中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan

30歳を超えた「社会学者」、いまだ「くん」づけで新書のタイトルになっています。
そろそろそこからも脱皮されようとしての、この対談集なのでしょうか。
あるいは、このキャラなりポジションを確固としたものにするためのものなのでしょうか。

古市氏の本は何冊か読んでいますが、大御所との対談本はどれも面白かったです。
そういう役回りに向いているように思います。

この本でも、活躍中の社会学者12人にインタビューをしているのですが、
「社会学って何ですか」という問いがテーマということもあって、
対談にありがちな内輪話や注が必要な専門的な話に陥らずに、
読者が知りたいところを的確に聞いて、わかりやすい対話にされていると感じました。

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12人の社会学者は、それぞれの言葉や信念をもって「社会学って何」という問いに答えています。

上野千鶴子氏は、「社会と個人についての学問」、もっと厳密に言えば、
「人と人とのあいだに起きる現象について研究する学問」であると言います。

佐藤俊樹氏は、社会学とは、「物事を関係として捉えるもの」、「その人が抱えていることをより明確な言葉にして、問題の本当のありかを考えやすくする」手助けとなれば、と話します。

これに関連しますが、複数の学者の説明で出てきたのは、
「社会学者はシャーマンである」という言葉です。

大澤真幸氏の説明によれば、言語レベルで持っている規範意識と
直観的にわかっていることのあいだのズレを説明する役割ということになります。

山田昌弘氏はミルズの「社会学的想像力」という言葉をひいて、
一見個人的に見える問題でも、その裏には社会的な構造や、その変化がある、
そこをつないで分析するのが社会学であると説明しています。
これもわかりやすい説明だと思いました。

社会学とは何をする学問かというところでは、どの学者も大枠で一致していますが、
それをどう使うか、何のために取り組むかというところでは、それぞれ少しずつ個性が出ます。

上野氏や本田由紀氏は、ある状態やシステムに対する怒りがあって、
それを打倒するために社会学という学問をしていることを前面に出しています。

上野氏は「敵」という言葉を用いて、そうしたスタンスを明確に表現しています。
古市氏が上野氏に、学者は中立でないといけないのではと訊くと、
上野氏は「問いに中立も公平もない」と切って捨てます。

そのあたりの各氏の立ち位置や、求めることの違いも面白いところでした。


あとの方の回では、対談相手から「では古市くんにとっての社会学は?」と尋ねられます。

それに対する古市氏の答えは、

  「この社会がすべてじゃないよ」という別の選択肢や可能性を
  歴史、制度、意識の分析などいろんな手法によって見せてあげるもの
     -本田氏の問いに対して

  あり得たかもしれない社会や自分を構想する学問
  この社会に対して絶対視しがちだが、オルタナティブ(代替案)を提示するもの
     ー開沼博氏の問いに対して


この古市氏の答えが、私にはなんだか一番すっきりと腑に落ちました。


全体を通して、社会という大きなものを対象とする学問の特性と面白さを、
専門家がわかりやすく説明してくれる良書だと思いました。



ただ、「政治学は政治現象を研究する学問」「政治学は政府の行動を研究する学問」
という説明をしている部分には、ちょっと唖然としました。
雑すぎて説明になっていないと思います。
「政府の行動」なんて、政治学のごくごく一部です。

うーん、社会学者がそんな風にまとめてしまうくらいだから、
学生が、政局解説とか、政治家のスキャンダルを暴く!みたいな話を
政治学の授業に期待するのも無理ないか。

じゃあ政治学ってなに? 政治学を通して、人は/私は何をするの/できるの?
ということを説明するとしたら、、、難しい。

しかし、政治学を教える者としては、その問いに答える必要があるわけで、
自分も学生もすっきりと腑に落ちる説明ができるように研鑽を積みたいと思います。
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# by chekosan | 2017-01-22 21:56 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

今年から美術鑑賞の記録もアップすることにします。

第1弾は「ルーヴル美術館特別展 ルーブルNo.9」。
グランフロント大阪ナレッジキャピタルイベントラボに行ってきました。

ルーヴル美術館を舞台・題材にしたオリジナル漫画をつくるプロジェクトを紹介する展覧会です。
16名の漫画家の原画やスケッチなどを見ることができました。

ルーヴル美術館が依頼しただけあって、一枚一枚がアート、
いや一コマ一コマがアートだなあと感嘆しました。原画はやはりスゴイ。
出品数も多くて見応えがある展覧会でした。

