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by chekosan

ベルリンの壁の跡 & 見市知『ベルリン 東ドイツをたどる旅』

今回ベルリンに行くにあたって見たかったのは、

①秘密警察関連施設(その一部は2016年8月14日のブログに
②ベルリンの壁関連施設
③ホロコースト関連施設

でした。

しかし、ベルリン滞在は実質4日しかとれず、しかも小4男児連れなので、
①を最優先に、あとは旧東独の雰囲気を少しでも知れたらと思っていました。

私はドイツ語はさっぱりわからないので(昔、文法は勉強したのですが…)、
日本語、英語が堪能な現地の方に案内をお願いしました。

1~2日目は、その方に案内していただいて、①関連の博物館などをいくつかまわりました。

そのときに教えていただいたのが、これです。

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ベルリンの壁が立っていたあとを示すブロックとプレートです。

壁はいまはほとんど残っていませんが、この地面に残る筋に着目すると、
こんな街真ん中を武骨なコンクリートで仕切っていたのかと唖然とします。

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この写真は、ポツダム広場に隣接するライプツィガー広場で撮りました。

同じ場所をGoogleのストリートビューで確認すると、壁の一部もありました。
こんな感じで、広場をぶったぎって壁が立っていたことがわかります。

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*この画像は2008年に撮影されたもののようです


3日目は案内なしで自分たちだけで動いてみました。
すると、議会関係の建物がつづく河岸に「壁」のあとを見つけることができました。

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持っていたガイドブックにも載っておらず、ほかに見物している人もいなかったのですが、
壁と闘った人、壁を越えようとして亡くなった人を記念(祈念)する場所でした。

Parlament der Bäume(The Parliament of Trees

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*柵に各国語の案内がありました。柵の中には入れなかったと思います。


見市知(みいち とも)『ベルリン 東ドイツをたどる旅』(産業編集センター 2009)にも、
このベルリンの壁のあとを自転車でたどる話が書かれています。

ベルリンの壁は全長160キロ、これを歩いて辿るのは大変なのですが、
ベルリン市内にはレンタル自転車が普及しているので、
マップやアプリや標識を頼りに辿っていくのは面白いかもしれません。

見市さんは、東西ドイツ統一1ヵ月前から東ベルリンに留学され、
ベルリンが変化していくさまをリアルタイムで見てこられました。

東ドイツ時代の東ベルリンをしのぶことのできる場所や、
東ドイツ時代の生活の様子を感じられるものを紹介する、
小さいけど東ベルリンへの愛と郷愁に満ちた本です。

私は帰国後に入手して一気読みし、またベルリンに行きたくなりました。

オールカラーで写真が大きく、説明もていねいで読みやすいので、
ベルリンに行く人、行きたい人、行ったことのある人におすすめです。

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    裏表紙にベルリンの壁のあとのブロックの写真が使われています
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by chekosan | 2016-08-15 16:02 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)