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by chekosan

今井むつみ『学びとは何か <探究人>になるために(岩波新書 2016)

広い意味での「学び」「学習」「知識」について解き明かしてくれる本。
帯にあるように、「学ぶことの大切さ、学ぶ方法を学ぶ大切さがわかる」本であるが、
効率的に「勉強のできる子」や「天才児」を育てるためのノウハウ本ではない。

著者の専門である乳幼児の語彙の習得の観察実験から得られた知見の部分がやはり面白い。

子どもは、胎児のころから言葉を聞いて、音として認識する。
そして、まずは母語で使う音の要素を聞き分けて取捨選択する。
そのうちに単語というものがあることを発見し、それらを類推していく。

そして、自分で言葉というものの枠組みを作り、
そこからの類推で新しい言葉や概念を理解していくのである。
言語のシステム、構造自体を自分で考えて発見し、
言葉を知らないところから、言葉を習得していくのである。

◇◇◇

乳幼児の世話は忍耐や苦渋の連続で、幸福感に浸れる時間などそのごく一部であるが、
言葉の獲得の過程、概念を獲得していく過程を観察できたのは実に面白かった。

絵本を読み聞かせたり、字を教えたり、勉強を教えたりといったいかにもな場面よりも
もっともっと前の段階で、赤子は自分で概念や言葉を体得していく。
赤子といると、ごく日常的な場面でそれが出現するのを見ることができるのである。

何かを飲んで、「おいしい」という感覚と言葉が一致したのを赤子本人が確認した、
その瞬間を明確に見てとったときはエキサイティングであった。

赤子が、この快い感覚を「おいちぃ」と表すのでちゅね、そうでちょ、わかりまちたよ、
といわんばかりの自慢げな表情をして、その言葉を発したのである。

たぶん、赤子の初めての言葉ではなかったと思う。
が、口真似として音を発するのではなく、
感覚・概念・言語が繋がっていることを赤子自身が発見した瞬間だったことで、
初めての言葉よりも、非常に強く印象に残っている。

(口真似だけなら、まだ寝っ転がってるしかないような時期に「おかあさん」とクリアに発声して、
 夫と、ぞぉぉっとしたことがあった。それは音として発しただけで言語の獲得とは違ったと思う。)

だから、男性の友人や後輩、特に研究者、教育関係者の仲間には、
赤ちゃんをよくよくお世話すべしと忠言する。
人間が概念や言葉を習得する過程をつぶさに見られる機会はそうないのだから。


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◇◇◇

本書では、専門家(棋士、音楽家、スポーツマン、バレエダンサーなど)に協力を仰ぎ、
どういう場面で、脳のどの部分がどういう活動をするのかを実験するなど、
熟達者や超一流とみなされる人々の「学び」や「学習」の謎にも迫っている。

何かに特別に秀でた人に対して、私たちは「才能」「天才」という曖昧な言葉をあてはめ、
天賦のもの・遺伝だと済ませがちだが、その何かに秀でるための特定の遺伝子があるわけではない、
IQの高い低いもあまり関係がない、という話も出てくる。

それよりも、
断片的な知識をぺたぺた貼り付けていくことが知識の獲得であるとする「知識観」から脱すること、
「生きた知識」とは、常にダイナミックに変動するシステムであることを理解すること、
集中して訓練すること、その訓練を忍耐強く続けること、
その経験を通して大局観を養うことが大事であることが明らかにされる。

では、家庭で親は何をすべきか、学校教育において何をなすべきかについても触れられている。

どちらかというと、幼少期の子どもに接する人が心にとめるとより良い話が多いが、
育ってしまった子どもや大人にも、もちろん参考になる。

◇◇◇

そう、いくら赤子~幼児期に言葉が早かろうがとっきゅうでんしゃをすべて言えようが、
そんなことは「天才」の印でもなんでもない。
俯瞰すること、地道な努力、集中力、継続することこそが抜きんでた才を育てるのである。
そんなことも実感・痛感する今日この頃である。orz





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by chekosan | 2017-02-23 17:28 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)