中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan

<   2016年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

第一部では、ソ連出身で20代後半のときにベルギーに亡命した半生、
第二部では、音楽に関する哲学的な考察を、
ベートーヴェンのソナタの解釈を中心に語っていきます。

アファナシエフ自身が指名したというインタビュアーとの対話による書下ろしなので、
全編を通して流れがあり、聞き手との信頼関係を感じさせる深い対話になっています。

ピアニスト、音楽家としてのアファナシエフに関心がある人には第二部が興味深いでしょう。
私は1960年代のソ連の音楽教育事情がわかる第一部が面白かったです。

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ソ連は音楽やスポーツで見どころのある子どもを集めて英才教育を施したと聞きますが、
アファナシエフ自身はそういうトップエリートではなかったそうです。
モスクワ音楽院に入るまでは、普通の学校と音楽学校を掛け持ちしていたという話が出てきます。

ソ連は学校が始まるのが早く、午前中には授業が終わるので、
午後に芸術やスポーツを、その道の専門家にみっちり習えたのです。

日本の部活のように学校内で朝から夕方まで
あらゆる活動を学校の先生たちが面倒を見るシステムとは違います。
ここは面白いところだと思います。


また、ソ連の体制にうんざりして早くから亡命を考えていたアファナシエフも、
コンクール前の手厚いサポート態勢は優れていたことを認めています。

コンクール出場者には公開演奏会の機会が設けられ、
世界的ピアニストやピアノの教師が居並ぶなか、ホールで全曲を通しで聴いてもらえるのです。
協奏曲はプロのオーケストラと何度も合わせる機会をつくってもらえます。

アファナシエフが出た国際コンクール直前の公開演奏会では、
ギレリスらモスクワ音楽院の教授陣が夜を徹して出場者の演奏を聴いたと語っています。

国の代表として西側に勝たせるというプレッシャーもあったでしょうが、それだけではありません。
次代の音楽家たちを育てる熱意や親心が感じられるエピソードが、
ピアノの師匠たちへの敬愛と感謝の念をもって語られています。


アファナシエフは一日中ピアノの練習をするタイプのピアニストではないそうで、
作家として毎日決まった量の文章を書き、決まったルートを2時間も散歩する毎日を続けています。

第二部は具体的な楽曲の話が続いたので、動画でアファナシエフの演奏を流しながら読みました。
とてもゆっくりなので少し違和感を持ちましたが、そのうちにしっくりなじんでいきました。

「鬼才」と呼ばれているそうですが、それよりは思索する音楽家という印象を受けました。

アファナシエフの文学作品を紹介した新聞記事の紹介はこちら
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by chekosan | 2016-12-30 11:48 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
先日読んだヴェラ・ギッシング『キンダートランスポートの少女』を原案にした映画、
「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」を観てきました。

第二次世界大戦の迫るチェコスロヴァキアから、ユダヤ人の子どもたちを脱出させ、
イギリスに疎開させた中心人物、ニコラス・ウィントン氏に焦点を当てたドキュメンタリーです。

チェコとスロヴァキアの政府機関やテレビ局の全面支援のもと、
戦間期からの映像を効果的に使っています。

戦間期の独立したてのチェコスロヴァキアの幸せな日常生活や、
活気のある街や村の様子を収めた映像のところで、既にウルウル…

子たちを泣く泣く送り出す親たちの苦渋の決意にまたうるうる…

いやウルウルじゃなくて涙だらだら流しまくりでした。

ウィントン氏の勇気ある精力的な救出活動のおかげで命を救われた子どもたちは
戦後、世界各地に散らばって、それぞれの道で活躍しています。

現在のチェコやスロヴァキアで、ウィントン氏の功績が讃えられ、
その精神を引き継ぐたくさんの若者が慈善活動を展開している様子が最後に紹介されます。

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と、全編たいへん心打たれる映画なのですが、若干物足りない点もあります。

