中・東欧、ロシアのこと&大学教育のことを発信します


by chekosan

カテゴリ:ロシア・東欧地域研究@同志社( 20 )


2016年度秋学期に初開講した「特殊講義 ロシア・東欧の政治と社会」@同志社大学法学部、
成績も授業講評もすべて終えました。

この科目は、春学期開講の「ロシア・東欧地域研究」の発展形にするつもりで、
セット科目ではないが「ロシア・東欧地域研究」の内容を踏まえて進めるとシラバスに書きました。

*「ロ・東欧地域研究」は3・4年生対象科目なので、それを修めていることを前提にすると、
 履修の機会が減じてしまうことになるので、次年度はその文言は省き、門戸を広げました。さてどうなるか。


「ロ・東欧地域研究」も密にコミュニケーションをとる授業にしましたが、
特殊講義は完全にゼミ形式で、とにかく本を読み、語り合う場にしました。

あまりにハードなシラバスにしたため、受講生がほとんどいないという事態になりましたが(笑)
しかし、それだけにたいへん意欲的な学生たちだったので、どんどん読み進めていくことができました。

今期、読んだ本は次のとおりです。8作品、文庫本の巻数を数えると17冊になります。

・ジョージ・オーウェル『動物農場』
・    同     『一九八四年』
・西川伸一『動物農場の政治学』 以上のまとめは→ http://chekosan.exblog.jp/26307633/
・村上春樹『1Q84』全編  http://chekosan.exblog.jp/26395672/
・ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』 http://chekosan.exblog.jp/26418847/
・   同    『冗談』 http://chekosan.exblog.jp/26437548/
・   同    『不滅』 http://chekosan.exblog.jp/26497899/
・   同    『小説の技法』  http://chekosan.exblog.jp/26553773/
・ヤロスラフ・ハシェク 『兵士シュヴェイクの冒険』 http://chekosan.exblog.jp/26585240/


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村上春樹と『動物農場』は比較的読みやすいですが、ほかはすんなりとはいきません。
このペースで読んでいくのは、けっこうきつかったのではないかと思います。

毎回、発表者にレジュメを作ってきてもらい、はじめにざっと報告をしてもらいました。
そのあとはみんなで好き勝手にあれこれしゃべっていきます。

初回に院生アシスタント君が報告をしてくれたのが良いお手本になったと思います。
とはいえ、レジュメや発表には決まった書式や項目や分量は設けませんでした。

ですので、発表者によって目をつけるところ、発表の仕方がかなり違いました。
そのことがまたお互いの刺激になったと思います。

全員が感想に書いたのは、自分が担当した作品はやはり読み込み方が違ったということです。
そうだろうなあと思います。

どこを取り上げて、どう再構成するか考えて準備するのは、読むだけとは全然違います。
私はほとんどの作品が再読でしたが、それでも読んでメモをとるだけで相当きつかったです。

報告後、流れにまかせて語り合うときの分析や感想にも、個性が出ていたと思います。
思想や哲学、文学に関心を持つ院生君はそうした観点からの見解を述べてくれましたし、
女性陣はジェンダー的な観点から登場人物を品定め(?)していたように思います。

クンデラの作品では、学生陣と私とで、実感に差があるように見受けられました。
なにしろクンデラの作品は、山あり谷ありの中年男女の生々しい話が多いですので。(^-^;

でも、だからといって若い人にはわからないということではありません。
学生たちは学生たちで、若者という人生の段階でこその受け止め方で、
自らにひきつけて考え、咀嚼し、糧にしようとしてくれていました。

ああこれからの人たちってまぶしい! 私はすっかりスレてしまったわなどと思ったり。
まあそれは半分冗談ですが。

そんな感じで、雰囲気はゆる~く楽しく、ペースは速く。
私には、あっという間に学期が終わったように感じました。

私のFacebookやブログでの報告があまりに楽しそうだったらしく、
何人かの教員仲間や読書友達が、どんなふうに進めているのかと聞いてきてくれました。

今期の場合、

シラバスでかなりハードな設定を提示したこと、
それでもと覚悟をもってきた学生たちなので意欲と能力が優れていたこと、
少人数ゆえ、ハードであってもアットホームにできたこと、
院生君が自ら楽しんで授業に参加し、手本となり、助言者となってくれたこと、
おかげで、先生はニコニコ優しくいられたこと(笑)、

