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by chekosan

プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』(朝日選書 1980)

アウシュヴィッツ強制収容所の記録として名高い、
プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』を読みました。

フランクル『夜と霧』と同様、収容所の劣悪な居住環境、慢性的な飢え、
過酷な労働、暴力、怪我や病気、迫る死の恐怖を記録しています。

ですが、フランクルもレーヴィも、怒りや憎しみをぶつけるというのではなく、
自身で見たこと、体験したことをできる限りそのまま伝えようとしています。

収容所に連れてこられた人々の多くはガス室で殺されるのですが、
労働者として収容された人たちは、名前を奪われ、囚人番号で管理され、
「ぼろきれ」扱い、「奴隷」扱いされます。

それでも、それぞれ知恵を絞ってなんとか生きのびようとします。
危険を冒して配給物を盗んだり、
物々交換が行われたり、なんとか手に入れたものから何かを作ったり。

その様子をレーヴィは、「組織化」「市」「交易」「新石器時代」というように、
ちょっとユーモラスに表現しています。

そのように生に執着しなければ、飢えや衰弱で死んでしまったり、
ガス室へと「選別」されてしまったりするからです。

そのため、フランクルもレーヴィも、
「最良の人は生き残れなかった」というようなことを書きのこしています。


本書の巻末に、「若い読者にこたえる」という質疑応答があります。
ここも必読です。

「ドイツ人への憎しみ、恨み、復讐心の表現がないのは許したからか」
「ドイツ人は何百万もの殺戮を知らなかったのか」
「脱走した囚人はいなかったのか、なぜ大衆的な反乱がおきなかったのか」
「解放後アウシュヴィッツを訪れたか」
「なぜソビエトのラーゲル(収容所)について沈黙しているのか」
「登場人物と解放後、再会を果たしたか」
「ナチのユダヤ人に対する狂信的憎悪をどう説明するか」
「もしラーゲルで囚人生活を送っていなかったら今ごろどうなっていたか、
 あの時代を思い出して何を感じるか、生き残れたのはなぜだと思うか」

これらの問いに、レーヴィがどう答えているか、ぜひ読んでいただきたい部分です。

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by chekosan | 2016-09-17 12:44 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)