日本の漫画家も参加されているのですが、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦氏の作品、
『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が目立つ展示だったと思います。

そのなかの一番の決めポーズが、ルーヴルに所蔵されている、ある彫像作品を模していて印象的でした。
その場面のグッズがあれば買いたかったのですが、荒木氏のグッズはまったくありませんでした。残念。

撮影スポットも設けてありました。こちらは漫画のコマの一部に入ることができるパネルです。^^

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こちらは、入ってすぐのところ。サモトラケのニケのレプリカの周りに、漫画が飛んでいます。


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ミュージアムグッズも充実していました。
漫画はもともと印刷を想定して描かれているからか、グッズと相性がいいと思います。
どれもこれも欲しくなって困りましたが、ぐっと我慢してクリアファイルを3冊と図録にとどめました。

以下、1月22日追記。

◆追記1)

今回の展示作品で、本ブログのタイトルと関連するものを挙げておきます。

エンキ・ビラル『ルーヴルの亡霊たち』(日本語版 大西愛子訳 小学館集英社プロダクション発行 2014)
作者は1951年、旧ユーゴスラヴィア ベオグラード生まれ。
少年時代にパリに移住したということなので、ほぼパリ育ちですが、
ほかの作品とはかなり違う雰囲気を持っていて、彼のルーツが影響を与えているのかなと思いました。

展示作品も、コマ割りのない一枚ものの絵画に散文詩のような文章が付されているというスタイルです。
漫画というジャンルに入るのかなと思わされる独特な、不思議な作品でした。

◆追記2)

このルーヴルを漫画で表現するプロジェクトの作品群は、まったく架空のお話がほとんどなのですが、
かなり綿密に現地取材をして描かれています。

そのなかで、ルーヴル美術館に来ている人たちを描いたシーンもたくさんあって面白かったです。

ベンチに座って本を読んだり、スマホをいじったりしている人はしょっちゅう来ているのかな。
作品の前に座り込んで、先生か学芸員に説明を聞く生徒たち。いいなあ、そんな美術の授業。
実際、ベルギーでもそういう場面に出くわしたことがあります。

そして、お客さんが館内で写真を撮っている様子を描いているシーンが結構ありました。

欧州の美術館は、撮影OKのところが多いように思います。
昨年3月にフランクフルトでいくつか美術展を回ったときには、
「この企画展示のなかはダメ」と言われたものもありましたが、別の館の企画展示は大丈夫でした。
著作権その他の関係でしょうか。

最近、日本の展覧会も、ここは撮影OKとか、SNSなどでの公開もOKというのが増えてきました。
昨年行った展覧会では、森村泰昌さんの企画展は撮影全面OK、どんどん拡散してね、でした。

撮影に夢中になって、ほかの人の鑑賞の邪魔になってはいけませんが、
美術って、その作品だけでなく、展示している空間も含めて味わうものだと思いますし、
さらに言えば、同じ空間に足を運んでいても、どの作品に注目したか、
また、どんな角度や距離、切り取り方でその空間を残そうとしたかというのは人それぞれなので、
他の人が撮った展示の写真は、その人の見方が表れて面白いと思うのです。
だからもっと撮影可にしてほしいな。







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# by chekosan | 2017-01-21 23:11 | 美術 | Trackback | Comments(0)
流通科学大学の1年生ゼミの授業が終わりました。
補講は残っていますが個別指導にするので、クラス全体の一斉授業は今日で終わり。

本務校の初年次教育は一風変わっていまして、前期はべったりクラス単位で活動します。
後期は普通に週1回の別の科目になるのですが、実質的に1年間のゼミという雰囲気です。

合宿に行ったり(私は今年度はインフルエンザで休んでしまいましたが…)
フィールドワークで大阪に行ったり、ポスター発表をしたり、学園祭展示をしたり。

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11月頃からは完全にゼミ独自の活動をするのですが、
私のクラスはレポートを書くために資料を探す、調べる、書くことを反復しました。
その一環で、昨年度トライして奨励賞をもらった新聞協会のコンテストにも応募しました。
週ごとに、図書館で資料を探すときの手順や勘が養われていくのを確認できたのは収穫でした。

とはいえ、学生からすると、まったく遊びの要素がなく、
(おそらく他のクラスより)きつい課題を次々出し続ける、
地味で面白みのないゼミと思われているだろうなあと思っていたのですが、
クールに構えているように見えていた学生が、
「クラス授業好きだったので今日で終わるのがさみしいです」
と書いてくれたのは嬉しい驚きでした。