これらが良い作用をもたらしたと思っています。

来年度は、履修の前提条件を変更したので、違った様相を見せるかもしれません。
そのときはそのときで、別の刺激をもらえると思います。
既に今から楽しみです。








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by chekosan | 2017-02-10 23:49 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)

同志社大学法学部の特殊講義「ロシア・東欧の政治と社会」、最後のシリーズは、
ヤロスラフ・ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』でした。

これも太めの文庫本4冊にわたる長編。でも未完。
作者が生きていたらどんな大長編になっていたのだろう。読みたかった。

正確には、本編は3冊とちょいで、残りは短編や書簡、訳者解説なのですが、それでも長いには違いない。

風刺小説でテンポが良く、挿絵の魅力も相まって、とっても面白いのですが、
なにしろ第一世界大戦のお話なので、時代背景を知らないとけっこうチンプンカンプンだったようです。(^^;)

しかも授業は最後の2回だけしか割かなかったので、ちょっと駆け足になってしまいました。
年度を越えてもう一度読むのもいいかもと話しています。

私は20年ぶりくらいの再読でしたが、やっぱり面白かったです。シュヴェイク最高。

ものすごいテンポ感で、登場人物たちの切れ目ないおしゃべりに乗せて、
皇帝、帝国、聖職者、軍隊、警察といった権威や権力者、権力機構や、
メディア、マーケット(例えばペット産業)のいいかげんさや俗物根性を徹底的におちょくります。

さらっとブラックなユーモアも紛れ込んでいるので見逃せない。
シュヴェイクの身の回りの世話をしていたミュレロヴァーさんなんて
何もしていないのに強制収容所に連行されています。

一番面白いのは1巻なのですが、1巻は絶版なんです。ぜひぜひ復刊してほしいなあ。。。

で、この作品の一番の面白さは、主人公シュヴェイクをはじめとする登場人物が、
なになにと言えば、どこどこの誰それさんがああしてこうして、、、と
ホラなんだかどうなんだかよくわからない事例をノンストップで話すところなのですが、
土地勘がないとこれがピンとこないのです。

そこで、受講生の一人が、シュヴェイク地図を作ってくれました!

これがすごいんです! 
チェコの地名って、当時と、翻訳された時代と、そして現在では、結構変わっているんです。
それを脚注や今の地図などを確認しながら、現在の地図に書き込んでいってくれたんです。



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しかもですね、地図上のイラストも受講生の手描きなんです。スキャンして貼ったのではないんです。
ヨゼフ・ラダの挿絵を見て描いたんですって。もう、ラダの代わりに挿絵が描けるレベルです!

そして、手描きイラストは、そのシーンの舞台である場所にだいたい対応させて配置してあります。
さらに、写真には入れませんでしたが、地名一覧と初出のページは別の紙に書きだしてあります。

この地図自体が一つの作品ですよ! °˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
こういうことを自ら思いついて、楽しんで取り組めるというのは素晴らしいですね。

でも、この地図は、文庫で言うと2巻までなので、代々引き継いでシュヴェイク地図を完成させようか、
クンデラ地図も作ったら面白いかも、さらにその町が今はどうなっているかを
グーグルアースなんかで確認していくなんてのもいいかもね、などと、おおいに盛り上がりました。


この授業は、私からこうしろああしろと指示しなかったのですが、
このように、それぞれの回の報告担当者が、毎度、力作の資料を作ってきてくれました。

読むだけでも大変だったと思うのです。再読の私でもけっこうキツキツギリギリでしたから。
よくぞがんばってくれました。おかげで実に楽しい時間でした。


この科目、いったいどういう科目で、どう進めているの?と聞いていただくことが多いので、
学期を通しての授業のまとめは、また別稿で詳しく記録したいと思います。乞うご期待(?)









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by chekosan | 2017-01-26 15:27 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
クンデラを読む第4弾は『小説の技法』(岩波文庫 2016)でした。
小説とは何かについてのエッセイや対談、講演を収めた本です。

『存在の耐えられない軽さ』『冗談』『不滅』と長編を続けて読んで、
最後に復習がてらクンデラ自身の小説論で締めくくるつもりで選んだのですが、
薄い文庫本にもかかわらず、私は本作が一番手こずりました。

クンデラは他の作家や哲学者や作曲家を引き合いに出すことが多く、
ヨーロッパの精神や文化を継承し発展させるという意思を色濃く盛り込む人なので、
ボーッと読んだりザーッと読んだりができないのです。

