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by chekosan

アート・スピーゲルマン『マウス アウシュビッツを生きのびた父親の物語』(晶文社 1991-94)

アメリカで活躍するマンガ家、スピーゲルマン氏が、
実の父親から聞き取った戦前~戦後の体験をマンガにした作品です。
1992年ピュリッツァー賞特別賞。

作家の父ヴラデックはポーランドのユダヤ人で、捕虜、隠れ家生活、収容所を生きのびました。
共に耐え抜いた妻アンジャ(作者の母)は、しかし、1968年に自殺します。
そのことが父と子には長く心の傷となります。

『マウス』は、父の記憶の部分と、聞き取りを進めている現在の父子関係が交差します。
そこがこの作品のオリジナリティで、優れたところだと思います。

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作者の父母がアウシュビッツに送られるまでを描いた部分は、
発表するや世界的な反響を呼び、何か国もで翻訳版が刊行されます。

作者はマンガ家として大成功をおさめたわけですが、
押し寄せるインタビューや商品化、映像化などの申し込みに戸惑います。

アウシュビッツを生きのびた父への敬意と後ろめたさ、
父の経験を作品にしたことに対する良心の呵責を感じ、描けなくなります。
そうした悩みをかかりつけの精神科医に聞いてもらい、続編を描き上げます。

実は、この精神科医もテレジン、アウシュビッツ収容所の生存者です。
精神科医との対話の部分はたいへん興味深いです。(Ⅱ巻 p.43-46)


日本のマンガを読みなれた目には、コマ割の単調さ、線の荒さが気になるかもしれません。

また、ユダヤ人をネズミに、ドイツ人をネコに描くといった隠喩がされており、
さらに顔のアップが多用されているので、登場人物の見分けがつきにくくなっています。
それらは、しかし、まさに個人を個人として識別しない、尊重しない状況を表しています。

というように、この作品は絵を追うだけでは話がわかりません。
セリフや説明書きをしっかり読む必要があります。

作者は、翻訳版もマンガ専門でない出版社から出すこと、
ノンフィクションに分類することを主張したそうですが(Ⅱ巻附録解説)、
確かにそのように位置づけて読んだ方が良いと思います。

このように詳細な地図なども描かれています。
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作者の希望により、翻訳版には解説や訳注はつけられていないそうです。
そのためか晶文社版には訳者解説リーフレットが付いています。
これが作品の背景や反響を知る参考になります。
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なお、私はこの作品を次の論文で知りました。
大河内朋子「ドイツのコミックに描かれた「第三帝国」」『人文論叢』 (24), 2007
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by chekosan | 2016-06-06 11:08 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)