文句も言わず、よくがんばってくれました。
本当に真面目で手のかからない、授業のしやすいクラスでした。
みんな、このあともぐんぐん力を伸ばしていってほしいなあ!
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# by chekosan | 2017-01-20 14:06 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
関西大学法学部の外国書研究の秋学期授業が終わりました。

今期は、オリンピックと持続可能性、クールジャパン、
日本の果物市場、動物福祉とエシカル消費などの英文記事を読みました。

この種の授業では、英文読解するだけでなく、
記事に関連する事項を各自で調べてくる小レポートを課しているのですが、
今期はその発表を、小グループに分かれてお互いに披露し合った後に、
代表者がグループ内の話題をクラス全体に簡潔に紹介する形にしてみました。

先生が介在しないと緊張しないのか、和やかにていねいに発表できる模様。
聴いている学生からも、へええ~~!といったような声も出てきて、なかなか楽しそう。

こうすると全員が全員の発表を聞くことはできないのですが、
小グループの組み合わせはその都度、変えるようにしたので、
全員が全員と小さな輪で言葉を交わせる機会も作れました。
このやり方の方が学生同士が打ち解けられて良いかなと思いました。

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関大は真面目で穏やかな学生ばかりなので、私の癒しタイムになっています。
そのせいか、雰囲気的には年々ゆるゆるな先生になっているような気がします。

でも、一コマで読み進める英文の量は変わっていません。
毎回ランダムに訳を当てるのも同じですし、訳す量も一定にしていません。
次にどこが当たるか予測しづらくしているので、私語や居眠りは皆無です。
緊張感と節度をもって授業に臨んでくれているようです。

毎回やりとりしている受講カードも今日でラストでしたが、
接しやすくて話が面白い、楽しかったですと書いてくれている学生がいました。
良かった! ありがとう。
来年度も楽しくためになる授業にしたいと思います。^^
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# by chekosan | 2017-01-19 15:46 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
本日は閑話休題。

同志社の輪読ゼミのラストは、ヤロスラフ・ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』を読みます。
風刺小説なので笑いながら準備しました。シュヴェイク、一番好きな作品なので楽しい~~♡

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で、原書やビデオを引っ張りだしてきました。
ヨゼフ・ラダの挿絵、大好き。しかも、この原書は挿絵がカラーなんです♡
岩波文庫に収録されていない絵もあります(多分)。

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ビデオは開封もしないまま。。デッキが潰れる前に変換してダビングなくちゃ。
って、家庭用ビデオデッキでは変換できないから放置していたんだったか!?

『シュヴェイク』の感想などはまた別途。(^▽^)

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    ビデオの裏面 ↓  
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ところで、「我が家のチェコ(2)」にもお気に入りチェコ本が登場しているのですが、
新築半年も経ってない時期なので、本棚がガラガラでびっくり。
このあと、20本近い本棚はすぐ満杯になり、
何重にも詰め込み過ぎて次々棚板が瓦解しています。(-_-;)




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# by chekosan | 2017-01-17 18:03 | チェコ | Trackback | Comments(0)
あのアドルフ・ヒトラーが現代にタイムスリップしたら!?という映画です。
お気に入りの映画館で会員価格500円で鑑賞できました。

地下壕で最期の時を迎える直前?のヒトラーが、
ナチスやヒトラーがタブーとなっている現代のベルリンに現れます。

そのヒトラーをそっくり芸人だと思った青年が、彼を伴ってドイツを回り、
政治家や市中の人々にインタビューをし、ドイツの現状への不満を引き出していきます。

一発当てたいテレビ局の人々の思惑がからみ、露出を増やすヒトラー。
そして…

ドキュメンタリーとフィクションが合体して話は進みます。

以下、写真が入るごとにネタバレになります。

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はじめはコメディタッチなので普通に笑えるのですが、
そのうちにドキュメンタリーなのか、虚構(俳優の演技)なのかわからないところが出てきます。

果たして笑っていいのか? これまずくない?ここだけは演技なの? と迷いながら観ました。
おそらくほかのお客さんの多くもそうだったのではないかなと思います。

ドイツの小政党の政治家まで判別できる人、話している人のドイツ語の特徴が判別できる人、
素人さんか俳優か見分け(聞き分け)られる人であれば、
きっともっといろいろ読みとれるのではないかなと思います。