報告者もどうまとめようかと悩んだようですが、
これまでに読んだ作品に言及している箇所を中心に取り上げてくれました。

クンデラは作品を7部構成にするのが好きなのですが、
そのルーツはクンデラの好きなベートーヴェンの弦楽四重奏曲131 番であるという話が出てきます。
報告者はその曲も聴いて確かめたとのこと。いい勉強していますね。(^ ^)


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以下は、私のメモです。

◇◇◇

◆小説とは
小説にしかできない発見をすることが小説の唯一の存在理由である。
→ これはクンデラが何度も引き合いに出す小説家ブロッホの言葉です。

小説というものは、諸学問にできないことを可能にするものである。
また、小説はその内部に、詩やエッセイといった様々な形式の表現を統合できる。
そのような様々な形式を含みつつ、一つのまとまったものにするのは、
筋書きや時系列的なものではなく、 一つのテーマである。

小説は、どちらかが正しい、誰かが正しいと断じるものではなく、
人間が相対的なものであることを許容し、その複雑性を尊ぶものである。

→ この「複雑性こそが小説の精神である」というのがキーでしょうか。

それと対照的なのはメディアであったりイデオロギーだったりします。
クンデラは、最大多数に、あるいは人類全体に受け入れられるような、
単純化、紋切り型を世界に配給しているとメディアを批判しています。

◆実存
クンデラは小説とは実存を検討するものと繰り返し強調します。
この実存とは、過去に実際に起こったことを意味するのではなく、
人間の可能性、人間がなりうることのすべて、人間に可能なことのすべてを意味します。

◆「カフカ的」とは
クンデラが分析する「カフカ的」なるものをまとめると次のようになるでしょうか。
1)権力との対立、権力への対抗は果てしない迷路である。
  制度というものは、それ自体が固有の法則に従って動いていくメカニズムである。
  (そのために誰と対峙し、どう抗えばよいのかがわからない)
2)そこでは、書類が真の現実の代わりになる。
3)罰せられたものが自らの過失を探そうとする「自己有罪化」が働く。
4)滑稽さ、笑いを誘う性格がある。
  ただしこれは見ている者にであって、当事者にとっては面白いことではもちろんない。
  
◆「著述マニア」に対する揶揄
皮肉たっぷりに書かれていて笑ってしまうのが、「著述マニア」をめぐる記述です。
「著述マニア」とは「本を書く(したがって不特定多数の読者を持つ)という欲望」と説明し、
「おのれの自我を他者におしつけようとする偏執」
「権力への意志のもっともグロテスクな変形」と断罪します。

そして、人が「私の本の中で言っているように…」と発言するときの「本」の部分は、
その前の音節よりも少なくとも一オクターブ高く発音されると指摘します。
「「私の本」とは自己満足の音声的なエレベーターなのだ」と楽譜付きで解説します。

さらには、
「作家たちがみずからの身元を隠し、偽名を用いることを法律で強制されるような世界を夢見る」
というのですが、その利点の一つに「著述マニアの劇的な限定」を挙げています。

手厳しい。ここには自嘲も入っているのでしょうか??

◆ヨーロッパ精神
ヨーロッパ精神とは、個人の尊重、独創的な考えと侵しがたい私生活の権利の尊重と言います。
これらは現代では脅かされているが、小説の歴史の中、知恵の内に収められていると言います。

◇◇◇

数週間にわたってみんなでクンデラの作品を読み、
感じとったこと、気づいたこと、気になったこと、面白いと思ったことを自由に話してきました。

私にとっては『小説の技法』以外は、20年ぶり?くらいの再読でしたが、
やはり読み応えがあり、非常に頭を使う作品だなあと感じました。
ただ、登場人物の感情や感覚が実感として理解できるようになったなと思いました。

若い学生諸君も忘れたころに再読したらまた違った感想をもつでしょうか。
もしもそんな機会が持てれば面白いなあと思います。

授業はあと2回。
院生君のリクエストで、ヤロスラフ・ハシェクの『兵士シュヴェイクの冒険』です。
こちらも私は20年ぶりくらいの再読です。
シュヴェイクはとにかくテンポが良くて面白いので、楽しいラストになりそうです。

ところで、教育関係者や読書会を計画している方などから、
この授業の進め方について聞かせてほしいとご連絡をいただきました。

特にこれといって工夫も何もないのですが、
授業がもうすぐ終わりますので、稿をあらためてまとめてみたいと思います。^^
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by chekosan | 2017-01-13 22:09 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
クンデラを読む第3作は『不滅』です。
こちらはクンデラがチェコから亡命して少し経ってから書かれたものなので、
チェコの話はちょろっとしか出てきません。