上記のヴェラさんの本には、帰国して初めて味わったユダヤ人への差別や、
親きょうだいや親戚や財産や思い出の場所を失った人々の悲しみと苦労、
アイデンティティを構築できないことの苦悩についても言及されています。

この映画は、しかし、戦中戦後のチェコスロヴァキアでのユダヤ人が舐めた辛苦、
それにチェコスロヴァキア人がどのように関与したかといったことには
あまり触れていません。

ウィントン氏の功績を広く伝えることが本作の主旨ではありますが、
チェコ映画や文学作品でその点を掘り下げたものがあれば観たり読んだりしたいと思いました。
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by chekosan | 2016-12-29 00:18 | 本、書評、映画 | Trackback | Comments(0)

残念ながらクリスマス時期にヨーロッパに行ったことがありません。
寒い時期は何度か行きましたが、11月とか2月とかちょっとずつズレています。

でもチェコでは2月中頃までクリスマスシーズン。
1998年2月に行ったときには、ホストマザー宅にはまだツリーが出ていましたし、
教会にはベトレムが飾っていて、少しだけ雰囲気を感じることはできました。

ベトレムとは、幼子イエス生誕シーンの作り物のことです。
ジンジャークッキーで作ることが多いとのことで、教会はとてもいい匂いでした。
この年は、この日でラストだったようで、たいへん幸運でした。

プラハのMatej 教会にて。1998年2月8日撮影。
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一つ一つがクッキーです。信徒さんたちが作られたと聞きました。

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ホストマザーはいつもチェコらしい季節の食べ物を出してくださっていました。
このパンもクリスマスのパンとのことでした。
パンの種類が豊富で、それぞれ名前が全部違うのですが覚えられず。

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チェコ料理はいろいろ食べさせてもらったのですが、
チェコのクリスマスの代名詞、鯉のフライは、たしか食べる機会がなかったです。

もともと内陸国なので、魚料理のバリエーションは少なく、
レストランはともかくホームステイ先ではほとんど出てきませんでした。
一度、何かの燻製?干物?を出してもらいましたが、塩辛くて食べきれず。。。

でもチェコのクリスマスと言えば、鯉なのです。

チェコを代表する画家、ヨゼフ・ラダのクリスマスカード(名刺大)にも、
鯉を買う奥さん(最下段左から2つ目)と鯉そのもののカードが入っています。

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お料理本にもほら、鯉が。丸々と。

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でも、あまりおいしいものではなかったとの話もあります。

十二月に入ると、プラハの街のあちこちに、露店が出た。露店の台には所狭しと樅の木や玄関に飾るリースが積み上げられる。露台の傍らには大きな樽に水が湛えられている。客の注文に応じて、店員が樽に両手を突っ込んで黒っぽい魚を取り出し、暴れて水しぶきを振りまくそれをまな板の上に載せると、巨大な金槌で脳天をたたく。魚は、鯉。クリスマスイブに、海のない国、チェコの人々は、鯉を食べる。フライにして食べるのだが、これが非常に泥臭い。それでも、毎年、チェコの人々は、イブの夜には、まずそうな顔をしながらも鯉のフライを食べる。イブに肉を食べてはならないからだ。

米原万里「夕食は敵にやれ!」『旅行者の朝食』(文春文庫 2004)p.96

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鯉はこのようにその場で〆ることもあれば、持って帰ってお風呂でしばらく生かされることもあります。

クリスマスの食事のための鯉を選ぶのもまた一大事でした。毎年、ボヘミア南部の湖や川でとれた鯉が何千匹とチェコスロヴァキア全土の町や村に運ばれてきました。あらゆる店の前にずらりと生きたままの鯉をいれた樽が並べられました。凍りつくように冷たい樽の水に指を突っ込んでみたり、母が選んだ「犠牲者」をバケツに入れて家に持ち帰り、水をいっぱいにはったお風呂のなかに放し、最後の瞬間まで生きのよいまま大事に活かしておいたことを思い出すと、今でも胸が高鳴ります。その鯉は卵とパン粉でくるんで調理されたあと、あつい魚のスープではじまり、りんごのシュトルーデルのデザートで終わるディナーの真ん中に、濃厚なマヨネーズソースであえたサラダとワインを添えて出されました。私はいつもこの料理がどんなにおいしいか聞かされていました。けれど結局、わたしは一度も鯉を食べることはできませんでした。テーブルにのるころにはもう、その鯉は私にとってペットとか友だちという存在になっていたからです。