ヒトラーが犬好きだったこと、
ナチスは健康や食べ物の安全性に関心が高かったことなども、
揶揄するというか、ブラックな笑い(?)にしてあります。

また、これまでのヒトラーがらみの映画などのパロディシーンもちらほらあったようです。
そういう方面に詳しい人なら、もっと楽しめると思います。

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もっとも印象的だったのは、ヒロイン的な女の子のおばあさんがヒトラーと会う場面です。
おばあさんは認知症なのですが、だからこそというか、
唯一、ヒトラーを本物だと認識し、自分の一家を皆殺しにしたと憤り、家から追い出します。

そのあとのヒトラーの発言で、ヒトラーを見つけて売り出した張本人の青年は、
これはもしかすると本物のヒトラーではないかと思うようになります。

この部分はなかなか迫力があって良かったのですが、、


全編見終わると、

うーん、、、

映画のつくりというか脚本をもう少しなんとかできなかったかなあという気が、、、
いろいろ混ぜすぎて、どの要素も中途半端になったかなという気がしました。

ネットで検索したところ、原作の小説(の方)がよいという評をちらほら見ました。
原作を読もうかな。


というわけで、昨年の「サウルの息子」に続き、今年も一本目の映画はナチスものとなりました。
このあともいくつか上映されるようで。多いですね。できるだけ観たいと思っています。
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# by chekosan | 2017-01-16 16:38 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

佐藤優氏の著作は何冊か読んでいます。
少し上の世代の大学の先輩で、チェコやロシアの専門家なので、
すべてではないにしても、いろいろな点で理解、共感できる点が多いです。

『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』は、
2013年から15年にかけて、佐藤氏を訪ねてきた灘高生たちとの対話を収録したものです。

サブタイトルにあるとおり、次代のエリート候補生たちに、
エリートはどうあるべきか、どのような勉強をするべきかを伝える本です。

佐藤氏、とてつもない知識量と記憶力をもって手加減なく話を進めますが、
それについていけるスーパー高校生たちにも舌を巻きます。

といっても、帯の「vs」は売り文句であって、対決しているような雰囲気はありません。
むしろ、優れた能力と意欲を持つ若い人たちに健全に成長して活躍していってほしいという、
あたたかいまなざしを感じる対話になっています。

以下は、私が面白いなと思った箇所のメモです。


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はじめの方で、佐藤氏は、「政治家が動くのは、名誉か利権」ときっぱり断言します。
ではそれを信頼してしまうのはなぜか。

佐藤氏は、ルーマン『信頼 社会的な複雑性の縮減メカニズム』、
ハーバーマス『晩期資本主義における正当化の諸問題』の理論を引いて説明します。

私たちは複雑なシステムの中で生きています。
それらを一つ一つ、自分で解明し検討することはできません。面倒でもあります。
そこで「誰か」の言うことをとりあえず「信頼」することで、複雑性を縮減するのです。

そして、それが続くと「順応の気構え」が出てきて、何事にも順応してしまう。
一度信頼すると、おかしいのではないかと思ってもなかなか突き詰められなくなります。
なぜなら、信頼した人に裏切られたと意識すると自分が情けなくなるからです。


複雑性といえば、このところ続けて読んでいたミラン・クンデラが、
「小説の精神」とは「複雑性の精神」であると書いていました。(『小説の技法』)

どちらかが正しい、誰かが正しいと断じるものではなく、
人間が相対的なものであることを許容し、その複雑性を尊ぶものであるというのです。

それに比して、「時代精神」は単一のものや、みんなに受け入れられやすいことを求めます。
とりわけメディアは今日性ばかりを追求し、人間の営みを単純化してしまう。


佐藤氏も(表現は若干違いますが)そうした単純化の傾向を危ぶんでいます。
そして、そうした単純化の発現ともいえる「反知性主義」を批判します。

ここでの「反知性主義」とは、知識のあるなしには関係なく、
たとえ知識があっても、それらをどう有機的につなげて、いかに人を救うかを考えないような、
そして、実証性や客観性を無視して、
とにかく「決断できる」ことや人を求めるような言動を指します。

同じような傾向を、斎藤環氏は「ヤンキーの情緒」と表しています。
論理よりもとにかく心情重視、狭い人間関係重視の言動であるとしています。

ではそんな「反知性主義」にどう対抗するか、どう振舞うべきか。

そこで出てくるのが「上から目線」という表現です。
この表現は、実力能力もないのに勘違いで人を見下すとか威張るときに使われますが、
佐藤氏がここで言っているのは、もちろんそういう意味ではありません。