クンデラと思しき〈私〉がプールサイドで見かけた老婦人のある仕草に感銘を受け、
そこからアニェスという作中人物を生み出します。

『存在の耐えられない軽さ』同様、作家が小説内に顔を出し、
作中人物の行動や潜在意識までも解説するという形式をとっています。

1980年代のフランスに生きる中年男女2組プラスαをめぐる話と、
世界の文豪ゲーテとベッティーナという女性との話が、交互に〈私〉によって解説されます。

終結も近くなって、いきなり誰?という人物が登場し、彼の話が延々語られ、
なんだか一体どうなってるのかと混乱しそうになりますが、それを乗り越えると全体像が見えてきます。

いや、一読ではちょっとわからないところもあるかも。。。

小説の筋を楽しみたい向きには、話が進まん〜とフラストレーションを生じさせること請け合いですが、
小説を通じて物事をじっくり考えたいという人には良い作品です。

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本作も、人の生き様、歴史と個人、自我と他者、男女関係、性と愛、身体の捉え方について、
くどいほど考察が展開されます。
『存在』『冗談』と重なる点も多いのですが、『不滅』独特な視点をピックアップ。

◆イデオロギーとイマゴロジーの考察
イマゴロジーとは、イメージを最重視する風潮、イメージ偏重、
マーケットに乗るようなものばかりを追う移り気、
本質や文脈を無視して一部を切り取る軽薄さを指します。登場人物の一人も、その犠牲になります。

◆父の娘
『存在』や『冗談』では、母への息子の思慕、息子の父否定が
メインテーマの一つだったように思いますが、
『不滅』は姉妹間の愛憎と、娘と父との依存関係がクローズアップされます。
女性が話の中心に据えられています。
まあでも、またしてもいい年した男性の年上女性への執着話は登場するのですが。

◆引用の変化
本作ではゲーテ、ベートーヴェン、ランボーが大活躍。
『存在』『冗談』でもニーチェやベートーヴェンなどは出てきますが、
『不滅』ではチェコやロシアの文化や歴史に関する記述がぐっと減っています。

クンデラ自身は「チェコの反体制作家」と位置付けられるよりも、
より普遍的な作家として、国や時代を超えた哲学を小説で展開することを望んだようですが、
チェコに思い入れのある読者としては物足りない。。。
生々しい人間の苦悶や惑いや滑稽さが無くなって、
なにかこう高みの見物になっている感じがしました。

でもまあ、読み応えのある小説には違いないと思います。

と、濃い小説を続けて読んで、消化不良の感もあるので、
年明けは『小説の技法』でクンデラをおさらいしようと思います。
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by chekosan | 2016-12-23 19:09 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
同志社大学法学部の「特殊講義 ロシア・東欧の政治と社会」、
『存在の耐えられない軽さ』に続き、ミラン・クンデラ『冗談』を読みました。

『冗談』は、1965年の作品です。『存在~』よりも前の作品となります。
主な登場人物は、1948年のチェコスロヴァキア共産党による政権掌握前後に学生で、
戦争や社会主義化、スターリン批判という激動に運命を翻弄される世代です。

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小説の構成や手法や哲学的考察が凝りに凝っている『存在』よりは読みやすいですが、
登場人物の生き様とか、感情や思考の右往左往ぶりの点では、
若者たちには『存在』よりも受け入れ難く感じたようです。

私も若かりし頃に一度読んでいるのですが、細部はすっかり忘れていて、
物語の発端となる絵葉書に書いた「冗談」と、
最後の方の気の毒だけど「冗談」みたいなシーンだけが印象に残っていました。

今回あらためて読んでみて、「冗談」というタイトルが示しているのは、
そういったわかりやすいエピソードだけではないことがわかりました。

ちょっとした掛け違いや思い込みや出来心から起こった(起こした)ことが
事によっては、とんでもなく深刻な事態を引き起こし、
それぞれの人生に大きく作用し続けること、

でも、そうしたことも、実は自分自身が持っていた潜在的な考えが起こしたことで、
偶然や冗談や人のせいにできないのではないかということ、

そうして起こってしまった過去を修復することはできないのだということ、

でも、人生における重くて忘れられない出来事や対立や確執や苦悩も、
他人から見ればまた違った様相をしていること、

さらに、自分たちが意識し続けてきた苦悩や相違も、
違う世代から見れば、ひとかたまりなものにしか見えないこと、

といったことを、主人公たちは人生のなかで悟っていくのですが、
そうしたことに気づくきっかけが、これまた一種の「冗談」のようであるのです。

起こった/起こっている事実は一つであっても、
人によって思いや目的は違い、見えていることや感じ方も違う、
あるときそのことがわかったり、ずっとわからないままだったりするのが
人生で社会で歴史なのです。