ヴェラ・ギッシング『キンダートランスポートの少女』(未来社 2008)p.36-37

読書記録はこちら
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10歳でナチスドイツの迫害を逃れるため、両親と別れてイギリスに疎開したヴェラさんにとっては、
チェコのクリスマスの光景は大切な大切な思い出の一つだったのでした。


2016年の我が家周辺は、嘘みたいに暖かくて雪のかけらもないクリスマスです。
寒いのは苦手だけど、冬のチェコが懐かしく恋しく思えてきました。
一度はクリスマス時期に行きたいなあ。そのときは鯉をありがたくいただくとしましょう。

では皆様、Veselé Vánoce! (メリークリスマス!)
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by chekosan | 2016-12-25 15:25 | チェコ | Trackback | Comments(0)
クンデラを読む第3作は『不滅』です。
こちらはクンデラがチェコから亡命して少し経ってから書かれたものなので、
チェコの話はちょろっとしか出てきません。

クンデラと思しき〈私〉がプールサイドで見かけた老婦人のある仕草に感銘を受け、
そこからアニェスという作中人物を生み出します。

『存在の耐えられない軽さ』同様、作家が小説内に顔を出し、
作中人物の行動や潜在意識までも解説するという形式をとっています。

1980年代のフランスに生きる中年男女2組プラスαをめぐる話と、
世界の文豪ゲーテとベッティーナという女性との話が、交互に〈私〉によって解説されます。

終結も近くなって、いきなり誰?という人物が登場し、彼の話が延々語られ、
なんだか一体どうなってるのかと混乱しそうになりますが、それを乗り越えると全体像が見えてきます。

いや、一読ではちょっとわからないところもあるかも。。。

小説の筋を楽しみたい向きには、話が進まん〜とフラストレーションを生じさせること請け合いですが、
小説を通じて物事をじっくり考えたいという人には良い作品です。

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本作も、人の生き様、歴史と個人、自我と他者、男女関係、性と愛、身体の捉え方について、
くどいほど考察が展開されます。
『存在』『冗談』と重なる点も多いのですが、『不滅』独特な視点をピックアップ。

◆イデオロギーとイマゴロジーの考察
イマゴロジーとは、イメージを最重視する風潮、イメージ偏重、
マーケットに乗るようなものばかりを追う移り気、
本質や文脈を無視して一部を切り取る軽薄さを指します。登場人物の一人も、その犠牲になります。

◆父の娘
『存在』や『冗談』では、母への息子の思慕、息子の父否定が
メインテーマの一つだったように思いますが、
『不滅』は姉妹間の愛憎と、娘と父との依存関係がクローズアップされます。
女性が話の中心に据えられています。
まあでも、またしてもいい年した男性の年上女性への執着話は登場するのですが。

◆引用の変化
本作ではゲーテ、ベートーヴェン、ランボーが大活躍。
『存在』『冗談』でもニーチェやベートーヴェンなどは出てきますが、
『不滅』ではチェコやロシアの文化や歴史に関する記述がぐっと減っています。

クンデラ自身は「チェコの反体制作家」と位置付けられるよりも、
より普遍的な作家として、国や時代を超えた哲学を小説で展開することを望んだようですが、
チェコに思い入れのある読者としては物足りない。。。
生々しい人間の苦悶や惑いや滑稽さが無くなって、
なにかこう高みの見物になっている感じがしました。