自分とは関係がないと思えるようなジャンルもフォローし、
物事を突き放して見る、俯瞰する、メタな視点で見ることを意味しています。

それはつまり、教養を身に着けるということです。
そのためには幅広い分野の本を読むこと、それも良いものを読むよう勧めます。

また、よい先生につくこと、切磋琢磨できる友をもつこと、
自分が競争が好きであることを認めること、
でも優れた友の特性や長所を認めて、潰し合わないことも説きます。

そして、学校の勉強を無駄だと思わないこと、無駄だと思うものは結局残らない、
動機づけが重要なのだということも繰り返し説きます。

まったく同感です。



いやそれにしても、佐藤氏の読書量、勉強量、記憶力は尋常ではないですね。
そして、灘高生のお礼状がまた恐ろしくよく書けています。。。(@_@)

そのまますくすくと、幅広い視野と、深い思考と、人間への寛容な理解をもって
世界で活躍していってほしいものです。
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# by chekosan | 2017-01-15 15:43 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)


「関西ウーマン」に月一回連載させていただいている書評、
今月は、亀山早苗さんの『人はなぜ不倫をするのか』です。

手に取るのも、書評に取り上げるのもちょっと迷いましたが、、
真面目な、面白い本です。(^^)

8人の専門家が不倫をテーマにその分野の考え方や研究成果を話されています。
同じテーマでも学問分野によって、これだけ違う話の展開になるのかと思いますよ。

いま暴かれる不倫の実態!みたいなものではないので、
そこを期待するとがっかりします(笑)



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# by chekosan | 2017-01-14 20:52 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
クンデラを読む第4弾は『小説の技法』(岩波文庫 2016)でした。
小説とは何かについてのエッセイや対談、講演を収めた本です。

『存在の耐えられない軽さ』『冗談』『不滅』と長編を続けて読んで、
最後に復習がてらクンデラ自身の小説論で締めくくるつもりで選んだのですが、
薄い文庫本にもかかわらず、私は本作が一番手こずりました。

クンデラは他の作家や哲学者や作曲家を引き合いに出すことが多く、
ヨーロッパの精神や文化を継承し発展させるという意思を色濃く盛り込む人なので、
ボーッと読んだりザーッと読んだりができないのです。

報告者もどうまとめようかと悩んだようですが、
これまでに読んだ作品に言及している箇所を中心に取り上げてくれました。

クンデラは作品を7部構成にするのが好きなのですが、
そのルーツはクンデラの好きなベートーヴェンの弦楽四重奏曲131 番であるという話が出てきます。
報告者はその曲も聴いて確かめたとのこと。いい勉強していますね。(^ ^)


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以下は、私のメモです。

◇◇◇

◆小説とは
小説にしかできない発見をすることが小説の唯一の存在理由である。
→ これはクンデラが何度も引き合いに出す小説家ブロッホの言葉です。

小説というものは、諸学問にできないことを可能にするものである。
また、小説はその内部に、詩やエッセイといった様々な形式の表現を統合できる。
そのような様々な形式を含みつつ、一つのまとまったものにするのは、
筋書きや時系列的なものではなく、 一つのテーマである。

小説は、どちらかが正しい、誰かが正しいと断じるものではなく、
人間が相対的なものであることを許容し、その複雑性を尊ぶものである。

→ この「複雑性こそが小説の精神である」というのがキーでしょうか。

それと対照的なのはメディアであったりイデオロギーだったりします。
クンデラは、最大多数に、あるいは人類全体に受け入れられるような、
単純化、紋切り型を世界に配給しているとメディアを批判しています。

◆実存
クンデラは小説とは実存を検討するものと繰り返し強調します。
この実存とは、過去に実際に起こったことを意味するのではなく、
人間の可能性、人間がなりうることのすべて、人間に可能なことのすべてを意味します。

◆「カフカ的」とは
クンデラが分析する「カフカ的」なるものをまとめると次のようになるでしょうか。
1)権力との対立、権力への対抗は果てしない迷路である。
  制度というものは、それ自体が固有の法則に従って動いていくメカニズムである。
  (そのために誰と対峙し、どう抗えばよいのかがわからない)
2)そこでは、書類が真の現実の代わりになる。
3)罰せられたものが自らの過失を探そうとする「自己有罪化」が働く。
4)滑稽さ、笑いを誘う性格がある。
  ただしこれは見ている者にであって、当事者にとっては面白いことではもちろんない。
  