私も、若いころに読んだときには、そういう登場人物たちの逡巡には、
あまりピンとこなかったように思います。

今回は、ところどころ自分になぞらえてしまって、密かに傷つきながら読むことになりました。
どの部分にかは秘密ですが。


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この作品の主題は、そういう心の機微や人生の悩みや迷いと、
大きな時の流れや社会の変化との絡みについてなのですが、
私が今回、それよりも印象に残ったのは、モラヴィア、シレジア地方に関する記述です。

モラヴィア地方は登場人物たちの出身地で「民俗芸能の桃源郷」です。
共産党は、国をまとめる凝集剤として民俗芸能の復活を利用します。
そこに登場人物の一人は、うそ臭さや欺瞞=キッチュなものを見ます。

そして、しばらく郷里や民俗芸能から距離を置いていた登場人物の一人は、
歴史の大きな「冗談」からは逃れられないこと、
自分の復讐劇こそ「冗談」の最たるものになってしまったことを悟ったとき、
青春の象徴の一つだった民俗芸能に慰めを与えてもらい、古い友人とも和解するのです。

また、登場人物の一人が苦汁をなめる時代を過ごす町がオストラヴァです。
ここは、炭鉱の町として栄えたのですが、彼にとっては「煤」だらけの「黒い町」です。

モラヴィア地方やオストラヴァは、この作品のなかで、
懐古主義、理想主義、後進性、キッチュ、寂れゆくものの象徴でありつつ、
人生の次に場面に進む起点にもなっています。

で、、、

モラヴィア行きたいね、ここに出てくる「王様騎行」ってやってるのかな、
オストラヴァの炭鉱はどうなってるんだろう、
クンデラ作品の舞台を訪ねるツアーしようか、なんて話で盛り上がりました。

ちょっと調べてみると、
オストラヴァの炭鉱は閉鎖されましたが、産業遺産として公開されている模様。
モラヴィア地方の「王様騎行」も催されている様子。

これは本当に行きたいかも!
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by chekosan | 2016-12-07 17:22 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
同志社大学法学部の「特殊講義 ロシア・東欧の政治と社会」、
前回はちょっと脱線して村上春樹『1Q84』でしたが、今回からは真っ向勝負、ミラン・クンデラです。


クンデラの『存在の耐えられない軽さ』は1984年に発表された小説です。
1988年に映画化され、日本でもちょっとしたブームになりました。

私も学生時代だったか院生時代だったかに読みました。
が、細かいところはさっぱり忘れており、今回ノートを取りながら再読して、
こんな話だったか! こんな構造だったか! と唸りながら面白く読みました。


建国の父といい、反体制運動家のちの連邦大統領といい、世界的ベストセラー作家といい、
チェコ(スロヴァキア)は哲学な人に満ちている。。。


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この作品、帯にあるように「愛のクァルテット」の「ラヴストーリイ」には違いないのですが、
普通にお話が時系列で進んでいくわけではありません。

のっけからニーチェ。読者を選んでいるのかと思わせる出だしです。

男女2組(と言えるのか微妙…)の恋愛、性愛、夫婦愛が軸ではありますが、
それを題材に、クンデラが人間性や人生、社会について、
あれこれ、洞察、考察、思考を繰り広げ、深めていく部分が、むしろ読みどころです。

主な登場人物4名の視点から、出来事と心情が描かれ、
それをクンデラがいわゆる「神の視点」から解説をするというパターンが繰り返されます。
それも、明確に「私はここで~~といっておきたい」というような表現で。

あくまでこれは「小説」、つまり、私=クンデラが作ったものですよと
身も蓋もなく提示しているわけなのです。

言い換えれば、小説という形を借りて、
「人生における偶然とは」「重さと軽さとは」「人生や歴史は繰り返すのか一回限りなのか」
「愛とはなにか」「神とは」「キッチュ(俗悪なもの)とは」等々について
クンデラが思索を深めていく過程を追っているような作品なのです。

こんなの、下手な作家や素人がやったら野暮なことこのうえない。
その点、クンデラはさすがに上手い、すごいと思うのですが、ちょっくどいと思わなくもない。
読書サイトでも、「難解」とか「わけがわからない」とかいう評が多発しているようです。