でもまあ、読み応えのある小説には違いないと思います。

と、濃い小説を続けて読んで、消化不良の感もあるので、
年明けは『小説の技法』でクンデラをおさらいしようと思います。
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by chekosan | 2016-12-23 19:09 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
第二次世界大戦の直前、チェコからイギリスへと700人近いユダヤ人の子どもたちが疎開しました。
ニコラス・ウィントンという人物が、イギリス政府に働きかけて、
宗教団体などと協力して、子どもたちを受け入れる態勢を整えたのです。

著者のヴェラさんも10歳のときに、14歳の姉のエヴァさんとともに
チェコからイギリスへと渡りました。
姉妹は離れ離れになりましたが、連絡を取り合い、支え合ってイギリスで6年を過ごします。

「自由なチェコスロヴァキアで再会すること」を一心に祈って、
両親からの手紙を励みに姉妹は勉強に励みますが、しばらくすると手紙が届かなくなります。

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戦後、ヴェラさんは両親や親戚のほとんどが亡くなったことを知ります。
それでも、祖国チェコスロヴァキアの再建に役立ちたいと帰国しようとするのですが、
あれほど焦がれたチェコでヴェラさんは、反ユダヤ人感情を強く意識させられます。

1918年に独立したばかりの若い国家チェコスロヴァキアへの強い愛と、
建国の父マサリクや第二代大統領ベネシュへの敬愛の念を記した部分が感動的なだけに、
帰国したチェコでヴェラさんが受けた辛い体験には胸が痛くなります。

もちろん彼女を助け支えて励ましてくれる人たちもたくさんいたのですが、
傷心のヴェラさんは再びイギリスに戻ります。

1968年の春、ヴェラさんは再びプラハを訪れ、ユダヤ人街を訪れます。
そこには強制収容所で亡くなった子どもたちの残した絵がひっそりと展示されていました。
それを見て、ヴェラさんは過去にもう一度向き合おうと決意します。

自分たちの経験を記録し、同じようにイギリスに渡った仲間と再会し、
さらには自分たちの疎開に尽力したニコラス・ウィントン氏とも再会を果たしました。

娘たちへの愛情に満ちた両親からの手紙と、
両親や周囲の人に対するヴェラさんの愛と感謝に満ちた文章に心打たれます。

ニコラス・ウィントンと彼が救った「子どもたち」の映画も観てこようと思います。

2016/12/28追記 → 映画「ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち」観てきました
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by chekosan | 2016-12-22 21:42 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)
ビブリオバトルの大学生全国大会を観覧してきました。

場所は京都大学百周年時計台記念館。
芸能人のゲストも来られ、インターネット中継も入る大がかりなイベントです。

本務校の流通科学大学で学園祭や図書館総合展の展示企画に参加した学生と2人で行きました。

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よく晴れて気持ちがいい日。会場は、ほぼ満員でした。
観覧は無料、事前申込制です。定員は300人でした。
関係者と出場者(バトラー)の席が前三分の一くらいを占めていたようです。

全国の地区決戦を勝ち抜いた30人が、5つの部屋に分かれて準決勝を戦います。
そこで選ばれた5人(5作品)が、ホールで決勝に臨みます。

5分間の発表のあと、続けて2分の質疑応答です。
一緒に行った学生が適切な質問をしていました。感心感心。*^^*

私が推した本は決勝に進み、準グランドチャンプ本になりました。
『大正時代の身の上相談』です。(カタログハウス編 ちくま文庫 2002)
準決勝、決勝と2回続けて聞いても楽しく聴くことができました。
さっそく発注しましたよ。^^

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以下、観覧して思ったことを列挙しておきます。
今後、もっとじっくり考えたい事柄もありますが、とりあえずメモとして。

