積ん読ならぬ、積ん見(ツンケン)? 積ん観? 大枚はたいて買って積み上げてある映画のディスクを少しずつ消費しています。
こちらは、フランスでのホロコーストもの。1942年に、ドイツ占領下のフランスが、ドイツの要請に応じてユダヤ人を一斉検挙し、1万数千人を数日にわたって冬季競輪場(ヴェルディヴ)に閉じ込めます。彼らはその後、各地の収容所に移送され、最終的にはアウシュヴィッツなどで殺害されます。
映画「黄色い星の子供たち」は、この事件の関係者の証言からつくられています。
写真右の本は、この事件を含め、当時のパリの様子を日記に残したユダヤ系フランス人女性エレーヌ・ベールの日記です。彼女ものちに強制収容所に連行され、亡くなります。この日記は彼女の死後60年以上を経て2008年に刊行されました(日本語版は2009年、岩波書店より)。
1942年7月16日の早朝4時、2万人以上の外国(ポーランドなど)から移住してきた外国籍のユダヤ人や、無国籍者などが警察の登録からリストアップされ、朝の4時に住居から追い立てられます。
1万人ほどは、隠れたり匿われたりしますが、1万数千人が連行されます。
彼らは室内競輪場に押し込められ、水さえ止められてしまいます。点検に来た消防隊が、消防用の水洗を開けて水を配り、ユダヤ人から託された手紙を投函するエピソードが出てきますが、これも本当にあったことだそうです。
救護所には続々と具合が悪くなった人たちが集まりますが、医師や看護師はわずかで、物資も全然足りません。休む間もなく処置に当たるユダヤ人男性医師と、フランス人女性看護師が映画の主人公的な人物です。
この看護師が善人過ぎてちょっと…という感想も目にしましたが、アネット・モノー(
Annette Monod-Leiris)看護師は実在の人物で、赤十字から派遣されて、いくつかの収容所などで看護にあたりました。
こちらのサイトで証言映像が見れます。が、わたくしフランス語がわからないので、この映像のなかでヴェルディヴ事件に言及しているかは確認できておりません。
ユダヤ人たちはヴェルディブから収容所に連れていかれ、その後、親だけがアウシュヴィッツに移送されてしまって、子どもたちは取り残されます。
そのなかで、ごくわずかな子どもが脱出して生き延びます。そのうちの一人ジョゼフ・ヴァイスマン氏が、映画の公開後、日本にも来られています。
ヴェルディヴ事件を扱った映画としては、「サラの鍵」も、ビジュアルイメージから想像できない衝撃的なもので、かなりショックを受けました。
次の論文には、事件の推移と、それに対するパリの作家や聖職者の反応、生き残った子どもたちが後に語った言葉などがまとめられています。
フランスのユダヤ人一斉検挙から逃れた精神科医ボリス・シリュルニクさんのインタビューも読みごたえがあります(残念ながら有料記事ですが、データベースが使える図書館などで全文を読むことができます)。
シリュルニクさんの著書『憎むのでもなく、許すのでもなく ユダヤ人一斉検挙の夜』(吉田書店 2014年)や、『心のレジリエンス 物語としての告白』(吉田書店 2014年)も読みたいと思います。
こちらは、1974年にヴェルディヴ事件を取り上げた映画だそうです。オンラインで全編見ることができます。
今回挙げた本や映画その他を通して、フランスにおけるユダヤ人迫害についても、またおいおいアップしていこうと思います。
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フランスの「対独協力者」とみなされた女性たちへの報復を扱った本
ドイツ占領下フランスを舞台にした映画「フランス組曲」
ドイツに抵抗した政治犯たちに焦点を当てた映画