確かにスー―っと読める小説ではない。
でも、考察部分を飛ばしたり、いいかげんに読んでしまうと、
7割がた読む意味がなくなると思います。

恋愛やら性への姿勢には親子関係が深く影を落としていたり、
女性の精神的・経済的な自立やアイデンティティの確立もまた、
家族や育った環境やパートナーとの関係性が深く影響していたり、
そこに社会や政治の状況が絡んできて一層ややこしいことになったり。

でも、時代や社会状況の影響だって、どこまで個人の人生に決定的なのかはわからない。
人生に分岐点はいくつかあって、違う人生もありえた、
だからといって違う道を選んでいたらどうなっていたかはわからない、、、、

そういう枝葉的なところを読み落とし、
別の視点から自己や他者を見るという過程を省いてしまうと、
単なる「好色一代男とその女たち」な小説になってしまいます。

まあそこも結構面白かったりするんですが(笑)
200人と、って、、いやはや、、 (^-^;


授業では、哲学的考察をしている部分について、いろいろ語り合いました。
一部、ちょっとわからないなあ、というところもありました。

結果、クンデラを一作で終わるのはもったいないということで、
次作、次々作もクンデラの代表作を読むことにしました。

これをどうやって映画にしたんだと気になって仕方ないので、DVDも注文しました。


クンデラ月間、まだまだ続く。
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by chekosan | 2016-11-30 16:21 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
この秋から、同志社大学法学部で開講している「特殊講義」では、
毎回、ロシア・東欧に関係する本を一作品読んで語り合っています。

まずは、ジョージ・オーウェル『動物農場』『一九八四年』とその関連本を読み
さて次はと相談し、4作目は村上春樹『1Q84』にしました。

当然、オーウェルを意識したもののはず、
しかもチェコの作曲家ヤナーチェクの曲がシンボルに出てくるというし、
こういう機会でもないと読まなさそう、ということで。

でも一応、科目のサブタイトルは「ロシア・東欧の政治と社会」なので、
あくまでこれは関連本ということで、一週で全巻終えることにしました。

学生時代『ノルウェイの森』を読んだときは性的なシーンが多すぎてうんざりし、
『つくる』を3年前に読んだときは入院中だったので印象に残ってなかったですが(笑)
簡潔な表現の単文が多くて、しかし語彙は豊富なことに今回気が付きました。
翻訳しやすいだろうと思います。世界で受け入れられるのがわかりました。


以下ネタバレありです。

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この作品、オーウェル『一九八四年』はもちろんですが、
思いのほか、ロシア・東欧に関する記述がちりばめられていました。

学生運動や左翼運動の活動家たちがつくったコミューンが重要な舞台になっていますし、
スターリン主義的な共産主義への批判的な視点も垣間見えます。

ヤナーチェクの曲は、その曲である必然性が今一つわかったようなわからないような…
だったのですが、作品全体で非常に重要な意味を持ちます。

チェーホフの作品『サハリン島』も重要な位置づけです。

さらっとドストエフスキーの作品中の人物も出てきます。
カフカの代表作の人物も単語だけですが、出てきます。

この2点に関しては、本文中に説明がないので、
知らない人にはなんのことかわからないと思います。

僕の読者はそれくらいわかって当然という感じなのかな。
もちろん、下手な説明は入らない方がいいと思います。


作品全体に関しては、こんな感じのことをみんなで語り合いました。

きちんと整理したり、緻密な確認はしていません。
また思い出したことを足して、整理しなおすかも…

ということで、引用するとか参考にするとかはご勘弁ください。(^^;)

・BOOK3は、BOOK1,2とは異質な作品になっている
・単なる恋愛ものっぽくなっていて残念な感じ
・それは狙ってなのか、間が空いたからなのか あるいは力尽きたのか

・他の作品同様、性的な行為の記述があからさまに頻出するのだが、
 単なる肉体的な習慣くらいの意味しか持たない行為のように描かれる
・かと思ったら、神話か!という域に達してしまう
・母性(的なもの)への思慕、執着、もはや信仰? 今作ではなんと処女懐胎まで!
・ハルキ氏の作品では青年がかなり年上の女性と結ばれる設定が多いのもそこか
・「父」たちの扱いのひどさと対照的?
・だけど、全体としては「父権」的な世界

・作品全体としては、神話的世界、運命を自らの意思で変える、
 アイデンティティを確立していく、 というテーマでありつつ、
 非常に神話的な進行、結末である

・強い女性たちが出てくるが、それも含めて、あくまで男性主人公目線ではないか
・でもハルキ氏の作品の男性主人公は、なんかボヤっとした印象
 → そうでないと話が展開しないから? 
 → この作品も、男性主人公の成長譚? 