私自身は、「おすすめの一冊」を選んで書評を書き、プレゼンをし、POPを作るという授業を
ここ数年、大学で続けています。延べ数百人の書評作成を指導してきました。

が、ビブリオバトル自体は初めての体験です。自分でしたことも学生にさせたこともありません。

考案者の谷口忠大氏の著書『ビブリオバトル』(文春新書 2013)は読んでいます。
そのときの感想はこちらでした。

「本を通じて人を知る、人を通じて本を知る」という方針に共感する。本や読書、読書会をめぐる経験や分析から導き出された知見や考え方にも同感する。が、「バトル」「チャンプ本」「公式ルール」という言葉にはどうも抵抗感がある。カードゲームや娯楽としてのスポーツのように気軽に楽しんで欲しいという主旨からずれて、本またはプレゼンの優劣を競うものと受け止められないか。ライトノベル風イラスト付きプロローグとエピローグは、逆に軽すぎてムズムズ感。(2014年4月読了)

ビブリオバトルはもともと、研究室仲間を中心とした小さな集まりが発祥で、
趣旨はあくまで「本を通じて人を知る、人を通じて本を知る」ことであろうと思います。

そういう仲間内や、小さな会合で交流の手段として行うにはおそらく楽しいだろうと思うのですが、
教育手段として、あるいは大きなイベントとして行う場合はどうだろうと思い、勉強に行きました。

たしかにビブリオバトルのルールには、利点がたくさんあると思いました。
 
◆5分間を使い切る、タイマーを提示する、質疑応答もそのまま続けてタイマーではかる
 ・このルールの最大の利点は、すべての発表者(本)が平等であるということです。
 ・長さもほどよいと思います。ただし、凝縮して話せる人には逆に長いように見えました。
 ・タイマーを提示することで終わりが見えるのは予想外に良かったです。
  時間がくれば終わるとわかっているのはありがたい。退屈感が緩和されます。(^-^;
 ・逆に、早く終わりそうな人にはもっと話さなくてはという圧力になります。
  あまり準備していなくて早々と終わってしらけてしまうということがありません。
 ・間を置かずに質疑応答に入るのも慌ただしいかと思いましたが、引き締まって良かったです。
 ・タイマーが見えることで、質問者がしゃべりすぎるのを防止できるのは良いです。
 ・ただし予鈴を鳴らすのは時間配分に良い半面、話者のリズムが乱れるマイナス面もありました。

◆本を紹介するための小道具は認めるが、プレゼンソフトやレジュメは不可、原稿の棒読み禁止
 ・本を通じた交流を一番の目的とする場合は、その方が良いと思います。
  楽しく交流する場で、原稿を棒読みするというのは場をしらけさせるでしょう。
 ・原稿を読まないようにすると、必然的に聴衆に語りかけるようになります。
  実際、発表者のみなさんはそのように発表されていて好感が持てました。
 ・しかし、案外「小道具」を使う人がいなかったのはもったいないと思いました。
  ビジュアルが重要な本を紹介するときは、図や写真を拡大して見せるなどの工夫も欲しいです。
  面白い本に出会いたくて来ている人には、その良さを最大限、伝えていただきたい。
  やはり小さな集まり向きですね。数人ならば本そのものを見せればいいので。
  
◆その場にいる人が、平等に、人やパフォーマンスではなく、読みたいと思った「本」を選ぶ
 ・決勝戦ではゲストによる特別賞もありましたが、あくまで選ぶのは会場の全員でした。
  これは平等ではあったと思います。
 ・「プレゼンのうまさではなく、読みたくなった本を選ぶ」という点に関しては、
  おそらくそうなっていたのではないかと思います。
  決勝でトップ、2位だったお二人は、プレゼンもお上手でしたが、
  本の中身や面白さをきちんと伝えられていましたし、
  準決勝で緊張して詰まり気味だった人も会場の一定の支持を得ていました。
 ・ただし、主催者も言っておられましたが、あくまで選ばれた本はその場に集まった人の好み。
  層が違えば結果は大きく変わるかと思います。

◆身内や知り合いの応援ではなく本で選ぶ
 ・大会とか代表を選ぶというような場では、よく考慮する必要があると思います。
  最後列から見ていて思いました。今回の結果は順当であったと思いますが。
  