◆「著述マニア」に対する揶揄
皮肉たっぷりに書かれていて笑ってしまうのが、「著述マニア」をめぐる記述です。
「著述マニア」とは「本を書く(したがって不特定多数の読者を持つ)という欲望」と説明し、
「おのれの自我を他者におしつけようとする偏執」
「権力への意志のもっともグロテスクな変形」と断罪します。

そして、人が「私の本の中で言っているように…」と発言するときの「本」の部分は、
その前の音節よりも少なくとも一オクターブ高く発音されると指摘します。
「「私の本」とは自己満足の音声的なエレベーターなのだ」と楽譜付きで解説します。

さらには、
「作家たちがみずからの身元を隠し、偽名を用いることを法律で強制されるような世界を夢見る」
というのですが、その利点の一つに「著述マニアの劇的な限定」を挙げています。

手厳しい。ここには自嘲も入っているのでしょうか??

◆ヨーロッパ精神
ヨーロッパ精神とは、個人の尊重、独創的な考えと侵しがたい私生活の権利の尊重と言います。
これらは現代では脅かされているが、小説の歴史の中、知恵の内に収められていると言います。

◇◇◇

数週間にわたってみんなでクンデラの作品を読み、
感じとったこと、気づいたこと、気になったこと、面白いと思ったことを自由に話してきました。

私にとっては『小説の技法』以外は、20年ぶり?くらいの再読でしたが、
やはり読み応えがあり、非常に頭を使う作品だなあと感じました。
ただ、登場人物の感情や感覚が実感として理解できるようになったなと思いました。

若い学生諸君も忘れたころに再読したらまた違った感想をもつでしょうか。
もしもそんな機会が持てれば面白いなあと思います。

授業はあと2回。
院生君のリクエストで、ヤロスラフ・ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』です。
こちらも私は20年ぶりくらいの再読です。
シュヴェイクはとにかくテンポが良くて面白いので、楽しいラストになりそうです。

ところで、教育関係者や読書会を計画している方などから、
この授業の進め方について聞かせてほしいとご連絡をいただきました。

特にこれといって工夫も何もないのですが、
授業がもうすぐ終わりますので、稿をあらためてまとめてみたいと思います。^^
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# by chekosan | 2017-01-13 22:09 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)

ロシア・東欧やその周辺に関係のある映画をピックアップ。

私の覚え書きなので、私が行きやすい劇場での上映予定のみ掲載しています。
間違いなどあるかもしれません。公式サイトでご確認を。



こころに剣士を」 ソ連時代のエストニアのお話。
 →  観ました。感想はこちらに。http://chekosan.exblog.jp/26603803/

 1月7日~13日 シネリーブル神戸  21:10~ 
 1月21日~   京都シネマ  12:40~ 

アイヒマンを追え!
 → 観ました。感想はこちらに。 http://chekosan.exblog.jp/26583987/

 1月7日~13日 シネリーブル神戸 10:00 12:10 16:35 19:00
1月16日~            09:50 14:20 16:30 21:05

グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状」 
  → 観ました。感想はこちらに。http://chekosan.exblog.jp/26578191/

 ウィーン美術史美術館のドキュメンタリー
 1月7日~13日 シネ・リーブル神戸 10:15
 1月21日~   京都シネマ  10:00 14:35


「とうもろこし」 ジョージア(グルジア)映画
 1月7日~13日 京都シネマ 10:20
  14日~20日 京都シネマ 17:10 

「みかんの丘」 ジョージア(グルジア)映画
  → 観ました。感想はこちらに。http://chekosan.exblog.jp/26602847/

 1月21日~27日  京都シネマ 16:50
 1月28日~2月3日 京都シネマ 10:00

「とうもろこし」「みかんの丘」公式サイト

帰ってきたヒトラー」 
→ 観ました。感想はこちらに。http://chekosan.exblog.jp/26560873/

 1月14日~20日 京都シネマ 10:10


ヒトラーの忘れもの」 
 1月21日~  シネリーブル神戸

エゴン・シーレ 死と乙女
 → 観ました。感想はこちらに。http://chekosan.exblog.jp/26596298/
 
 1月28日~ 京都シネマ 11:55


「灼熱」 クロアチアとセルビアのお話。
京都シネマで公開予定。時期未定。






            
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# by chekosan | 2017-01-08 10:58 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)