などとしていると、そうはたくさん回れません。

ヨーロッパでの外食は日本よりも時間がかかります。慣れないところを歩き回るので、普段以上に休憩が必要です。

今回は、息子が到着後2、3日は思いっきり時差ボケになっていたので、朝からその日のメインの目的地に行って、お昼は外食、いったん宿に帰って休憩。息子は昼寝。夕方からまた少しだけ散歩や食事というパターンが多かったです。

夏のリトアニアは21時半くらいにならないと暗くならないので、夕方からの外出も危険なくできました。それでも、息子は8時には眠くなり、9時にはぐっすりだったので、私も夜は宿で家計簿をつけたり、その日の記録をアップしたり、次の日の計画を立てたりしておとなしくしていました。

気力体力体調維持を考えると、大人も無理をしない方がいいと思います。日本で家族や友人とお出かけするときでも、一日にできるのは、せいぜい展覧会を2つ観て、食事とお茶くらいするくらいではないかと思うのです。いろいろ回りすぎると、どこに行ったのか、何を見たのかがごっちゃになって、消化しきれないように思います。

私は初めて海外に行ったのが、40日ほどのロシア語研修で(当時はまだソ連)、うち4週間ほどはレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の外国人専用ホテルで半日授業、半日はエクスカーションでした。それでもレニングラードを見尽くしたようには思えませんし、語学研修が終わってからのモスクワやキエフに至っては、ほとんど記憶に残っていません。

まあ当時は写真はネガで、ビデオも普及していなかったので、年月とともに記憶は薄れる一方で、なんでも大量に残せる今の時代とは条件が違うのですが。

そんなわけで、今回も、9泊11日で2都市のみ。カウナスで4連泊、ヴィリニュス4連泊、最後にまたカウナスに戻って同じ宿に1泊しました。

カウナスは日帰りで十分という人もありますが、たしかに、大人だけで一通り歩くだけならそれも可能です。でも、たいへん快適な街なので、可能ならばぜひゆっくり滞在されることをおすすめします。

私は、カウナスもヴィリニュスもまだ足りないと思いました。リトアニアに数か月くらい滞在できるような仕事のクチはないだろうかと思いました(思っています)。


カウナスのメインストリートには、滞在中に、こんな滑り台も出現。こちらは有料です。息子は興味津々でしたが、結局恥ずかしがって滑らず。

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これも滞在中に出現。日本のショッピングモールでも走っていますが、電気の汽車(もどき)です。カウナスのメインストリートは歩行者と自転車(緑のレーン)のみ通行でき、しかもとてもゆったりしているので、この汽車くらい問題なく通れます。私がちょっと乗りたかった(笑) 汽車はヴィリニュスでも大聖堂の広場周辺を走っているのを見ました。


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3)何をどれだけ持っていくか

<洋服>
「旅の準備」編にも書きましたが、息子は体が小さいので、荷物は極力軽くしています。でも、洗濯に追われるのもしんどいので、洋服はある程度の数は持っていきます。目安は、上下、肌着とも、日数の半分くらいずつ。毎日写真を撮るので、同じ服は2回くらいでとどめたいところです。

後半の宿は洗濯機付きのアパートメントタイプに。前半は手洗いしました。今回は、ひどく暑くもなく寒くもなく、湿度が低くて過ごしやすかったので、これくらいの枚数で程よかったです。

<靴>
靴はかさばるし重いのですが、大人も子どもも履きなれたものを複数持っていくようにしています。雨や汚れや傷みを考えるとやはり替えは必要かなと思います。今回は、息子の靴の一足が最後の方で破れたので、最後に捨てて帰りました。

<食料と水分>
食べ物もある程度持っていきます。息子の大好きなお菓子、白米パック、インスタント豚汁などなど。何よりも持っていって良かったのは、伊藤園の水出しができるほうじ茶ティーバッグです。我が家では一年中やかんに番茶を作って飲んでいるので、近い味のものにしました。水でも香りがよく出て、これはヒットでした。20パック入り、すべて使い果たしました。開封時に粉が飛ぶので、それだけは注意です(笑)

前半のカウナスのホテルに湯沸かしグッズがなかったのは誤算でしたが、そこそこ暑いわりには部屋に冷房がなかったので、ガスの入っていないミネラルウォーターをせっせと買って、ほうじ茶を作りました。

外出時には、持っていった水筒に水出しほうじ茶を作って持ち歩きました。食事のときには100%ジュースを注文したりしたので、結果的には湯沸かしグッズがなくても大丈夫でした。

後半の宿ではキッチンが整っていて、気温もやや下がったので、お湯をどんどん沸かして、宿が置いてくれていた紅茶や、持っていったインスタントコーヒーも飲みました。
お茶タイムがとれたことで、ずいぶんくつろげました。やっぱりお湯が沸かせるのはいいなと思いました。



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<娯楽、勉強、ヒマつぶし>
息子は文庫本を6冊ほど持っていきました。旅のはじめの方は、空港へ向かう電車、空港での待ち時間、機内などヒマな時間がたくさんあります。はじめの2、3日で持っていった本は読んでしまいました。そのあとは日中歩き回ってバタンキューだったので、宿のテレビでアニメをほんの少し見たくらいでした。

夏休みの宿題も持っていきましたが、予想通りほとんどやらず。一行日記を書いていたかなというくらいです。葉書を出すというのも宿題の一つだったので、現地から学校の先生方、ピアノの先生、自宅に絵葉書を出しました。

絵葉書を買い、文面を考えて書き、郵便局を探して切手を買って投函するだけでも、子どもにはちょっとした「仕事」になったかなと思います。なお、自宅への葉書は1週間ほどで届きました。

カウナスの郵便局。カッコイイ。内部も素敵。ここで切手を買いました。


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4)子連れのメリット

小学生くらいの子どもを連れていると、邪険にされたり怪しまれたりされることは、まずないです。どこでも優しくしてもらえます。大人だけだと見落とすこと、気がつかないことに目がいくということも多いです。何より親子で同じ経験を共有できることが大きいです。

私の場合、下の息子は小さいときからほったらかしだったので、二人きりの旅は貴重な時間です。父親や兄が大好きな息子も、旅先では頼れるのは母だけ。私も話し相手は息子だけ。蜜月です。

そういえば、パネリアイという村に行ったとき、森からガサガサとナイフを持っておじさんが出てきて、一瞬ドキッとしました。どうやら葉っぱを採っているようだったので、ホッとして「あ、葉っぱを採ってはるんか」とつぶやいたら、「『そうだ、葉っぱを売ろう!』やな」と息子。なぜ知っているのかと聞いたら、「本棚に本があったから、ちょっとだけ見てん」とのこと。

子どもは案外、見ている。教えなくても吸収していて、それらが繋がるときがあるんだなと感心した次第です。

月日が経てば忘れるかもしれない。でも、旅先でもいろいろ吸収してくれているんじゃないかな、それで十分じゃないかなと思います。


リトアニアのニャンコにじゃれてもらう息子。



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カウナスのお城跡で、現代アートな壁画を狙う息子。空がきれい。


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つづく。

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# by chekosan | 2017-08-17 15:29 | リトアニア | Trackback | Comments(0)