このイベントの前日に、主催者向けのビブリオバトルシンポジウムにも行ってきたのですが、
そのときにも、そもそもビブリオバトルは、教育の場で行うために考え出したわけではない、
職場や地域やお仲間で、いろんなところでゆるくやるのがよいという話も出ていました。

「バトル」「チャンプ本」というのも、楽しく書評し合える仲間ならよいのですが、
教育の場や、勝ち抜き大会となると、若干深刻な雰囲気を帯びてしまいそうです。

本好きな人、人前に出たい人が、勝ち負けついてもいいと思って出る場合は良いのでしょうが、
学校で行うとなると、いろんな配慮が必要かと思います。

学習者のなかには、極度の緊張症、対人恐怖症の人もいます。
だからといって、読めない書けないわけではない場合も多々あります。
原稿があればなんとか発表できる場合もあるのです。
ムリに発表させて、二度と本なんか読むか!となるようでは本末転倒。

また、教育の場では、本を読みこむことや、それを論理的に言葉で組み立てることも大事なので、
指導や助言を受けて、表現を突き詰めて用意し、完全原稿を用意して臨むのも有効だと思います。

どこに一番のねらいをおくか。何を大事にするかによって、導入するかしないか、
やるとしたらどこまで「公式ルール」に則ってするのかをよく検討する必要があると思います。

そして、教育の一環としてやるならば、指導する側もやる側の気持ちを体感することが大事。
私は、「おすすめの一冊」プレゼンを授業で全学的に導入したとき、
担当してくださる先生方にも学生におすすめをプレゼンしていただくようお願いしました。
もちろん私もやりました。

ということで、今回は観覧しただけなので、一度体験してみないとなあと思っています。
お仲間の先生方とやってみようかという話も出ています。

でもやっぱりおすすめの本に勝ち負けつけるのイヤなんだよなあ… 
勝ち負けなしでやろうかな。
それなら普段のプレゼンでいいか? (^-^;

と逡巡するのでありました。

つづく(多分)
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by chekosan | 2016-12-19 17:08 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)
ブログ名「本日の中・東欧」は、中・東欧関連のニュースをこまめに拾ってアップするつもりで付けたのですが、なかなかできておりません。

新聞の切り抜きはたっぷりため込んでいて、そのなかには小さい話題だけど、その国の歴史や今をよく表しているものがあります。ちょっとずつ記録していこうと思います。

久々のラトヴィアネタです。

日本経済新聞の夕刊「あすへの話題」コーナー 2016年10月25日に、
元警察庁長官の漆間巌さんが、「意味深な原曲」と題してコラムを書かれています。

日本でも加藤登紀子さんがヒットさせた「百万本のバラ」という曲があります。
これは実はラトヴィアで1981年に発表された曲で、
ロシアや日本で歌われたようなロマンチックな恋愛の歌とは少し違うんだそうです。

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私がモスクワで過ごした1980年代の初めに、アラ・プガチョワという人気歌手が、「百万本の深紅のバラ」を歌って大ヒットさせた。日本でも、加藤登紀子さんが、「百万本のバラ」という曲名で歌って有名になった。女優に恋をした画家が、家も財産も売り払って沢山(たくさん)のバラを購入し、彼女がいる宿舎の窓の下に敷き詰めるというロマンチックな歌であったと思うが、当時テレビやラジオでこの歌をよく聴いたものである。…



どう違うのかを記した部分はインターネットでもたくさん取り上げられていますし、
上の引用のつづきは日経のサイトでは有料になっているので割愛します。

原曲の歌詞の意味もさておき、このコラムで興味を惹かれたのは、
漆間さんが、この曲がロシアでヒットした当時、旧ソ連に駐在されていたにもかかわらず、
そうした背景を知らず、2015年7月に旅行されたときに知ったと書かれている部分です。