・文庫版に使われている絵は、ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」
 これは当然、小説の世界をイメージしてのものだろう
 そして、各巻には登場人物の名前がデザイン化されている
 最終巻は、コレか! という名前
・これは授業では時間がなくて話せなかったのですが、
 「快楽の園」を研究された滋賀大の院生さんが面白い発見をされています。
 活字にされていない(?)ので詳しくは書けなくて残念。 

以上、とりあえずの覚え書きでした。


それにしてもハルキ氏の文学、音楽に関する造詣の深さに感嘆しました。
細かくメモを取りながら読む時間がなかったのはもったいなかったかな。
さすがにこのボリュームを2日ほどで読むのはきつかったです。(^^;)

語ることはいっぱいあったけど、この授業でもう一週読む必要はないか、
とみんなで結論づけ、次回からはロシア・東欧そのもの路線に戻ってミラン・クンデラです。

いやでも、面白い作品ではありました。
月を見上げるのが、ちょっとコワくなりました(笑)

以前に買っておいたハルキ氏と小澤征爾氏の対談本を発掘したので、
こちらも読もうと思います。^^
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by chekosan | 2016-11-21 15:34 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
今年度から、同志社では「特殊講義 ロシア・東欧の政治と社会」も担当しています。
春学期の「ロシア・東欧地域研究」は講義と各自の発表のハイブリッドにしていますが、
秋学期の「特殊講義」は輪読のゼミ形式で、一冊の本をていねいに読んでディスカッション。

はじめに読む3冊はシラバスで指定しました。ジョージ・オーウェルの代表作と解説の本です。
受講生みんな、初回の授業までに読んできてくれていました。スゴイ! *^^*

翌週から一人にレジュメを作ってきてもらい、ざっと報告してもらって、そのあとは気楽にお話。
あれこれ話が深まったり、広がったりして、とても楽しく濃い時間になっています。


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初回の報告はアシスタントの院生君、今週は4回生が担当してくれました。
さすが二人ともうまい。細部までよく読んで、適切にまとめてくれています。
院生君なんて私以上に幅広く話題提供してくれて、上回生が下回生のいいお手本になってくれています。
私も1回生のときから、こんな先輩たちと勉強したかった(笑)

『動物農場』『動物農場の政治学』と一週一冊ペースで進んで、次回は『1984年』。
予告していた本はこれで尽きるのですが、コロッと変えるのはなんとなく惜しい。

候補本は一応あった↓のですが、
せっかくなので、次は1984つながりでアレ、いきませんか? という提案がありました。

ふむ、みんなで話すなかで出てきた関連本を取り上げるのもいいね、
少人数ならではの贅沢な行き当たりばったりでいこうか! という流れになりました。

その「アレ」、私は未読。(^-^;
ということで、展開が予想できない授業。わくわくです。


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by chekosan | 2016-10-26 17:03 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
同志社のロシア・東欧地域研究、第二期の授業が終わりました。

今年度は、もう一つ同志社でロシア東欧関係の科目を担当することになったので、
本科目は入門編的な位置づけにして、春学期に移しました。

多人数を避けようと土曜1限にしたところ、
前学期112名登録だったのが、今学期は16名! 
初回から一度も来なかった学生も数名いて、最終的には10名に落ち着きました。

極端に人数が違うので、しばらくは進度も反応も手探りでしたが、
さすがに土曜1限に来る学生たち、少数精鋭でした。
受講者が多かった前学期以上に、多様性に富んだレポートや発表が相次ぎました。

法学、政治学、経済学系に加え、歴史、文学や美術、民俗学、宗教など、
幅広い話題が提供されて、私も大変刺激をもらいました。

期末レポートは、3回の小レポートで取りあげたテーマをさらに充実させた人、
あえて小レポートとは別のテーマに挑戦した人がいましたが、
それぞれが確実にレベルアップを果たしているのがわかる濃い内容でした。

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実は、前学期の授業評価アンケートで、1,2名ではありますが、
授業中に受講生に発表してもらったり、毎回カードをやりとりしたり、
ていねいなレポート指導をしたりしたことに対して、
非常に強い否定の言葉を書いてきた学生がいて、今後どうしたものかとだいぶ悩みました。