この曲が出来てから35年、ソ連からの独立(1991年)から四半世紀経って、
ラトヴィアへの旅行中、何がきっかけで漆間さんがその事実を知ることになったのでしょう。

誰かに話を聞かれたのでしょうか。なにか展示でもご覧になったのでしょうか。
ソ連時代を知らない世代が増えるなかで、この曲はどのように伝えられているのでしょうか。

夏にベルリンとプラハに行ったとき、冷戦時代や社会主義時代は
懐かしい過去として観賞する対象となっていると感じました。

ロシア系住民をたくさん抱え、ロシアを常に意識せざるを得ないラトヴィアではどうなのでしょう。
現地へ行ってみたいと思う小さな記事でした。
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by chekosan | 2016-12-12 14:27 | ラトヴィア | Trackback | Comments(0)
月に一度の関西ウーマン「信子先生のおすすめの一冊」、12月は『仕掛学』をご紹介しています。


ビジネスや暮らしや活動の困りごと解消、広報のヒントになりますよ♪
何もなくても仕掛けを考え出したくなります(^▽^)


本文はこちら↓
関西ウーマン 信子先生のおすすめの一冊『仕掛学』 

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by chekosan | 2016-12-10 11:02 | 書いたもの | Trackback | Comments(0)
同志社大学法学部の「特殊講義 ロシア・東欧の政治と社会」、
『存在の耐えられない軽さ』に続き、ミラン・クンデラ『冗談』を読みました。

『冗談』は、1965年の作品です。『存在~』よりも前の作品となります。
主な登場人物は、1948年のチェコスロヴァキア共産党による政権掌握前後に学生で、
戦争や社会主義化、スターリン批判という激動に運命を翻弄される世代です。

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小説の構成や手法や哲学的考察が凝りに凝っている『存在』よりは読みやすいですが、
登場人物の生き様とか、感情や思考の右往左往ぶりの点では、
若者たちには『存在』よりも受け入れ難く感じたようです。

私も若かりし頃に一度読んでいるのですが、細部はすっかり忘れていて、
物語の発端となる絵葉書に書いた「冗談」と、
最後の方の気の毒だけど「冗談」みたいなシーンだけが印象に残っていました。

今回あらためて読んでみて、「冗談」というタイトルが示しているのは、
そういったわかりやすいエピソードだけではないことがわかりました。

ちょっとした掛け違いや思い込みや出来心から起こった(起こした)ことが
事によっては、とんでもなく深刻な事態を引き起こし、
それぞれの人生に大きく作用し続けること、

でも、そうしたことも、実は自分自身が持っていた潜在的な考えが起こしたことで、
偶然や冗談や人のせいにできないのではないかということ、

そうして起こってしまった過去を修復することはできないのだということ、

でも、人生における重くて忘れられない出来事や対立や確執や苦悩も、
他人から見ればまた違った様相をしていること、

さらに、自分たちが意識し続けてきた苦悩や相違も、
違う世代から見れば、ひとかたまりなものにしか見えないこと、

といったことを、主人公たちは人生のなかで悟っていくのですが、
そうしたことに気づくきっかけが、これまた一種の「冗談」のようであるのです。

起こった/起こっている事実は一つであっても、
人によって思いや目的は違い、見えていることや感じ方も違う、
あるときそのことがわかったり、ずっとわからないままだったりするのが
人生で社会で歴史なのです。

私も、若いころに読んだときには、そういう登場人物たちの逡巡には、
あまりピンとこなかったように思います。

今回は、ところどころ自分になぞらえてしまって、密かに傷つきながら読むことになりました。
どの部分にかは秘密ですが。


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この作品の主題は、そういう心の機微や人生の悩みや迷いと、
大きな時の流れや社会の変化との絡みについてなのですが、
私が今回、それよりも印象に残ったのは、モラヴィア、シレジア地方に関する記述です。

モラヴィア地方は登場人物たちの出身地で「民俗芸能の桃源郷」です。
共産党は、国をまとめる凝集剤として民俗芸能の復活を利用します。
そこに登場人物の一人は、うそ臭さや欺瞞=キッチュなものを見ます。

そして、しばらく郷里や民俗芸能から距離を置いていた登場人物の一人は、
歴史の大きな「冗談」からは逃れられないこと、
自分の復讐劇こそ「冗談」の最たるものになってしまったことを悟ったとき、
青春の象徴の一つだった民俗芸能に慰めを与えてもらい、古い友人とも和解するのです。

また、登場人物の一人が苦汁をなめる時代を過ごす町がオストラヴァです。
ここは、炭鉱の町として栄えたのですが、彼にとっては「煤」だらけの「黒い町」です。

モラヴィア地方やオストラヴァは、この作品のなかで、
懐古主義、理想主義、後進性、キッチュ、寂れゆくものの象徴でありつつ、
人生の次に場面に進む起点にもなっています。

で、、、

モラヴィア行きたいね、ここに出てくる「王様騎行」ってやってるのかな、
オストラヴァの炭鉱はどうなってるんだろう、
クンデラ作品の舞台を訪ねるツアーしようか、なんて話で盛り上がりました。

ちょっと調べてみると、
オストラヴァの炭鉱は閉鎖されましたが、産業遺産として公開されている模様。
モラヴィア地方の「王様騎行」も催されている様子。

これは本当に行きたいかも!
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by chekosan | 2016-12-07 17:22 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
夏休み明け、流通科学大学の図書館がリニューアルオープンしました。
ブックカフェのようなおしゃれな空間や、グループ学習などもできるスペースなどができました。

1階にできたラーニングコモンズでは、相談や指導のための会話はOKなので、
グループで話し合ったり、先生が課題をチェックしたりといったことができます。

私の1年生ゼミでは、各自の設定したテーマでレポートを書く練習をしていて、
ここ何回かは資料を探してレポートの素材を集めるという作業をしています。
そこで、ここ3週ほど連続して図書館で授業を行っています。

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私のクラスのレポートは、本文2000字、現地調査ができるテーマであること、
本や雑誌記事、新聞記事などから10本は参考文献として挙げることを条件にしています。

学生のレポートは、やたらと大きなテーマを掲げがちです。
でもテーマは「小さすぎるかな」くらいに絞る方が明快でよいものになるのです。

しかし、そこに至るには、広い視野で、幅広く資料を見る必要があります。
現地調査ができること、文献を10本は使うことというのは、それを可能にするためです。

10本というのは、2000字程度のレポートに課す条件としては多めかもしれませんが、
本、雑誌記事、新聞記事、インターネットなどを3件ずつくらい使えば達成できます。

これまでに、新聞記事(データベースを活用)と書籍の探索は実施しました。

写真の日は、雑誌記事を3本ほど見つけてメモをとることが課題です。


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           奥の部屋には電動の集密書架もあります
           古いバックナンバーなどが配架されています


書籍も雑誌記事も、最低3冊(3記事)を見つけるよう課しました。

そうそうピッタリなタイトルの本や雑誌があるわけではないので、
一体、何を見たら関連しそうなものが見つかるか、みんな必死で探します。

その作業を通じて、これ使えるやん! これで筋が見えてきたやん! となったり、
逆に、いろいろ目を配れているけど、ここから何を明らかにできそうかな? と
考えることになったりします。

自分の関心がどこにあるのか、何が明らかにできそうか、
どこに着目すると面白くなりそうか、といったことが、
資料探しと、資料からポイントを抽出することで見えてくるのです。

教員も学生が探し当てた文献、抽出した記述から多くのことを学ぶことができます。
何より一人ひとりと話すので楽しいです。

もう少し図書館で資料収集を進め、年内にはあらあら第一稿を出してもらう予定です。
面白い、独自性のあるレポートになっていくといいなと思います。
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by chekosan | 2016-12-03 23:21 | 大学教育 | Trackback | Comments(0)