が、大多数の受講生は一方通行でない授業スタイルを歓迎していましたし、
その声に沿わないのは、今学期の受講生の不利益になると思い直し、
前学期以上に発表の機会を増やす方向で進めました。

最終授業を終えて、記名ではありますが感想を読んで、やはりこの路線でいこうと思った次第です。

以下、抜粋です。

 「他の人のレポートを聴き、大変参考になった。… レポートの書き方も大変勉強になった」

 「レポートのお題の自由度が高かったので、みんなの興味関心から
  個性あふれるお話がたくさん聞けて勉強になりました」

 「発表を聞いて、自分が調べていない分野に強い興味を持ちました。…… 色々な面から
  ロシア・東欧について知れて、この授業に出てとても良かったと思いました」

 「みなさん非常に分析が深いレポートを作っていたので驚きました!」

 「レポートを書く機会が多くあり、自分で調べ物をして勉強することもでき良かったです」

 「講義の中で何人もの人が調べてきた発表を聞きましたが、この講義をとっている方は、
  自分がロシア・東欧の何に興味があるのかはっきりわかっていて、
  すごいと感心していました。… 」

 「レポートで好き勝手に好きなことを取り上げてしまってすいません … 」
 
  →全然OKですよ! 興味深い話題を提供してくれてよかったですよ!


秋学期は、迷いなく、完全にゼミ方式です。
ロシア・東欧に関する本を次々読んで、あれこれ語り合いたいと思います。
毎回、ざっくばらんな座談会のようになればいいなあ。
意欲的な学生さんのお越しをお待ちしております。^0^
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by chekosan | 2016-07-24 01:30 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)
「課題に使う本を探していてみつけたんですが。先生がお好きなんじゃないかと」
と、受講生がわざわざ図書館で借りて持ってきてくれた本。

その名も『共産主婦 東側諸国のレトロ家庭用品と女性たちの一日
(イスクラ著 社会評論社 2014年)。
『共産趣味インターナショナル』というシリーズの第4冊目です。

なんちゅうタイトル?!と思いながらパラパラ見せてもらったら、これがかわいらしいんです。
旧東側諸国のお人形が、社会主義時代の女性たちの生活の様子を再現している体で、
オールカラー、写真たっぷり、ちょっとコミカルで。

でも日用品やそれを生産していた会社のこと、当時の様子がきっちり説明してあって、
へええ~~~という事実もたくさん。楽しい一冊です。

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◇◇◇

1990年代にチェコのプラハに何度か行ったときには、
いつも一人暮らしの初老の女性のアパートにホームステイさせてもらっていました。

本書にも紹介されている「パネラーク」と呼ばれる、社会主義期に建てられた集合住宅です。

部屋数は少ないのですが、一室はゆったりしていて天井が高く、
ホストマザーが海外から持ち帰った思い出の品や家族の写真が飾られていて、
こじんまりとあたたかみあるお家でした。

キッチン奥のパントリーには、自家製ピクルスやジャムが並んでいて、
お昼ごはんに出してもらうスープもとにかくおいしかったです。
手作りのケーキもよく出してもらいました。

飲み物はお茶。体調に合わせて、いろんなハーブティーを出してもらいました。
お客さんが来られたらコーヒー。そして少しだけ煙草を吸われていました。

夜はソファでテレビを見ながら刺繍や編み物をされていることが多かったです。
手作りのものをたくさんプレゼントしてもらいました。
チェコの日常生活を体験させてもらったことを懐かしく思い出しました。

ホストマザーは亡くなられたので、その部屋にはもう滞在できませんが、
貴重な経験をさせてもらったなあと思います。

◇◇◇

最近、東欧諸国の雑貨や絵本や民芸品は日本の女性に大人気で、
それらを紹介する本も次々出ています。

この本も、そうしたものが好きな人にはたまらないのでは、と思うのですが、
このタイトルでは手に取るのを躊躇する人も多そう? (^^;) 
でもでも、楽しい本なので、レトロなものが好きな人にはおすすめです。

著者も女性で、旧東側の雑貨などをネット販売されています。
この本の撮影に使ったレトロ雑貨も展示している店舗も開かれています。
本には尼崎と書いていますが、移転されたようです。
→ 東ドイツ民生品展示室 DDR Komet
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by chekosan | 2016-06-29 23:33 | ロシア・東欧地域研究@同志社 | Trackback | Comments(0)